シャーロック・ホームズの事件簿 高名な依頼人6
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問題文
(「ぼくがこたえようとしたとき、おんながせんぷうのようにはなしだした。もしほのおとこおりが)
「僕が答えようとした時、女が旋風のように話し出した。もし炎と氷が
(ぶつかりあうところをみたことがあれば、このふたりのじょせいはまさにそれだった」)
ぶつかり合うところを見たことがあれば、この二人の女性はまさにそれだった」
(「「あたいがだれかいってやるよ」かのじょはいすからとびあがってさけんだ。)
「『あたいが誰か言ってやるよ』彼女は椅子から飛び上がって叫んだ。
(かのじょのくちもとはげきじょうにかんぜんにゆがんでいた。)
彼女の口元は激情に完全にゆがんでいた。
(「あたいはあいつのさいごのおんなさ。あたいはあいつがゆうわくし、つかい、ほろぼし、)
『あたいはあいつの最後の女さ。あたいはあいつが誘惑し、使い、滅ぼし、
(ごみのやまになげすてたひゃくにんのおんなのひとりさ。あんたもそうなるのさ。)
ごみの山に投げ捨てた百人の女の一人さ。あんたもそうなるのさ。
(あんたのごみのやまははかばになりそうだね。そしてそれがいちばんいいばしょさ。)
あんたのごみの山は墓場になりそうだね。そしてそれが一番いい場所さ。
(いいかい、ばかなおんな、あんたがこのおとことけっこんしたら、あいつはあんたの)
いいかい、馬鹿な女、あんたがこの男と結婚したら、あいつはあんたの
(しにがみになるんだよ。しんぞうをさすかもしれないし、くびをおるかもしれない。)
死神になるんだよ。心臓を刺すかもしれないし、首を折るかもしれない。
(しかしなんにしてもあいつはあんたをころす。)
しかしなんにしてもあいつはあんたを殺す。
(あたいがはなしているのはあんたのためをおもっているからじゃない。)
あたいが話しているのはあんたのためを思っているからじゃない。
(あんたがいきようがしのうがあたいはこれっぽっちもきにしないさ。)
あんたが生きようが死のうがあたいはこれっぽっちも気にしないさ。
(それはあいつがにくいからさ。うらんでいるからさ。しかえしをしたいからさ。)
それはあいつが憎いからさ。恨んでいるからさ。仕返しをしたいからさ。
(あいつがあたいにしたことにたいしてね。しかしおなじことさ。)
あいつがあたいにしたことに対してね。しかし同じことさ。
(だからあんたはあたいをそんなふうにみるひつようはないよ、きれいなおじょうさま。)
だからあんたはあたいをそんな風に見る必要はないよ、綺麗なお嬢様。
(あんたはあたいよりもおちるかもしれないからさ。)
あんたはあたいよりも堕ちるかもしれないからさ。
(あんたがあいつとてをきるまえにな」」)
あんたがあいつと手を切る前にな』」
(「「そんなはなしをききたくはございません」みす・ど・めるヴぃるは)
「『そんな話を聞きたくはございません』ミス・ド・メルヴィルは
(つめたくいった。「はっきりいわせていただけば、わたしはこんやくしゃが)
冷たく言った。『はっきり言わせていただけば、私は婚約者が
(これまでのじんせいでしたごころのあるじょせいたちにつかまって、さんどの)
これまでの人生で下心のある女性たちに捕まって、三度の
(つきあいをしたことをしっています。そしてわたしは、かれがもしわるいことをしたのなら、)
付き合いをした事を知っています。そして私は、彼がもし悪い事をしたのなら、
(それにたいしてこころからこうかいしているとかくしんしています」」)
それに対して心から後悔していると確信しています』」
