海野十三 蠅男⑫
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問題文
(ぎもんのしたい)
◇疑問の屍体◇
(そのきかいなるはえおとこのさいんいりのきょうはくじょうが、こうしてにつうもそろってみると、)
その奇怪なる蠅男のサイン入りの脅迫状が、こうして二通も揃ってみると、
(これはもはやじょうだんごとではなかった。かもしたどくとるていのひろまにあつまったそうさじんの)
これはもはや冗談ごとではなかった。鴨下ドクトル邸の広間に集まった捜査陣の
(めんめんも、さすがにいきづまるようなきんちょうをかんじないではいられなかった。)
面々も、さすがに息づまるような緊張を感じないではいられなかった。
(なかでも、せきにんのあるすみよしけいさつしょのまさきしょちょうははいけんをにぎるても)
中でも、責任のある住吉警察署の正木署長は佩剣を握る手も
(がたがたとふるえ、まるでねつびょうかんじゃのようにこうふんにあおざめていた。)
ガタガタと慄え、まるで熱病患者のように興奮に青ざめていた。
(もし、けんじさん。わたしはこれからすぐにたまやそういちろうのやしきにいって)
「もし、検事さん。本官(わたし)はこれからすぐに玉屋総一郎の邸に行って
(みますわ。そやないと、あのたまやのたいしょうは、ほんまにはえおとこにころされてしまい)
見ますわ。そやないと、あの玉屋の大将は、ほんまに蠅男に殺されてしまい
(ますがな。ておくれになったら、これはあとからいいわけがたちまへんさかいな)
ますがな。手おくれになったら、これは後から言訳がたちまへんさかいな」
(しょちょうは、どくとるていのもえるはっこつじけんで、くろぼしいってんをちょうだいしたのに、)
署長は、ドクトル邸の燃える白骨事件で、黒星一点を頂戴したのに、
(このうえみすみすまたたどんをちょうだいしたのでは、せっかくこれまでじゅんちょうにいったしゅっせを)
この上みすみす又たどんを頂戴したのでは、折角これまで順調にいった出世を
(つまずかせることになるし、すみよしけいさつしょはなにをしとるのやとひなんされる)
躓かせることになるし、住吉警察署はなにをしとるのやと非難される
(だろうつらさが、もうめにみえていた。かれはぜんりょくをあげて、このしょうたいのしれぬ)
だろう辛さが、もう目に見えていた。彼は全力を挙げて、この正体の知れぬ
(さつじんまとたたかうけっしんをしたのであった。しかしじじつ、かれはいくぶん)
殺人魔と闘う決心をしたのであった。しかし事実、彼はいくぶん
(あせりすぎているようであった。)
焦りすぎているようであった。
(ああ、そうかねむらまつけんじはそういってじろりとめだまをうごかした。)
「ああ、そうかね」村松検事はそういってジロリと眼玉を動かした。
(じゃ、そうしたまえ。ーー)
「じゃ、そうし給え。ーー」
(じゃあ、そうします。ーーおい、に、さんにん、いっしょにいくのやぜ)
「じゃあ、そうします。ーーオイ、二、三人、一緒に行くのやぜ」
(むらまつけんじは、まさきしょちょうたちがどやどやとでてゆくうしろすがたをみおくりながら、)
村松検事は、正木署長たちがドヤドヤと出てゆく後姿を見送りながら、
(ほむらたんていのほうにこえをかけた。)
帆村探偵の方に声をかけた。
(おいきみ。きみは、ああいうちゃんばらをけんぶつにゆくしゅみはないのかね)
「オイ君。君は、ああいうチャンバラを見物にゆく趣味はないのかネ」
(と、まさきしょちょうのいっこうについてゆかないのかをあんにたずねた。)
と、正木署長の一行についてゆかないのかを暗に尋ねた。
(ほむらは、ねまきのうえにけいかんのおーばーというれいのいようなふうていで、)
帆村は、寝巻の上に警官のオーバーという例の異様な風体で、
(さっきからにまいのきょうはくぶんをしきりとみくらべていた。)
さっきから二枚の脅迫文をしきりと見較べていた。
(ちゃんばらはぜひみたいとおもうのですが、ぼくはあたまがわるいので、)
「チャンバラはぜひ見たいと思うのですが、僕は頭脳(あたま)が悪いので、
(そういうときにまずしなりおをよくよんでおくことにしているんでしてね)
そういうときにまずシナリオをよく読んでおくことにしているんでしてネ」
(ほう、きみのてにもっているのは、しなりおなのかね)
「ほう、君の手に持っているのは、シナリオなのかネ」
(けんじはぱいぷをくちにくわえたまま、ほむらのほうにちかよった。)
検事はパイプを口に咥えたまま、帆村の方に近寄った。
(ええ、こいつは、あんごうでかいてあるしなりおですよとほむらは)
「ええ、こいつは、暗号で書いてあるシナリオですよ」と帆村は
(にまいのきょうはくぶんをさし、どうです。だいにのきょうはくじょうには、)
二枚の脅迫文を指し、「どうです。第二の脅迫状には、
(あてながたまやそういちろうへとかいてあって、だいいちのきょうはくじょうには)
宛名が玉屋総一郎へと書いてあって、第一の脅迫状には
(あてななしというのは、これはどういうわけだとおもいますか)
宛名無しというのは、これはどういう訳だと思いますか」
(けんじはぱいぷからふといけむりをぷかぷかとふかし、ーーそれはきわめてめいりょうだから、)
検事はパイプから太い煙をプカプカとふかし、「ーーそれは極めて明瞭だから、
(かくひつようがなかったんだろうきわめてめいりょうとは?)
