夢野久作 瓶詰地獄⑤(終)

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(それからあとのわたしたちふたりは、からだもたましいも、ほんとうの)

それから後の私たち二人は、肉体(からだ)も霊魂(たましい)も、ホントウの

(くらやみにおいだされて、よるとなく、ひるとなくかなしみ、)

幽暗(くらやみ)に逐い出されて、夜となく、昼となく哀哭(かなし)み、

(はがみしなければならなくなりました。そうしておたがいあいいだき、)

切歯(はがみ)しなければならなくなりました。そうしてお互い相抱き、

(なぐさめ、はげまし、いのり、かなしみあうことはおろか、おなじところにねることさえもできない)

慰め、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じ処に寝る事さえも出来ない

(きもちになってしまったのでした。)

気もちになってしまったのでした。

(それは、おおかた、わたしがせいしょをやいたばつなのでしょう。)

それは、おおかた、私が聖書を焼いた罰なのでしょう。

(よるになるとほしのひかりや、なみのおとや、むしのこえや、かぜのはずれや、きのみの)

夜になると星の光りや、浪の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の

(おちるおとが、ひとつひとつにせいしょのことばをささやきながら、わたしたちふたりをとりまいて、)

落ちる音が、一ツ一ツに聖書の言葉を囁きながら、私たち二人を取り巻いて、

(いっぽいっぽとちかづいてくるようにおもわれるのでした。そうしてみうごきひとつできず、)

一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。そうして身動き一つ出来ず、

(まどろむこともできないままに、はなればなれになってもだえている)

微睡(まどろ)むことも出来ないままに、離れ離れになって悶えている

(わたしたちふたりのこころを、うかがいにくるかのようにものおそろしいのでした。)

私たち二人の心を、窺視(うかがい)に来るかのように物恐ろしいのでした。

(こうしてながいながいよるがあけますと、こんどはおなじようにながいながいひるがきます。)

こうして長い長い夜が明けますと、今度は同じように長い長い昼が来ます。

(そうするとこのしまのなかにてるたいようも、うたうおうむも、まうごくらくちょうも、たまむしも、)

そうするとこの島の中に照る太陽も、唄う鸚鵡も、舞う極楽鳥も、玉虫も、

(がも、やしも、ぱいなぷるも、はなのいろも、くさのかおりも、うみも、)

蛾も、ヤシも、パイナプルも、花の色も、草の芳香(かおり)も、海も、

(くもも、かぜも、にじも、みんなあやこの、まぶしいすがたや、いきぐるしいはだのかと)

雲も、風も、虹も、みんなアヤ子の、まぶしい姿や、息苦しい肌の香(か)と

(ごっちゃになって、ぐるぐるぐるぐるとうずまきかがやきながら、しほうはっぽうからわたしを)

ゴッチャになって、グルグルグルグルと渦巻き輝きながら、四方八方から私を

(つつみころそうとして、おそいかかってくるようにおもわれるのです。そのなかから、)

包み殺そうとして、襲いかかって来るように思われるのです。その中から、

(わたしとおんなじくるしみにとらわれているあやこの、なやましいめが、)

私とおんなじ苦しみに囚われているアヤ子の、なやましい瞳(め)が、

(かみさまのようなかなしみとあくまのようなほほえみとをべつべつにこめて、)

神様のような悲しみと悪魔のようなホホエミとを別々に籠めて、

(いつまでもいつまでもわたしを、じいっとみつめているのです。)

いつまでもいつまでも私を、ジイッと見つめているのです。

など

(えんぴつがなくなりかけていますから、もうあまりながくかかれません。)

鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書かれません。

(わたしは、これだけのなやみとくるしみにあいながら、)

私は、これだけの虐遇(なやみ)と迫害(くるしみ)に会いながら、

(なおもかみさまのいましめをおそれているわたしたちのまごころを、)

なおも神様の禁責(いましめ)を恐れている私たちのまごころを、

(このびんにふうじこめて、うみになげこもうとおもっているのです。)

この瓶に封じこめて、海に投げ込もうと思っているのです。

(あしたにもあくまのいざないにまけるようなことがありませぬうちに・・・)

明日にも悪魔の誘惑(いざない)に負けるような事がありませぬうちに・・・

(せめてふたりのからだだけでもきよらかでおりますうちに・・・)

せめて二人の肉体(からだ)だけでも清浄(きよらか)でおりますうちに・・・

(ああかみさま・・・わたしたちふたりは、こんなくるしみにあいながら、)

ああ神様・・・私たち二人は、こんな 苛責(くるしみ)に会いながら、

(びょうきひとつせずに、ひにましまるまるとふとって、うつくしくそだっていくのです。)

病気一つせずに、日に増し丸々と肥って、美しく長(そだ)って行くのです。

(このしまのきよらかなかぜと、みずと、ゆたかなかてと、うつくしい、)

この島の清らかな風と、水と、豊穣(ゆたか)な食物(かて)と、美しい、

(たのしい、はなととりとにまもられて・・・。)

楽しい、花と鳥とに護られて・・・。

(ああ。なんというおそろしいせめくでしょう。このうつくしい、たのしいしまはもう)

ああ。何という恐ろしい責め苦でしょう。この美しい、楽しい島はもう

(すっかりじごくです。かみさま、かみさま。あなたはなぜわたしたちふたりを、ひとおもいに)

スッカリ地獄です。神様、神様。あなたはなぜ私たち二人を、一思いに

(ころしてくださらないのですか・・・。ーーたろうしるす・・・)

殺して下さらないのですか・・・。 ーー太郎記す・・・

(だいさんのびんのないよう)

◇第三の瓶の内容

(おとうさま。おかあさま。ぼくたちきょうだいは、なかよく、たっしゃに、)

オ父サマ。オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニ、

(このしまに、くらしています。はやく、たすけに、きてください。)

コノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。

(いちかわたろういちかわあやこ)

市川 太郎  イチカワ アヤコ

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