パノラマ奇島談_§28

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著者:江戸川乱歩
売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自身の理想郷を夢想し、それを実現することを夢見ていた。そんなある日、彼は自分と瓜二つの容姿の大富豪・菰田源三郎が病死した話を知り合いの新聞記者から聞く。大学時代、人見と菰田は同じ大学に通っており、友人たちから双生児の兄弟と揶揄されていた。菰田がてんかん持ちで、てんかん持ちは死亡したと誤診された後、息を吹き返すことがあるという話を思い出した人見の中で、ある壮大な計画が芽生える。それは、蘇生した菰田を装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って彼の理想通りの地上の楽園を創造することであった。幸い、菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っており、源三郎の死体は焼かれることなく、自らの墓の下に埋まっていた。

人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。

一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?

関連タイピング

問題文

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(「あなたはたぶん、これがなにをいみするかごしょうちでしょうね。・・・・・・おっと、それ)

「あなたは多分、これが何を意味するか御承知でしょうね。……オッと、それ

(はいけません。あなたのゆびがひきがねにかからぬさきに、ごらんなさい。わたしのたまがと)

はいけません。あなたの指が引き金にかからぬ先に、御覧なさい。私の弾が飛

(びだしますよ」)

び出しますよ」

(きたみはそういって、みぎてにもったひかるものをさしつけました。ひろすけはぽけっと)

北見はそう言って、右手に持った光るものをさしつけました。広介はポケット

(にてをいれたままかせきしたように、うごけないのです。)

に手を入れたまま化石したように、動けないのです。

(「わたしはこのあいだから、このいっぽんのかみのけについてかんがえつづけていたのです。そ)

「私はこのあいだから、この一本の髪の毛について考え続けていたのです。そ

(して、いまあなたとおはなししているあいだに、やっとしんそうにふれることができまし)

して、今あなたとお話ししている間に、やっと真相に触れることが出来まし

(た。このかみのけいっぽんだけはなれたものではなくて、おくのほうでなにかにつづいていると)

た。この髪の毛一本だけ離れたものではなくて、奥の方で何かに続いていると

(いうことをたしかめることができたのです。ではいまそれをためしてみましょうか」)

いうことを確かめることが出来たのです。では今それを試してみましょうか」

(きたみこごろうはいうかとおもうと、いつのまによういしていたのか、おおきな、さきのと)

北見小五郎はいうかと思うと、いつの間に用意していたのか、大きな、先のと

(がったはんまーをとりだし、かみのけのしたあたりをめがけて、ちからまかせにうちおろ)

がったハンマーを取り出し、髪の毛の下あたりをめがけて、力任せに打ち下ろ

(し、ながいあいだしんぼうづよくそれをつづけて、ついにこんくりーとにふかいあなをあけてしま)

し、長い間辛抱強くそれを続けて、ついにコンクリートに深い穴をあけてしま

(いました。すると、そのはんまーのさきをつたって、なかばぎょうこしたどくどくしいちの)

いました。すると、そのハンマーの先を伝って、なかば凝固した毒々しい血の

(りが、おそらくしびじんのしんぞうから、とろりとながれだしたのです。そして、みる)

りが、おそらく死美人の心臓から、トロリと流れ出したのです。そして、見る

(まにしろいこんくりーとのひょうめんにあざやかないちりんのぼたんのはながさいたのです。)

間に白いコンクリートの表面に鮮やかな一輪の牡丹の花が咲いたのです。

(「ほりかえしてみるまでもありません。このはしらにはにんげんのしたいがかくしてあるので)

「掘り返してみるまでもありません。この柱には人間の死体が隠してあるので

(す。あなたの、いやこもだげんざぶろうふじんのしたいが」)

す。あなたの、いや菰田源三郎夫人の死体が」

(ゆうれいのようにあおざめて、いまにもそこへすわりそうなひろすけを、かたてでだきとめ)

