パノラマ奇島談_§26

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著者:江戸川乱歩
売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自身の理想郷を夢想し、それを実現することを夢見ていた。そんなある日、彼は自分と瓜二つの容姿の大富豪・菰田源三郎が病死した話を知り合いの新聞記者から聞く。大学時代、人見と菰田は同じ大学に通っており、友人たちから双生児の兄弟と揶揄されていた。菰田がてんかん持ちで、てんかん持ちは死亡したと誤診された後、息を吹き返すことがあるという話を思い出した人見の中で、ある壮大な計画が芽生える。それは、蘇生した菰田を装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って彼の理想通りの地上の楽園を創造することであった。幸い、菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っており、源三郎の死体は焼かれることなく、自らの墓の下に埋まっていた。

人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。

一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?

関連タイピング

問題文

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(ぱのらまこくのたびびとは、さまざまのきかいなけしきのあとで、このおもいももうけぬちょう)

パノラマ国の旅人は、さまざまの奇怪な景色のあとで、この思いももうけぬ眺

(ぼうに、またしてもいっきょうをきっしなければなりません。それはたとえば、しまぜんたいが、たい)

望に、又しても一驚を吃しなければなりません。それは例えば、島全体が、大

(かいにただよういちりんのばらでもありましょうか、きょだいなるあへんのゆめのしんくのはながそらな)

海に漂う一輪の薔薇でもありましょうか、巨大なる阿片の夢の深紅の花が空な

(るおてんとうさまと、たったふたりで、たいとうのこうさいをしているのです。そのたぐいなき)

るお天道様と、たった二人で、対等の交際をしているのです。そのたぐいなき

(たんちょうときょだいとが、どのようにふしぎなうつくしさをかもしだしていたか。あるたびびと)

単調と巨大とが、どのように不思議な美しさを醸し出していたか。ある旅人

(は、ともすれば、かれのとおいとおいそせんがみたであろうところの、かのしんわのせかい)

は、ともすれば、彼の遠い遠い祖先が見たであろうところの、かの神話の世界

(をおもいだしたかもしれないのですが・・・・・・)

を思い出したかもしれないのですが……

(それらのすばらしいぶたいでのにちやをわかたぬきょうきとゆうとう、らんぶととうすいのかんらく)

それらの素晴らしい舞台での日夜を分かたぬ狂気と遊蕩、乱舞と陶酔の歓楽

(きょう、せいしのゆうぎのかずかずを、さくしゃはいかにかたればよいのでありましょうか。それ)

境、生死の遊戯の数々を、作者はいかに語ればよいのでありましょうか。それ

(はおそらく、どくしゃしょくんのあらゆるあくむのうち、もっともこうとうむけいで、もっともちみどろ)

はおそらく、読者諸君のあらゆる悪夢のうち、最も荒唐無稽で、最も血みどろ

(で、そしてもっともかいれいなるものに、いくぶんにかよっているでありましょう。)

で、そして最も瑰麗なるものに、幾分似通っているでありましょう。

(にじゅうよん)

二四

(どくしゃしょくん、このいっぺんのおとぎばなしは、ここにめでたくだいだんえんをつげるべきであり)

読者諸君、この一篇のおとぎ話は、ここにめでたく大団円を告げるべきであり

(ましょうか。ひとみひろすけのこもだげんざぶろうは、かくしてかれのひゃくさいまで、このふかしぎ)

ましょうか。人見広介の菰田源三郎は、かくして彼の百歳まで、この不可思議

(なぱのらまこくのかんらくにふけりつづけることができたのでありましょうか。いやい)

なパノラマ国の歓楽にふけり続けることが出来たのでありましょうか。いやい

(や、そうではなかったでしょう。こふうなものがたりのくせとしてくらいまっくすのつぎに)

や、そうではなかったでしょう。古風な物語の癖としてクライマックスの次に

(は、かたすとろふぃというくせものが、ちゃんとまちかまえていたはずです。)

は、カタストロフィという曲者が、ちゃんと待ち構えていたはずです。

(あるひのこと、ひとみひろすけは、ふと、なぜともしらぬふあんにおそわれたのでした。)

ある日のこと、人見広介は、ふと、なぜとも知らぬ不安に襲われたのでした。

(それはもしかしたらよにいうしょうりしゃのひあいであったかもしれません。たえまな)