(「「つきあいがさんかいだって!」ぼくのつれはかなきりごえをあげた。)
「『付き合いが三回だって!』僕の連れは金切声をあげた。
(「このばか!おまえはまったくのおおばかものだ!」」)
『この馬鹿!お前は全くの大馬鹿者だ!』」
(「「ほーむずさん、はなしはもうここまでにしてください」)
「『ホームズさん、話はもうここまでにしてください』
(かのじょはこおりのようなこえでいった。「わたしは、ちちのようぼうにしたがって)
彼女は氷のような声で言った。『私は、父の要望に従って
(あなたとおあいしましたが、このひとのたわごとをきくぎむはありません」」)
あなたとお会いしましたが、この人のたわ言を聞く義務はありません』」
(「のろいのことばとともに、みす・うぃんたーはまえにとびだした。そしてもしぼくが)
「呪いの言葉と共に、ミス・ウィンターは前に飛び出した。そしてもし僕が
(かのじょのてくびをつかんでいなかったら、かのじょはこのはらだたしいじょせいのかみのけを)
彼女の手首をつかんでいなかったら、彼女はこの腹立たしい女性の髪の毛を
(ひっぱっていただろう。ぼくはかのじょをとびらのほうにひきずっていき、)
引っ張っていただろう。僕は彼女を扉の方に引きずっていき、
(だれにもみられずにばしゃにもどすことができて、やれやれとおもったよ。)
誰にも見られずに馬車に戻すことができて、やれやれと思ったよ。
(かのじょはいかりでわれをわすれていたからね。あのよそよそしいたいどにはぼくじしんも)
彼女は怒りで我を忘れていたからね。あのよそよそしい態度には僕自身も
(ほんとうにはらがたったよ、わとそん。こちらがたすけようとほんそうしているあのおんなの)
本当に腹が立ったよ、ワトソン。こちらが助けようと奔走しているあの女の
(おちつきはらったれいたんさときょくどのじこまんぞくには、ことばでいえないほど)
落ち着き払った冷淡さと極度の自己満足には、言葉でいえないほど
(しゃくにさわるものがあったからね。さあ、これでもういちどきみはげんじょうをせいかくに)
癪に障るものがあったからね。さあ、これでもう一度君は現状を正確に
(はあくしたわけだ。そしてぼくがあらたにしゅだんをねりなおさなければならないことは)
把握したわけだ。そして僕が新たに手段を練り直さなければならないことは
(たしかだ。このさいしょのいってにこうかがなかったからね。)
確かだ。この最初の一手に効果がなかったからね。
(ぼくはきみとはれんらくをみつにするつもりだ、わとそん。きみのてをかりたいばめんが)
僕は君とは連絡を密にするつもりだ、ワトソン。君の手を借りたい場面が
(でてくるのはまずまちがいない。しかしこちらがつぎのいってをさすまえに、)
出てくるのはまず間違いない。しかしこちらが次の一手を指す前に、
(むこうがてをうってくるかのうせいもあるな」)
向こうが手を打ってくる可能性もあるな」
(そのよみがあたった。かれらのいちげきがくわえられた、・・・・いや、わたしはそのじょせいが)
その読みが当たった。彼らの一撃が加えられた、・・・・いや、私はその女性が
(しらされていたとはとうていしんじられないので、かれのいちげきというべきか。)
知らされていたとは到底信じられないので、彼の一撃というべきか。
(わたしはしんぶんうりのぽすたーをめにしてでんげきてきなきょうふをおぼえたとき、)
私は新聞売りのポスターを目にして電撃的な恐怖を覚えた時、
(じぶんのたっていたしきいしをいまもおぼえている。かたあしのしんぶんうりが)
自分の立っていた敷石を今も覚えている。片足の新聞売りが
(ゆうかんをひろげていたのはぐらんどほてるとちゃーりんぐくろすえきのあいだだった。)
