夢野久作 瓶詰地獄③

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(かようなはなれじまのなかの、たったふたりきりのしあわせのなかに、)

かような離れ島の中の、たった二人切りの 幸福(しあわせ)の中に、

(おそろしいあくまがしのびこんでこようと、どうしておもわれましょう。)

恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようと、どうして思われましょう。

(けれども、それは、ほんとうにしのびこんできたにちがいないのでした。)

けれども、それは、ホントウに忍び込んで来たに違いないのでした。

(それはいつからとも、わかりませんが、つきひのたつのにつれて、)

それはいつからとも、わかりませんが、月日の経つのにつれて、

(あやこのにくたいがきせきのようにうつくしく、つややかにそだっていく)

アヤ子の肉体が奇蹟のように美しく、 麗沢(つややか)に長(そだ)って行く

(のが、ありありとわたしのめにみえてきました。あるときははなのせいのようにまぶしく、)

のが、アリアリと私の眼に見えて来ました。ある時は花の精のようにまぶしく、

(また、あるときはあくまのようになやましく・・・そうしてわたしはそれをみていると、)

又、ある時は悪魔のようになやましく・・・そうして私はそれを見ていると、

(なぜかわからずにおもいがくらく、かなしくなってくる)

何故かわからずに思念(おもい)が曚昧(くら)く、哀しくなって来る

(のでした。「おにいさま・・・」とあやこがさけびながら、なんのけがれも)

のでした。「お兄さま・・・」とアヤ子が叫びながら、何の罪穢(けが)れも

(ないめをかがやかして、わたしのかたにとびついてくるたんびに、わたしのむねが)

ない瞳(め)を輝かして、私の肩に飛び付いて来るたんびに、私の胸が

(いままでとはまるでちがったきもちでわくわくするのが、わかってきました。)

今までとはまるで違った気もちでワクワクするのが、わかって来ました。

(そうして、そのひとたびひとたびごとに、わたしのこころはほろびのなやみに)

そうして、その一度一度毎に、私の心は 沈淪(ほろび)の患難(なやみ)に

(わたされるかのように、おそれ、ふるえるのでした。)

付(わた)されるかのように、畏懼(おそ)れ、 慄(ふる)えるのでした。

(けれども、そのうちにあやこのほうも、いつとなくようすがかわって)

けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく態度(ようす)が変わって

(きました。やはりわたしとおなじように、いままでとはまるでちがった・・・もっともっと)

来ました。やはり私と同じように、今までとはまるで違った・・・もっともっと

(なつかしい、なみだにうるんだめでわたしをみるようになりました。そうして、それに)

なつかしい、涙にうるんだ眼で私を見るようになりました。そうして、それに

(つれてなんとなく、わたしのからだにさわるのがはずかしいような、かなしいような)

つれて何となく、私の身体に触るのが恥ずかしいような、悲しいような

(きもちがするらしくみえてきました。)

気もちがするらしく見えて来ました。

(ふたりはちっともいさかいをしなくなりました。そのかわり、なんとなく)

二人はちっとも争論(いさかい)をしなくなりました。その代り、何となく

(うれいがおをして、ときどきそっとためいきをするようになりました。)

憂容(うれいがお)をして、時々ソッとため息をするようになりました。

など

(それは、ふたりきりでこのはなれじまにいるのが、なんともいいようのないくらい、)

それは、二人切りでこの離れ島に居るのが、何ともいいようのないくらい、

(なやましく、うれしく、さびしくなってきたからでした。そればかりでなく、)

なやましく、嬉しく、淋しくなって来たからでした。そればかりでなく、

(おたがいにかおをみあっているうちに、めのまえがみるみるかげのようにくらく)

お互いに顔を見合っているうちに、眼の前が見る見る死蔭(かげ)のように暗く

(なってきます。そうしてかみさまのおしめしか、あくまのからかいか)

なって来ます。そうして神様のお啓示(しめし)か、悪魔の戯弄(からかい)か

(わからないままに、どきんと、むねがとどろくといっしょにはっとわれにかえるようなことが、)

わからないままに、ドキンと、胸が轟くと一緒にハッと吾に帰るような事が、

(いちにちのうちなんどとなくあるようになりました。)

一日のうち何度となくあるようになりました。

(ふたりはたがいに、こうしたふたりのこころをはっきりとしりあっていながら、かみさまの)

