河童 16 芥川龍之介

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芥川龍之介の名作

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問題文

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(じゅうろく ぼくはこういうきじをよんだのち、だんだんこのくににいることもゆううつになって)

16 僕はこういう記事を読んだ後、だんだんこの国にいることも憂鬱になって

(きましたから、どうかわれわれにんげんのくにへかえることにしたいとおもいました。しかし)

きましたから、どうか我々人間の国へ帰ることにしたいと思いました。しかし

(いくらさがしてあるいても、ぼくのおちたあなはみつかりません。そのうちにあのばっぐ)

いくら探して歩いても、僕の落ちた穴は見つかりません。そのうちにあのバッグ

(というりょうしのかっぱのはなしには、なんでもこのくにのまちのはずれにあるとしをとったかっぱ)

という漁夫の河童の話には、なんでもこの国の街のはずれにある年をとった河童

(がいっぴき、ほんをよんだりふえをふいたり、しずかにくらしているということです。)

が一匹、本を読んだり笛を吹いたり、静かに暮らしているということです。

(ぼくはこのかっぱにたずねてみれば、あるいはこのくにをにげだすみちもわかりはしない)

僕はこの河童に尋ねてみれば、あるいはこの国を逃げ出す途もわかりはしない

(かとおもいましたから、さっそくまちはずれにへでかけてゆきました。しかしそこへ)

かと思いましたから、さっそく街はずれにへ出かけてゆきました。しかしそこへ

(いってみると、いかにもちいさいうちのなかにとしをとったかっぱどころか、あたまのさらも)

行ってみると、いかにも小さい家の中に年をとった河童どころか、頭の皿も

(かたまらない、やっとじゅうにさんのかっぱがいっぴき、ゆうゆうとふえをふいてきました。)

固まらない、やっと十二三の河童が一匹、悠々と笛を吹いて忌ました。

(ぼくはもちろんまちがったうちへはいったではないかとおもいました。が、ねんのために)

僕はもちろん間違った家へはいったではないかと思いました。が、念のために

(なをきいてみるとやはりばっぐのおしえてくれたとしよりのかっぱにちがいないのです。)

名をきいてみるとやはりバッグの教えてくれた年よりの河童に違いないのです。

(「しかしあなたはこどものようですが・・」「おまえさんはまだしらないのかい?)

「しかしあなたは子どものようですが・・」「お前さんはまだ知らないのかい?

(わたしはどういううんめいか、ははおやのはらをでたときにはしらがあたまをしていたのだよ。)

わたしはどういう運命か、母親の腹を出た時には白髪頭をしていたのだよ。

(それからだんだんとしがわかくなり、いまではこんなこどもになったのだよ。けれども)

それからだんだん年が若くなり、今ではこんな子どもになったのだよ。けれども

(としをかんじょうすればうまれるまえをろくじゅうとしても、かれこれひゃくじゅうごろくにはなるかも)

年を勘定すれば生まれる前を六十としても、かれこれ百十五六にはなるかも

(しれない。」ぼくはへやのなかをみまわしました。そこにはぼくのきのせいか、しっそな)

しれない。」僕は部屋の中を見まわしました。そこには僕の気のせいか、質素な

(いすやてえぶるのあいだになにかきよらかなこうふくがただよっているようにみえるのです。)

椅子やテエブルの間に何か清らかな幸福が漂っているように見えるのです。

(「あなたはどうもほかのかっぱよりもしあわせにくらしているようですね?」)

「あなたはどうもほかの河童よりもしあわせに暮らしているようですね?」

(「さあ、そうかもしれない。わたしはわかいときはとしよりだったし、としをとった)

「さあ、そうかもしれない。わたしは若いときは年よりだったし、年をとった

(ときはわかいものになっている。したがってとしよりのようによくにもかわかず、わかいものの)

時は若いものになっている。従って年よりのように欲にも渇かず、若いものの

など

(ようにいろにもおぼれない。とにかくわたしのしょうがいはたといしあわせではないにも)

ように色にもおぼれない。とにかくわたしの生涯はたといしあわせではないにも

(しろ、やすらかだったのにはちがいあるまい。」「なるほどそれはやすらかでしょう」)

しろ、安らかだったのには違いあるまい。」「なるほどそれは安らかでしょう」

(「いや、まだそれだけではやすらかにはならない。わたしはからだもじょうぶだったし)

「いや、まだそれだけでは安らかにはならない。わたしは体も丈夫だったし

(いっしょうくうにこまらぬくらいのざいさんをもっていたのだよ。しかしいちばんしあわせだった)

