パノラマ奇島談_§14

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著者:江戸川乱歩
売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自身の理想郷を夢想し、それを実現することを夢見ていた。そんなある日、彼は自分と瓜二つの容姿の大富豪・菰田源三郎が病死した話を知り合いの新聞記者から聞く。大学時代、人見と菰田は同じ大学に通っており、友人たちから双生児の兄弟と揶揄されていた。菰田がてんかん持ちで、てんかん持ちは死亡したと誤診された後、息を吹き返すことがあるという話を思い出した人見の中で、ある壮大な計画が芽生える。それは、蘇生した菰田を装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って彼の理想通りの地上の楽園を創造することであった。幸い、菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っており、源三郎の死体は焼かれることなく、自らの墓の下に埋まっていた。

人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。

一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?

関連タイピング

問題文

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(それをかのじょひとりのむねにひめていてくれるなら、さしておそろしいこともないので)

それを彼女一人の胸に秘めていてくれるなら、さして恐ろしいこともないので

(すが、どうしてかのじょが、いわばしんじつのおっとのてき、こもだのおうりょうしゃを、このままにみ)

すが、どうして彼女が、いわば真実の夫の敵、菰田の横領者を、このままに見

(のがしておくものですか。やがては、このことがそのすじのみみにはいるでしょう。)

逃しておくものですか。やがては、このことがその筋の耳に入るでしょう。

(して、うでききのたんていによって、それからそれへとしらべのてをのばされたなら、)

そして、腕利きの探偵によって、それからそれへと調べの手を伸ばされたなら、

(いつかはしんそうがばくろするのはきまりきったことなのです。)

いつかは真相が暴露するのは決まりきったことなのです。

(「いくらさけによっていたからといって、おまえはなんというとりかえしのつかぬこと)

「いくら酒に酔っていたからといって、お前は何という取り返しのつかぬこと

(をしてしまったのだ。このしょちをどうつけようというのだ」)

をしてしまったのだ。この処置をどうつけようというのだ」

(ひろすけはくやんでもくやみたりないおもいでした。)

広介は悔やんでも悔やみ足りない思いでした。

(そうして、かれらふさいは、ちよこのへやにそうたいしたまま、そうほうともひとこともくちをき)

そうして、彼ら夫妻は、千代子の部屋に相対したまま、双方とも一言も口をき

(かず、ながいあいだにらみあっていましたが、ついにちよこはおそれにたえぬもののごとく、)

かず、長い間睨み合っていましたが、ついに千代子は恐れに耐えぬものの如く、

(「すみませんが、わたくし、ひどくきぶんがわるうございます。どうか、このまま)

「すみませんが、わたくし、ひどく気分が悪うございます。どうか、このまま

(ひとりぼっちにしておいてくださいまし」)

一人ぼっちにしておいてくださいまし」

(やっとこれだけのことをいうと、いきなりそのばへつっぷしてしまうのでした。)

やっとこれだけのことを言うと、いきなりその場へ突っ伏してしまうのでした。

(じゅうよん)

一四

(ひろすけが、ちよこさつがいのけっしんをしたのは、そのことがあってから、ちょうどよっ)

広介が、知代子殺害の決心をしたのは、そのことがあってから、ちょうど四

(かめでありました。)

日目でありました。

(ちよこはいちじはあれほどまでもかれにてきいをいだきましたが、よくよくかんがえなお)

知代子は一時はあれほどまでも彼に敵意を抱きましたが、よくよく考えなお

(せば、たとえどのようなかくしょうをみたからといって、それならば、あのかたがげん)

せば、たとえどのような確証を見たからといって、それならば、あの方が源

(ざぶろうでないとしたら、いったいぜんたいこのよのなかに、あんなにもよくにたにんげんがあ)

三郎でないとしたら、一体全体この世の中に、あんなにもよく似た人間があ

(りえるのでしょうか。それは、ひろいにほんをさがしまわれば、まったくおなじかおがたの)

り得るのでしょうか。それは、広い日本を探し廻れば、まったく同じ顔型の

など

(ひとがいないとはかぎりませんけれど、そんなうりふたつのひとがかりにいたところ)

人がいないとは限りませんけれど、そんなうり二つの人が仮にいたところ

(で、そのひとがちょうどげんざぶろうのはかばからよみがえってくるなんて、まるでてじなかま)

