夢野久作 押絵の奇蹟④/⑲

投稿者nyokesi プレイ回数165
難易度(4.5) 6866打 長文 長文モード可 タグ長文 小説 文豪 夢野久作
順位名前スコア称号打鍵/秒正誤率時間(秒)打鍵数ミス問題日付
1 subaru 6547 S+ 6.9 94.3% 982.9 6846 410 96 2020/02/26
2 Haku 6503 S+ 6.8 95.5% 1006.5 6863 317 96 2020/03/09
3 でこ 5993 A+ 6.1 97.2% 1108.5 6836 192 96 2020/03/06
4 yuki 4075 C 4.2 95.6% 1610.9 6880 314 96 2020/02/22

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問題文

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(わたしのせいかはふくおかしのまんなかをながれて、はかたわんにそそいでおりますなかがわのくちの)

私の生家は福岡市の真中を流れて、博多湾に注いでおります那珂川の口の

(さんかくすのうえにありました。そのさんかくすはひがしなかすともうしまして、はかたおりでなだかい)

三角洲の上にありました。その三角洲は東中洲と申しまして、博多織で名高い

(はかたのまちと、くろださまのごじょうかになっておりますふくおかのまちとのあいだにはさまれて)

博多の町と、黒田様の御城下になっております福岡の町との間に挟まれて

(おりますので、りょうほうのまちからいくつものはしがかかっておりますが、そのはかたがわの)

おりますので、両方の町から幾つもの橋が架かっておりますが、その博多側の

(いちばんみなみのはしにかかっておりますみずぐるまばしのたもとの)

一番南の端に架かっております水車(みずぐるま)橋の袂の

(うえにんじぞうさまというなだかいおじぞうさまのよこにありますのがわたしのせいかで)

飢人(うえにん)地蔵様という名高いお地蔵様の横にありますのが私の生家で

(ございました。そのうちはただいまでもむかしのかたちのままのすぎのかきねにかこまれて、)

御座いました。その家(うち)は只今でも昔の形のままの杉の垣根に囲まれて、

(じゅうしちぎんこうのてにすこーとのよこにじぞうさまとならんでおりますから、どなたでも)

十七銀行のテニスコートの横に地蔵様と並んでおりますから、どなたでも

(おいでになればすぐにわかります。もっともいまからにじゅうねんほどまえにわたしたちが)

お出でになればすぐにわかります。尤も今から二十年ほど前に私たちが

(おりましたころのひがしなかすは、ただいまのようにはんかなところでなく、ずっとせいほくの)

居りました頃の東中洲は、只今のように繁華な処でなく、ずっと西北の

(かいがんぎわと、みなみのはしのかわがふたつにわかれているちかくにひとならびずつしかいえが)

海岸際と、南の端の川が二つに別れている近くに一並びずつしか家が

(ありませんでしたので、わたしたちのうちだけは、いつもそのちゅうかんのはかたがわの)

ありませんでしたので、私たちの家だけは、いつもその中間の博多側の

(かわぶちに、なたねのはなや、かぼちゃのはなや、あおいむぎなぞにとりかこまれたいっけんやに)

川ぶちに、菜種の花や、カボチャの花や、青い麦なぞに取り囲まれた一軒家に

(なっておりましたことを、ふるいおかたはごぞんじでございましょう。)

なっておりましたことを、古いお方は御存じで御座いましょう。

(わたしのうちはくろだはんのおうままわりのごひゃくごくのいえがらで、おとうさまはごようしでしたが、)

私の家は黒田藩のお馬廻りの五百石の家柄で、お父様は御養子でしたが、

(むかしかたぎのがんこいってつとよくもののほんやおはなしにあります、あのとおりの)

昔気質(かたぎ)の頑固一徹とよく物の本やお話にあります、あの通りの

(おかたで、ちかまわりのわかいひとたちにかんがくをおしえておいでになりました。それに)

お方で、近まわりの若い人たちに漢学を教えておいでになりました。それに

(うまれつきおさけがおきらいで、だいのあまとうでおいでになりましたので、わたしがじゅっさいにも)

生れつきお酒がお嫌いで、大の甘党でおいでになりましたので、私が十歳にも

(なりましたときは、よほどいのおぐあいがわるく、ほようのためといってよく)

なりました時は、よほど胃のお具合がわるく、保養のためといってよく

(はたけいじりをしておいでになりましたが、そのせいかおかおのいろがたいへんくろくて、)

畑いじりをしておいでになりましたが、そのせいかお顔の色が大変黒くて、

など

(まゆげのふとい、おめのきれめのふかい、おくちのおおきい、ぶしらしいこわいかおのおかたで)

