海野十三 蠅男⑧

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※➀に同じくです。


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問題文

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(はえおとこ)

◇蠅男◇

(じかんは、それよりいちじかんほどまえのくじごろのことだった。)

時間は、それより一時間ほど前の九時ごろのことだった。

(おなじすみよしくのてんがちゃやさんちょうめに、ちかごろきんじょのひとのめをうばっている)

同じ住吉区の天下茶屋三丁目に、ちかごろ近所の人の眼を奪っている

(ぶんりはふうのあかるいようかんがあった。)

分離派風の明るい洋館があった。

(ふといみかげいしのもんちゅうには、たまやとただにじだけほった)

太い御影石の門柱には、「玉屋」とただ二字だけ彫った

(ぶろんずのひょうさつがうめこんであったが、これぞいまらじおじゅしんきのせいぞうで)

ブロンズの表札が埋め込んであったが、これぞいまラジオ受信機の製造で

(きょまんのとみをつくったといわれるたまやそういちろうのじゅうたくだった。)

巨万の富を作ったといわれる玉屋総一郎の住宅だった。

(ちょうどそのくじごろ、いちだいのおおがたのじどうしゃがもんないにすべりこんでいった。)

丁度その九時ごろ、一台の大型の自動車が門内に滑りこんで行った。

(のっていたのは、としのころごじゅうにちかいすもうとりのように)

乗っていたのは、年のころ五十に近い相撲取りのように

(きょだいなたいくのもちぬしーーそれこそこのやしきのしゅじん、たまやそういちろうそのひとだった。)

巨大な体躯の持ち主ーーそれこそこの邸の主人、玉屋総一郎その人だった。

(くるまがげんかんによこづけになると、かれはいんばねすのえりをだらしなくひらけたまま、)

車が玄関に横づけになると、彼はインバネスの襟をだらしなく開けたまま、

(えっとかけごえをしておりたった。)

えっとかけ声をして下り立った。

(あ、おとっつぁんいえのなかからは、わかいおんなのこえがした。)

「あ、お父つぁん」家の中からは、若い女の声がした。

(しかしこのこえは、どうもすこしふるえているらしい。)

しかしこの声は、どうも少し慄えているらしい。

(いとこか。すこしきをおちつけたら、ええやないか)

「糸子か。すこし気を落ちつけたら、ええやないか」

(おちつけいうたかて、これがおちついていられますかいな。とにかくはよ)

「落ちつけいうたかて、これが落ちついていられますかいな。とにかく早よ

(どないかしてやないと、うちきがへんになってしまいますがな)

どないかしてやないと、うち気が変になってしまいますがな」

(なにをいうとるんや。ややこみたよに、そないにぎゃあつきなや)

「なにを云うとるんや。嬰児(ややこ)みたよに、そないにギャアつきなや」

(そういちろうはどんどんおくにはいっていった。そしてにかいのじぶんのしょさいのとびらを)

総一郎はドンドン奥に入って行った。そして二階の自分の書斎の扉を

(かぎでがちゃりとあけて、なかへはいっていった。そこはじゅうごつぼほどある)

鍵でガチャリと開けて、中へ入っていった。そこは十五坪ほどある

など

(ようふうのひろまであり、このしゅじんのこのみらしいすこぶるかねのかかった、それでいて)

洋風の広間であり、この主人の好みらしい頗る金のかかった、それでいて

(いっこうあかぬけのしないかぐちょうどでかざりたて、ゆかにははくせいのとらのかわが)

一向垢ぬけのしない家具調度で飾りたて、床には剥製の虎の皮が

(さんまいもしいてあり、ながいすにも、くまだのひょうだののかわが、)

三枚も敷いてあり、長椅子にも、熊だの豹だのの皮が、

(まるでけがわやにいったようにならべてあった。)

まるで毛皮屋に行ったように並べてあった。

(たまやそういちろうは、おおきなつくえのまえにあるべっせいのかいてんいすのうえにどっかと)

玉屋総一郎は、大きな机の前にある別製の廻転椅子の上にドッカと

(こしをおろした。そしてかれはこどものように、そのかいてんいすをぎいぎいいわせて、)

腰を下ろした。そして彼は子供のように、その廻転椅子をギイギイいわせて、

(さゆうにからだをゆすぶった。それはかれのくせだったのである。)

左右に身体をゆすぶった。それは彼の癖だったのである。

(さあ、そのーーそのてがみ、ここへもっといで)

「さあ、そのーーその手紙、ここへ持っといで」

(かれはどなるようにいうと、むすめのいとこはほそいたもとのなかから)

彼は怒鳴るようにいうと、娘の糸子は細い袂の中から

(いっつうのきいろいふうとうをとりだして、ちちおやのまえにさしだした。)