で、その人がちょうど源三郎の墓場から蘇ってくるなんて、まるで手品か魔

(ほうのような、きようなまねができるともおもわれません。)

法のような、器用な真似が出来るとも思われません。

(「これは、ひょっとしたら、わたしのはずかしいおもいちがいではないかしら」)

「これは、ひょっとしたら、私の恥ずかしい思い違いではないかしら」

(とかんがえると、あのようなはしたないそぶりをみせたことが、おっとにたいしてもうし)

と考えると、あのようなはしたないそぶりを見せたことが、夫に対して申し

(わけないようにおもわれてくるのです。)

訳ないように思われてくるのです。

(しかし、またいっぽうでは、そせいいらい、おっとのきしつのげきへん、おきのしまのえたいのしれ)

しかし、また一方では、蘇生以来、夫の気質の激変、沖ノ島の得体の知れ

(ぬだいこうじ、かのじょにたいするふしぎなかくい、そして、あののっぴきならぬたしかな)

ぬ大工事、彼女に対する不思議な隔意、そして、あののっぴきならぬ確かな

(しょうことならべたててかんがえますと、やっぱりどこやらうたがわしく、これは、ひとりで)

証拠と並べ立てて考えますと、やっぱりどこやら疑わしく、これは、一人で

(くよくよしていないで、いっそのことだれかにすっかりうちあけて、そうだんして)

くよくよしていないで、いっそのこと誰かにすっかり打ち明けて、相談して

(みたほうがよくはないかしら、などともおもわれるのでありました。)

みた方がよくはないかしら、などとも思われるのでありました。

(ひろすけは、あのよるいらい、しんぱいのあまり、びょうきとしょうしてやしきにひっこもったま)

広介は、あの夜以来、心配のあまり、病気と称して屋敷に引っこもったま

(ま、しまのこうじばへもいかず、それとなくちよこのいっきょいちどうをかんしして、かのじょ)

ま、島の工事場へも行かず、それとなく知代子の一挙一動を監視して、彼女

(のこころのうごきをば、だいたいみてとることができました。)

の心の動きをば、大体見て取ることが出来ました。

(そして、このちょうしなればと、ひとあんしんはしたものの、しかし、そののちという)

そして、この調子なればと、一安心はしたものの、しかし、そののちという

(ものは、かれのみのまわりのこといっさいをこまづかいにまかせて、かのじょはいちどもかれのそ)

ものは、彼の身の廻りのこと一切を小間使いに任せて、彼女は一度も彼のそ

(ばによろうとせず、ろくろくくちもきかないありさまをみますと、やっぱりゆ)

ばに寄ろうとせず、ろくろく口も利かないありさまを見ますと、やっぱり油

(だんがならず、どうかしたようすで、あのひみつががいぶにもれたなら、いやいや、)

断がならず、どうかした様子で、あの秘密が外部に漏れたなら、いやいや、

(たとえがいぶにはもれずとも、そういうあいだにも、やしきないのめしつかいなどにしれわたっ)

たとえ外部には漏れずとも、そういう間にも、邸内の召使いなどに知れ渡っ

(ているかもしれたものではない、とおもうと、いよいよきがきではなく、よっか)

ているかもしれたものではない、と思うと、いよいよ気が気ではなく、四日

(のあいだちゅうちょにちゅうちょをかさねたうえ、かれはついに、かのじょをさつがいすることにこころをき)

のあいだ躊躇に躊躇を重ねた上、彼はついに、彼女を殺害することに心を決

(めたのでありました。)

めたのでありました。

(さて、そのひのごご、かれはかのじょをかれのへやによびよせて、さてなにげないかぜを)

さて、その日の午後、彼は彼女を彼の部屋に呼び寄せて、さて何気ない風を

(よそおいながら、こんなふうにきりだすのでした。)

装いながら、こんなふうに切り出すのでした。

(「からだのぐあいもいいようだから、わたしはこれからまたしまへでかけようとおもうが、)

「体の具合もいいようだから、私はこれからまた島へ出かけようと思うが、

(こんどはすっかりこうじができあがってしまうまでかえれまいとおもう。で、そのあ)

今度はすっかり工事が出来上がってしまうまで帰れまいと思う。で、そのあ

(いだ、おまえにもあちらへいってもらって、しまのうえでしばらくいっしょにくらした)

いだ、お前にもあちらへ行ってもらって、島の上でしばらく一緒に暮らした

(いのだが、どうだ、すこしきばらしにでかけてみては。それに、わたしのふしぎな)

