紫式部 源氏物語 澪標 14 與謝野晶子訳(終)

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問題文
(ろくじょうていはひがたつにしたがってさびしくなり、こころぼそさがふえてくるうえに、)
六条邸は日がたつにしたがって寂しくなり、心細さがふえてくる上に、
(みやすどころのにょうぼうなどもしだいにさがっていくものがおおくなって、)
御息所の女房なども次第に下がって行く者が多くなって、
(きょうのずっとしものろくじょうで、ひがしによったきょうごくどおりにちかいのであるから、)
京のずっと下の六条で、東に寄った京極通りに近いのであるから、
(こうがいほどのさびしさがあって、やまでらのゆうべのかねのねにもさいぐうのおんなみだは)
郊外ほどの寂しさがあって、山寺の夕べの鐘の音にも斎宮の御涙は
(さそわれがちであった。おなじくははといっても、みやとみやすどころはおやひとりこひとりで、)
誘われがちであった。同じく母といっても、宮と御息所は親一人子一人で、
(かたときはなれることもないじゅういくねんのおくらしであった。さいぐうがははぎみとごいっしょに)
片時離れることもない十幾年の御生活であった。斎宮が母君とごいっしょに
(ゆかれることはあまりれいのないことであったが、しいてごいっしょに)
行かれることはあまり例のないことであったが、しいてごいっしょに
(おさそいになったほどのははぎみが、しのみちだけはただひとりでおいでになったと)
お誘いになったほどの母君が、死の道だけはただ一人でおいでになったと
(おおもいになることが、さいぐうのつきぬおかなしみであった。にょうぼうたちをちゅうかいにして)
お思いになることが、斎宮の尽きぬお悲しみであった。女房たちを仲介にして
(きゅうこんをするおとこはかくかいきゅうにおおかったが、げんじはめのとたちに、)
求婚をする男は各階級に多かったが、源氏は乳母たちに、
(「じぶんかってなことをしてもんだいをおこすようなことをみやさまにしてはならない」)
「自分勝手なことをして問題を起こすようなことを宮様にしてはならない」
(とおやらしいちゅういをあたえていたので、げんじをふかいがらせるようなことは)
と親らしい注意を与えていたので、源氏を不快がらせるようなことは
(つつしまねばならぬとおのおのおもいもしいさめあいもしているのである。)
慎まねばならぬとおのおの思いもし諫め合いもしているのである。
(それでじょうじつのためにどうはからおうというようなこともみなはしなかった。)
それで情実のためにどう計らおうというようなことも皆はしなかった。
(いんはみやがさいぐうとしておくだりになるひのそうごんだっただいごくでんのぎしきに、)
院は宮が斎宮としてお下りになる日の荘厳だった大極殿の儀式に、
(このよのひとともおもわれぬびぼうをごらんになったときから、)
この世の人とも思われぬ美貌を御覧になった時から、
(こいしくおぼしめされたのであって、ききょうごに、 「いんのごしょへきて、)
恋しく思召されたのであって、帰京後に、 「院の御所へ来て、
(わたくしのいもうとのみやなどとおなじようにしてくらしては」 とみやのことを、こじんのみやすどころへ)
私の妹の宮などと同じようにして暮らしては」 と宮のことを、故人の御息所へ
(おもうしこみになったこともあるのである。みやすどころのほうではいんにちょうきがいくにんも)
お申し込みになったこともあるのである。御息所のほうでは院に寵姫が幾人も
(じしているなかへ、こうえんしゃらしいものもなくていくことはみじめであるし、)
侍している中へ、後援者らしい者もなくて行くことはみじめであるし、
(いんがしじゅうごびょうしんであることも、ははのじぶんとおなじみぼうじんのかなしみをさせるけっかに)
院が始終御病身であることも、母の自分と同じ未亡人の悲しみをさせる結果に
(なるかもしれぬといんさんをちゅうちょしたものであったが、いまになってはましてだれが)
なるかもしれぬと院参を躊躇したものであったが、今になってはましてだれが
(みやのおせわをしていんのこうきゅうへなどおはいりになることができようと)
宮のお世話をして院の後宮へなどおはいりになることができようと
(にょうぼうたちはおもっているのである。いんのほうではごねっしんにいまなおそのおおせがある。)
