パノラマ奇島談_§10

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著者:江戸川乱歩
売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自身の理想郷を夢想し、それを実現することを夢見ていた。そんなある日、彼は自分と瓜二つの容姿の大富豪・菰田源三郎が病死した話を知り合いの新聞記者から聞く。大学時代、人見と菰田は同じ大学に通っており、友人たちから双生児の兄弟と揶揄されていた。菰田がてんかん持ちで、てんかん持ちは死亡したと誤診された後、息を吹き返すことがあるという話を思い出した人見の中で、ある壮大な計画が芽生える。それは、蘇生した菰田を装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って彼の理想通りの地上の楽園を創造することであった。幸い、菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っており、源三郎の死体は焼かれることなく、自らの墓の下に埋まっていた。

人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。

一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?
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1 ねね 4793 やや速い 4.9 97.6% 1185.2 5821 140 99 2024/04/21

関連タイピング

問題文

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(ぼんやりとひとびとのかおをみまわすのでした。)

ぼんやりと人々の顔を見廻すのでした。

(「あ、おきがついた。だんな、おきがつきましたか」)

「ア、お気が付いた。旦那、お気が付きましたか」

(それをみると、かれをいだいていたおとこが、かれのみみのそばへくちをもってきて、)

それを見ると、彼を抱いていた男が、彼の耳のそばへ口を持ってきて、

(おおごえにどなりました。それとどうじに、むすうのかおのかべがどっとかれのうえに)

大声に怒鳴りました。それと同時に、無数の顔の壁がドッと彼の上に

(たおれかかって、ひゃくしょうたちのくさいいきがむっとはなをつくのです。そして、)

倒れ掛かって、百姓たちの臭い息がムッと鼻をつくのです。そして、

(そこにひかっているおびただしいめのなかには、どれもこれも)

そこに光っているおびただしい眼の中には、どれもこれも

(ぼくとつなせいいがあふれて、すこしもかれのしょうたいをうたがうものはないのでした。)

朴訥な誠意があふれて、少しも彼の正体を疑うものはないのでした。

(が、ひろすけはあいてのいかんにかかわらず、あらかじめかんがえておいたおしばいの)

が、広介は相手のいかんにかかわらず、あらかじめ考えておいたお芝居の

(じゅんじょをかえようとはせず、ただだまって、ひとびとのかおをながめるしぐさのほかには、)

順序を変えようとはせず、ただ黙って、人々の顔を眺めるしぐさのほかには、

(なにのどうさも、ひとことのことばもはっしないのでした。そうしてすべてのみきわめを)

何の動作も、一言の言葉も発しないのでした。そうしてすべての見極めを

(つけるまでは、いしきのもうろうをよそおって、くちをきくきけんをさけようとしたのです。)

つけるまでは、意識の朦朧を装って、口を利く危険を避けようとしたのです。

(それから、かれがこもだけのおくざしきへはこびこまれるまでのいきさつは、)

それから、彼が菰田家の奥座敷へ運び込まれるまでのいきさつは、

(くだくだしくなりますからはぶくことにしますが、まちからこもだけのそうしはいにん)

くだくだしくなりますから省くことにしますが、町から菰田家の総支配人

(そのほかのめしつかい、いしゃなどをのせたじどうしゃがかけつけ、ぼだいじからは)

そのほかの召使い、医者などを乗せた自動車が駆け付け、菩提寺からは

(おしょうやてらおとこが、けいさつからは、しょちょうをはじめに、さんのけいかんが、)

和尚や寺男が、警察からは、所長をはじめ二、三の警官が、

(そのほかきゅうをきいたこもだけえんこのひとびとが、)

そのほか急を聞いた菰田家縁故の人々が、

(まるでかじみまいかなんぞのように、つぎからつぎへと、)

まるで火事見舞かなんぞのように、次から次へと、

(このまちはずれのもりをめがけて、あつまってくるしまつでした。ふきんいったいは、)

