大阪圭吉 デパートの絞刑吏⑤(終)

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1 いんちき 5891 A+ 6.2 94.5% 988.1 6180 359 82 2026/02/17

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問題文

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(やがてばるーんがおりきって、そのかわいいてんたいのようなすがたをわたしたちのずじょうに) やがてバルーンが降り切って、その可愛い天体の様な姿を私達の頭上に (よこたえると、きょうすけはがすげーとのべんをひらいてそのなかへほそいてくびをさしこみ、) 横たえると、喬介はガスゲートの弁を開いてその中へ細い手首を差し込み、 (しばらくきのうのないていぶをかきまわしていたが、まもなくうつくしいくびかざりをひとつとりだした。) 暫く気嚢の内底部を掻き廻していたが、間もなく美しい首飾を一つ取り出した。 (「ずぶといやろうだ!」しほうしゅにんがかかりのおとこにとびかかろうとした。「おまちなさい。) 「図太い野郎だ!」司法主任が係の男にとびかかろうとした。「お待ちなさい。 (ひとちがいですよ。はんにんはばるーんです。このけいききゅうです。ほら、これを) 人違いですよ。犯人はバルーンです。この軽気球です。ほら、これを (ごらんなさい」きょうすけが、がすげーとのかなぐ、べん、あたらしくはっけんされたくびかざりのさんてんに、) 御覧なさい」喬介が、ガスゲートの金具、弁、新しく発見された首飾の三点に、 (さきほどの「はいいろこ」をふりかけてはけではらうと、さんてんともにおなじようないくつかの) 先程の「灰色粉」を振り掛けて刷毛で払うと、三点共に同じ様な幾つかの (しもんが、みるみるけんしゅつされてきた。「ごらんなさい。このひとのしもんではない) 指紋が、見る見る検出されて来た。「御覧なさい。この人の指紋ではない (でしょう?」「ふーむ。たしかにひがいしゃのぐちたついちのしもんだ」しほうしゅにんはまるで) でしょう?」「ふーむ。確かに被害者野口達市の指紋だ」司法主任はまるで (きつねにつままれたかたちだ。「きみ。すまないがね。ちゅうおうきしょうだいへでんわを) 狐につままれた態(かたち)だ。「君。済まないがね。中央気象台へ電話を (かけて、さくばんのとうきょうちほうのきしょうをといあわせてください」きょうすけのめいずるままに) 掛けて、昨晩の東京地方の気象を問い合わせて下さい」喬介の命ずるままに (ろっかいへおりたわたしは、そこのでんわしつでにんむをすますと、けっかをのーとへきにゅうして) 六階へ降りた私は、其処の電話室で任務を済ますと、結果をノートへ記入して (ふたたびおくじょうへかえってきた。きょうすけは、わたしのわたしたのーとをうけとると、) 再び屋上へ帰って来た。喬介は、私の渡したノートを受け取ると、 (「いや、ありがとう。753みりのていきあつとせいなんのきょうふうか。さあ、もうようじは) 「いや、有難う。753粍(ミリ)の低気圧と西南の強風か。さあ、もう用事は (すみましたからばるーんをあげてください。さて、これからけつろんのせつめいに) 済みましたからバルーンを揚げて下さい。さて、これから結論の説明に (うつりましょう」いいおわるときょうすけは、じょうしょうしていくばるーんをみあげながら) 移りましょう」言い終ると喬介は、上昇して行くバルーンを見上げながら (たばこにひをつけ、しずかにくちをきった。) 煙草に火を点け、静かに口を切った。 (「わたしはまず、だいいちに、はんにんはしゅくちょくいんいがいのきょうりょくなおとこであること、ーーこのばあい) 「私は先ず、第一に、犯人は宿直員以外の強力な男である事、ーーこの場合 (とじまりがげんじゅうであったことをこうりょにいれておくーー。だいにに、はんこうはおくじょうで) 戸締りが厳重であった事を考慮に入れて置くーー。第二に、犯行は屋上で (なされたこと、ーーこのばあいうえこみにもてっさくにもたいるゆかのうえにも、なんらのこんせきが) なされた事、ーーこの場合植込みにも鉄柵にもタイル床の上にも、何等の痕跡が