女房たちは思っているのである。院のほうでは御熱心に今なおその仰せがある。
(げんじはこのはなしをきいて、いんがのぞんでおいでになるかたをよこどりのようにして)
源氏はこの話を聞いて、院が望んでおいでになる方を横取りのようにして
(きゅうちゅうへおいれすることはすまないとおもったが、みやのごようすがいかにもうつくしく)
宮中へお入れすることは済まないと思ったが、宮の御様子がいかにも美しく
(かれんで、これをぜんぜんほかのところへわたしてしまうことがざんねんなきになって、)
可憐で、これを全然ほかの所へ渡してしまうことが残念な気になって、
(にゅうどうのみやへもうしあげた。こんなかくれたじじつがあってけつだんができないということを)
入道の宮へ申し上げた。こんな隠れた事実があって決断ができないということを
(おはなしした。 「おかあさまのみやすどころはきわめてそうめいなひとだったのですが、)
お話しした。 「お母様の御息所はきわめて聡明な人だったのですが、
(わたくしのわかげのあやまちからうきなをながさせることになりましたうえ、わたくしはいっしょう)
私の若気のあやまちから浮き名を流させることになりました上、私は一生
(うらめしいものとおもわれることになったのですが、わたくしはこころぐるしくおもっているので)
恨めしい者と思われることになったのですが、私は心苦しく思っているので
(ございます。わたくしはゆるされることなしにそのひとをしなせてしまいましたが、)
ございます。私は許されることなしにその人を死なせてしまいましたが、
(なくなりますすこしまえにさいぐうのことをいいだしたのでございます。)
亡くなります少し前に斎宮のことを言い出したのでございます。
(わたくしとしましては、さすがにきいたいじょうはゆいごんをじっこうするせいいのあるものとして)
私としましては、さすがに聞いた以上は遺言を実行する誠意のある者として
(たのんでいくのであるとおもえてうれしゅうございまして、むかんけいなひとでも、)
頼んで行くのであると思えてうれしゅうございまして、無関係な人でも、
(こじのきょうぐうになったひとにはどうじょうされるものなのですから、ましていぜんのことが)
孤児の境遇になった人には同情されるものなのですから、まして以前のことが
(ございまして、なくなりましたあとでも、むかしのうらみをわすれてもらえるほどの)
ございまして、亡くなりましたあとでも、昔の恨みを忘れてもらえるほどの
(ことをしたいとおもいまして、さいぐうのしょうらいをいろいろとかんがえている)
ことをしたいと思いまして、斎宮の将来をいろいろと考えている
(しだいなのですが、へいかもずいぶんおとならしくはなっていらっしゃいますが、)
次第なのですが、陛下もずいぶん大人らしくはなっていらっしゃいますが、
(おとしからいえばまだおわかいのですから、すこしおとしうえのにょごがじしていられる)
お年からいえばまだお若いのですから、少しお年上の女御が侍していられる
(ひつようがあるかともおもわれるのでございます。それもしかしながらあなたさまが)
必要があるかとも思われるのでございます。それもしかしながらあなた様が
(こうするようにとおおせになるのにしたがわせていただこうとおもいます」 というと、)
こうするようにと仰せになるのに随わせていただこうと思います」 と言うと、
(「ひじょうによいことをかんがえてくださいました。いんもそんなにごねっしんで)
「非常によいことを考えてくださいました。院もそんなに御熱心で
(いらっしゃることは、おきのどくなようで、すまないことかもしれませんが、)
いらっしゃることは、お気の毒なようで、済まないことかもしれませんが、
(おかあさまのごゆいごんであったからということにして、なにもおしりにならないかおで)
お母様の御遺言であったからということにして、何もお知りにならない顔で
(ごしょへおあげになればよろしいでしょう。このごろいんはじっさいそうしたことに)
御所へお上げになればよろしいでしょう。このごろ院は実際そうしたことに
(たんぱくなおきもちになって、ほとけづとめばかりにきをいれていらっしゃるということも)
淡泊なお気持ちになって、仏勤めばかりに気を入れていらっしゃるということも