それはもしかしたら世にいう勝利者の悲哀であったかもしれません。絶え間な

(きかんらくからきたいっしゅのひろうであったかもしれません。あるいはまた、かこのざいごう)

き歓楽から来た一種の疲労であったかもしれません。あるいは又、過去の罪業

など

(にたいするこころのそこのきょうふが、そっとかれのうたたねのゆめをおそったのであったかもし)

に対する心の底の恐怖が、そっと彼のうたた寝の夢を襲ったのであったかもし

(れません。しかし、そのようなりゆうのほかに、あるひとりのおとこが、そのおとこのしんぺん)

れません。しかし、そのような理由のほかに、ある一人の男が、その男の身辺

(をつつむくうきといっしょにそっとこのしまへもってきた、ふしぎなきょうちょうともいうべきも)

を包む空気と一緒にソッとこの島へ持ってきた、不思議な凶兆ともいうべきも

(のが、あるいはひろすけのこのふあんのさいだいのげんいんではなかったのでしょうか。)

のが、あるいは広介のこの不安の最大の原因ではなかったのでしょうか。

(「おいきみ、あのいけのそばにぼんやりたっているおとこは、いったいだれなのだ。いっ)

「オイ君、あの池のそばにぼんやり立っている男は、いったい誰なのだ。いっ

(こうみおぼえのないおとこだが」)

こう見覚えのない男だが」

(かれはそのおとこを、はなぞののゆのいけのほとりにみだしました。そして、そばにはべって)

彼はその男を、花園の湯の池のほとりに見出しました。そして、そばに侍って

(いたひとりのしじんにこうたずねたのです。)

いた一人の詩人にこう尋ねたのです。

(「ごしゅじんはおみわすれになりましたか」しじんがこたえていいました。「あれは、わ)

「ご主人はお見忘れになりましたか」詩人が答えていいました。「あれは、わ

(たくしどもとおなじようなぶんがくしゃなのです。にどめにおやといなすったうちのひとりな)

たくしどもと同じような文学者なのです。二度目にお雇いなすった内の一人な

(のです。このあいだ、しばらくくにへかえったとかで、みかけなかったようです)

のです。このあいだ、しばらく国へ帰ったとかで、見かけなかったようです

(が、たぶんきょうのびんせんでかえってきたのではありますまいか」)

が、たぶん今日の便船で帰ってきたのではありますまいか」

(「ああ、そうだったか。そして、なまえはなんというのだ」)

「ああ、そうだったか。そして、名前は何というのだ」

(「きたみこごろうとかもうしました」)

「北見小五郎とか申しました」

(「きたみこごろう、わたしはいっこうおもいだせないが」)

「北見小五郎、私はいっこう思い出せないが」

(そのおとこがふしぎにきおくにのこっていないことも、)

その男が不思議に記憶に残っていないことも、

(なにかのきょうちょうではなかったのでしょうか。)

何かの凶兆ではなかったのでしょうか。

(それからというもの、ひろすけはどこにいても、きたみこごろうというぶんがくしゃのめをかん)

それからというもの、広介はどこにいても、北見小五郎という文学者の目を感

(じました。はなぞののはなのなかから、ゆのいけのゆげのむこうから、きかいのくにではしり)

じました。花園の花の中から、湯の池の湯気の向こうから、機械の国ではシリ

(んだーのかげから、ちょうぞうのそのではぐんぞうのすきまから、もりのなかのたいじゅのこかげから、かれ)

ンダーの蔭から、彫像の園では群像の隙間から、森の中の大樹の木陰から、彼

(はいつまでもひろすけのいっきょいちどうをみつめているようにおもわれました。)

はいつまでも広介の一挙一動を見つめているように思われました。

(そしてあるひのこと、かのしまのちゅうおうのだいえんちゅうのかげで、ひろすけはあまりのことに、)

そしてある日のこと、かの島の中央の大円柱の蔭で、広介はあまりのことに、

(ついにそのおとこをとらえたのでした。)

ついにその男をとらえたのでした。

(「きみはきたみこごろうとかいったね。ぼくがいくところには、いつでもきみがいるとい)