いのだが、どうだ、少し気晴らしに出かけてみては。それに、私の不思議な

(しごとも、もうだいたいはかんせいしているのだから、いちどおまえにみせたくもあるのだ」)

仕事も、もう大体は完成しているのだから、一度お前に見せたくもあるのだ」

(するとちよこは、やっぱりうたがいぶかいようすをあらためないで、なんのかのとこうじつをかま)

すると千代子は、やっぱり疑い深い様子を改めないで、何のかのと口実を構

(えて、かれのすすめをこばもうとばかりするのです。)

えて、彼のすすめを拒もうとばかりするのです。

(かれはそれを、あるいはすかし、あるいはおどし、いろいろにほねおって、さんじゅっぷんばか)

彼はそれを、或いはすかし、或いは脅し、いろいろに骨折って、三十分ばか

(りのあいだも、くちをすっぱくしてくどいたうえ、とうとう、なかばいあつてき)

りのあいだも、口を酸っぱくして口説いたうえ、とうとう、なかば威圧的

(に、かのじょをうなずかせてしまいました。それというのも、かのじょはひろすけをうたがい)

に、彼女をうなずかせてしまいました。それというのも、彼女は広介を疑い

(おそれながら、もうひとつのこころでは、それがたとえげんざぶろうでなかろうと、)

恐れながら、もう一つの心では、それがたとえ源三郎でなかろうと、

(やっぱりかれにあいちゃくをかんじていたからにちがいありません。)

やっぱり彼に愛着を感じていたからに違いありません。

(さて、いくとなっても、それからまた、ばあやをどうはんするとかしないとか、ひと)

さて、行くとなっても、それから又、婆やを同伴するとかしないとか、ひと

(もんどうあったすえ、けっきょくそれもどうはんしないで、かれとちよことふたりきりで、そのひ)

問答あった末、結局それも同伴しないで、彼と千代子と二人きりで、その日

(のごごのれっしゃにのることにはなしをきめてしまったのです。もっとも、だれもどうはん)

の午後の列車に乗ることに話を決めてしまったのです。もっとも、誰も同伴

(しないでも、しまへいけば、そこにたくさんのおんなどももいることですから、なに)

しないでも、島へ行けば、そこにたくさんの女どももいることですから、何

(ふじゆうがあるわけではないのでした。)

不自由があるわけではないのでした。

(かいがんをいちじかんもきしゃにゆられると、もうそこがしゅうてんのtえきで、そこからようい)

海岸を一時間も汽車に揺られると、もうそこが終点のT駅で、そこから用意

(のもーたーせんにのり、あらなみをけってまたいちじかんもいくと、)

のモーター船に乗り、荒波をけってまた一時間も行くと、

(やがてもくてきのおきのしまです。)

やがて目的の沖の島です。

(ちよこは、ひさしぶりのおっととのふたりたびを、なにともしれぬきょうふをもって、しかしま)

知代子は、久しぶりの夫との二人旅を、何とも知れぬ恐怖をもって、しかしま

(たいっぽうでは、ふしぎなたのしさをかんじながら、どうかこのあいだのばんのことはわたしのおも)

た一方では、不思議な楽しさを感じながら、どうかこの間の晩のことは私の思

(いちがいであってくれますようにといのるのでした。)

い違いであってくれますようにと祈るのでした。

(うれしいことには、きしゃのなかでも、ふねのうえでも、いつになくおっとはみょうにやさしく、)

嬉しいことには、汽車の中でも、船の上でも、いつになく夫は妙にやさしく、

(ことばかずがおおく、なにくれとかのじょのせわをやいたり、まどのそとをゆびさしては、すぎさ)

言葉数が多く、何くれと彼女の世話を焼いたり、窓の外を指さしては、過ぎ去

(るふうけいをしょうしたり、それがかのじょにはかつてのみつげつのたびをおもいおこさせたほども、)

る風景を賞したり、それが彼女には嘗ての蜜月の旅を思い起こさせたほども、

(いようにあまくなつかしくかんじられるのでした。したがってあのおそろしいうたがいも、い)

異様に甘く懐かしく感じられるのでした。したがってあの恐ろしい疑いも、い

(つしかわすれるともなくわすれたかたちで、かのじょはたとえあしたはどうなろうと、ただ、)