など
(ないというしょうきょくてきなてがかりをりゅういしておくーー。だいさんに、はんこうにしようされたゆいいつの) ないと言う消極的な手掛を留意して置くーー。第三に、犯行に使用された唯一の (きょうきが、くっきょくのじゆうなながいそざつなひょうめんをもったぶったい、たんてきにつなざまのもので) 兇器が、屈曲の自由な長い粗雑な表面を持った物体、端的に綱様の物で (あること。だいよんに、はんざいのどうきがけっていてきでないことなどのきそちしきのはあくに) ある事。第四に、犯罪の動機が決定的でない事等の基礎知識の把握に (せいこうしました。そこでわたしはこれらのざいりょうをすたーととし、きわめてげんかくなひはんの) 成功しました。そこで私はこれらの材料をスタートとし、極めて厳格な批判の (もとで、できうるかぎりじゆうなそうぞうりょくをはたらかせ、あたらしいそうごうてきなすいりにふみだし) 元で、出来得る限り自由な想像力を働かせ、新しい綜合的な推理に踏み出し (ました。まもなくわたしは、このばるーんのろーぷをきょうきとする、いまだたぶんに) ました。間もなく私は、このバルーンのロープを兇器とする、未だ多分に (そざつではあるがあるひとつのすいていにとうたつしました。そしてそのそざつさをこくふくする) 粗雑ではあるが或る一つの推定に到達しました。そしてその粗雑さを克服する (ためにこのばるこにーへやってきて、わたしのがいねんてきなそざつなだんあんを、かこうし) ためにこのバルコニーへやって来て、私の概念的な粗雑な断案を、加工し (せいりすべきあたらしいざいりょうのしゅうしゅうをはじめました」ここできょうすけは、ちょっとことばをきって、) 整理すべき新しい材料の拾収を始めました」ここで喬介は、一寸言葉を切って、 (あらためてばるーんをふりあおぎながら、いちだんとこえをたかめてはなしはじめました。) 改めてバルーンを振り仰ぎながら、一段と声を高めて話し始めました。 (「つまり、いっさくじつのばんえいぎょうちゅうに、ふたつのくびかざりをぬすんだのぐちたついちくんは、とうぜん) 「つまり、一昨日の晩営業中に、二つの首飾を盗んだ野口達市君は、当然 (おこなわるべきしんたいけんさやたてものじゅうのきびしいそうさくをよきして、もっともあんぜんなばしょへ、) 行わるべき身体検査や建物中の厳しい捜索を予期して、最も安全な場所へ、 (すなわちばるーんのないていぶへそのくびかざりをかくしておいたのです。もちろんきみは」と、かかりの) 即ちバルーンの内底部へその首飾を隠して置いたのです。勿論君は」と、係の (おとこをみながら、「やかんにばるーんのばんをしてはいないでしょうね?よろしい。) 男を見ながら、「夜間にバルーンの番をしてはいないでしょうね? 宜しい。 (そしてさくばん、たぶんかくしたくびかざりがきにかかったのでしょう、しゅくちょくとうばんになった) そして昨晩、多分隠した首飾が気に懸ったのでしょう、宿直当番になった (ひがいしゃは、しゅうしんまえのじゅうじごろ、ばるーんのようすをみるためにおくじょうへのぼったのです。) 被害者は、就寝前の十時頃、バルーンの様子を見るために屋上へ登ったのです。 (そこでかれは、あなのあいたばるーんが、ふりょくのげんしょうしたためにふにゃふにゃと) 其処で彼は、穴の明いたバルーンが、浮力の減少したためにフニャフニャと (おりてきそうなのをはっけんしてひじょうにおどろき、いそいでちからまかせにろーぷをたぐり) 降りて来そうなのを発見して非常に驚き、急いで力任せにロープを手繰り (ばるーんをおろしはじめました。ふりょくがげんしょうしたとはいえ、がすがじゅうまんしてさえ) バルーンを降し始めました。浮力が減少したとは言え、ガスが充満してさえ (いれば600きろのふりょくをもつばるーんです。