夕刊を広げていたのはグランドホテルとチャーリングクロス駅の間だった。
(それはかれとさいごにはなしをしてからわずかふつかごだった。)
それは彼と最後に話をしてからわずか二日後だった。
(そこに、きいろいかみにくろいもじで、おそろしいぽすたーがかかげられていた。)
そこに、黄色い紙に黒い文字で、恐ろしいポスターが掲げられていた。
(しゃーろっくほーむず)
シャーロックホームズ
(さつじんみすいじけんはっせい)
殺人未遂事件発生
(わたしはしばらくかたまってたっていたとおもう。そのごのきおくは、はっきりとは)
私はしばらく固まって立っていたと思う。その後の記憶は、はっきりとは
(しないが、かねをはらわずにしんぶんをつかんだので、もんくをいわれ、そのご、)
しないが、金を払わずに新聞をつかんだので、文句を言われ、その後、
(やっきょくのとぐちにたちつくしたまま、そのおそろしいきじにめをとおしていた。)
薬局の戸口に立ちつくしたまま、その恐ろしい記事に目を通していた。
(これがそのきじだ。)
これがその記事だ。
(いかんなことに、ちょめいなしりつたんていのしゃーろっくほーむずしが、)
遺憾なことに、著名な私立探偵のシャーロックホームズ氏が、
(けさはげしいぼうこうをうけ、きけんなじょうたいとなった。)
今朝激しい暴行を受け、危険な状態となった。
(くわしいじょうきょうはまだはんめいしていないが、このじけんは12じごろ、)
詳しい状況はまだ判明していないが、この事件は12時ごろ、
(かふぇ・ろいやるのそとのりーじぇんとがいでおこったもようである。)
カフェ・ロイヤルの外のリージェント街で起こった模様である。
(ほーむずしはすてっきをもったふたりぐみにおそわれ、いしゃによると、)
ホームズ氏はステッキを持った二人組に襲われ、医者によると、
(とうぶとからだをうたれてたいへんなじゅうしょうをおった。かれはちゃりんぐくろすびょういんに)
頭部と体を打たれて大変な重傷を負った。彼はチャリングクロス病院に
(はこばれたが、べーかーがいのじたくにもどるようにしゅちょうしたとのこと。)
運ばれたが、ベーカー街の自宅に戻るように主張したとのこと。
(かれをしゅうげきしたあくとうはじょうとうなみなりをしたおとこらしく、かふぇ・ろいやるをぬけ、)
彼を襲撃した悪党は上等な身なりをした男らしく、カフェ・ロイヤルを抜け、
(うらのぐろすはうすがいにでて、しゅういのにんげんのめをかわしたもよう。)
裏のグロスハウス街に出て、周囲の人間の目をかわした模様。
(はんにんはまずまちがいなく、ひがいしゃのちょうさかつどうとてんさいてきのうりょくに、)
犯人はまず間違いなく、被害者の調査活動と天才的能力に、
(なんどとなくにえゆをのまされてきたはんざいそしきいんであろう。)
何度となく煮え湯を飲まされてきた犯罪組織員であろう。
(いうまでもなく、わたしはこのきじにめをとおすやいなや、ばしゃにとびのって)
言うまでもなく、私はこの記事に目を通すや否や、馬車に飛び乗って
(べーかーがいにむかっていた。げんかんほーるにゆうめいなげかいのさー・れすりー・)
ベーカー街に向かっていた。玄関ホールに有名な外科医のサー・レスリー・
(おーくしょっとがいて、かれのばしゃがしきいしのところにとまっていた。)
オークショットがいて、彼の馬車が敷石のところに停まっていた。
(「さしせまったきけんはありません」かれはこういった。)
「差し迫った危険はありません」彼はこう言った。
(「れっしょうがにかしょとかなりひどいうちみがすうかしょあります。)
「裂傷が二箇所とかなりひどい打ち身が数箇所あります。
(すうはりぬうひつようがありました。もるひねをちゅうしゃしていますのでぜったいあんせいですが、)