眉毛の太い、お眼の切れ目の深い、お口の大きい、武士らしい怖い顔のお方で

(ございました。それにひきかえてわたしのおかあさまはよにもうつくしい、そうして)

御座いました。それに引きかえて私のお母様は世にも美しい、そうして

(ふしぎなおかたでした。)

不思議なお方でした。

(わたしのおかあさまは、ただ、いきるためにしか、おしょくじをなされぬようにみえました。)

私のお母様は、只、生きるためにしか、お食事をなされぬように見えました。

(よくまああれでおからだがもつものと、こどもごころにもおもわせられましたくらい)

よくまああれでお身体が保(も)つものと、子供心にも思わせられました位

(しょうしょくでした。またおかあさまは、「あのいっけんやにおりながら、いつのまにみて)

小食でした。又お母様は、「あの一軒屋に居りながら、いつの間に見て

(ござるのか」としりあいのひとがかんしんしておりましたくらいかみなぞもちゃんと)

御座るのか」と知り合いの人が感心しておりましたくらい髪なぞもチャンと

(はやりふうにゆって、しろいものなぞをちょっとかけておられましたが、)

流行(はやり)風に結って、白いものなぞをチョッとかけておられましたが、

(それがまた、かざりけがないままにたとえようもなくうつくしくみえました。そのおかあさまを)

それが又、飾り気がないままに譬えようもなく美しく見えました。そのお母様を

(そだてましたうばで、おせきというげんきなばあさんは、そのころおおきなだんだんがさねの)

育てました乳母で、オセキという元気な婆さんは、そのころ大きな段々重ねの

(きりのはこをせおうて、いなかまわりのこまものやをしておりましたが、おかあさまはその)

桐の箱を背負うて、田舎まわりの小間物屋をしておりましたが、お母様はその

(ばあさんからおりおりあぶらやもとゆいなぞをおかいになるほかはなにひとつぜいたくなものをてに)

婆さんから折々油や元結なぞをお買いになるほかは何一つ贅沢なものを手に

(おとりになるでもなく、かえってそのおせきばあさんのほうが、おかあさまの)

お取りになるでもなく、却ってそのオセキ婆さんの方が、お母様の

(おつくりになったしぼりのよこがけや、きんらんのおまもりぶくろなぞをいただいていなかでうって)

お作りになった絞りの横掛けや、金襴のお守り袋なぞを頂いて田舎で売って

(もうけていたとのことでした。なつなぞはごじぶんでおそめになったこんしぼりのひとえを)

儲けていたとの事でした。夏なぞは御自分でお染めになった紺絞りの単衣を

(きておられるのが、つきぬくほどしろいおかおのいろや、えりあしや、おからだのいろと)

着ておられるのが、ツキヌクほど白いお顔の色や、襟足や、お身体の色と

(うつりあってほんとにおじょうひんにみえました。あるときわたしに、おまんじゅうをやいて)

うつり合ってホントにお上品に見えました。ある時私に、おまんじゅうを焼いて

(あげようとおっしゃって、てぬぐいをちょっとあねさんかぶりにしてひばちのまえにおすわりに)

上げようと仰言って、手拭をチョット姉さん冠りにして火鉢の前にお坐りに

(なった、そのおすがたのよかったこと、いまにめについております。)

なった、そのお姿のよかったこと、今に眼に付いております。

(「あなたのおかあさまはえのようだともうしあげたいが、えよりもずうっとずうっと)

「あなたのお母様は絵のようだと申し上げたいが、絵よりもズウットズウット

(おうつくしい」とあるひとはもうしました。「おんなでさえほれぼれする」といって)

お美しい」とある人は申しました。「女でさえ惚れ惚れする」と云って

(こぶうりのおんながみかえりみかえりでていったこともあります。うそかほんとうか)

昆布売りの女が見かえり見かえり出て行ったこともあります。嘘か本当か

(ぞんじませぬが、そのころのふくおかのはやりうたに、「みなさんみなさん、ふくおかはかたで、)

存じませぬが、その頃の福岡の流行り歌に、「みなさんみなさん、福岡博多で、

(つりあいとれぬがなんじゃいな。とことんやれとんやれな。あれはいのぐちだんなと)

釣り合いとれぬが何じゃいナ。トコトンヤレトンヤレナ。あれは井ノ口旦那と

(おくさん。なかすに(なかずに)なかよく、くらすがふしぎじゃないかいな。)

奥さん。中洲に(泣かずに)仲よく、暮すが不思議じゃないかいな。

(とことんやれとんやれなあ」というのがあったとだれからかきいておぼえて)

トコトンヤレトンヤレナア」というのがあったと誰からか聞いておぼえて

(おりますが、おしえたひとはわすれてしまいました。けれどもおかあさまのほんとの)