一通の黄色い封筒を取りだして、父親の前にさしだした。

(なんや、こんなもんか。ーー)

「なんや、こんなもんか。ーー」

(そういちろうは、ふうのきってあるふうとうから、おりたたんだしんぶんしをひっぱりだし、)

総一郎は、封の切ってある封筒から、折り畳んだ新聞紙をひっぱり出し、

(それをひろげた。それはしんぶんしをはんぶんにきったものだった。)

それを拡げた。それは新聞紙を半分に切ったものだった。

(なんや、こんなもの。くずしんぶんやないか)

「なんや、こんなもの。屑新聞やないか」

(かれはしんぶんをざっとみて、むすめのほうにつきだした。)

彼は新聞をザッと見て、娘の方につきだした。

(しんぶんはわかってるけど、ただのしんぶんとちがうといいましたやろ。ようごらん。)

「新聞は分かってるけど、只の新聞と違うといいましたやろ。よう御覧。

(あかえんぴつでまるをいれてあるもじをひろうておよみやす)

赤鉛筆で丸を入れてある文字を拾うてお読みやす」

(なに、このあかえんぴつでまるをつけたあるじをひろいよみするのんか)

「なに、この赤鉛筆で丸をつけたある字を拾い読みするのんか」

(そういちろうはむすめにいわれたとおり、うえのほうからじゅんじょをおって、したのほうへ)

総一郎は娘にいわれたとおり、上の方から順序を追って、下の方へ

(だんだんとよんでいった。はじめはばかにしたようなかおをしていたが、)

だんだんと読んでいった。初めは馬鹿にしたような顔をしていたが、

(よんでいくにつれてだんだんむずかしいかおになって、かおがかーっとあかくなった)

読んでいくにつれてだんだん難しい顔になって、顔がカーッと赤くなった

(とおもうと、そのうちにはんたいにさっとがんめんからちがひいてあおくなっていった。)

と思うと、そのうちに反対にサッと顔面から血が引いて蒼くなっていった。

(そら、どうや。おとっつぁんかて、やっぱりおどろいてでっしゃろ)

「そら、どうや。お父つぁんかて、やっぱり愕いてでっしゃろ」

(うむ。こらきょうはくじょうや。にじゅうよじかんいないに、なんじのいのちをとる。)

「うむ。こら脅迫状や。二十四時間以ないニ、ナんじの生命(いのち)ヲ取ル。

(ゆいごんじょうをよういしておけ。はえおとこ。--へえ、はえおとこ?)

ユイ言状を用意シテ置け。蠅男。--へえ、蠅男?」

(はえおとこいうたら、おとっつぁん、いったいだれのことをいうとりまんの)

「蠅男いうたら、お父つぁん、一体誰のことをいうとりまんの」

(そ、そんなこと、おれがしっとるもんか。ぜんぜんしらんわ)

「そ、そんなこと、俺が知っとるもんか。全然知らんわ」

(おとっつぁん。そのしんぶんのなかに、はえのしがいがいっぴきはいっとるのはみやはった?)

「お父つぁん。その新聞の中に、蠅の死骸が一匹入っとるのは見やはった?」

(うぇっ、はえのしがい--そ、そんなものみやへんがな)

「うぇッ、蠅の死骸--そ、そんなもの見やへんがナ」

(そんならふうとうのなかをみてちょうだい。はじめはなあ、そのはえおとこと)

「そんなら封筒の中を見てちょうだい。はじめはなア、その『蠅男』と

(さいんのしたに、そのはえのしがいがはりつけてあったんやしい)

サインの下に、その蠅の死骸が貼りつけてあったんやしイ」

(そういちろうはふうとうをさかさにふってみた。するとむすめのいったとおり、つくえのうえに)

総一郎は封筒を逆さにふってみた。すると娘の云ったとおり、机の上に

(ぽとんとはえのしがいがいっぴき、おちてきた。それはぺちゃんこになった)

ポトンと蠅の死骸が一匹、落ちてきた。それはぺちゃんこになった

(ひからびたいえばえのしがいだった。そしてふしぎなことに、はねもろっぽんのあしも)

乾枯びた家蠅の死骸だった。そして不思議なことに、翅も六本の足も

(むしりとられ、そればかりかかふくぶがえいりなはものでぐさりとななめに)

毟りとられ、そればかりか下腹ぶが鋭利な刃物でグサリと斜めに

(きりとられているへんなはえのしがいだった。よくよくみれば、はえのしがいと)

切り取られている変な蠅の死骸だった。よくよく見れば、蠅の死骸と

(わかるような、かわったはえのみいらめいたものであった。)

分かるような、変った蠅の木乃伊めいたものであった。

(このきかいなはえのしがいは、はたしてなにをかたるのであろうか。)

この奇怪な蠅の死骸は、果して何を語るのであろうか。

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