数針縫う必要がありました。モルヒネを注射していますので絶対安静ですが、
(すうふんかんのはなしくらいであれば、ぜったいにだめということもないでしょう。」)
数分間の話くらいであれば、絶対に駄目ということもないでしょう。」
(このゆるしをえてわたしはあかりをおとしたへやにそっとはいった。けがにんのいしきは)
この許しを得て私は明かりを落とした部屋にそっと入った。怪我人の意識は
(しっかりしており、わたしのなをよぶしわがれたつぶやきがきこえた。)
しっかりしており、私の名を呼ぶしわがれたつぶやきが聞こえた。
(ひよけはよんぶんのさんほどおろされていたが、ひとすじのたいようこうせんがななめによこぎり、)
日よけは四分の三ほど下ろされていたが、一筋の太陽光線が斜めに横切り、
(けがにんのあたまのほうたいをてらしていた。しろりねんのあてぬのからちがにじんであかい)
怪我人の頭の包帯を照らしていた。白リネンの圧定布から血がにじんで赤い
(はんてんがひとつうかんでいた。わたしはかれのそばにすわってのぞきこんだ。)
斑点が一つ浮かんでいた。私は彼の側に座って覗き込んだ。
(「だいじょうぶだ、わとそん。そんなにしんぱいはいらない」)
「大丈夫だ、ワトソン。そんなに心配はいらない」
(かれはかぼそいこえでつぶやいた。「みためほどひどくはない」)
彼はかぼそい声でつぶやいた。「見た目ほどひどくはない」
(「それはよかった!」「しってのとおり、ぼくのぼうじゅつはちょっとしたうでまえだ。)
「それはよかった!」「知ってのとおり、僕の棒術はちょっとした腕前だ。
(ほとんどぼうせんにつとめた。しかしふたりめのおとこをもてあましてね」)
ほとんど防戦に努めた。しかし二人目の男を持て余してね」
(「わたしになにかできることがあるか?ほーむず、もちろん、かれらを)
「私に何か出来ることがあるか?ホームズ、もちろん、彼らを
(おそわせたのはあのいまいましいおとこだ。そういってくれればわたしがいって)
襲わせたのはあの忌々しい男だ。そう言ってくれれば私が行って
(かれのばけのかわをはがしてやる」)
彼の化けの皮をはがしてやる」
(「ありがとう、わとそん!いや、けいさつがあのおとこたちをたいほするまで)
「ありがとう、ワトソン!いや、警察があの男たちを逮捕するまで
(われわれにできることはなにもない。しかしかれらのとうそうろはよくじゅんびされていた。)
我々に出来ることは何もない。しかし彼らの逃走路はよく準備されていた。
(それはまちがいないな。ちょっとまってくれ。ぼくにはけいかくがある。)
それは間違いないな。ちょっと待ってくれ。僕には計画がある。
(まずさいしょに、ぼくのけがをわるくいってくれ。)
まず最初に、僕の怪我を悪く言ってくれ。
(しんぶんきしゃがきみのところにききにくるだろう。おおげさにいってくれ、わとそん。)
新聞記者が君のところに聞きにくるだろう。大げさに言ってくれ、ワトソン。
(いっしゅうかんいきのびれたらこううんだ、・・・・のうざしょう、・・・・うわごと、)
一週間生き延びれたら幸運だ、・・・・脳挫傷、・・・・うわ言、
(・・・・なんでもすきなように!おおげさにいいすぎることはない」)
・・・・何でも好きなように!大げさに言い過ぎることはない」
(「しかし、さー・れすりー・おーくしょっとは?」)
「しかし、サー・レスリー・オークショットは?」
(「ああ、かれはもんだいないよ。ぼくのわるいところだけをみせておく。)
「ああ、彼は問題ないよ。僕の悪いところだけを見せておく。
(それはまかせておいてくれ」「ほかになにかあるか?」)
それは任せておいてくれ」「他に何かあるか?」