二人は互いに、こうした二人の心をハッキリと知り合っていながら、神様の

(いましめをおそれて、くちにだしえずにいるのでした。もし、)

責罰(いましめ)を恐れて、口に出し得ずにいるのでした。万一(もし)、

(そんなことをしでかしたあとで、すくいのふねがきたらどうしよう・・・)

そんな事をし出かしたアトで、救いの舟が来たらどうしよう・・・

(というしんぱいにうたれていることが、なんにもいわないまんまに、ふたりどうしのこころに)

という心配に打たれていることが、何にも云わないまんまに、二人同志の心に

(よくわかっているのでした。)

よくわかっているのでした。

(けれども、あるしずかにはれわたったごごのこと、うみがめのたまごをやいてたべた)

けれども、或る静かに晴れ渡った午後の事、ウミガメの卵を焼いて食べた

(あとで、ふたりがすなはらにあしをなげだして、はるかうみのうえをすべっていくしろい)

あとで、二人が砂原に足を投げ出して、はるか海の上を辷(すべ)って行く白い

(くもをみつめているうちにあやこはふいと、こんなことをいいだしました。)

雲を見つめているうちにアヤ子はフイと、こんな事を云い出しました。

(「ねえ。おにいさま。あたしたちふたりのうちひとりが、もしびょうきになってしんだら、)

「ネエ。お兄様。あたし達二人のうち一人が、もし病気になって死んだら、

(あとは、どうしたらいいでしょうねえ」そういううちあやこは、かおを)

あとは、どうしたらいいでしょうネエ」そう云ううちアヤ子は、面(かお)を

(まっかにしてうつむきまして、なみだをほろほろとやけすなのうえにおとしながら、)

真赤にしてうつむきまして、涙をホロホロと焼け砂の上に落しながら、

(なんともいえない、かなしいわらいがおをしてみせました。)

何ともいえない、悲しい笑い顔をして見せました。

(そのときにわたしが、どんなかおをしたか、わたしはしりませぬ。ただしぬほどいきぐるしく)

その時に私が、どんな顔をしたか、私は知りませぬ。ただ死ぬ程息苦しく

(なって、はりさけるほどむねがとどろいて、おしのようになんのへんじもしえないまま)

なって、張り裂けるほど胸が轟いて、唖のように何の返事もし得ないまま

(たちあがりますと、そろそろとあやこからはなれていきました。そうしてあのかみさまの)

立ち上りますと、ソロソロとアヤ子から離れて行きました。そうしてあの神様の

(あしだいのうえにきて、あたまをかきむしりかきむしりひれふしました。)

足凳(あしだい)の上に来て、頭を掻き挘(むし)り掻き挘りひれ伏しました。

(「ああ。てんにましますかみさまよ。あやこはなにもしりませぬ。ですから、あんなことを)

「ああ。天にまします神様よ。アヤ子は何も知りませぬ。ですから、あんな事を

(わたしにいったのです。どうぞ、あのむすめをばっしないでください。)

私に云ったのです。どうぞ、あの処女(むすめ)を罰しないで下さい。

(そうして、いつまでもいつまでもきよらかにおまもりくださいませ。)

そうして、いつまでもいつまでも清浄(きよらか)にお守り下さいませ。

(そうしてわたしも・・・。ああ。けれども・・・けれども・・・。ああかみさまよ。)

そうして私も・・・。ああ。けれども・・・けれども・・・。ああ神様よ。

(わたしはどうしたら、いいのでしょう。どうしたらこのなやみからすくわれる)

私はどうしたら、いいのでしょう。どうしたらこの患難(なやみ)から救われる

(のでしょう。わたしがいきておりますのはあやこのためにこのうえもない)

のでしょう。私が生きておりますのはアヤ子のためにこの上もない

(つみです。けれどもわたしがしにましたならば、なおさらふかい、かなしみと、)

罪悪(つみ)です。けれども私が死にましたならば、尚更深い、悲しみと、

(くるしみをあやこにあたえることになります、ああ、どうしたらいいでしょう)

苦しみをアヤ子に与えることになります、ああ、どうしたらいいでしょう

(わたしは・・・。おおかみさまよ・・・。)

私は・・・。おお神様よ・・・。

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