この町はずれの森をめがけて、集まってくる始末でした。付近一帯は、

(せんそうのようなさわぎで、これをみても、こもだけのめいぼう、)

戦争のような騒ぎで、これを見ても、菰田家の名望、

(せいりょくのいだいなことが、じゅうぶんにさっせられるのでありました。)

勢力の偉大なことが、十分に察せられるのでありました。

など

(かれは、それらのひとびとにようせられて、いまはかれじしんのいえであるところの、)

彼は、それらの人々に擁せられて、今は彼自身の家であるところの、

(こもだていにつれていかれるあいだ、それから、そこのしゅじんのいまの、)

菰田邸につれていかれる間、それから、そこの主人の居間の、

(かれがかつてみたこともないようなりっぱなやぐのなかによこたわってからも、)

彼がかつて見たこともないような立派な夜具の中に横たわってからも、

(さいしょのけいかくをかたくまもって、おしのようにくちをつぐんだまま、)

最初の計画を固く守って、唖のように口をつぐんだまま、

(ついにひとこともものをいおうとはしませんでした。)

ついに一言も物を言おうとはしませんでした。

(じゅう)

10

(かれのこのむごんのぎょうは、それからやくいっしゅうかんというもの、しつようにつづけられました。)

彼のこの無言の行は、それから約一週間というもの、執拗に続けられました。

(そのあいだに、かれはゆかのなかから、みみをそばだて、めをひからせて、)

そのあいだに、彼は床の中から、耳をそばだて、目を光らせて、

(こもだけのいっさいのしきたり、ひとびとのきふう、ていないのくうきをりかいし、)

菰田家の一切のしきたり、人々の気風、邸内の空気を理解し、

(それにかれじしんをどうかさせることをつとめたのです。)

それに彼自身を同化させることを努めたのです。

(がいけんはなかばいしきをうしなったはんしはんしょうのびょうにんとして、みうごきもせずゆかのなかに)

外見はなかば意識を失った半死半生の病人として、身動きもせず床の中に

(よこたわりながら、かれのあたまだけは、みょうなれいですけど、ごじゅうまいるのそくりょくで)

横たわりながら、彼の頭だけは、妙な例ですけど、五十マイルの速力で

(しっくするじどうしゃのうんてんしゅのように、きびんに、じんそくに、)

疾駆する自動車の運転手のように、機敏に、迅速に、

(しかもせいかくに、ひばなをちらしてかいてんしていました。)

しかも正確に、火花を散らして回転していました。

(いしのしんだんは、だいたいかれのよきしていたようなものでありました。)

医師の診断は、大体彼の予期していたようなものでありました。

(それはこもだけおでいりの、tしでもゆうすうなめいいだということでしたが、かれは、)

それは菰田家お出入の、T市でも有数な名医だということでしたが、彼は、

(このふかしぎなるそせいを、かたれぷしというあいまいなじゅつごによって、)

この不可思議なる蘇生を、カタレプシというあいまいな術語によって、

(かいけつしようとしました。かれはしのだんていがいかにこんなんなものであるかを、)

解決しようとしました。彼は死の断定がいかに困難なものであるかを、

(さまざまのじつれいをあげてせつめいし、)

さまざまの実例を挙げて説明し、

(かれのしぼうしんだんがけっしてそろうでなかったことをべんめいしたのです。)

彼の死亡診断が決して粗漏でなかったことを弁明したのです。

(かれはめがねごしに、ひろすけのちんとうにならんだしんぞくたちをみまわして、)

彼は眼鏡越しに、広介の枕頭に並んだ親族たちを見廻して、

(てんかんとかたれぷしのかんけい、それとかしのかんけいなどを、むずかしいじゅつごをつかって、)

癲癇とカタレプシの関係、それと仮死の関係などを、難しい術語を使って、

(くどくどとせつめいするのでした。しんぞくたちはそれをきいて、)

くどくどと説明するのでした。親族たちはそれを聞いて、

(よくわからないなりにまんぞくしていたようです。)

良く判らないなりに満足していたようです。

(ほんにんがいきかえったのですから、たとえそのせつめいがふじゅうぶんであろうとも、)