ひがいしゃはてのなかにいくつものたこを) いれば600キロの浮力を持つバルーンです。被害者は掌中に幾つもの胼胝を (つくりながら、むちゅうでばるーんをおろしてしまいました。そして、がすげーとのべんを) 作りながら、夢中でバルーンを降してしまいました。そして、ガスゲートの弁を (ひらき、たぶんいちどはかくしたしなもののあんぜんをたしかめたでしょう、もちろんまだじけんの) 開き、多分一度は隠した品物の安全を確かめたでしょう、勿論まだ事件の (ほとぼりがさめきっていないために、しなものをもちだすきけんはさけたでしょう。) ほとぼりが冷め切っていないために、品物を持ち出す危険は避けたでしょう。 (それからがすのほーすをあてがい、すいそがすのほじゅうをはじめます。がすが) それからガスのホースをあてがい、水素ガスの補充を始めます。ガスが (じゅうまんするにしたがって、ばるーんのふりょくはぞうだいします。このばあい、ひがいしゃはじゅうだいな) 充満するに従って、バルーンの浮力は増大します。この場合、被害者は重大な (かしつをおかしています。すなわち、さいしょばるーんをおろすときにおどろきのあまりいそいだため) 過失を犯しています。即ち、最初バルーンを降す時に驚きの余り急いだため (ろーらーをしようせずにちょくせつてでたぐりおろしてしまったことです。このすいていに) ローラーを使用せずに直接手で手繰り降してしまった事です。この推定に (たいしてのはんしょうは、けさいそいでぐろーぶなしではんどるをつかんだこのかかりのかたの) 対しての反証は、今朝急いでグローブなしでハンドルを掴んだこの係の方の (しもんいがいに、ひがいしゃのしもんがけんしゅつされないかぎりむりょくです。したがって、がすげーとの) 指紋以外に、被害者の指紋が検出されない限り無力です。従って、ガスゲートの (かなぐまたはろーぷをてでおさえながらがすのほじゅうをおこなっていたひがいしゃは、がすが) 金具又はロープを手で押さえながらガスの補充を行っていた被害者は、ガスが (じゅうまんさればるーんのふりょくがぞうだいするにしたがって、はじめてろーらーをしようしなかった) 充満されバルーンの浮力が増大するに従って、初めてローラーを使用しなかった (かしつにきづいたのです。たぶんひじょうにおどろいたかれは、いそいでろーぷをろーらーの) 過失に気附いたのです。多分非常に驚いた彼は、急いでロープをローラーの (どこかへひっかけて、ばるーんのじょうしょうをけんせいしようとあせったことでしょう。) 何処かへ引っ掛けて、バルーンの上昇を牽制しようとあせった事でしょう。 (が、ふりょくのましたばるーんは、がすのほーすをなげはなし、べんをあけっぱなした) が、浮力の増したバルーンは、ガスのホースを投げ離し、弁を開けっぱなした (ままようしゃなくじょうしょうをはじめます。ひがいしゃはむちゅうでそのじょうしょうをけんせいする。じぶんの) まま容赦なく上昇を始めます。被害者は夢中でその上昇を牽制する。自分の (からだをひきあげられないようにちゅういしながら、ろーぷをにぎったりょうてにちからをくわえる。) 体を引き揚げられない様に注意しながら、ロープを握った両手に力を加える。 (が、ふといそざつなそのろーぷはいたずらにかれのてのなかにむすうのさっかしょうをのこしたまま、) が、太い粗雑なそのロープはいたずらに彼の掌中に無数の擦過傷を残したまま、 (どんどんのびあがっていきます。きりぬきのさいんももう) どんどん延び揚って行きます。切り抜きの 広告文字(サイン)ももう (とびあがってしまったころ、まえにひがいしゃのおかしたかしつが、ここでおそるべきけっかを) 飛び揚ってしまった頃、前に被害者の犯した過失が、ここで恐るべき結果を (もたらします。すなわち、ひがいしゃのあしもとにたぐりとられ、とぐろをまいていた) 齎します。即ち、被害者の足下に手繰り取られ、蜷局(とぐろ)を巻いていた (ろーぷが、おおさわぎをしているひがいしゃのからだへ、しぜんとからみついたのです。