河童 13 芥川龍之介

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芥川龍之介の名作

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問題文

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(じゅうさん ぼくらはとっくのいえへかけつけました。とっくはみぎのてにぴすとるをにぎり、)

13 僕らはトックの家へ駆けつけました。トックは右の手にピストルを握り、

(あたまのさらからちをだしたまま、こうざんしょくぶつのはちうえのなかにあおむけになってたおれて)

頭の皿から血を出したまま、高山植物の鉢植えの中に仰向けになって倒れて

(いました。そのまたそばにはめすのかっぱがいっぴき、とっくのむねにかおをうずめ、おおごえを)

いました。そのまたそばには雌の河童が一匹、トックの胸に顔を埋め、大声を

(あげてないていました。ぼくはめすのかっぱをだきおこしながら、(いったいぼくは)

あげて泣いていました。僕は雌の河童を抱き起こしながら、(いったい僕は

(ぬらぬらするかっぱのひふにてをふれることをあまりこのんではいないのですが。))

ぬらぬらする河童の皮膚に手を触れることをあまり好んではいないのですが。)

(「どうしたのです?」とたずねました。「どうしたのだか、わかりません。)

「どうしたのです?」と尋ねました。「どうしたのだか、わかりません。

(ただなにかかいていたかとおもうと、いきなりぴすとるであたまをうったのです。ああ、)

ただ何か書いていたかと思うと、いきなりピストルで頭を打ったのです。ああ、

(わたしはどうしましょう?」「なにしろとっくくんはわがままだったからね。」)

わたしはどうしましょう?」「何しろトック君はわがままだったからね。」

(がらすがいしゃのげえるはかなしそうにあたまをふりながら、さいばんかんのぺっぷにこういい)

硝子会社のゲエルは悲しそうに頭を振りながら、裁判官のペップにこう言い

(ました。しかしぺっぷはなにもいわずにきんぐちのまきたばこにひをつけていました。)

ました。しかしペップは何も言わずに金口の巻煙草に火をつけていました。

(するといままでひざまずいて、とっくのきずぐちなどをしらべていたちゃっくはいかにも)

すると今までひざまずいて、トックの創口などを調べていたチャックはいかにも

(いしゃらしいたいどをしたままぼくらごにんにせんげんしました。(じつはひとりとよんひきです))

医者らしい態度をしたまま僕ら五人に宣言しました。(実はひとりと四匹です)

(「もうだめです。とっくくんはがんらいいびょうでしたから、それだけでもゆううつになり)

「もう駄目です。トック君は元来胃病でしたから、それだけでも憂鬱になり

(やすかったのです。」「なにかかいていたということですが。」)

やすかったのです。」「何か書いていたということですが。」

(てつがくしゃのまっぐはべんかいするようにこうひとりごとをもらしながら、つくえのかみをとり)

哲学者のマッグは弁解するようにこう独り語をもらしながら、机の紙をとり

(あげました。ぼくらはみんなくびをのばし、(もっともぼくだけはれいがいです)はばのひろい)

上げました。僕らは皆頸をのばし、(もっとも僕だけは例外です)幅の広い

(まっぐのかたごしにいちまいのかみをのぞきこみました。)

マッグの肩越しに一枚の紙を覗き込みました。

(「いざ、たちてゆかん。しゃばかいをへだつるたにへ。」まっぐはぼくらをふりかえりながら)

「いざ、立ちてゆかん。娑婆界を隔つる谷へ。」マッグは僕らをふり返りながら

(びくしょうといっしょにこういいました。「これはげえての「みによんのうた」の)

微苦笑といっしょにこう言いました。「これはゲエテの『ミニヨンの歌』の

(ひょうせつですよ。するととっくくんのじさつしたのはしじんとしてもつかれていたのですね」)

剽窃ですよ。するとトック君の自殺したのは詩人としても疲れていたのですね」

など

(そこへぐうぜんじどうしゃをのりつけたのはあのおんがくかのくらばっくです。)

そこへ偶然自動車を乗り付けたのはあの音楽家のクラバックです。

(くらばっくはこういうこうけいをみると、しばらくとぐちにたたずんでいました。)

クラバックはこういう光景を見ると、しばらく戸口にたたずんでいました。

(が、ぼくらのまえへあゆみよると、どなりつけるようにまっぐにはなしかけました。)

が、僕らの前へ歩み寄ると、怒鳴りつけるようにマッグに話しかけました。

(「それはとっくくんのゆいごんじょうですか?」「いやさいごにかいていたしです。」)

「それはトック君の遺言状ですか?」「いや最後に書いていた詩です。」

(「し?」やはりすこしもさわがないまっぐはかみをなみだてたくらばっくにとっくのしこう)

「詩?」やはり少しも騒がないマッグは髪を波立てたクラバックにトックの詩稿

(をよみだしました。しかもまっぐのことばにはほとんどへんじさえしなかったのです)

を読み出しました。しかもマッグの言葉にはほとんど返事さえしなかったのです

(「あなたはとっくくんのしをどうおもいますか?」「いざ、たちて・・・ぼくもまた)

「あなたはトック君の死をどう思いますか?」「いざ、立ちて・・・僕もまた

(いつしぬかわかりません。・・・しゃばかいをへだつるたにへ。・・・」)

いつ死ぬかわかりません。・・・娑婆界を隔つる谷へ。・・・」

(「しかしあなたはとっくくんとはやはりしんゆうのひとりだったのでしょう?」)

