怪人二十面相43

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問題文
(さすがにひゃくせんれんまのめいたんてい、にくらしいほどおちつきはらっています。)
さすがに百戦錬磨の名探偵、にくらしいほど落ちつきはらっています。
(それから、ふたりはらくなしせいになって、ぽつぽつふるめいがのはなしを)
それから、ふたりはらくな姿勢になって、ポツポツ古名画の話を
(はじめたものですが、しゃべるのはあけちばかりで、ろうじんはそわそわと)
はじめたものですが、しゃべるのは明智ばかりで、老人はソワソワと
(おちつきがなく、ろくろくうけこたえもできないありさまです。)
落ちつきがなく、ろくろく受け答えもできないありさまです。
(さもんろうじんには、いちねんもたったかとおもわれるほど、ながいながいじかんのあとで、)
左門老人には、一年もたったかと思われるほど、長い長い時間のあとで、
(やっとじゅうにじがうちました。まよなかです。)
やっと十二時がうちました。真夜中です。
(あけちはときどき、いたどごしに、しつないのけいじにこえをかけていましたが、)
明智はときどき、板戸ごしに、室内の刑事に声をかけていましたが、
(そのつど、なかからはっきりしたくちょうで、いじょうはないというへんじが)
そのつど、中からハッキリした口調で、異状はないという返事が
(きこえてきました。)
聞こえてきました。
(「あーあ、ぼくはすこしねむくなってきた。」)
「アーア、ぼくは少しねむくなってきた。」
(あけちはあくびをして、)
明智はあくびをして、
(「にじゅうめんそうのやつ、こんやはやってこないかもしれませんよ。)
「二十面相のやつ、今夜はやってこないかもしれませんよ。
(こんなげんじゅうなけいかいのなかへとびこんでくるばかでも)
こんな厳げんじゅうな警戒の中へとびこんでくるばかでもない
(でしょうからね・・・・・・。ごろうじんいかがです。ねむけざましにいっぽん。)
でしょうからね……。ご老人いかがです。ねむけざましに一本。
(がいこくではこんなぜいたくなやつを、すぱすぱやっているんですよ。」)
外国ではこんなぜいたくなやつを、スパスパやっているんですよ。」
(と、たばこいれをぱちんとひらいて、じぶんもいっぽんつまんで、ろうじんのまえに)
と、たばこ入れをパチンとひらいて、自分も一本つまんで、老人の前に
(さしだすのでした。)
さしだすのでした。
(「そうでしょうかね。こんやはこないでしょうかね。」)
「そうでしょうかね。今夜は来ないでしょうかね。」
(さもんろうじんは、さしだされたえじぷとたばこをとりながら、)
左門老人は、さしだされたエジプトたばこを取りながら、
(まだふあんらしくいうのです。)
まだ不安らしくいうのです。
(「いや、ごあんしんください。あいつは、けっしてばかじゃありません。)
「いや、ご安心ください。あいつは、けっしてばかじゃありません。
(ぼくが、ここにがんばっているとしったら、まさかのこのこやってくる)
ぼくが、ここにがんばっていると知ったら、まさかノコノコやってくる
(はずはありませんよ。」)
はずはありませんよ。」
(それからしばらくことばがとだえて、ふたりはてんでのかんがえごとを)
それからしばらくことばがとだえて、ふたりはてんでの考えごとを
(しながら、おいしそうにたばこをすっていましたが、それがすっかり)
しながら、おいしそうにたばこをすっていましたが、それがすっかり
(はいになったころ、あけちはあくびをして、)
灰になったころ、明智はあくびをして、
(「ぼくはすこしねむりますよ。あなたもおやすみなさい。なあに、)
「ぼくは少しねむりますよ。あなたもおやすみなさい。なあに、
(だいじょうぶです。ぶしはくつわのおとにめをさますっていいますが、)
大じょうぶです。武士はくつわの音に目をさますっていいますが、
(ぼくはしょくぎょうがら、どんなしのびあしのおとにもめをさますのです。)
ぼくは職業がら、どんなしのび足の音にも目をさますのです。
(こころまでねむりはしないのですよ。」)
心までねむりはしないのですよ。」
(そんなことをいったかとおもうと、いたどのまえにながながとよこになって、)
そんなことをいったかと思うと、板戸の前に長々と横になって、
(めをふさいでいました。そして、まもなく、すやすやとおだやかな)
目をふさいでいました。そして、まもなく、スヤスヤとおだやかな
(ねいきがきこえはじめたのです。)
寝息が聞こえはじめたのです。
(あまりなれきったたんていのしぐさに、ろうじんはきがきではありません。)
あまりなれきった探偵のしぐさに、老人は気が気ではありません。
(ねむるどころか、ますますみみをそばだてて、どんなかすかなものおとも)
ねむるどころか、ますます耳をそばだてて、どんなかすかな物音も
(ききもらすまいと、いっしょうけんめいでした。)
聞きもらすまいと、いっしょうけんめいでした。
(なにかみょうなおとがきこえてくるようなきがします。みみなりかしら、)
何かみょうな音が聞こえてくるような気がします。耳鳴りかしら、
(それともちかくのもりのこずえにあたるかぜのおとかしら。)
それとも近くの森のこずえにあたる風の音かしら。
(そして、みみをすましていますと、しんしんとよるのふけていくのが、)
そして、耳をすましていますと、しんしんと夜のふけていくのが、
(はっきりわかるようです。)
ハッキリわかるようです。
(あたまのなかがだんだんからっぽになって、めのまえがもやのようにかすんでいきます。)
頭の中がだんだんからっぽになって、目の前がもやのようにかすんでいきます。
(はっときがつくと、そのうすしろいもやのなかに、めばかりひからした)
ハッと気がつくと、そのうす白いもやの中に、目ばかり光らした
(くろしょうぞくのおとこが、もうろうとたちはだかっているではありませんか。)
黒装束の男が、もうろうと立ちはだかっているではありませんか。
(「あっ、あけちせんせい、ぞくです。ぞくです。」)
「アッ、明智先生、賊です。賊です。」
(おもわずおおごえをあげて、ねているあけちのかたをゆさぶりました。)
思わず大声をあげて、寝ている明智の肩をゆさぶりました。
(「なんです。そうぞうしいじゃありませんか。どこにぞくがいるんです。)
「なんです。そうぞうしいじゃありませんか。どこに賊がいるんです。
(ゆめでもごらんになったのでしょう。」)
夢でもごらんになったのでしょう。」
(たんていはみうごきもせず、しかりつけるようにいうのでした。)
探偵は身動きもせず、しかりつけるようにいうのでした。
(なるほど、いまのはゆめか。それともまぼろしだったのかもしれません。)
なるほど、今のは夢か。それとも幻だったのかもしれません。
(いくらみまわしても、くろしょうぞくのおとこなど、どこにもいやしないのです。)
いくら見まわしても、黒装束の男など、どこにもいやしないのです。