パノラマ奇島談_§27
人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。
一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?
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問題文
(かげのないだいえんちゅうは、ひくいこくうんへの、あくまのかいのようにそそりたって、いつつかかえ)
影のない大円柱は、低い黒雲への、悪魔の階のようにそそり立って、五つ抱え
(もあるそのねもとのところに、ちいさなふたりのにんげんが、しょんぼりとはなしあってい)
もあるその根元のところに、小さな二人の人間が、しょんぼりと話し合ってい
(ました。いつもはらじょのれんだいにのるか、そうでなければすうにんのめしつかいをひきつ)
ました。いつもは裸女の蓮台に乗るか、そうでなければ数人の召使いを引き連
(れているひろすけが、このひにかぎってひとりぼっちでここへきたのも、いちやといにんにすぎ)
れている広介が、この日に限って一人ぼっちでここへ来たのも、一雇人に過ぎ
(ないきたみこごろうと、こんなながばなしをはじめたのも、ふしぎといえばふしぎでした。)
ない北見小五郎と、こんな長話を始めたのも、不思議といえば不思議でした。
(「ほんとうに、まるでうりふたつです。それに、にているといえば、まだみょうなことがあ)
「本当に、まるで瓜二つです。それに、似ているといえば、まだ妙なことがあ
(るのです」)
るのです」
(きたみこごろうは、だんだんねばりづよくはなしこんでくるのでした。)
北見小五郎は、だんだん粘り強く話し込んでくるのでした。
(「みょうなとは?」)
「妙なとは?」
(ひろすけも、なにかこのままわかれてしまうきにはなれないのです。)
広介も、何かこのまま別れてしまう気にはなれないのです。
(「いまの「raのはなし」というしょうせつがです。ですが、ごしゅじんはもしや、ひとみさんか)
「今の『RAの話』という小説がです。ですが、ご主人はもしや、人見さんか
(ら、そのしょうせつのすじのようなものをおききなすったことはないのでしょうか」)
ら、その小説の筋のようなものをお聞きなすったことはないのでしょうか」
(「いや、そんなことはない。さっきもいうとおり、ひとみとはただがっこうがおなじだ)
「いや、そんなことはない。さっきも言うとおり、人見とはただ学校が同じだ
(ったにすぎない。つまりきょうしつでのしりあいなのだから、いちどだってふかくはなしあ)
ったに過ぎない。つまり教室での知り合いなのだから、一度だって深く話し合
(ったことなんかありゃしないのだよ」)
ったことなんかありゃしないのだよ」
(「ほんとうでしょうか」)
「本当でしょうか」
(「きみはみょうなおとこだね。ぼくがうそをいうわけもないではないか」)
「君は妙な男だね。僕が嘘を言うわけもないではないか」
(「ですが、あなたはそんなふうにいいきっておしまいなすっていいのでしょう)
「ですが、あなたはそんな風に言い切っておしまいなすっていいのでしょう
(か。もしやこうかいなさるようなことはありますまいか」)
か。もしや後悔なさるようなことはありますまいか」
(このきたみのいようなちゅうこくをきくと、ひろすけはなにかしらぞっとしないではいられませ)
この北見の異様な忠告を聞くと、広介は何かしらゾッとしないではいられませ
(んでした。でもそれがなんであるか、わかりきったことをどうわすれしたようで、)
んでした。でもそれがなんであるか、わかりきったことを胴忘れしたようで、
(ふしぎとおもいだせないのです。)
不思議と思い出せないのです。
(「きみはいったいなにを・・・・・・」)
「君はいったい何を……」
(ひろすけはいいさして、ふっとくちをつぐみました。ぼんやりとあることがわかりか)
広介はいいさして、ふっと口をつぐみました。ぼんやりとあることがわかりか
(けてきたのです。かれはかおはあおざめ、こきゅうはせわしくなり、わきのしたにつめたいもの)
けてきたのです。彼は顔は青ざめ、呼吸はせわしくなり、脇の下に冷たいもの
(がながれました。)
が流れました。
(「そらね、すこしずつおわかりでしょう。わたしというおとこがなんのためにこのしまへやっ)
「ソラね、少しずつおわかりでしょう。私という男が何のためにこの島へやっ
(てきたかが」)
てきたかが」
(「わからない、きみのいうことはすこしもわからない。きちがいめいたはなしはよしに)
「わからない、君の言うことは少しもわからない。きちがいめいた話はよしに
(してくれたまえ」)
してくれたまえ」
(そしてひろすけはまたわらいました。しかしそれはまるでゆうれいのわらいごえのようにちからの)
そして広介はまた笑いました。しかしそれはまるで幽霊の笑い声のように力の
(ないものでした。)
ないものでした。
(「おわかりにならなければ、おはなししましょう」)
「お分かりにならなければ、お話ししましょう」