つしか忘れるともなく忘れた形で、彼女はたとえ明日はどうなろうと、ただ、

(このたのしみをいちじでもながびかせたいとねがうばかりでありました。)

この楽しみを一時でも長引かせたいと願うばかりでありました。

(ふねがおきのしまにちかづくと、しまのきしからにじゅっけんもてまえに、ひじょうにおおきなぶいのよう)

船が沖の島に近づくと、島の岸から二十間も手前に、非常に大きなブイのよう

(なものがういていて、ふねはそれによこづけにされるのです。ぶいのひょうめんは、にけん)

なものが浮いていて、船はそれに横づけにされるのです。ブイの表面は、二間

(しほうくらいのてつばりで、そのちゅうおうにふねのはっちのような、ちいさなあながあいてい)

四方くらいの鉄張りで、その中央に船のハッチのような、小さな穴が開いてい

(ます。ふたりはふねからあゆみいたをわたって、そのぶいのうえにおりたちました。)

ます。二人は船からあゆみ板を渡って、そのブイの上に降り立ちました。

(「ここからもういちど、よくしまのうえをみてごらん。あのたかくいわやまのようにそびえ)

「ここからもう一度、よく島の上を見てごらん。あの高く岩山のようにそびえ

(ているのは、みんなこんくりーとでこしらえたかべなのだよ。そとからみると、しま)

ているのは、みんなコンクリートでこしらえた壁なのだよ。外から見ると、島

(のいちぶとしかおもわれぬけれど、あのないぶには、それはすばらしいものがかくされ)

の一部としか思われぬけれど、あの内部には、それは素晴らしいものが隠され

(ているのだ。それから、いわやまのうえにあたまをみせている、たかいあしばがあるだろう。)

ているのだ。それから、岩山の上に頭を見せている、高い足場があるだろう。

(あれだけがまだできあがらないで、いまこうじちゅうなのだが、あすこには、おそろしく)

あれだけがまだ出来上がらないで、今工事中なのだが、あすこには、恐ろしく

(おおきな、はんぎんぐ・がーでんという、つまりてんじょうのはなぞのができるわけなの)

大きな、ハンギング・ガーデンという、つまり天井の花園が出来るわけなの

(だ。それでは、これからわたしのゆめのくにをけんぶつすることにしよう。すこしもこわいこと)

だ。それでは、これから私の夢の国を見物することにしよう。少しも怖いこと

(はありゃしない。このいりぐちをおりていくと、うみのそこをとおって、じきにしまのうえ)

はありゃしない。この入り口を降りていくと、海の底を通って、じきに島の上

(にでられるのだよ。さあ、てをひいてあげるから、わたしのあとについておいで」)

に出られるのだよ。さあ、手を引いて上げるから、私の後についておいで」

(ひろすけはやさしくいって、ちよこのてをとりました。)

広介は優しく言って、知代子の手を取りました。

(かれとても、ちよことおなじように、ふたりがてにてをとってこのうみのそこをわたるの)

彼とても、知代子と同じように、二人が手に手を取ってこの海の底を渡るの

(が、なんとなくうれしいのです。いずれはかのじょをてにかけてさつがいせねばならぬ)

が、なんとなくうれしいのです。いずれは彼女を手にかけて殺害せねばならぬ

(とおもいながらも、それゆえにかのじょのやわはだのかんしょくが、いっそういとしくもなつかしくもおも)

と思いながらも、それゆえに彼女の柔肌の感触が、一層愛しくも懐かしくも思

(いなされるのでありました。)

いなされるのでありました。

(はっちをはいって、くらいたてあなをご、ろっけんもくだると、ふつうのたてもののろうかぐらい)

ハッチをはいって、暗い縦穴を五、六間もくだると、普通の建物の廊下ぐらい

(のひろさで、ずっとよこにとんねるのようなみちがひらけています。)

の広さで、ずっと横にトンネルのような道が開けています。

(ちよこはそこへおりて、いっぽすすむかすすまぬに、おもわずあっとこえをたてずにはい)

知代子はそこへ降りて、一歩進むか進まぬに、思わずアッと声を立てずにはい

(られませんでした。そこはじつに、じょうげさゆうともかいていをみとおすことのできる、が)

られませんでした。そこは実に、上下左右とも海底を見通すことのできる、ガ

(らすばりのとんねるであったのです。)

ラス張りのトンネルであったのです。

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