本人が生き返ったのですから、たとえその説明が不十分であろうとも、

(べつだんもんくをいうすじはないのでした。)

別段文句を言う筋はないのでした。

(いしはふあんとこうきしんのいりまじったひょうじょうで、ていねいにひろすけのからだをしらべました。)

医師は不安と好奇心の入り混じった表情で、丁寧に広介の体を調べました。

(そしてなにもかもわかったようなかおをして、)

そして何もかもわかったような顔をして、

(そのみうまうまとひろすけのじゅっちゅうにおちいっていたのです。)

その実うまうまと広介の術中に陥っていたのです。

(このばあい、いしはかれじしんのごしんということで、こころがいっぱいになり、)

この場合、医師は彼自身の誤診ということで、心がいっぱいになり、

(それのべんめいにのみきをとられて、かんじゃのからだにたしょうのへんかをみとめても、)

それの弁明にのみ気を取られて、患者の体に多少の変化を認めても、

(それをふかくかんがえているよちはないのでした。)

それを深く考えている余地はないのでした。

(たとえかれがひろすけをうたがうことができたとしても、それがげんざぶろうの)

たとえ彼が広介を疑うことが出来たとしても、それが源三郎の

(かえだまであろうなどと、そのようなとほうもないかんがえが、)

替玉であろうなどと、そのような途方もない考えが、

(どうしてうかびましょう。いちどしんだものがそせいするほどのだいへんじが)

どうして浮かびましょう。一度死んだ者が蘇生するほどの大変事が

(おこったのですから、そのそせいしゃのからだに、なにかのへんかがみえたところで、)

起こったのですから、その蘇生者の体に、何かの変化が見えたところで、

(さしてふしぎがることはない。と、せんもんかにしたところで、)

さして不思議がることはない。と、専門家にしたところで、

(そんなふうにかんがえるのは、けっしてむりではないのです。)

そんな風に考えるのは、決して無理ではないのです。

(しいんがほっさてきのてんかん(いしはこれをかたれぷしとなづけたのですが))

死因が発作的の癲癇(医師はこれをカタレプシと名付けたのですが)

(だものですから、ないぞうにはこれというこしょうもなく、)

だものですから、内臓にはこれという故障もなく、

(すいじゃくといってもしれたもので、しょくじなども、ただえいようにちゅういすれば)

衰弱といっても知れたもので、食事なども、ただ栄養に注意すれば

(それでよいのでした。したがってひろすけのけびょうは、せいしんのもうろうをよそおい、)

それでよいのでした。したがって広介の仮病は、精神の朦朧を装い、

(くちをつぐんでいるほかには、なんのくつうもなく、きわめてらくなものでありました。)

口をつぐんでいるほかには、何の苦痛もなく、極めて楽なものでありました。

(それにもかかわらず、かじんのかんびょうは、じつにいたれりつくせりで、)

それにもかかわらず、家人の看病は、実に至れり尽くせりで、

(いしはまいにちにどずつみまいにきますし、ふたりのかんごふと、こまづかいとは)

医師は毎日二度ずつ見舞にきますし、二人の看護婦と、小間使いとは

(ちんとうにつききりですし、すみだというそうしはいにんのろうじんやしんぞくたちは)

枕頭につき切りですし、角田という総支配人の老人や親族たちは

(ひっきりなしにようすをみにやってきます。)

ひっきりなしに様子を見にやってきます。

(それらのひとが、みなこえをひそめ、あしおとをぬすんで、)

それらの人が、みな声を潜め、足音を盗んで、

(さもしんぱいそうにふるまっているのが、ひろすけにしては、)

さも心配そうにふるまっているのが、広介にしては、

(ばかばかしく、こっけいにみえてしょうがないのです。)

ばかばかしく、滑稽に見えてしょうがないのです。

(かれは、これまでしかつめらしくかんがえていたよのなかというものが、)

