芥川龍之介 杜子春③/⑥

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(さん「おまえはなにをかんがえているのだ。」)

【三】 「お前は何を考えているのだ。」

(かためすがめのろうじんは、みたびとししゅんのまえへきて、)

片目眇(すがめ)の老人は、三度杜子春の前へ来て、

(おなじことをといかけました。もちろんかれはそのときも、らくようのにしのもんのしたに、)

同じことを問いかけました。勿論彼はその時も、洛陽の西の門の下に、

(ほそぼそとかすみをやぶっているみかづきのひかりをながめながら、)

ほそぼそと霞を破っている三日月の光を眺めながら、

(ぼんやりたたずんでいたのです。)

ぼんやり佇んでいたのです。

(「わたしですか。わたしはこんやねるところもないので、)

「私ですか。私は今夜寝る所もないので、

(どうしようかとおもっているのです。」)

どうしようかと思っているのです。」

(「そうか。それはかわいそうだな。ではおれがよいことをおしえてやろう。)

「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。

(いまこのゆうひのなかへたって、おまえのかげがちにうつったら、そのはらにあたるところを、)

今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当る所を、

(よなかにほってみるがよい。きっとくるまにいっぱいのーー」)

夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいのーー」

(ろうじんがここまでいいかけると、とししゅんはきゅうにてをあげて、)

老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、

(そのことばをさえぎりました。)

その言葉を遮りました。

(「いや、おかねはもういらないのです。」)

「いや、お金はもう要らないのです。」

(「かねはもういらない?ははあ、ではぜいたくをするには)

「金はもう要らない? ははあ、では贅沢をするには

(とうとうあきてしまったとみえるな。」)

とうとう飽きてしまったと見えるな。」

(ろうじんはいぶかしそうなめつきをしながら、じっととししゅんのかおをみつめました。)

老人は訝しそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。

(「なに、ぜいたくにあきたのじゃありません。にんげんというものに)

「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに

(あいそがつきたのです。」)

愛想が尽きたのです。」

(とししゅんはふへいそうなかおをしながら、つっけんどんにこういいました。)

杜子春は不平そうな顔をしながら、つっけんどんにこう言いました。

(「それはおもしろいな。どうしてまたにんげんにあいそがつきたのだ?」)

「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」

など

(「にんげんはみなはくじょうです。わたしがおおがねもちになったときには、)

「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、

(せじもついしょうもしますけれど、いったんびんぼうになってごらんなさい。)

世辞も追従(ついしょう)もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。

(やさしいかおさえもしてみせはしません。)

柔(やさ)しい顔さえもして見せはしません。

(そんなことをかんがえると、たといもういちどおおがねもちになったところが、)

そんなことを考えると、たといもう一度大金持になった所が、

(なんにもならないようなきがするのです。」)

何にもならないような気がするのです。」

(ろうじんはとししゅんのことばをきくと、きゅうににやにやわらいだしました。)

老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。

(「そうか。いや、おまえはわかいものににあわず、かんしんにもののわかるおとこだ。)

「そうか。いや、お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。

(ではこれからはびんぼうをしても、やすらかにくらしていくつもりか。」)

ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか。」

(とししゅんはちょいとためらいました。が、すぐにおもいきっためをあげると、)

杜子春はちょいとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、

(うったえるようにろうじんのかおをみながら、)

訴えるように老人の顔を見ながら、

(「それもいまのわたしにはできません。ですからわたしはあなたのでしになって、)

「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、

(せんじゅつのしゅぎょうをしたいとおもうのです。いいえ、かくしてはいけません。)

仙術の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。

(あなたはどうとくのたかいせんにんでしょう。せんにんでなければ、)

あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、

(いちやのうちにわたしをてんかだいいちのおおがねもちにすることはできないはずです。)

一夜の内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。

(どうかわたしのせんせいになって、ふしぎなせんじゅつをおしえてください。」)

どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい。」

(ろうじんはまゆをひそめたまま、しばらくはだまって、)

老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、

(なにごとかかんがえているようでしたが、やがてまたにっこりわらいながら、)

何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、

(「いかにもおれはがびさんにすんでいるてっかんしというせんにんだ。)

「いかにもおれは峨眉山に棲んでいる 鉄冠子(てっかんし)という仙人だ。

(はじめおまえのかおをみたとき、どこかものわかりがよさそうだったから、)

始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、

(にどまでおおがねもちにしてやったのだが、それほどせんにんになりたければ、)

二度まで大金持にしてやったのだが、それほど仙人になりたければ、

(おれのでしにとりたててやろう。」と、こころよくねがいをいれてくれました。)

おれの弟子にとり立ててやろう。」と、快く願いを容れてくれました。

(とししゅんはよろこんだの、よろこばないのではありません。)

杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。

(ろうじんのことばがまだおわらないうちに、かれはだいちにひたいをつけて、)

老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、

(なんどもてっかんしにおじぎをしました。)

何度も鉄冠子にお辞儀をしました。

(「いや、そうおれいなどはいってもらうまい。)

「いや、そうお礼などは言って貰うまい。

(いくらおれのでしにしたところで、りっぱなせんにんになれるかなれないかは、)

いくらおれの弟子にした所で、立派な仙人になれるかなれないかは、

(おまえしだいできまることだからな。ーーが、ともかくもまずおれといっしょに、)

お前次第できまることだからな。ーーが、兎も角もまずおれと一緒に、

(がびさんのおくへきてみるがよい。おお、さいわい、ここにたけづえがいっぽんおちている。)

峨眉山の奥へ来て見るが好い。おお、幸い、ここに竹杖が一本落ちている。

(ではさっそくこれへのって、ひとっとびにそらをわたるとしよう。」)

では早速これへ乗って、一飛びに空を渡るとしよう。」

(てっかんしはそこにあったあおだけをいっぽんひろいあげると、)

鉄冠子はそこにあった青竹を一本拾い上げると、

(くちのなかにじゅもんをとなえながら、とししゅんといっしょにそのたけへ、)

口の中に呪文を唱えながら、杜子春と一緒にその竹へ、

(うまにでものるようにまたがりました。するとふしぎではありませんか。)

馬にでも乗るように跨りました。すると不思議ではありませんか。

(たけづえはたちまちりゅうのように、いきおいよくおおぞらへまいあがって、)

竹杖はたちまち竜のように、勢よく大空へ舞い上って、

(はれわたったはるのゆうぞらをがびさんのほうがくへとんでいきました。)

晴れ渡った春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。

(とししゅんはきもをつぶしながら、おそるおそるしたをみおろしました。)

杜子春は胆をつぶしながら、恐る恐る下を見下しました。

(が、したにはただあおいやまやまがゆうあかりのそこにみえるばかりで、)

が、下には唯青い山々が夕明りの底に見えるばかりで、

(あのらくようのみやこのにしのもんは、(とうにかすみにまぎれたのでしょう。))

あの洛陽の都の西の門は、(とうに霞に紛れたのでしょう。)

(どこをさがしてもみあたりません。そのうちにてっかんしは、)

どこを探しても見当りません。その内に鉄冠子は、

(しろいびんのけをかぜにふかせて、たからかにうたをうたいだしました。)

白い鬢の毛を風に吹かせて、高らかに歌を唱い出しました。

(あしたにほっかいにあそび、くれにはそうご。)

朝(あした)に北海に遊び、暮には蒼梧(そうご)。

(しうりのせいだ、たんきそなり。)

袖裏(しうり)の青蛇(せいだ)、胆気粗(たんきそ)なり。

(みたびがくようにいれども、ひとしらず。)

三たび嶽陽(がくよう)に入れども、人識らず。

(ろうぎんして、ひかすどうていこ。)

朗吟して、飛過(ひか)す洞庭湖。

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