世界史B-南アジア・東南アジアの植民地化-
南アジア・東南アジアの植民地化編です
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(いぎりすがほんかくてきなとうちをかいしした19せいきいこうのいんどしゃかいは、きわめて)
イギリスが本格的な統治を開始した19世紀以降のインド社会は、きわめて
(ちんたいしたしゃかいとなった。このようなじょうきょうのなかで、19せいきこうはんにはいり、い)
沈滞した社会となった。このような状況のなかで、19世紀後半に入り、イ
(んどじんようへいであるしぱーひーのだいはんらんがはっせいした。いぎりすはひがしいんどがいしゃ)
ンド人傭兵であるシパーヒーの大反乱が発生した。イギリスは東インド会社
(をかいさんし、いんどのちょくせつとうちにのりだした。)
を解散し、インドの直接統治に乗り出した。
(おらんだはこーひーやさとうきび。あいなどのしょうひんさくもつをどうにゅうしたが、じゃわ)
オランダはコーヒーやサトウキビ。藍などの商品作物を導入したが、ジャワ
(とうをぶたいとしてだいきぼなはんらんがおきると、きょうせいさいばいせいどをどうにゅうした。また、)
島を舞台として大規模な反乱が起きると、強制栽培制度を導入した。また、
(まれーはんとうではいぎりすがおらんだときょうていをむすび、まらっかかいきょうきょうかいとする)
マレー半島ではイギリスがオランダと協定を結び、マラッカ海峡境界とする
(しはいけんのぶんかつをとりきめ、おらんだにじゃわをへんかんするいっぽうぺなん)
支配権の分割を取り決め、オランダにジャワを返還する一方ペナン
(まらっか・しんがぽーるを1826ねんにかいきょうしょくみんちとしてせいりつさせた。)
マラッカ・シンガポールを1826年に海峡植民地として成立させた。
(べとなむでは、げんふくえいが、ふらんすじんせんきょうしぴにょーがほんごくからつれてきた)
ベトナムでは、阮福暎が、フランス人宣教師ピニョーが本国からつれてきた
(ふらんすぎゆうへいとたい・らおすなどのえんじょでぜんどをとういつし、げんちょうをたてた。)
フランス義勇兵とタイ・ラオスなどの援助で全土を統一し、阮朝をたてた。
(19せいきなかばになると、ふらんすがぐんじかいにゅうをはじめ、なんぶちいきをうばった。)
19世紀半ばになると、フランスが軍事介入をはじめ、南部地域を奪った。
(ゆいいつしょくみんちかのあつりょくをかいひしたたいのおうであるちゅらろんこんは、いぎりす)
唯一植民地化の圧力を回避したタイの王であるチュラロンコンは、イギリス
(とふらんすとのせいりょくきんこうさくをたくみにとるとどうじに、きんだいかにせいこうした。)
とフランスとの勢力均衡策をたくみにとると同時に、近代化に成功した。