怪人二十面相42

関連タイピング
問題文
(ふあんのいちや)
不安の一夜
(くさかべさもんろうじんが、しゅぜんじでやとったじどうしゃをとばして、たにぐちむらの)
日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の
(「おしろ」へかえってから、さんじゅっぷんほどして、あけちこごろうのいっこうがとうちゃくしました。)
「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。
(いっこうは、ぴったりとみにあうくろのようふくにきかえたあけちたんていのほかに、)
一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、
(せびろふくのくっきょうなしんしがさんにん、みなけいさつぶんしょづめのけいじで、それぞれ)
背広服のくっきょうな紳士が三人、みな警察分署づめの刑事で、それぞれ
(かたがきつきのめいしをだして、さもんろうじんとあいさつをかわしました。)
肩書きつきの名刺を出して、左門老人とあいさつをかわしました。
(ろうじんはすぐさま、よにんをおくまっためいがのへやへあんないして、)
老人はすぐさま、四人を奥まった名画の部屋へ案内して、
(かべにかけならべたかけじくや、はこにおさめてたなにつみかさねてある、)
壁にかけならべた掛け軸や、箱におさめて棚につみかさねてある、
(おびただしいこくほうてきけっさくをしめし、いちいちそのゆいしょをせつめいするのでした。)
おびただしい国宝的傑作をしめし、いちいちその由緒を説明するのでした。
(「こりゃどうも、じつにおどろくべきごしゅうしゅうですねえ。ぼくもこがは)
「こりゃどうも、じつにおどろくべきご収集ですねえ。ぼくも古画は
(だいすきで、ひまがあると、はくぶつかんやじいんのほうもつなどをみてまわるのですが、)
大すきで、ひまがあると、博物館や寺院の宝物などを見てまわるのですが、
(れきしてきなけっさくが、こんなにいっしつにあつまっているのを、)
歴史的な傑作が、こんなに一室に集まっているのを、
(みたことがありませんよ。」)
見たことがありませんよ。」
(びじゅつずきのにじゅうめんそうがめをつけたのは、むりもありませんね。ぼくでも)
美術ずきの二十面相が目をつけたのは、むりもありませんね。ぼくでも
(よだれがたれるようですよ。」)
よだれがたれるようですよ。」
(あけちたんていは、かんたんにたえぬもののように、ひとつひとつのめいがについて、)
明智探偵は、感嘆にたえぬもののように、一つ一つの名画について、
(さんじをならべるのでしたが、そのひひょうのことばが、そのみちのせんもんかも)
賛辞をならべるのでしたが、その批評のことばが、その道の専門家も
(およばぬほどくわしいのには、さすがのさもんろうじんも)
およばぬほどくわしいのには、さすがの左門老人も
(びっくりしてしまいました。そして、めいたんていへのそんけいのねんが、ひとしお)
びっくりしてしまいました。そして、名探偵への尊敬の念が、ひとしお
(ふかくなるのでした。)
深くなるのでした。
(さて、すこしはやめに、いちどうゆうしょくをすませると、いよいよめいがしゅごのぶしょに)
さて、少し早めに、一同夕食をすませると、いよいよ名画守護の部署に
(つくことになりました。)
つくことになりました。
(あけちは、てきぱきしたくちょうで、さんにんのけいじにさしずをして、ひとりは)
明智は、テキパキした口調で、三人の刑事にさしずをして、ひとりは
(めいがしつのなかへ、ひとりはおもてもん、ひとりはうらぐちに、それぞれてつやをして、)
名画室の中へ、ひとりは表門、ひとりは裏口に、それぞれ徹夜をして、
(みはりばんをつとめ、あやしいもののすがたをみとめたら、ただちによびこを)
見はり番をつとめ、あやしいものの姿をみとめたら、ただちに呼び子を
(ふきならすというあいずまできめたのです。)
吹きならすというあいずまできめたのです。
(けいじたちが、めいめいのぶしょにつくと、あけちたんていはめいがしつのがんじょうな)
刑事たちが、めいめいの部署につくと、明智探偵は名画室のがんじょうな
(いたどを、そとからぴしゃりしめて、ろうじんにかぎをかけさせてしまいました。)
板戸を、外からピシャリしめて、老人にかぎをかけさせてしまいました。
(「ぼくは、このとのまえに、ひとばんじゅうがんばっていることにしましょう。」)
「ぼくは、この戸の前に、一晩中がんばっていることにしましょう。」
(めいたんていはそういって、いたどのまえのたたみろうかに、どっかりすわりました。)
名探偵はそういって、板戸の前の畳廊下に、ドッカリすわりました。
(「せんせい、だいじょうぶでしょうな。せんせいにこんなことをもうしては、しつれい)
「先生、大じょうぶでしょうな。先生にこんなことを申しては、失礼
(かもしれませんが、あいてはなにしろ、まほうつかいみたいなやつだそう)
かもしれませんが、相手はなにしろ、魔法使いみたいなやつだそう
(ですからね。わしは、なんだかまだ、ふあんしんなようなきがするのですが。」)
ですからね。わしは、なんだかまだ、不安心なような気がするのですが。」
(ろうじんはあけちのかおいろをみながら、いいにくそうにたずねるのです。)
老人は明智の顔色を見ながら、いいにくそうにたずねるのです。
(「ははは・・・・・・、ごしんぱいなさることはありません。ぼくはさっき、)
「ハハハ……、ご心配なさることはありません。ぼくはさっき、
(じゅうぶんしらべたのですが、へやのまどにはげんじゅうなてつごうしが)
じゅうぶんしらべたのですが、部屋の窓には厳重な鉄ごうしが
(はめてあるし、かべはあつさがさんじゅっせんちもあって、ちっとやそっとで)
はめてあるし、壁は厚さが三十センチもあって、ちっとやそっとで
(やぶれるものではないし、へやのまんなかにはけいじくんが、めを)
やぶれるものではないし、部屋のまんなかには刑事君が、目を
(みはっているんだし、そのうえ、たったひとつのでいりぐちには、)
見はっているんだし、そのうえ、たった一つの出入り口には、
(ぼくじしんががんばっているんですからね。これいじょう、ようじんの)
ぼく自身ががんばっているんですからね。これ以上、用心の
(しようはないくらいですよ。)
しようはないくらいですよ。
(あなたはあんしんして、おやすみなすったほうがいいでしょう。ここに)
あなたは安心して、おやすみなすったほうがいいでしょう。ここに
(おいでになっても、おなじことですからね。」)
おいでになっても、同じことですからね。」
(あけちがすすめても、ろうじんはなかなかしょうちしません。)
明智がすすめても、老人はなかなか承知しません。
(「いや、わしもここでてつやすることにしましょう。ねどこへはいったって、)
「いや、わしもここで徹夜することにしましょう。寝床へはいったって、
(ねむられるものではありませんからね。」)
ねむられるものではありませんからね。」
(そういって、たんていのかたわらへすわりこんでしまいました。)
そういって、探偵のかたわらへすわりこんでしまいました。
(「なるほど、では、そうなさるほうがいいでしょう。ぼくもはなしあいてが)
「なるほど、では、そうなさるほうがいいでしょう。ぼくも話し相手が
(できてこうつごうです。かいがろんでもたたかわしましょうかね。」)
できて好都合です。絵画論でもたたかわしましょうかね。」