怪人二十面相36

関連タイピング
問題文
(「こいつをたいほしていたとき、あのいえからでていったものはなかったかね。)
「こいつを逮捕していたとき、あの家から出ていったものはなかったかね。
(そいつはけいかんのふくそうをしていたかもしれないのだ。)
そいつは警官の輻輳をしていたかもしれないのだ。
(だれかみかけなかったかね。」)
だれか見かけなかったかね。」
(そのといにおうじて、ひとりのけいかんがこたえました。)
その問いに応じて、ひとりの警官が答えました。
(「けいかんならばひとりでていきましたよ。ぞくがつかまったからはやくにかいへ)
「警官ならばひとり出ていきましたよ。賊がつかまったから早く二階へ
(いけと、どなっておいてぼくらがあわててかいだんのほうへかけだすのと)
行けと、どなっておいてぼくらがあわてて階段のほうへかけだすのと
(はんたいに、そのおとこはそとへはしっていきました。」)
反対に、その男は外へ走っていきました。」
(「なぜ、それをいままでだまっているんだ。だいいち、きみはそのおとこを)
「なぜ、それを今までだまっているんだ。だいいち、きみはその男を
(みなかったのかね。いくらけいかんのせいふくをきていたからって、かおをみれば、)
見なかったのかね。いくら警官の制服を着ていたからって、顔を見れば、
(にせものかどうかすぐわかるはずじゃないか。」)
にせ者かどうかすぐわかるはずじゃないか。」
(かかりちょうのひたいには、じょうみゃくがおそろしくふくれあがっています。)
係長のひたいには、静脈がおそろしくふくれあがっています。
(「それが、かおをみるひまがなかったんです。かぜのようにはしってきて、)
「それが、顔を見るひまがなかったんです。風のように走ってきて、
(かぜのようにとびだしていったものですから。しかし、ぼくはちょっと)
風のようにとびだしていったものですから。しかし、ぼくはちょっと
(ふしんにおもったので、きみはどこにいくんだ、とこえをかけました。)
ふしんに思ったので、きみはどこに行くんだ、と声をかけました。
(するとそのおとこは、でんわだよ、かかりちょうのいいつけででんわをかけに)
するとその男は、電話だよ、係長のいいつけで電話をかけに
(いくんだよ、とさけびながら、はしっていってしまいました。)
行くんだよ、とさけびながら、走っていってしまいました。
(でんわならば、これまでれいがないこともないので、ぼくはそれいじょう)
電話ならば、これまで例がないこともないので、ぼくはそれ以上
(うたがいませんでした。それに、ぞくが、つかまってしまったのですから、)
うたがいませんでした。それに、賊が、つかまってしまったのですから、
(かけだしていったけいかんのことなんかわすれてしまって、ついごほうこく)
かけだしていった警官のことなんかわすれてしまって、ついご報告
(しなかったのですよ。」)
しなかったのですよ。」
(きいてみれば、むりのないはなしでした。むりがないだけに、ぞくのけいかくが、)
聞いてみれば、むりのない話でした。むりがないだけに、賊の計画が、
(じつにきびんに、しかもよういしゅうとうにおこなわれたことを、おどろかないでは)
じつに機敏に、しかも用意周到におこなわれたことを、おどろかないでは
(いられませんでした。)
いられませんでした。
(もう、うたがうところはありません。ここにたっているやばんじんみたいな)
もう、うたがうところはありません。ここに立っている野蛮人みたいな
(みにくいかおのおとこは、かいとうでもなんでもなかったのです。)
みにくい顔の男は、怪盗でもなんでもなかったのです。
(つまらないひとりのこっくに、すぎなかったのです。そのつまらない)
つまらないひとりのコックに、すぎなかったのです。そのつまらない
(こっくをつかまえるためにすうじゅうめいのけいかんが、あのおおさわぎをえんじたのか)
コックをつかまえるために数十名の警官が、あの大さわぎを演じたのか
(とおもうと、かかりちょうもよにんのけいかんも、あまりのことに、ただ、ぼうぜんと)
と思うと、係長も四人の警官も、あまりのことに、ただ、ぼうぜんと
(かおをみあわせるほかはありませんでした。)
顔を見あわせるほかはありませんでした。
(「それから、けいぶさん、しゅじんがあなたにおわたししてくれといって、)
「それから、警部さん、主人があなたにおわたししてくれといって、
(こんなものをかいていったんですが。」)
こんなものを書いていったんですが。」
(こっくのとらきちが、じゅっとくのむねをひらいて、もみくちゃになったいちまいの)
コックの寅吉が、十徳の胸をひらいて、もみくちゃになった一枚の
(かみきれをとりだし、かかりちょうのまえにさしだしました。)
紙きれを取りだし、係長の前にさしだしました。
(なかむらかかりちょうは、ひったくるようにそれをうけとると、しわをのばして、)
中村係長は、ひったくるようにそれを受けとると、しわをのばして、
(すばやくよみくだしましたが、よみながら、かかりちょうのかおは、ふんぬのあまり、)
すばやく読みくだしましたが、読みながら、係長の顔は、憤怒のあまり、
(むらさきいろにかわったかとみえました。)
紫色にかわったかと見えました。
(そこには、つぎのようなばかにしきったもんごんがかきつけてあったのです。)
そこには、つぎのようなばかにしきった文言が書きつけてあったのです。
(こばやしくんによろしくつたえてくれたまえ。あれはじつにえらいこどもだ。)
小林君によろしく伝えてくれたまえ。あれはじつにえらいこどもだ。
(ぼくはかわいくてしかたがないほどにおもっている。だが、いくら)
ぼくはかわいくてしかたがないほどに思っている。だが、いくら
(かわいいこばやしくんのためだって、ぼくのいっしんをぎせいにすることはできない。)
かわいい小林君のためだって、ぼくの一身を犠牲にすることはできない。
(しょうしょうじっせけんのきょうくんをあたえてやったわけだ。こどものやせうでで)
少々実世間の教訓をあたえてやったわけだ。子どものやせ腕で
(このにじゅうめんそうにてきたいすることは、もうあきらめたがよいとつたえて)
この二十面相に敵対することは、もうあきらめたがよいと伝えて
(くれたまえ。これにこりないと、とんだことになるぞと、)
くれたまえ。これにこりないと、とんだことになるぞと、
(つたえてくれたまえ。ついでながら、けいかんしょこうに、)
伝えてくれたまえ。ついでながら、けいかんしょこうに、
(すこしばかりぼくのけいかくをもらしておく。はしばしはすこし)
すこしばかりぼくのけいかくをもらしておく。羽柴氏は少し
(きのどくになった。もうこれいじょうなやますことはしない。じつをいうと、)
気のどくになった。もうこれ以上なやますことはしない。じつをいうと、
(ぼくはあんなひんじゃくなびじゅつしつに、いつまでもしゅうちゃくしているわけには)
ぼくはあんな貧弱な美術室に、いつまでも執着しているわけには
(いかないのだ。ぼくはいそがしい。じつはいま、もっとおおきなものに)
いかないのだ。ぼくはいそがしい。じつは今、もっと大きなものに
(てをそめかけているのだ。それがどのようなだいじぎょうであるかは、)
手をそめかけているのだ。それがどのような大事業であるかは、
(きんじつ、しょくんのみみにもたっすることだろう。)
近日、諸君の耳にもたっすることだろう。