青いルビー 1
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問題文
(くりすますからふつかめのあさ、わたしはじこうのあいさつをしようとおもい、)
クリスマスから二日目の朝、私は時候の挨拶をしようと思い、
(ゆうじんのしゃーろっくほーむずたくをほうもんした。)
友人のシャーロックホームズ宅を訪問した。
(かれはむらさきのがうんをきてそふぁのうえでくつろいでいた。)
彼は紫のガウンを着てソファの上でくつろいでいた。
(みぎてのとどくばしょにぱいぷかけがあり、ちかくにはついさっきまで)
右手の届く場所にパイプ掛けがあり、近くにはついさっきまで
(よんでいたらしいちょうかんがしわくちゃになってつみあげられていた。)
読んでいたらしい朝刊がしわくちゃになって積み上げられていた。
(ながいすのとなりにもくせいいすがおいてあり、せもたれのかどには、)
長椅子の隣に木製椅子が置いてあり、背もたれの角には、
(やけにうすよごれてぼろぼろのかたいふぇるとせいぼうしがかかっていた。)
やけに薄汚れてボロボロの固いフェルト製帽子が掛かっていた。
(ぼうしはひじょうにすりきれて、あちこちひびわれがはいっていた。)
帽子は非常に擦り切れて、あちこちひび割れが入っていた。
(いすのざめんにかくだいきょうとぴんせっとがおいてあったので、)
椅子の座面に拡大鏡とピンセットが置いてあったので、
(ぼうしはちょうさのためにいすにかけられていたことがわかった。)
帽子は調査のために椅子に掛けられていたことが分かった。
(「とりこみちゅうか」わたしはいった。「もしかしたらじゃましたかな」)
「とりこみ中か」私は言った。「もしかしたら邪魔したかな」
(「とんでもない。ちょうさけっかをはなしあえるゆうじんはだいかんげいだ。)
「とんでもない。調査結果を話し合える友人は大歓迎だ。
(ほんとうにたいしたものではないが」ほーむずはふるいぼうしをおやゆびでゆびさした。)
本当に大したものではないが」ホームズは古い帽子を親指で指差した。
(「しかしこいつには、いくつかきょうみぶかいてんもあるし、)
「しかしこいつには、いくつか興味深い点もあるし、
(べんきょうになるてんもまったくないわけでもない」わたしはほーむずのひじかけいすにすわり、)
勉強になる点も全くないわけでもない」私はホームズの肘掛け椅子に座り、
(ぱちぱちはじけるだんろのまえでりょうてをあたためた。きびしいかんぱがやってきていたので、)
パチパチはじける暖炉の前で両手を温めた。厳しい寒波がやってきていたので、
(まどにはぶあついこおりのけっしょうができていた。「どうやら」わたしはいった。)
窓には分厚い氷の結晶が出来ていた。「どうやら」私は言った。
(「いっけん、へいぼんなぼうしにみえて、じつはなにかさつじんじけんにかんけいがあるんだろう。)
「一見、平凡な帽子に見えて、実は何か殺人事件に関係があるんだろう。
(きみはこれをてがかりに、なにかのなぞをかいめいして、はんざいしゃにむくいをうけさせる」)
君はこれを手掛かりに、何かの謎を解明して、犯罪者に報いを受けさせる」
(「いや、はんざいじゃない」しゃーろっくほーむずはわらいながらいった。)
「いや、犯罪じゃない」シャーロックホームズは笑いながら言った。
(「ちょっとみょうなおもしろいじこだ。よんひゃくまんにんものにんげんがすうまいるしほうのくうかんで)
「ちょっと妙な面白い事故だ。四百万人もの人間が数マイル四方の空間で
(おしあっていればよくあることさ。ひじょうにみっしゅうしたにんげんどうしのしょうとつによって、)
押し合っていればよくある事さ。非常に密集した人間同士の衝突によって、
(どんなふくざつなくみあわせでも、かのうせいがあることはじつげんしてしまう。)
どんな複雑な組み合わせでも、可能性がある事は実現してしまう。