彼は、これまでしかつめらしく考えていた世の中というものが、

(まるでたわいのない、こどものままごとあそびにるいじしたものであることを)

まるでたわいのない、子供のままごと遊びに類似したものであることを

(つうかんしないではいられませんでした。)

痛感しないではいられませんでした。

(じぶんだけがひじょうにえらくみえて、ほかのこもだけのひとたちは、)

自分だけが非常に偉く見えて、ほかの菰田家の人たちは、

(むしけらのようにくだらなく、ちいさなものにおもわれるのでした。)

虫けらのようにくだらなく、小さなものに思われるのでした。

(「なあんだ、こんなものか」)

「なあんだ、こんなものか」

(それはむしろしつぼうにちかいかんじでした。かれは、このけいけんによって、)

それはむしろ失望に近い感じでした。彼は、この経験によって、

(こらいのえいゆうとか、だいはんざいしゃなどの、おもいあがったこころもちを、)

古来の英雄とか、大犯罪者などの、思いあがった心持を、

(そうぞうすることができたようにおもいました。)

想像することが出来たように思いました。

(しかし、そのなかにも、たったひとり、たしょううすきみがわるく、にがてとでも)

しかし、その中にも、たった一人、多少薄気味が悪く、苦手とでも

(いうのでしょうか、なんとなくかれをふあんにするじんぶつがあったのです。)

いうのでしょうか、なんとなく彼を不安にする人物があったのです。

(それは、ほかでもない、かれじしんのさいくん、ただしくいえばなきこもだげんざぶろうの)

それは、ほかでもない、彼自身の細君、正しく言えば亡き菰田源三郎の

(みぼうじんでありました。なまえはちよこといって、まだにじゅうにさいの、)

未亡人でありました。名前は千代子といって、まだ二十二歳の、

(いわばこむすめにすぎないのですけれど、いろいろなりゆうから、)

いわば小娘に過ぎないのですけれど、いろいろな理由から、

(かれはそのおんなをおそれないではいられないのでした。)

彼はその女を恐れないではいられないのでした。

(こもだのふじんが、まだわかくてうつくしいひとだということは、)

菰田の夫人が、まだ若くて美しい人だということは、

(いぜんにもtしへやってきて、いちおうはしっていたのですが、それが、)

以前にもT市へやってきて、一応は知っていたのですが、それが、

(まいにちみているにしたがって、ぞくにちかまさりというあのかたにぞくするおんなとみえ、)

毎日見ているに従って、俗に近まさりというあの型に属する女とみえ、

(だんだんそのみりょくがましてくるのです。)

だんだんその魅力が増してくるのです。

(とうぜんかのじょがいちばんねっしんなかんびょうにんでしたが、そのかゆいところへてのとどく)

当然彼女が一番熱心な看病人でしたが、そのかゆいところへ手の届く

(かんごぶりから、なきげんざぶろうとかのじょとのあいだが、どのようにこまやかな)

看護ぶりから、亡き源三郎と彼女との間が、どのように濃やかな

(あいじょうをもってむすびつけられていたかをじゅうぶんすいさつすることができるのです。)

愛情をもって結び付けられていたかを十分推察することが出来るのです。

(それだけに、ひろすけとしては、いっしゅいようのふあんをかんじないではいられません。)

それだけに、広介としては、一種異様の不安を感じないではいられません。

(「このおんなにきをゆるしてはならない。おそらく、おれのじぎょうにとって、)

「この女に気を許してはならない。おそらく、俺の事業にとって、

(さいだいのてきはこのおんなにちがいない」)

最大の敵はこの女に違いない」

(かれは、あるせつなにははをくいしばるようにして、)

彼は、ある刹那には歯を食いしばるようにして、

(じぶんをいましめなければならなかったのです。)

自分を戒めなければならなかったのです。

(ひろすけはげんざぶろうとしてのかのじょとのしょたいめんのこうけいを、そのご、)

広介は源三郎としての彼女との初対面の光景を、その後、

(ながいあいだわすれることができませんでした。)

長い間忘れることが出来ませんでした。

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