(きたみはすこしずつめしつかいのせつどをうしなっていくようにみえました。)
北見は少しずつ召使の節度を失っていくように見えました。
(「「raのはなし」というしょうせつのいくつかのばめんとしまのけしきとが、どこからどこま)
「『RAの話』という小説のいくつかの場面と島の景色とが、どこからどこま
(で、まったくおなじだということです。それはちょうどあなたがひとみさんにいきうつ)
で、まったく同じだということです。それはちょうどあなたが人見さんに生写
(しであるようにいきうつしなのです。もしあなたがひとみさんのしょうせつもよまず、はなしも)
しであるように生写しなのです。もしあなたが人見さんの小説も読まず、話も
(きいていらっしゃらぬとしたら、このふしぎないっちはどうしておこったのでし)
聞いていらっしゃらぬとしたら、この不思議な一致はどうして起こったのでし
(ょう。あんごうというにはあまりにいっちしているのです。このぱのらまとうのそうさく)
ょう。暗合というにはあまりに一致しているのです。このパノラマ島の創作
(は、「raのはなし」のさくしゃとすんぶんたがわぬしそうときょうみをもったひとでなくてはできな)
は、『RAの話』の作者と寸分たがわぬ思想と興味を持った人でなくてはできな
(いのです。いくらあなたがひとみさんとかおがたがにているといって、しそうまでぜんぜん)
いのです。いくらあなたが人見さんと顔型が似ているといって、思想まで全然
(どういつだとは、あまりふしぎではありませんか。)
同一だとは、あまり不思議ではありませんか。
(わたしはいまそれをかんがえていたのですよ」)
私は今それを考えていたのですよ」
(「それで、どうだというのです」)
「それで、どうだというのです」
(ひろすけはこきゅうをつめてあいてのかおをにらみつけました。)
広介は呼吸を詰めて相手の顔を睨みつけました。
(「まだおわかりになりませんか。つまりあなたはこもだげんざぶろうではなくて、その)
「まだお分かりになりませんか。つまりあなたは菰田源三郎ではなくて、その
(ひとみひろすけにちがいないというのです。もしあなたが「raのはなし」をよんでいるかき)
人見広介に違いないというのです。もしあなたが『RAの話』を読んでいるか聞
(いているかしたならば、それをまねてこのしまのけしきをつくったといいのがれるすべ)
いているかしたならば、それをまねてこの島の景色を作ったと言い逃れるすべ
(もあったでしょう。ところがあなたはいま、そのたったひとつのいいのがれのみちを、)
もあったでしょう。ところがあなたは今、そのたった一つの言い逃れの道を、
(ごじぶんでふさいでおしまいなすったのではありませんか」)
御自分でふさいでおしまいなすったのではありませんか」
(ひろすけはあいてのたくみなわなにかかったことをさとりました。)
広介は相手の巧みな罠にかかったことを悟りました。
(かれはこのじぎょうにちゃくしゅするまえ、いちおうじさくのしょうせつるいをてんけんし、べつだんわざわいをのこす)
彼はこの事業に着手する前、一応自作の小説類を点検し、別段災いを残す
(ようなもののないことをたしかめておいたのですが、にぎりつぶしになったとうしょげんこう)
ようなもののないことを確かめておいたのですが、握り潰しになった投書原稿
(のことまではきづかなかったのです。「raのはなし」なんていうしょうせつをかいたこと)
のことまでは気づかなかったのです。『RAの話』なんていう小説を書いたこと
(すら、ほとんどわすれていたくらいです。このものがたりのさいしょにものべたように、かれ)
すら、ほとんど忘れていたくらいです。この物語の最初にも述べたように、彼
(のげんこうはたいていにぎりつぶしにされたような、あわれなちょじゅつかだったのですから。)
の原稿はたいてい握り潰しにされたような、哀れな著述家だったのですから。
(が、いまきたみのことばによっておもいだせば、かれはたしかにそのようなしょうせつをかいて)
が、いま北見の言葉によって思い出せば、彼は確かにそのような小説を書いて
(いました。じんこうふうけいのそうさくというよりは、かれのたねんのゆめであったのですから、)
いました。人工風景の創作というよりは、彼の多年の夢であったのですから、
(そのゆめがいっぽうではしょうせつとなり、いっぽうではそのしょうせつとすんぶんちがわぬじつぶつとしてあらわれ)
その夢が一方では小説となり、一方ではその小説と寸分違わぬ実物として現れ
(たとて、すこしもふしぎはないのでした。あれほどかんがえにかんがえたかれのけいかくにも、)
たとて、少しも不思議はないのでした。あれほど考えに考えた彼の計画にも、
(やっぱりてぬかりがあったのです。それがこともあろうにぼっしょになったげんこうだ)
やっぱり手抜かりがあったのです。それがこともあろうに没書になった原稿だ
(ったとは、かれはくやんでもくやみたりないおもいでした。)
ったとは、彼は悔やんでも悔やみ足りない思いでした。
(「ああ、もうだめだ。とうとうこいつのためにしょうたいをみあらわされたかもしれな)