(そこから、はんざいではないが、おどろくほどきみょうなしょうじけんがやまほどはっせいするはずだ。)
そこから、犯罪ではないが、驚くほど奇妙な小事件が山ほど発生するはずだ。
(すでにそういうことはけいけんすみだ」)
すでにそういうことは経験済みだ」
(「おかげで」わたしはいった。「わたしのじけんぼについかされたむっつのじけんのうち、)
「おかげで」私は言った。「私の事件簿に追加された六つの事件のうち、
(さんけんはほうにてらしても、なんのはんざいにもかんけいしていないわけだ」)
三件は法に照らしても、なんの犯罪にも関係していないわけだ」
(「たしかにそのとおりだ。きみがいいたいのは、ぼくがあいりーん・あどらーのしゃしんを)
「確かにその通りだ。君が言いたいのは、僕がアイリーン・アドラーの写真を
(うばいかえそうとしたじけん、めありー・さざーらんどのきみょうなじけん、)
奪い返そうとした事件、メアリー・サザーランドの奇妙な事件、
(くちびるがねじれたおとこのぼうけんだな。まあ、こんかいのちいさなできごとは、)
唇がねじれた男の冒険だな。まあ、今回の小さな出来事は、
(おなじようなつみのないじけんにぶんるいされるのはまちがいないとおもう。たいえきぐんじんで、)
同じような罪の無い事件に分類されるのは間違いないと思う。退役軍人で、
(いまはしゅえいやぽーたーなどのしごとをしているぴーたーそんをしっているか?」)
今は守衛やポーターなどの仕事をしているピーターソンを知っているか?」
(「ああ」「これはかれのおきみやげだ」)
「ああ」「これは彼の置き土産だ」
(「かれのぼうしか」「いや、ちがう、ひろっただけだ。もちぬしはふめいだ。きみも、)
「彼の帽子か」「いや、違う、拾っただけだ。持ち主は不明だ。君も、
(ひとつこれをひしゃげたやまたかぼうとしてではなく、ちてきなもんだいとして)
ひとつこれをひしゃげた山高帽としてではなく、知的な問題として
(みてもらえないか。まずさいしょに、ぼうしがここにやってきたじじょうをせつめいしよう。)
見てもらえないか。まず最初に、帽子がここにやって来た事情を説明しよう。
(こいつはくりすますのあさ、まるまるとふとったがちょうといっしょにもちこまれた。)
こいつはクリスマスの朝、丸々と太ったガチョウと一緒に持ち込まれた。
(がちょうはきっと、いまこのしゅんかんぴーたーそんのかまどのまえで)
ガチョウはきっと、今この瞬間ピーターソンのかまどの前で
(あぶられているだろう。じじつかんけいはつぎのとおりだ。しってのとおり、)
あぶられているだろう。事実関係は次の通りだ。知ってのとおり、
(ぴーたーそんはひじょうにじっちょくなせいかくだ。かれはくりすますのあさよじごろ、)
ピーターソンは非常に実直な性格だ。彼はクリスマスの朝四時頃、
(ちょっとしたえんかいからかえるとちゅう、となてむ・こーと・ろーどを)
ちょっとした宴会から帰る途中、トナテム・コート・ロードを
(いえにむかってあるいていた。まえのがすとうのひかりのなかを、しろいがちょうを)
家に向かって歩いていた。前のガス灯の光の中を、白いガチョウを
(かたにかけたせのたかいおとこがちょっとふらふらしながらあるいていた。)
肩に掛けた背の高い男がちょっとふらふらしながら歩いていた。
(ぴーたーそんがぐっちがいにきたとき、まえのおとことなんにんかのごろつきとのあいだで)
ピーターソンがグッチ街に来たとき、前の男と何人かのゴロツキとの間で
(けんかがはじまった。ごろつきのひとりがおとこのぼうしをたたきおとし、)
ケンカが始まった。ゴロツキの一人が男の帽子を叩き落とし、
(おとこがみをまもるためにすてっきをずじょうにふりかざしたところ、)
男が身を守るためにステッキを頭上に振りかざしたところ、
(うしろのしょうてんのしょーうぃんどぅがわれた。)
後ろの商店のショーウィンドゥが割れた。
(ぴーたーそんはおとこをごろつきからまもろうと、すかさずまえにはしりだした。)