もちろん、) ロープが、大騒ぎをしている被害者の体へ、自然と絡み附いたのです。勿論、 (かれはむちゅうでかくとうをつづけます。が、ろーぷはかれのからだのところどころ、たとえばかた、かがくぶ、) 彼は夢中で格闘を続けます。が、ロープは彼の体の所々、例えば肩、下顎部、 (ひじなどのろしゅつかしょにむすうのかるいさっかしょうをあたえ、ねまきのいち、にかしょをひきさいて、) 肘等の露出個所に無数の軽い擦過傷を与え、寝巻の一、二個所を引き裂いて、 (さらにけいぶときょうぶにからみつきます。うごきのとれなくなったひがいしゃのからだは、そのまま) 更に頸部と胸部に絡み附きます。動きの取れなくなった被害者の体は、そのまま (そらへひっぱりあげられます。ばるーんがだせいてきにじょうしょうしきって) 天空(そら)へ引っ張り揚げられます。バルーンが惰性的に上昇し切って (ろーぷがつよくはりきったときに、かれのこきゅうはとまり、ろっこつはおれ、けいぶのひふは) ロープが強く張り切った時に、彼の呼吸は止まり、肋骨は折れ、頸部の皮膚は (すりやぶれてしゅっけつする。のぐちたついちくんは、もじどおりてんごくへのぼったのです。さてーー」) 擦り破れて出血する。野口達市君は、文字通り天国へ登ったのです。さてーー」 (きょうすけは、さきほどわたしのわたしたのーとにめをやり、「ごぜんれいじからにじはんまでに、) 喬介は、先程私の渡したノートに目を遣り、「午前零時から二時半までに、 (とうきょうちほうをつうかしている753みりのていきあつとせいなんのきょうふうは、ばるーんをすいちょく) 東京地方を通過している753ミリの低気圧と西南の強風は、バルーンを垂直 (じょうしょうせんからとうほくほうへおしだします。あなのあいていたばるーんは、ていきあつのつうかと) 上昇線から東北方へ押し出します。穴の明いていたバルーンは、低気圧の通過と (あいまって、ようやくそのふりょくをげんじ、ろーぷのきんちょうはゆるんでひがいしゃのしたいは) 相俟って、ようやくその浮力を減じ、ロープの緊張は弛んで被害者の屍体は (ふりおとされます。でぱーとのおくじょうへではないのですよ。でぱーとのとうほくの) 振り墜されます。デパートの屋上へではないのですよ。デパートの東北の (ろじのあすふぁるとのうえへです。したいがふりおとされたときのしんどうによって、) 露地のアスファルトの上へです。屍体が振り墜された時の震動に依って、 (きのうのないていぶにおしこんであったくびかざりのひとつが、べんをあけっぱなされたままの) 気嚢の内底部に押し込んであった首飾の一つが、弁を開けっぱなされたままの (がすげーとから、しにんのあとをおいます。さいごに、もちろんごしょうちのこととは) ガスゲートから、死人の後を追います。最後に、勿論御承知の事とは (おもいますが、こうしによるしたいのけつえきはひかくてきちょうじかんにわたってりゅうどうじょうたいにある) 思いますが、絞死による屍体の血液は比較的長時間に亙って流動状態にある (ものですから、しごすうじかんをへてろーぷからふりおとされたしたいといえども、) ものですから、死後数時間を経てロープから振り墜された屍体といえども、 (はかいされたとうぶのきずぐちからあすふぁるとのうえへ、なまなましくしゅっけつしますーー」) 破壊された頭部の傷口からアスファルトの上へ、生々しく出血しますーー」 (いいおわってきょうすけはあらためてそらをふりあおいだ。) 言い終って喬介は改めて空を振り仰いだ。 (くがつのうつくしいあおぞらのなかに、くっきりとうかびあがったゆめのようなばるーんは、) 九月の美しい青空の中に、くっきりと浮び上った夢の様なバルーンは、 (このきみょうなでぱーとのこうけいりは、おりからのびふうにしたばらをちいさくふるわせながら、) この奇妙なデパートの絞刑吏は、折からの微風に下腹を小さく震わせながら、 (ふわりふわりとただよっていた。) ふわりふわりと漂っていた。
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