怪人二十面相12

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問題文
(こうしておけば、ぞくはへいのそとへにげだすわけにはいきません。)
こうしておけば、賊は塀の外へ逃げだすわけにはいきません。
(それに、にわをとりまいたこんくりーとべいは、たかさよんめーとるもあって、)
それに、庭をとりまいたコンクリート塀は、高さ四メートルもあって、
(はしごでももちださないかぎり、のりこえるすべはないのです。)
はしごでも持ちださないかぎり、乗りこえるすべはないのです。
(「あっ、ここだっ、ぞくはここにいるぞ。」)
「アッ、ここだっ、賊はここにいるぞ。」
(ひしょのひとりが、つきやまのうえのしげみのなかでさけびました。)
秘書のひとりが、築山の上のしげみのなかでさけびました。
(かいちゅうでんとうのまるいひかりが、しほうからそこへしゅうちゅうされます。)
懐中電燈の丸い光が、四ほうからそこへ集中されます。
(しげみはひるのようにあかるくなりました。そのひかりのなかを、)
しげみは昼のように明るくなりました。その光の中を、
(ぞくはせなかをまるくして、つきやまのみぎてのもりのようなこだちへと、)
賊は背中をまるくして、築山の右手の森のような木立ちへと、
(まりのようにかけおります。)
まりのようにかけおります。
(「にがすなっ、やまをおりたぞ。」)
「逃がすなっ、山をおりたぞ。」
(そして、たいぼくのこだちのなかを、かいちゅうでんとうがちろちろと、)
そして、大木の木立ちのなかを、懐中電燈がチロチロと、
(うつくしくはしるのです。)
美しく走るのです。
(にわがひじょうにひろく、じゅもくやがんせきがおおいのと、ぞくのとうそうがたくみなために、)
庭がひじょうに広く、樹木や岩石が多いのと、賊の逃走がたくみなために、
(あいてのせなかをめのまえにみながら、どうしてもとらえることができません。)
相手の背中を目の前に見ながら、どうしてもとらえることができません。
(そうしているうちに、でんわのきゅうほうによって、ちかくのけいさつしょから、)
そうしているうちに、電話の急報によって、近くの警察署から、
(すうめいのけいかんがかけつけ、ただちにへいのそとをかためました。ぞくはいよいよ)
数名の警官がかけつけ、ただちに塀の外をかためました。賊はいよいよ
(ふくろのねずみです。)
袋のネズミです。
(ていないでは、それからまたしばらくのあいだ、おそろしいおにごっこが)
邸内では、それからまたしばらくのあいだ、おそろしい鬼ごっこが
(つづきましたが、そのうちに、おってたちは、ふとぞくのすがたを)
つづきましたが、そのうちに、追っ手たちは、ふと賊の姿を
(みうしなってしまいました。)
見うしなってしまいました。
(ぞくはすぐまえをはしっていたのです。おおきなきのみきをぬうようにして、)
賊はすぐ前を走っていたのです。大きな木の幹をぬうようにして、
(ちらちらとみえたりかくれたりしていたのです。それがとつぜん、)
チラチラと見えたりかくれたりしていたのです。それがとつぜん、
(きえうせてしまったのです。こだちをいっぽんいっぽん、えだのうえまで)
消えうせてしまったのです。木立ちを一本一本、枝の上まで
(てらしてみましたけれど、どこにもぞくのすがたはないのです。)
照らして見ましたけれど、どこにも賊の姿はないのです。
(ほりそとにはけいかんのみはりがあります。たてもののほうは、ようかんはもちろん)
堀外には警官の見はりがあります。建物のほうは、洋館はもちろん
(にほんざしきもあまどがひらかれ、いえじゅうのでんとうがあかあかとにわてらしているうえに、)
日本座敷も雨戸がひらかれ、家中の電燈があかあかと庭照らしているうえに、
(そうたろうし、こんどうろうじん、そうじくんをはじめ、おてつだいさんたちまでが、)
壮太郎氏、近藤老人、壮二君をはじめ、お手伝いさんたちまでが、
(えんがわにでてにわのとりものをながめているのですから、そちらへ)
縁がわに出て庭の捕り物をながめているのですから、そちらへ
(にげるわけにもいけません。)
逃げるわけにもいけません。
(ぞくはていえんのどこかに、みをひそめているにちがいないのです。)
賊は庭園のどこかに、身をひそめているにちがいないのです。
(それでいて、ななにんのものが、いくらさがしても、そのすがたを)
それでいて、七人のものが、いくらさがしても、その姿を
(はっけんすることができないのです。にじゅうめんそうはまたしても、)
発見することができないのです。二十面相はまたしても、
(にんじゅつをつかったのではないでしょうか。)
忍術を使ったのではないでしょうか。
(けっきょく、よるのあけるのをまって、さがしなおすほかはないと)
けっきょく、夜の明けるのを待って、さがしなおすほかはないと
(いっけつしました。おもてもんとうらもんとほりそとのみはりさえげんじゅうにしておけば、)
一決しました。表門と裏門と堀外の見はりさえげんじゅうにしておけば、
(ぞくはふくろのねずみですから、あさまでまってもだいじょうぶだというのです。)
賊は袋のネズミですから、朝まで待ってもだいじょうぶだというのです。
(そこで、おってのひとびとは、ていがいのけいかんたいをたすけるために、)
そこで、追っ手の人々は、邸外の警官隊を助けるために、
(にわをひきあげたのですが、ただひとり、まつのというじどうしゃのうんてんしゅだけが、)
庭をひきあげたのですが、ただひとり、松野という自動車の運転手だけが、
(まだにわのおくにのこっていました。)
まだ庭の奥にのこっていました。
(もりのようなこだちにかこまれて、おおきないけがあります。)
森のような木立ちにかこまれて、大きな池があります。
(まつのうんてんしゅはひとびとにおくれて、そのいけのきしをあるいていたとき、ふと)
松野運転手は人々におくれて、その池の岸を歩いていたとき、ふと
(みょうなものにきづいたのです。)
みょうなものに気づいたのです。
(かいちゅうでんとうにてらしだされたいけのみずぎわには、おちばがいっぱい)
懐中電燈に照らしだされた池の水ぎわには、落ち葉がいっぱい
(ういていましたが、そのおちばのあいだから、いっぽんのたけぎれが、)
ういていましたが、その落ち葉のあいだから、一本の竹ぎれが、
(すこしばかりくびをだして、ゆらゆらとうごいているのです。かぜのせいでは)
少しばかり首をだして、ユラユラと動いているのです。風のせいでは
(ありません。なみもないのに、たけぎれだけが、みょうにどうようしているのです。)
ありません。波もないのに、竹ぎれだけが、みょうに動揺しているのです。
(まつののあたまに、あるひじょうにとっぴなかんがえがうかびました。みんなを)
松野の頭に、あるひじょうにとっぴな考えが浮かびました。みんなを
(よびかえそうかしらとおもったほどです。しかし、どれほどのかくしんはありません。)
呼びかえそうかしらと思ったほどです。しかし、どれほどの確信はありません。
(あんまりしんじがたいことなのです。)
あんまり信じがたいことなのです。
(かれはでんとうをてらしたまま、いけのきしにしゃがみました。)
彼は電燈を照らしたまま、池の岸にしゃがみました。