おりますが、教えた人は忘れてしまいました。けれどもお母様のホントの

(ふしぎともうしますのは、そんなことではありませんでした。「あなたのおかあさまは、)

不思議と申しますのは、そんな事ではありませんでした。「あなたのお母様は、

(わたしとおなじゆびをもっておいでになるのに、どうしてあのようにふしぎなおしごとが、)

私と同じ指を持っておいでになるのに、どうしてあのように不思議なお仕事が、

(おできになるのでしょう」というのは、うちにこられるひとのみんながみないうこと)

お出来になるのでしょう」というのは、うちに来られる人のみんなが皆言う事

(でした。わたしのおかあさまは、そんなにまでひとがふしぎがるほど、ゆびさきのおしごとがおじょうず)

でした。私のお母様は、そんなにまで人が不思議がる程、指先のお仕事がお上手

(なのでした。わたしがはっさいのふゆまでいきておいでになりましたおばあさまや、)

なのでした。私が八歳の冬まで生きておいでになりましたお祖母様や、

(おせきばあさんや、ひとさまのおはなしによりますと、おかあさまはいのぐちけのたったひとつぶだねで)

オセキ婆さんや、人様のお話によりますと、お母様は井ノ口家のたった一粒種で

(ございましたが、ななさいのときにごじぶんのはつのおせっくにおもらいになったおしえのにんぎょうを)

御座いましたが、七歳の時に御自分の初のお節句にお貰いになった押絵の人形を

(こわしてみて、それをまたつくりなおしてひとりでにおしえのつくりかたをおおぼえに)

こわして見て、それを又作り直してひとり手に押絵の作り方をお覚えに

(なったのだそうです。それからのち、おてならいがすみますと、にんぎょうのかおかたちや)

なったのだそうです。それから後、お手習いが済みますと、人形の顔形や

(はなもようなぞをはながみやそうしのはしにえがいて、いつまでもいつまでもあそんでおいでに)

花模様なぞを鼻紙や草紙の端に描いて、いつまでもいつまでも遊んでおいでに

(なりましたそうで、おともだちなぞもせんぽうからあそびにこられなければ、こちらからは)

なりましたそうで、お友達なぞも先方から遊びに来られなければ、こちらからは

(すすんでおいでになるようなことはありませんでした。そうしてじゅっさいくらいになられた)

進んでお出でになるような事はありませんでした。そうして十歳位になられた

(ときに、あそびごとにつくられたおしえのにんぎょうがひょうばんになってうれていきましたので、)

時に、遊び事に作られた押絵の人形が評判になって売れて行きましたので、

(わたしのおじいさまやおばあさまがびっくりなすったそうです。)

私のお祖父様やお祖母様がビックリなすったそうです。

(おかあさまはそれからじゅういちになられますと、はかたのおやまというところのははかたの)

お母様はそれから十一になられますと、博多の小山(おやま)という所の母方の

(ごしんせきにあたるおばあさんのところへいって、はたおり、たちぬいなぞをおならいに)

御親戚に当るお婆さんの処へ行って、機織、裁ち縫いなぞをお習いに

(なりましたが、そのおばあさんがなだかいやかましやのおししょうさん)

なりましたが、そのお婆さんが名高い 八釜し屋(やかましや)のお師匠さん

(でしたのに、おかあさまばかりはなにもいわれませんでしたそうで、じゅうよんさいのときには、)

でしたのに、お母様ばかりは何も云われませんでしたそうで、十四歳の時には、

(もうおししょうさまとかわらぬくらいにおできになりました。ししゅうなぞもそのころから)

もうお師匠様と変わらぬ位にお出来になりました。刺繍なぞもその頃から

(あそびごとにつくられたのが、おとなのそれよりもきれいでしっかりしていたということで)

遊び事に作られたのが、大人のそれよりも綺麗でシッカリしていたという事で

(ございます。わたしのおとうさまがつきかわけからごようしにおいでになりましたのは、)

御座います。私のお父様が月川家から御養子にお出でになりましたのは、

(おかあさまのじゅうごのとしで、おとうさまのおとしはたしかにじゅうよんさいでした。それから、)

お母様の十五の年で、お父様のお年はたしか二十四歳でした。それから、

(これはおかあさまのことですが、おかあさまがごこんれいをなすったあくるとしのじゅうろくの)

これはお母様の事ですが、お母様が御婚礼をなすったあくる年の十六の

(おしょうがつに、おしごとのおししょうさまのところへごねんしにおいでになりましたふし、ごしんせきのこと)