幽霊のように青ざめて、いまにもそこへすわりそうな広介を、片手で抱き留め

(ながら、きたみはふつうのちょうしで、)

ながら、北見は普通の調子で、

(「むろんわたしはこのいっぽんのかみのけからすべてのことをすいさつしたわけではありませ)

「むろん私はこの一本の髪の毛からすべてのことを推察したわけではありませ

など

(ん。ひとみひろすけがこもだげんざぶろうになりすますためには、こもだふじんのそんざいがさいだいのしょう)

ん。人見広介が菰田源三郎になりすますためには、菰田夫人の存在が最大の障

(がいにちがいない、というてんにきがついたのです。それであなたとふじんのあいだがらをちゅう)

害に違いない、という点に気が付いたのです。それであなたと夫人の間柄を注

(いぶかくかんさつしているうちに、ふとふじんのすがたがしかいからきえてしまうようなこと)

意深く観察しているうちに、ふと夫人の姿が視界から消えてしまうようなこと

(がおこりました。ほかのひとはだましおおせても、わたしをだますことはできません。こ)

が起こりました。他の人は騙しおおせても、私をだますことは出来ません。こ

(れはてっきりあなたがふじんをさつがいしたのだとさっしました。さつがいしたからにはし)

れはてっきりあなたが夫人を殺害したのだと察しました。殺害したからには死

(たいのかくしばしょがあるはずです。あなたのようなかたはどんなばしょをおえらびなさる)

体の隠し場所があるはずです。あなたのような方はどんな場所をお選びなさる

(でしょうね・・・・・・。)

でしょうね……。

(ところで、わたしにとってこうつごうだったのは、これも、あなたはおわすれなすってい)

ところで、私にとって好都合だったのは、これも、あなたはお忘れなすってい

(るかもしれませんが、「raのはなし」にそのかくしばしょが)

るかもしれませんが、『RAの話』にその隠し場所が

(ちゃんとあんじされてあったのです。)

ちゃんと暗示されてあったのです。

(あのしょうせつにはraというおとこがあぶのーまるなこのみから、こんくりーとのだいえんちゅうを)

あの小説にはRAという男がアブノーマルな好みから、コンクリートの大円柱を

(たてるさいに、むかしのはしぶしんなどのでんせつをまねて(しょうせつのことですからひとをころすの)

立てる際に、昔の橋普請などの伝説をまねて(小説のことですから人を殺すの

(はじゆうじざいです)、ひつようもないのにそのこんくりーとのなかへ、ひとりのおんなをひとばしら)

は自由自在です)、必要もないのにそのコンクリートの中へ、一人の女を人柱

(としていきうめにすることがかいてありました。)

として生埋めにすることが書いてありました。

(もしやとおもって、ふじんがこのしまへこられたひをくってみますと、ちょうどこの)

もしやと思って、夫人がこの島へ来られた日をくって見ますと、ちょうどこの

(えんちゅうのいたがこいができあがって、せめんとをながしこみはじめたころであったことがわ)

円柱の板囲いが出来上がって、セメントを流し込み始めた頃であったことがわ

(かりました。じつにあんぜんなかくしばしょですね。あなたは、ただひとのいないときをみはか)

かりました。実に安全な隠し場所ですね。あなたは、ただ人のいない時を見計

(らって、あしばのうえまでしたいをだきあげ、いたがこいのなかへおとしこみ、そのうえから)

らって、足場の上まで死体を抱き上げ、板囲いの中へ落とし込み、その上から

(に、さんはいのせめんとをながしておきさえすればよかったのですから。)

二、三杯のセメントを流しておきさえすればよかったのですから。

(ですが、ふじんのかみのけがいっぽんだけこんくりーとのそとへもつれだしていたという)

ですが、夫人の髪の毛が一本だけコンクリートの外へもつれ出していたという

(のは、はんざいにはなにかしらおもわぬゆきちがいができるものですね」)