「君は北見小五郎とか言ったね。僕が行くところには、いつでも君がいるとい

(うのは、すこしばかりおかしいようにおもうのだが」)

うのは、少しばかりおかしいように思うのだが」

(すると、ゆううつなしょうがくせいのように、ぼんやりとえんちゅうにもたれていたあいては、あおじろ)

すると、憂鬱な小学生のように、ボンヤリと円柱にもたれていた相手は、青白

(いかおをすこしあからめながら、うやうやしくこたえるのです。)

い顔を少し赤らめながら、うやうやしく答えるのです。

(「いえ、それはきっとぐうぜんでございましょう。ごしゅじん」)

「いえ、それはきっと偶然でございましょう。ご主人」

(「ぐうぜん?たぶんきみのいうとおりなのであろう。だが、きみはいまそこでなにをかんがえてい)

「偶然?たぶん君の言う通りなのであろう。だが、君は今そこで何を考えてい

(たのだね」)

たのだね」

(「むかしよんだしょうせつのことをかんがえておりました。ひじょうにかんめいのふかいしょうせつでした」)

「昔読んだ小説のことを考えておりました。非常に感銘の深い小説でした」

(「ほお、しょうせつ?なるほどきみはぶんがくしゃだったね。)

「ホオ、小説?なるほど君は文学者だったね。

(して、それはだれのなんというしょうせつなのだね」)

して、それは誰のなんという小説なのだね」

(「ごしゅじんはたぶんごぞんじありますまい。むめいさっかの、しかもかつじにならなかった)

「ご主人は多分ご存じありますまい。無名作家の、しかも活字にならなかった

(ものですから。ひとみひろすけというひとの「raのはなし」というたんぺんしょうせつなのです」)

ものですから。人見広介という人の『RAの話』という短篇小説なのです」

(ひろすけはとつぜんむかしのなまえをよばれたくらいでおどろくには、あまりにたんれんをへていまし)

広介は突然昔の名前を呼ばれたくらいで驚くには、余りに鍛錬を経ていまし

(た。かれはあいてのいがいなことばに、かおのすじひとつうごかさないで、そればかりか、はか)

た。彼は相手の意外な言葉に、顔の筋一つ動かさないで、そればかりか、はか

(らずも、かれのむかしのさくひんのあいどくしゃをみだしたふしぎなよろこびさえかんじながら、なつか)

らずも、彼の昔の作品の愛読者を見出した不思議な喜びさえ感じながら、懐か

(しくことばをつづけるのでありました。)

しく言葉を続けるのでありました。

(「ひとみひろすけ、しっているよ。おとぎばなしのようなしょうせつをかくおとこであったが、あれ)

「人見広介、知っているよ。おとぎ話のような小説を書く男であったが、あれ

(はきみ、ぼくのがくせいじだいのともだちなのだよ。ともだちといってもしたしくはなしたこともない)

は君、僕の学生時代の友達なのだよ。友達といっても親しく話したこともない

(のだけれど。だが、「raのはなし」というのはよまなかった。きみはどうしてそのげん)

のだけれど。だが、『RAの話』というのは読まなかった。君はどうしてその原

(こうをてにいれたのだね」)

稿を手に入れたのだね」

(「そうですか、ではごしゅじんのおともだちだったのですか。ふしぎなこともあるもの)

「そうですか、ではご主人のお友達だったのですか。不思議なこともあるもの

(ですね。「raのはなし」はせんきゅうひゃく--ねんにかかれたのですが、そのころはごしゅじんはも)

ですね。『RAの話』は一九――年に書かれたのですが、そのころは御主人はも

(うtしのほうへおかえりになすっていたのでしょうね」)

うT市のほうへお帰りになすっていたのでしょうね」

(「かえっていた。そのにねんばかりまえにわかれたきり、ひとみとはすっかりごぶさたに)

「帰っていた。その二年ばかり前に別れたきり、人見とはすっかり御無沙汰に

(なっている。だから、かれがしょうせつをかきだしたことも、)

なっている。だから、彼が小説を書きだしたことも、

(ざっしのこうこくでしったくらいなのだよ」)

雑誌の広告で知ったくらいなのだよ」

(「では、がくせいじだいにもあまりおしたしいほうではなかったのですか」)