「しかしあなたはトック君とはやはり親友のひとりだったのでしょう?」

(「しんゆう?とっくはいつもこどくだったのです。・・・しゃばかいをへだつるたにへ・・)

「親友?トックはいつも孤独だったのです。・・・娑婆界を隔つる谷へ・・

(ただとっくはふこうにも・・・いわむらはこごしく・・・」)

ただトックは不幸にも・・・岩むらはこごしく・・・」

(「ふこうにも?」「やまみずはきよく・・あなたがたはこうふくです。いわむらはこごしく」)

「不幸にも?」「やま水は清く・・あなたがたは幸福です。岩むらはこごしく」

(ぼくはいまだになきごえをたたないめすのかっぱにどうじょうしましたから、そっとかたをかかえる)

僕はいまだに鳴き声を絶たない雌の河童に同情しましたから、そっと肩を抱える

(ようにし、へやのいすのながいすへつれていきました。そこにはにさいかさんさいかの)

ようにし、部屋の椅子の長椅子へつれていきました。そこには二歳か三歳かの

(かっぱがいっぴき、なにもしらずにわらっているのです。ぼくはめすのかっぱのかわりにこどもの)

河童が一匹、何も知らずに笑っているのです。僕は雌の河童の代りに子どもの

(かっぱをあやしてやりました。ぼくがかっぱのくににすんでいるうちになみだというものを)

河童をあやしてやりました。僕が河童の国に住んでいるうちに涙というものを

(こぼしたのはまえにもあとにもこのときだけです。)

こぼしたのは前にもあとにもこの時だけです。

(「しかしこういうわがままのかっぱといっしょになったかぞくはきのどくですね。」)

「しかしこういうわがままの河童といっしょになった家族は気の毒ですね。」

(「なにしろあとのことをかんがえないのですから。」さいばんかんのぺっぷはあいかわらず)

「なにしろあとのことを考えないのですから。」裁判官のペップは相変わらず

(あたらしいまきたばこにひをつけながら、しほんかげえるにへんじをしていました。)

新しい巻煙草に火をつけながら、資本家ゲエルに返事をしていました。

(するとぼくらをおどろかせたのはおんがくかのくらばっくのおおごえです。くらばっくはしこうを)

すると僕らを驚かせたのは音楽家のクラバックの大声です。クラバックは詩稿を

(にぎったまま、だれにともなしによびかけました。)

握ったまま、だれにともなしに呼びかけました。

(「しめた!すばらしいそうそうきょくができるぞ。」くらばっくはほそいめをかがやかせ)

「しめた!すばらしい葬送曲ができるぞ。」クラバックは細い目をかがやかせ

(たまま、ちょっとまっぐのてをにぎると、いきなりとぐちへとんでいきました。)

たまま、ちょっとマッグの手を握ると、いきなり戸口へ噸で行きました。

(もちろんこのときにはとなりきんじょのかっぱがおおぜい、とっくのいえのとぐちにあつまり、めずらしそうに)

もちろんこの時には隣近所の河童が大勢、トックの家の戸口に集り、珍しそうに

(いえのなかをのぞいているのです。しかしくらばっくはこのかっぱたちをしゃにむにさゆうへ)

家の中を覗いているのです。しかしクラバックはこの河童たちを遮二無二左右へ

(おしのけるがはやいか、ひらりとじどうしゃへとびのりました。どうじにまたじどうしゃは)

押しのけるが早いか、ひらりと自動車へ飛び乗りました。同時にまた自動車は

(ばくおんをたててたちまちどこかへいってしまいました。)

爆音を立ててたちまちどこかへ行ってしまいました。

(「こら、こら、そうのぞいてはいかん。」さいばんかんのぺっぷはじゅんさのかわりにおおぜいの)

「こら、こら、そう覗いてはいかん。」裁判官のペップは巡査の代りに大勢の

(かっぱをおしだしたのち、とっくのいえのとをしめてしまいました。へやのなかは)

河童を押し出した後、トックの家の戸を閉めてしまいました。部屋の中は

(そのせいかきゅうにひっそりなったものです。ぼくらはこういうしずかさのなかにーー)

そのせいか急にひっそりなったものです。僕らはこういう静かさの中にーー

(こうざんしょくぶつのはなのかおりにまじったとっくのちのにおいのなかにあとしまつのことなどを)

高山植物の花の香に交じったトックの血の匂いの中に後始末のことなどを

(そうだんしました。しかしあのてつがくしゃのまっぐだけはとっくのしがいをながめたまま、)

相談しました。しかしあの哲学者のマッグだけはトックの死骸をながめたまま、

(ぼんやりなにかかんがえています。ぼくはまっぐのかたをたたき)

ぼんやり何か考えています。僕はマッグの肩をたたき

(「なにをかんがえているのです?」とたずねました。)

「何を考えているのです?」と尋ねました。

(「かっぱのせいかつというものをね。」「かっぱのせいかつがどうなるのです?」)

「河童の生活というものをね。」「河童の生活がどうなるのです?」

(「われわれかっぱはなんといっても、かっぱのせいかつをまっとうするためには・・・」)

「我々河童はなんと言っても、河童の生活をまっとうするためには・・・」

(まっぐはたしょうはずかしそうにこうこごえでつけくわえました。)

マッグは多少恥ずかしそうにこう小声でつけ加えました。

(「とにかくわれわれかっぱいがいのなにものかのちからをしんずることですね。」)

「とにかく我々河童以外の何ものかの力を信ずることですね。」

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