「ああ、もう駄目だ。とうとうこいつのために正体を見現されたかもしれな
(い。だが、まてよ。こいつのにぎっているのはたかがいっぺんのしょうせつじゃあないか。)
い。だが、待てよ。こいつの握っているのはたかが一篇の小説じゃあないか。
(まだへこたれるにすこしはやいぞ、このしまのけしきがたにんのしょうせつににていたとて、なに)
まだへこたれるに少し早いぞ、この島の景色が他人の小説に似ていたとて、何
(もはんざいのしょうこにはならないだろう」)
も犯罪の証拠にはならないだろう」
(ひろすけはとっさのあいだに、こころをきめて、ゆったりとしたたいどをとりかえすことが)
広介はとっさのあいだに、心を決めて、ゆったりとした態度を取り返すことが
(できました。)
出来ました。
(「はははははは、きみもつまらないくろうをするおとこだね。ぼくがひとみひろすけだって?な)
「ハハハハハハ、君もつまらない苦労をする男だね。僕が人見広介だって?な
(に、ひとみひろすけだっていっこうかまいはしないが、どうもぼくはこもだげんざぶろうにちがいないの)
に、人見広介だって一向構いはしないが、どうも僕は菰田源三郎に違いないの
(だからしかたがないね」)
だから仕方がないね」
(「いや、わたしのにぎっているしょうこがそれだけだとおもっては、おおまちがいですよ。わたしは)
「いや、私の握っている証拠がそれだけだと思っては、大間違いですよ。私は
(なにもかもしっている。しっているのだけれど、あなたじしんのくちからはくじょうさせる)
何もかも知っている。知っているのだけれど、あなた自身の口から白状させる
(ために、こんなまわりくどいほうほうをとったのです。いきなりけいさつざたなんかにし)
ために、こんな廻りくどい方法をとったのです。いきなり警察沙汰なんかにし
(たくないりゆうがあったものですから。というわけは、わたしはあなたのげいじゅつにはこころ)
たくない理由があったものですから。というわけは、私はあなたの芸術には心
(からけいふくしているのです。いくらひがしこうじはくしゃくふじんのおたのみだからといって、こ)
から敬服しているのです。いくら東小路伯爵夫人のお頼みだからといって、こ
(のいだいなてんさいをむざむざうきよのほうりつなんかにさばかせたくないからです」)
の偉大な天才をむざむざ浮世の法律なんかに裁かせたくないからです」
(「すると、きみはひがしこうじからのまわしものなんだね」)
「すると、君は東小路からの廻し者なんだね」
(ひろすけはやっといみをさとることができました。げんざぶろうのいもうとのとついでいるひがしこうじはく)
広介はやっと意味を悟ることが出来ました。源三郎の妹の嫁いでいる東小路伯
(しゃくというのは、あまたのしんぞくのうちで、きんせんのちからでじゆうにできない、たったひと)
爵というのは、あまたの親族のうちで、金銭の力で自由にできない、たった一
(りのれいがいだったのです。)
人の例外だったのです。
(きたみこごろうはそのひがしこうじふじんのてさきのものにちがいありません。)
北見小五郎はその東小路夫人の手先のものに違いありません。
(「そうです。わたしはひがしこうじふじんのごいらいによってきているものです。ひごろおくに)
「そうです。私は東小路夫人のご依頼に寄ってきているものです。日ごろお国
(のかたとはほとんどごこうさいのないひがしこうじふじんが、とおくからあなたのこうどうをかんしな)
の方とはほとんど御交際のない東小路夫人が、遠くからあなたの行動を監視な
(すっていたとは、あなたにしてもいがいでしょうね」)
すっていたとは、あなたにしても意外でしょうね」
(「いや、いもうとがぼくにとんでもないうたがいをかけているのがいがいだよ。あってはなして)
「いや、妹が僕にとんでもない疑いをかけているのが意外だよ。会って話して
(みればすぐわかることなんだが」)
みればすぐわかることなんだが」
(「そんなことおっしゃったところで、いまさらなにのかいがあるものですか。「raの)
「そんなことおっしゃったところで、今更何の甲斐があるものですか。『RAの
(はなし」はわたしがあなたをうたがいはじめたほんのきっかけにすぎないので、ほんとうのしょう)
話』は私があなたを疑い始めたほんのきっかけに過ぎないので、ほんとうの証
(こはほかにあるのですから」)
拠はほかにあるのですから」
(「では、それをきこうではないか」)
「では、それを聞こうではないか」
(「たとえばですね」)
「例えばですね」
(「たとえば?」)
「例えば?」
(「たとえば、このこんくりーとのかべにくっついているいっぽんのかみのけですよ」)
「例えば、このコンクリートの壁にくっついている一本の髪の毛ですよ」
(きたみこごろうはそういって、かたわらのだいえんはしらのひょうめんのつたをわけて、そのあいだにみ)
北見小五郎はそう言って、傍らの大円柱の表面の蔦を分けて、そのあいだに見
(えるしろいじはだから、うどんげのようにはえている、)
える白い地肌から、優曇華のように生えている、
(いっぽんのながいかみのけをみせました。)
一本の長い髪の毛を見せました。