「では、学生時代にもあまりお親しい方ではなかったのですか」

(「まあそうだね。きょうしつでかおをあわせればあいさつをかわすていどのあいだがらだった」)

「まあそうだね。教室で顔を合わせれば挨拶を交わす程度の間柄だった」

(「わたしはこちらへくるまで、とうきょうのkざっしのへんしゅうきょくにいたのです。そのかんけいからひと)

「私はこちらへ来るまで、東京のK雑誌の編集局にいたのです。その関係から人

(みさんともしりあいになり、みはっぴょうのげんこうもよんでいるわけですが、この「ra)

見さんとも知り合いになり、未発表の原稿も読んでいるわけですが、この『RA

(のはなし」というのは、わたしなどはじつにけっさくだとおもっているのですけれど、へんしゅうちょうが)

の話』というのは、私などは実に傑作だと思っているのですけれど、編集長が

(あまりにのうえんなびょうしゃをきづかって、ついにぎりつぶしてしまったのです。それと)

あまりに濃艶な描写を気づかって、つい握りつぶしてしまったのです。それと

(いうのがひとみさんはまだかけだしのなもないさくしゃだったものですから」)

いうのが人見さんはまだ駆け出しの名もない作者だったものですから」

(「それはおしいことだったね。)

「それは惜しいことだったね。

(して、ひとみひろすけはこのごろではなにをしているのかしら」)

して、人見広介はこのごろでは何をしているのかしら」

(ひろすけは「このしまへよんでやってもいいのだが」とつけくわえたいのを、やっとが)

広介は「この島へ呼んでやってもいいのだが」と付け加えたいのを、やっと我

(まんしたのです。それほどかれは、かれじしんのきゅうあくについてはじしんがあり、しんからこも)

慢したのです。それほど彼は、彼自身の旧悪については自信があり、真から菰

(だげんざぶろうになりきっているのでした。)

田源三郎になりきっているのでした。

(「まだごぞんじないとみえますね」)

「まだご存じないと見えますね」

(きたみこごろうは、かんがいぶかくいうのです。)

北見小五郎は、感慨深く言うのです。

(「あのひとはさくねんじさつをしてしまったのです」)

「あの人は昨年自殺をしてしまったのです」

(「ほう、じさつを?」)

「ホウ、自殺を?」

(「うみへはまってしんだのです。いしょがあったので)

「海へはまって死んだのです。遺書があったので

(じさつということがわかりました」)

自殺ということがわかりました」

(「なにかあったのだね」)

「何かあったのだね」

(「たぶんそうでしょう。わたしにはわかりませんが。・・・・・・それにしても、ふしぎな)

「たぶんそうでしょう。私にはわかりませんが。……それにしても、不思議な

(のは、ごしゅじんとひとみさんと、まるでそうせいじのようによくにていることです。わたし)

のは、ご主人と人見さんと、まるで双生児のようによく似ていることです。私

(ははじめてこちらへまいったとき、もしやひとみさんがこんなところにかくれていたので)

は初めてこちらへ参った時、もしや人見さんがこんなところに隠れていたので

(はないかとびっくりしたほどでした。むろんごしゅじんもそのことはおきづきでし)

はないかとびっくりしたほどでした。むろんご主人もそのことはお気づきでし

(ょうね」)

ょうね」

(「よくひやかされたものだよ。かみさまがとんだいたずらをなさるものだから」)

「よく冷やかされたものだよ。神様がとんだいたずらをなさるものだから」

(ひろすけはさもらいらくにわらってみせました。きたみこごろうもそれにつれて、おかしくて)

広介はさも磊落に笑って見せました。北見小五郎もそれにつれて、おかしくて

(たまらぬようにわらいました。)

たまらぬように笑いました。

(そのひはそらがいちめんにねずみいろのあまぐもにおおわれ、あらしのまえといった、いやにしずかな、そ)

その日は空が一面に鼠色の雨雲に覆われ、嵐の前といった、いやに静かな、ソ

(よりともかぜのない、それでいてしまのまわりには、なみがけもののうなりごえで、ぶ)

ヨリとも風のない、それでいて島のまわりには、波が獸の唸り声で、不

(きみにあわだっているようなてんこうでした。)

気味に泡立っているような天候でした。

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