一生食うに困らぬくらいの財産を持っていたのだよ。しかし一番しあわせだった

(のはやはりうまれてきたときにとしよりだったことだとおもっている。」)

のはやはり生まれて来た時に年よりだったことだと思っている。」

(ぼくはしばらくこのかっぱとじさつしたとっくのはなしだのまいにちいしゃにみてもらっている)

僕はしばらくこの河童と自殺したトックの話だの毎日医者に見てもらっている

(げえるのはなしだのをしていました。が、なぜかとしをとったかっぱはあまりぼくのはなし)

ゲエルの話だのをしていました。が、なぜか年をとった河童はあまり僕の話

(などにきょうみのないようなかおをしていました。「ではあなたはほかのかっぱのように)

などに興味のないような顔をしていました。「ではあなたはほかの河童のように

(かくべついきていることにしゅうちゃくをもってはいないのですね?」としをとったかっぱはぼくの)

格別生きていることに終着を持ってはいないのですね?」年をとった河童は僕の

(かおをみながら、しずかにこうへんじをしました。「わたしもほかのかっぱのように)

顔を見ながら、静かにこう返事をしました。「わたしもほかの河童のように

(このくにへうまれてくるかどうか、いちおうちちおやにたずねられてからははおやのたいじを)

この国へ生まれてくるかどうか、一応父親に尋ねられてから母親の胎児を

(はなれたのだよ。」「しかしぼくはふとしたひょうしに、このくにへころげおちてしまった)

離れたのだよ。」「しかし僕はふとした拍子に、この国へ転げ落ちてしまった

(のです。どうかぼくにこのくにからでていかれるみちをおしえてください。」)

のです。どうか僕にこの国から出ていかれる路を教えてください。」

(「でていかれるみちはひとつしかない。」「というのは?」「それはおまえさんの)

「出ていかれる路は一つしかない。」「というのは?」「それはお前さんの

(ここへきたみちだ。」ぼくはこのこたえをきいたときになぜかみのけがよだちました。)

ここへ来た路だ。」僕はこの答えを聞いた時になぜか身の毛がよだちました。

(「そのみちがあいにくみつからないのです。」としをとったかっぱはみずみずしいめに)

「その路があいにく見つからないのです。」年をとった河童は水々しい目に

(じっとぼくのかおをみつめました。それからやっとからだをおこし、へやのすみへあゆみ)

じっと僕の顔を見つめました。それからやっと体を起こし、部屋の隅へ歩み

(よると、てんじょうからそこにさがっていたいっぽんのつなをひきだしました。するといままで)

寄ると、天井からそこに下がっていた一本の綱を引き出しました。すると今まで

(きのつかなかったてんまどがひとつひらきました。そのまたまるいてんまどのそとにはまつやひのきが)

気のつかなかった天窓が一つ開きました。そのまた円い天窓の外には松や檜が

(えだをはったむこうにおおぞらがあおあおとはれわたっています。いや、おおきいやじりににた)

枝を張った向こうに大空が青々と晴れ渡っています。いや、大きい鏃に似た

(やりがたけのみねもそびえています。ぼくはひこうきをみたこどものようにじっさいとび)

槍ヶ岳の峯もそびえています。僕は飛行機を見た子どものように実際飛び

(あがってよろこびました。「さあ、あすこからでていくがいい。」としをとったかっぱは)

上がって喜びました。「さあ、あすこから出て行くがいい。」年をとった河童は

(こういいながら、さっきのつなをゆびさしました。いままでぼくのつなとおもっていたのは)

こう言いながら、さっきの綱を指差しました。いままで僕の綱と思っていたのは

(じつはつなばしごにできていたのです。)

実は綱梯子にできていたのです。

(「ではあすこからでさしてもらいます。」)

「ではあすこから出さしてもらいます。」

(「ただわたしはまえもっていうがね。でていってこうかいしないように。」)

「ただわたしは前もって言うがね。出て行って後悔しないように。」

(「だいじょうぶです。ぼくはこうかいなどはしません。」)

「大丈夫です。僕は後悔などはしません。」

(ぼくはこうへんじするがはやいか、もうつなばしごをよじのぼっていました。としをとった)

僕はこう返事するが早いか、もう綱梯子をよじ登っていました。年をとった

(かっぱのあたまのさらをはるかにしたにながめながら。)

河童の頭の皿をはるかに下にながめながら。

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