のは、犯罪には何かしら思わぬ行き違いが出来るものですね」

(もうひろすけは、たわいもなくくずれおちて、えんちゅうのちょうどちよこのちしおのあたりに)

もう広介は、他愛もなく崩れ落ちて、円柱のちょうど千代子の血潮のあたりに

(もたれかかっていました。きたみこごろうは、そのみじめなありさまをきのどくそうになが)

もたれ掛かっていました。北見小五郎は、そのみじめな有様を気の毒そうに眺

(めながら、でもかんがえていただけのことはいってしまうつもりでした。)

めながら、でも考えていただけのことは言ってしまうつもりでした。

(「それをぎゃくにしますと、つまりあなたがふじんをさつがいしなければならなかったと)

「それを逆にしますと、つまりあなたが夫人を殺害しなければならなかったと

(いうことは、とりもなおさず、あなたがこもだげんざぶろうではなかったことです。わ)

いうことは、とりもなおさず、あなたが菰田源三郎ではなかったことです。わ

(かりますか。このふじんのしたいがさっきいったしょうこのひとつなのですよ。)

かりますか。この夫人の死体がさっき言った証拠の一つなのですよ。

(むろんそれだけではありません。わたしはもうひとつもっともじゅうだいなしょうこをにぎっておりま)

むろんそれだけではありません。私はもう一つ最も重大な証拠を握っておりま

(す。たぶんもうおわかりだとおもいますが、それはほかでもないこもだけのぼだいじゅの)

す。多分もうお分かりだと思いますが、それはほかでもない菰田家の菩提樹の

(はかばにあるのです。)

墓場にあるのです。

(ひとびとはしのはかばからしがいがきえうせ、べつのばしょにこもだしとそっくりのいきたにん)

人々は氏の墓場から死骸が消え失せ、別の場所に菰田氏とそっくりの生きた人

(げんがあらわれたのをみて、たちまちこもだしがそせいしたものとしんじきっていました。)

間が現れたのを見て、たちまち菰田氏が蘇生したものと信じ切っていました。

(ですがかんおけのなかからしたいがなくなったといって、かならずしもそのしたいがよみがえ)

ですが棺桶の中から死体がなくなったといって、必ずしもその死体がよみがえ

(ったとはきめられません。したいはほかのばしょへはこばれているかもしれないから)

ったとは決められません。死体はほかの場所へ運ばれているかもしれないから

(です。ほかのばしょ、それはもっとてぢかなところにいくつもかんおけがうめてあるのです)

です。他の場所、それはもっと手近なところに幾つも棺桶が埋めてあるのです

(から、したいをはこびだしたものがそれをどこかへかくそうとするなら、そのおとなりの)

から、死体を運び出したものがそれをどこかへ隠そうとするなら、そのお隣の

(かんおけほどくっきょうのばしょはありません。)

棺桶ほど屈竟の場所はありません。

(なんとうまいてじなではありませんか。こもだげんざぶろうのはかのとなりにはげんざぶろうのそふに)

なんとうまい手品ではありませんか。菰田源三郎の墓の隣には源三郎の祖父に

(あたるひとのひつぎがうめてあるのですが、そこにはいま、あなたのおもいやりのあるはか)

あたる人の棺が埋めてあるのですが、そこには今、あなたの思いやりのある計

(らいで、おじいさんとまごとが、ほねとほねとでだきあって、)

らいで、お爺さんと孫とが、骨と骨とで抱き合って、

(なかよくねむっているのですよ」)

仲良く眠っているのですよ」

(きたみこごろうがそこまではなしすすんだとき、くずれおちていたひとみひろすけは、とつぜんがば)

北見小五郎がそこまで話し進んだとき、崩れ落ちていた人見広介は、突然がば

(とはねおきて、うすきみわるくわらいだすのでした。)

と跳ね起きて、薄気味悪く笑いだすのでした。

(「ははははは、いや、きみもよくしらべあげましたね。そのとおりです。すんぶんまちがっ)

