怪人二十面相59

関連タイピング
問題文
(このめいれいが、とうきょうぜんとのおまわりさんのこころを、どれほどおどらせた)
この命令が、東京全都のおまわりさんの心を、どれほどおどらせた
(ことでしょう。われこそはそのじどうしゃをつかまえて、きょうぞくたいほのめいよを)
ことでしょう。われこそはその自動車をつかまえて、凶賊逮捕の名誉を
(になわんものと、こうばんというこうばんのけいかんが、めをさらのようにし、て)
になわんものと、交番という交番の警官が、目をさらのようにし、手
(ぐすねひいてまちかまえたことはもうすまでもありません。)
ぐすね引いて待ちかまえたことは申すまでもありません。
(かいとうがほてるをしゅっぱつしてから、にじゅっぷんもしたころ、こううんにもいちさんはちはち)
怪盗がホテルを出発してから、二十分もしたころ、幸運にも一三八八
(ななばんのじどうしゃをはっけんしたのは、しんじゅくとつかまちのこうばんにきんむしているいちけいかん)
七番の自動車を発見したのは、新宿戸塚町の交番に勤務している一警官
(でありました。)
でありました。
(それはまだわかくて、ゆうきにとんだおまわりさんでしたがこうばんのまえを、)
それはまだ若くて、勇気に富んだおまわりさんでしたが交番の前を、
(きていいじょうのそくりょくで、やのようにはしりぬけたいちだいのじどうしゃを、ひょいと)
規定以上の速力で、矢のように走りぬけた一台の自動車を、ヒョイと
(みると、そのばんごうがいちさんはちはちななばんだったのです。)
見ると、その番号が一三八八七番だったのです。
(わかいおまわりさんは、はっとして、おもわずむしゃぶるいをしました。)
若いおまわりさんは、ハッとして、思わず武者ぶるいをしました。
(そして、そのあとからはしってくるくうしゃを、よびとめるなり、とびのって、)
そして、そのあとから走ってくる空車を、呼びとめるなり、とびのって、
(「あのくるまだっ、あのくるまにゆうめいなにじゅうめんそうがのっているんだ。はしってくれ。)
「あの車だッ、あの車に有名な二十面相が乗っているんだ。走ってくれ。
(すぴーどはいくらだしてもかまわん、えんじんがはれつするまで)
スピードはいくら出してもかまわん、エンジンが破裂するまで
(はしってくれっ。」)
走ってくれッ。」
(とさけぶのでした。)
と叫ぶのでした。
(しあわせと、そのじどうしゃのうんてんしゅがまた、こころきいたわかものでした。)
しあわせと、その自動車の運転手がまた、心きいた若者でした。
(くるまはあたらしく、えんじんにもうしぶんはありません。はしる、はしる、まるで)
車は新しく、エンジンに申しぶんはありません。走る、走る、まるで
(てっぽうたまみたいにはしりだしたのです。)
鉄砲玉みたいに走りだしたのです。
(あくまのようにしっそうするにだいのじどうしゃは、みちゆくひとのめをみはらせないでは)
悪魔のように失踪する二台の自動車は、道行く人の目を見はらせないでは
(おきませんでした。)
おきませんでした。
(みれば、うしろのくるまには、ひとりのおまわりさんが、およびごしになって、)
見れば、うしろの車には、ひとりのおまわりさんが、および腰になって、
(いっしんふらんにぜんぽうをみつめ、なにかおおごえにわめいているではありませんか。)
一心不乱に前方を見つめ、何か大声にわめいているではありませんか。
(「とりものだ、とりものだ!」)
「捕り物だ、捕り物だ!」
(やじうまがさけびながら、くるまといっしょにかけだします。それにつれて)
野次馬がさけびながら、車といっしょにかけだします。それにつれて
(いぬがほえる。あるいていたぐんしゅうがみなたちどまってしまうというさわぎです。)
犬がほえる。歩いていた群衆がみな立ちどまってしまうというさわぎです。
(しかし、じどうしゃは、それらのこうけいをあとにみすてて、とおりまのように、)
しかし、自動車は、それらの光景をあとに見すてて、通り魔のように、
(ただ、さきへさきへととんでいきます。)
ただ、先へ先へととんでいきます。
(いくだいのじどうしゃをおいぬいたことでしょう。いくたびじどうしゃに)
いく台の自動車を追いぬいたことでしょう。いくたび自動車に
(ぶつかりそうになって、あやうくよけたことでしょう。)
ぶつかりそうになって、あやうくよけたことでしょう。
(ほそいみちではすぴーどがだせないものですから、ぞくのくるまはだいかんじょうせんに)
細い道ではスピードが出せないものですから、賊の車は大環状線に
(でて、おうじのほうがくにむかってしっそうしはじめました。ぞくは、むろんついせきを)
出て、王子の方角に向かって疾走しはじめました。賊は、むろん追跡を
(きづいています。しかし、どうすることもできないのです。はくちゅうの)
気づいています。しかし、どうすることもできないのです。白昼の
(とないでは、くるまをとびおりてみをかくすなんてげいとうは、できっこありません。)
都内では、車をとびおりて身をかくすなんて芸当は、できっこありません。
(いけぶくろをすぎたころ、まえのくるまからぱーんというはげしいおんきょうがきこえました。)
池袋をすぎたころ、前の車からパーンというはげしい音響が聞こえました。
(ああ、ぞくはとうとうがまんしきれなくなって、れいのぽけっとのぴすとるを)
ああ、賊はとうとうがまんしきれなくなって、例のポケットのピストルを
(とりだしたのでしょうか。)
取りだしたのでしょうか。
(いや、いや、そうではなかったのです。せいようのぎゃんぐえいがでは)
いや、いや、そうではなかったのです。西洋のギャング映画では
(ありません。にぎやかなまちのなかで、ぴすとるなどうってみたところで、)
ありません。にぎやかな街のなかで、ピストルなどうってみたところで、
(いまさらのがれられるものではないのです。)
今さらのがれられるものではないのです。
(ぴすとるではなくて、しゃりんのぱんくしたおとでした。ぞくのうんがつきたのです。)
ピストルではなくて、車輪のパンクした音でした。賊の運がつきたのです。
(それでも、しばらくのあいだは、むりにくるまをはしらせていましたが、)
それでも、しばらくのあいだは、むりに車を走らせていましたが、
(いつしかそくどがにぶり、ついにおまわりさんのじどうしゃにおいぬかれて)
いつしか速度がにぶり、ついにおまわりさんの自動車に追いぬかれて
(しまいました。にげるゆくてにあたって、じどうしゃをよこにされては、)
しまいました。逃げる行く手にあたって、自動車を横にされては、
(もうどうすることもできません。)
もうどうすることもできません。
(くるまはにだいともとまりました。たちまちそのまわりにくろやまのひとだかり。)
車は二台ともとまりました。たちまちそのまわりに黒山の人だかり。
(やがてふきんのおまわりさんもかけつけてきます。)
やがて付近のおまわりさんもかけつけてきます。
(ああ、どくしゃしょくん、つじのしは、とうとうつかまってしまいました。)
ああ、読者諸君、辻野氏は、とうとうつかまってしまいました。
(「にじゅうめんそうだ、にじゅうめんそうだ!」)
「二十面相だ、二十面相だ!」
(だれいうことなく、ぐんしゅうのあいだにそんなこえがおこりました。)
だれいうことなく、群衆のあいだにそんな声がおこりました。