お正月に、お仕事のお師匠様の処へ御年始にお出でになりました節、御親戚の事

(とておししょうさまはおぞうにをだすからとよういをされました。そのときにあるひとがいたの)

とてお師匠様はお雑煮を出すからと用意をされました。その時にある人が板の

(ようなあついはかたおりのおとこおびをもってきまして、これはいまかみがたからはかたにきている)

ような厚い博多織の男帯を持って来まして、これは今上方から博多に来ている

(りきしのおびで、わざわざはかたへちゅうもんしておらせてかみがたでしたてさしたものだ)

力士の帯で、わざわざ博多へ注文して織らせて上方で仕立てさしたものだ

(けれど、なんだかむすびめがぐあいがわるくてきにいらないから、またしたてなおさした)

けれど、何だか結び目が具合が悪くて気に入らないから、又仕立て直さした

(けれどもやはりいけない。はかたおりをあつかいつけておられるこっちのおししょうさんより)

けれども矢張りいけない。博多織を扱いつけておられるこっちのお師匠さんより

(ほかにしたてなおしていただくところがなくなりましたからもってきましたともうしました。)

ほかに仕立て直して頂く処がなくなりましたから持って来ましたと申しました。

(するとおししょうさんのおばあさんが、それはよいところへみえました。いまちょうど)

するとお師匠さんのお婆さんが、それはよいところへ見えました。今ちょうど

(なんでもおできになるふくおかいちのうつくしいおくさんがみえているから、といっておかあさまに)

何でもお出来になる福岡一の美しい奥さんが見えているから、といってお母様に

(おしつけてしまわれました。おかあさまはこわい、いじのわるいおししょうさまのおことばを)

押しつけて仕舞われました。お母様は怖い、意地の悪いお師匠様のお言葉を

(そむきもならず、そのうえにわたしのおとうさまがなんでもまけることがおきらいなのを、よく)

背きもならず、その上に私のお父様が何でも負ける事がお嫌いなのを、よく

(ごぞんじでしたので、もし、おことわりしておぞうにもいただかずににげてかえったことが、)

御存じでしたので、もし、お断りしてお雑煮も頂かずに逃げて帰った事が、

(あとでわかってはたいへんとおおもいになりまして、なくなくおひきうけになり)

あとでわかっては大変とお思いになりまして、泣く泣くお引き受けになり

(ましたが、なんどもしたてなおしたものなので、そのぬいにくいくるしさとせつなさ。)

ましたが、何度も仕立て直したものなので、その縫いにくい苦しさと切なさ。

(なみだがでたとのおはなしでございました。けれども、ともかくも、おぞうにができるまで)

涙が出たとのお話で御座いました。けれども、ともかくも、お雑煮が出来るまで

(にしあげて、さっそくもたせておやりになりましたところが、たいへんにそれがきにいり)

に仕上げて、早速持たせてお遣りになりましたところが、大変にそれが気に入り

(ましたらしく、すぐにたくさんのしたてだいをもたせてよこしたのをおかあさまは)

ましたらしく、すぐに沢山の仕立て代を持たせてよこしたのをお母様は

(きっぱりとおことわりになりましたそうです。そうしたらそのすもうとりは)

キッパリとお断りになりましたそうです。そうしたらその角力(すもう)取りは

(そのあくるひにたくさんのちりめんとかどんすとかをだいにのせて、じぶんでかかえて)

そのあくる日に沢山の縮緬とか緞子(どんす)とかを台に載せて、自分で抱えて

(じんりきしゃにのっておかあさまのところへおれいにきましたので、そんなわけをごぞんじない)

人力車に乗ってお母様の処へお礼に来ましたので、そんな訳を御存じない

(おとうさまはたいそうおおどろきになりました。そうしてごじぶんでげんかんへでてきて、「うちの)

お父様は大層お驚きになりました。そうして御自分で玄関へ出て来て、「うちの

(かないはおまえたちのようなものにちかづきはもたぬ」とおっしゃったのを、あとからでて)

家内はお前達のような者に近づきは持たぬ」と仰言ったのを、あとから出て

(おいでになったおかあさまがおひきとめになったので、やっとしなものをおうけとりに)

お出でになったお母様がお引き止めになったので、やっと品物をお受け取りに

(なりましたが、すもうとりはおげんかんでおいかえされてしまいました。「あれはおまえを)

なりましたが、角力取りはお玄関で追い返されてしまいました。「あれはお前を

(みにきたのにちがいない。これからすもうとりのものなぞぬうことはならんぞ」と、)

見に来たのに違いない。これから角力取りのものなぞ縫う事はならんぞ」と、

(おとうさまはあとでたいそうおかあさまをおしかりになったそうです。)

お父様はあとで大層お母様をお叱りになったそうです。

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