ピーターソンは男をゴロツキから守ろうと、すかさず前に走り出した。
(しかしそのおとこはうぃんどぅをわったことにどうようしているところに)
しかしその男はウィンドゥを割ったことに動揺しているところに
(けいかんのようなせいふくをきたにんげんがむかってくるのをみて、がちょうをおとし、)
警官のような制服を着た人間が向かってくるのを見て、ガチョウを落とし、
(あわててにげだしてとなてむ・こーと・ろーどのうらにある)
慌てて逃げ出してトナテム・コート・ロードの裏にある
(めいろのようなちいさなとおりのなかにきえさった。ごろつきも)
迷路のような小さな通りの中に消え去った。ゴロツキも
(ぴーたーそんがあらわれたのでにげさった。こうしてかれはせんとうばしょをせんきょし、)
ピーターソンが現れたので逃げ去った。こうして彼は戦闘場所を占拠し、
(そしてしょうりのせんりひんというかたちで、つぶれたぼうしと、)
そして勝利の戦利品という形で、つぶれた帽子と、
(もうしぶんのないくりすますのがちょうをてにいれることになった」)
申し分のないクリスマスのガチョウを手に入れることになった」
(「とうぜん、もちぬしにかえしたんじゃないのか?」「わとそん、それがなんもんでね。)
「当然、持ち主に返したんじゃないのか?」「ワトソン、それが難問でね。
(とりのひだりあしに「へんりー・べーかーふじんへ」とかかれたちいさなかみが)
鳥の左足に『ヘンリー・ベーカー夫人へ』と書かれた小さな紙が
(くくりつけてあったのはじじつだ。そしてこのぼうしのうらじに)
くくりつけてあったのは事実だ。そしてこの帽子の裏地に
(いにしゃるh.b.がよみとれるのもまたじじつだ。)
イニシャル H.B. が読み取れるのもまた事実だ。
(しかしなんぜんにんものべーかーがいるだろう。)
しかし何千人ものベーカーがいるだろう。
(そしてなんびゃくにんものへんりー・べーかーがこのまちにはいるだろう。)
そして何百人ものヘンリー・ベーカーがこの町にはいるだろう。
(そのひとりにいしつぶつをとどけるのはかんたんではない」)
その一人に遺失物を届けるのは簡単ではない」
(「それじゃ、ぴーたーそんはどうしたんだ?」)
「それじゃ、ピーターソンはどうしたんだ?」
(「かれは、ぼくがほんのささいなできごとにもかんしんをもつことをしっていて、)
「彼は、僕がほんのささいな出来事にも関心を持つことを知っていて、
(くりすますのあさにぼうしとがちょうをもってきた。)
クリスマスの朝に帽子とガチョウを持ってきた。
(がちょうはけさまでおいてあったが、このちょっとしたかんきにもかかわらず、)
ガチョウは今朝まで置いてあったが、このちょっとした寒気にも関らず、
(もたもたせずにたべてしまったほうがよいというちょうこうがあらわれて、)
もたもたせずに食べてしまった方がよいという兆候が現れて、
(くりすますのごちそうをふいにしたみしらぬしんしのぼうしはぼくがあずかり、)
クリスマスのご馳走をフイにした見知らぬ紳士の帽子は僕が預り、
(ぴーたーそんはがちょうのきゅうきょくのうんめいをたっせいするためにもちかえった」)
ピーターソンはガチョウの究極の運命を達成するために持ち帰った」
(「ぴーたーそんはしんぶんこうこくをださなかったのか?」「だしていない」)
「ピーターソンは新聞広告を出さなかったのか?」「出していない」
(「それでは、もちぬしのみもとをかくにんするてがかりがないじゃないか?」)
「それでは、持ち主の身元を確認する手がかりがないじゃないか?」
(「すいりできることをのぞけばな」「このぼうしから?」)
「推理できる事をのぞけばな」「この帽子から?」
(「まさにそのとおり」)
「まさにその通り」
(「じょうだんだろう。このふるいひしゃげたぼうしからなにがわかるというんだ?」)
「冗談だろう。この古いひしゃげた帽子から何が分かるというんだ?」