「ハハハハハ、いや、君もよく調べ上げましたね。その通りです。寸分間違っ

(たところはありません。だが、じつをいうと、きみのようなめいたんていをわずらわすまでも)

たところはありません。だが、実を言うと、君のような名探偵を煩わすまでも

(なく、ぼくはもうはめつにひんしていたのですよ。おそいかはやいかのちがいがあるばか)

なく、僕はもう破滅に瀕していたのですよ。おそいか早いかの違いがあるばか

(りです。いちじはぼくもはっとして、きみにてむかおうとまでしましたが、かんがえなおし)

りです。一時は僕もハッとして、君に手向かおうとまでしましたが、考え直し

(てみると、そんなことをしたところで、わずかはんつきかひとつきいまのかんらくをのば)

てみると、そんなことをしたところで、わずか半月かひと月いまの歓楽を伸ば

(すことができるだけです。それがなんでしょう。ぼくはもうつくりたいだけのもの)

すことが出来るだけです。それがなんでしょう。僕はもう作りたいだけのもの

(をつくり、したいだけのことをしました。おもいのこすところはありません。いさぎ)

を作り、したいだけのことをしました。思い残すところはありません。いさぎ

(よくもとのひとみひろすけにかえって、きみのさしずにしたがいましょう。うちあけますと、さす)

よく元の人見広介に帰って、君の指図に従いましょう。打ち明けますと、さす

(がのこもだけのしさんも、あとやっとひとつき、このせいかつをささえるほどしかのこっていな)

がの菰田家の資産も、後やっとひと月、この生活を支えるほどしか残っていな

(いのですよ。しかし、きみはさっき、ぼくみたいなおとこをむざむざうきよのほうりつにさばか)

いのですよ。しかし、君はさっき、僕みたいな男をむざむざ浮世の法律に裁か

(せたくないといわれたようでしたね。あれはどういういみなんでしょうか」)

せたくないといわれたようでしたね。あれはどういう意味なんでしょうか」

(「ありがとう。それをうかがってわたしもほんもうです・・・・・・。あのいみですか、それは、けい)

「ありがとう。それを窺って私も本望です……。あの意味ですか、それは、警

(さつなんかのてをかりないで、いさぎよくしょけつしていただきたいということで)

察なんかの手を借りないで、いさぎよく処決していただきたいということで

(す。ひがしこうじはくしゃくふじんのいいつけではありません。やはり、げいじゅつにつかえるひとり)

す。東小路伯爵夫人の言いつけではありません。やはり、芸術につかえる一人

(のしもべとして、わたしいちこじんのおねがいなのですが」)

のしもべとして、私一個人のお願いなのですが」

(「ありがとう。ぼくからもおれいをいわせてください。では、しばらくぼくをじゆうにさせ)

「有難う。僕からもお礼を言わせてください。では、しばらく僕を自由にさせ

(ておいてくださるでしょうか。ほんのさんじゅっぷんばかりでいいのですが」)

ておいてくださるでしょうか。ほんの三十分ばかりでいいのですが」

(「よろしいとも、しまにはすうひゃくにんのあなたのめしつかいがいますけれど、あなたをおそ)

「よろしいとも、島には数百人のあなたの召使いがいますけれど、あなたを恐

(ろしいはんざいしゃとしったなら、まさかみかたをするわけでもないでしょうし、また)

ろしい犯罪者と知ったなら、まさか見方をするわけでもないでしょうし、また

(みかたをかりあつめて、わたしとのやくそくをほごになさるあなたでもありますまい。)

見方をかり集めて、私との約束を反故になさるあなたでもありますまい。

(では、わたしはどこにおまちしていればよいのでしょうか」)

では、私はどこにお待ちしていれば良いのでしょうか」

(「はなぞののゆのいけのところで」)

「花園の湯の池のところで」

(ひろすけはいいすてて、だいえんちゅうのむこうがわにみえなくなってしまいました。)

広介は言い捨てて、大円柱の向こう側に見えなくなってしまいました。

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