(ききますから、そういうことになさいましてもおはらだちになるようなことは)
聞きますから、そういうことになさいましてもお腹だちになるようなことは
(ないでしょう」 「ではあなたさまのおおせがくだったことにしまして、)
ないでしょう」 「ではあなた様の仰せが下ったことにしまして、
(わたくしとしてはそれにさんせいのいをひょうしたというぐらいのことに)
私としてはそれに賛成の意を表したというぐらいのことに
(いたしておきましょう。わたくしはこんなにいんをごそんけいして、ごかんじょうをがいすることの)
いたしておきましょう。私はこんなに院を御尊敬して、御感情を害することの
(ないようにとひゃっぽうかんがえてかかっているのですが、せけんはなんとひひょうを)
ないようにと百方考えてかかっているのですが、世間は何と批評を
(いたすことでしょう」 などとげんじはもうしていた。のちにはまた)
いたすことでしょう」 などと源氏は申していた。のちにはまた
(なにごともそしらぬかおでにじょうのいんへさいぐうをむかえて、じゅだいはじていから)
何事も素知らぬ顔で二条の院へ斎宮を迎えて、入内は自邸から
(おさせしようというきにもげんじはなった。ふじんにそのかんがえをいって、)
おさせしようという気にも源氏はなった。夫人にその考えを言って、
(「あなたのいいともだちになるとおもう。なかよくしてくらすのににあわしい)
「あなたのいい友だちになると思う。仲よくして暮らすのに似合わしい
(ふたりだとおもう」 とかたったので、にょおうもよろこんでさいぐうのにじょうのいんへ)
二人だと思う」 と語ったので、女王も喜んで斎宮の二条の院へ
(うつっておいでになるよういをしていた。にゅうどうのみやはひょうぶきょうのみやが、)
移っておいでになる用意をしていた。入道の宮は兵部卿の宮が、
(こうきゅういりをもくてきにしてひめぎみをきょういくしていられることをしっておいでになるので)
後宮入りを目的にして姫君を教育していられることを知っておいでになるので
(あったから、げんじとみやがふわになっているこんにちでは、そのひめぎみにげんじは)
あったから、源氏と宮が不和になっている今日では、その姫君に源氏は
(どんなたいどをとろうとするのであろうとこころぐるしくしんぱいしていた。ちゅうなごんのひめぎみは)
どんな態度を取ろうとするのであろうと心苦しく心配していた。中納言の姫君は
(こきでんのにょごとよばれていた。だじょうだいじんのゆうしになっていて、そのいちぞくが)
弘徽殿の女御と呼ばれていた。太政大臣の猶子になっていて、その一族が
(すばらしいはいけいをつくっているはなやかなこうきゅうじんであった。)
すばらしい背景を作っているはなやかな後宮人であった。
(へいかもよいおあそびあいてのようにおぼしめされた。 「ひょうぶきょうのみやのなかひめぎみも)
陛下もよいお遊び相手のように思召された。 「兵部卿の宮の中姫君も
(こきでんのにょごとおなじとしごろなのだから、それではあまりおひなさまあそびのれんちゅうが)
弘徽殿の女御と同じ年ごろなのだから、それではあまりお雛様遊びの連中が
(ふえるばかりだから、すこしとしのいったにょごがついていてへいかのおせわを)
ふえるばかりだから、少し年の行った女御がついていて陛下のお世話を
(もうしあげることはうれしいことですよ」 とにゅうどうのみやはひとへおおせられて、)
申し上げることはうれしいことですよ」 と入道の宮は人へ仰せられて、
(ぜんさいぐうのじゅだいのけんをごじしんのいしとしてみやけへおもうしいれになったのであった。)
前斎宮の入内の件を御自身の意志として宮家へお申し入れになったのであった。
(げんじがとうだいのためにゆきとどいたごこうけんをするせいいにごしんらいあそばれて、)
源氏が当帝のために行き届いた御後見をする誠意に御信頼あそばれて、
(ごじしんはおからだがおよわいためにごしょへおはいりになることはあっても、)
御自身はおからだがお弱いために御所へおはいりになることはあっても、
(ながくはおとどまりになることがおできにならないで、たいしゅつしておしまいに)
永くはおとどまりになることがおできにならないで、退出しておしまいに
(なるため、そんなてんでもすこしおとなになったにょごはあるべきであった。)
なるため、そんな点でも少し大人になった女御はあるべきであった。