書く必要がなかったんだろう」「極めて明瞭とは?」
(それをせつめいするのは、ここではちょっとこまるがーーと、へやのすみに)
「それを説明するのは、ここではちょっと困るがーー」と、室の隅に
(たたされているかもしたどくとるのれいじょうかおるとじょうじんうえはらやまじのほうをちらりと)
立たされている鴨下ドクトルの令嬢カオルと情人上原山治の方をチラリと
(みてから、ほむらのみみもとにそっとくちをよせ、ーーいいかね。このやしきには)
見てから、帆村の耳許にソッと口を寄せ、「ーーいいかネ。この邸には
(どくとるがひとりでくらしているのに、あてなはかかんでも、)
ドクトルが一人で暮しているのに、宛名は書かんでも、
(だれにあてたかわかるじゃないか)
誰に宛てたか分るじゃないか」
(ほう、するとあなたはーーといってほむらはむらまつけんじのかおを)
「ほう、するとあなたはーー」といって帆村は村松検事の顔を
(みあげながら、ーーこのきょうはくじょうがどくとるにあたえられたもので、)
見上げながら、「ーーこの脅迫状がドクトルに与えられたもので、
(そしてあのーーどくとるがころされたとおかんがえなんですね)
そしてアノーードクトルが殺されたとお考えなんですネ」
(なんだ、きみはそれくらいのことをしらなかったのか。)
「なんだ、君はそれくらいのことを知らなかったのか。
(あのもえるはっこつはどくとるのからだだったぐらい、すぐにわかっているよ)
あの燃える白骨はドクトルの身体だったぐらい、すぐに分っているよ」
(では、あれはどうします。さんじゅうにちからりょこうするぞというどくとるのけいじは?)
「では、あれはどうします。三十日から旅行するぞというドクトルの掲示は?」
(とうぶんりょこうにつきほうもんをしゃぜつす。じゅういちがつさんじゅうにち、かもしたーーというけいじが)
当分旅行ニツキ訪問ヲ謝絶ス。十一月三十日、鴨下ーーという掲示が
(きじんかんのおもてどにかけてありながら、いえのなかでどくとるのしたいが)
奇人館の表戸にかけてありながら、家の中でドクトルの屍体が
(ぷすぷすもえているというのは、どうもへんなことではないか。)
プスプス燃えているというのは、どうも変なことではないか。
(どくとるがもしりょこうをはやくうちきっていえにかえったところ、)
ドクトルがもし旅行を早くうち切って家に帰ったところ、
(ていないにしのびこんでいたはえおとこのためにころされたのであったとしたら、)
邸内に忍びこんでいた蠅男のために殺されたのであったとしたら、
(いえにはいるまえに、まずりょこうちゅうのけいじをはずすのがあたりまえだ。ところが)
家に入る前に、まず旅行中の掲示を外すのが当り前だ。ところが
(あのとおりけいじはちゃんとしていたのであるから、それからかんがえると)
あのとおり掲示はチャンとしていたのであるから、それから考えると
(どくとるがころされたのだとかんがえるのはへんではないか。)
ドクトルが殺されたのだと考えるのは変ではないか。
(このときむらまつけんじはぱいぷをくわえたまま、にやりにやりと)
このとき村松検事はパイプを咥えたまま、ニヤリニヤリと
(ひとのわるそうなわらいをうかべ、うふ、めいたんていほむらそうろくさえ、)
人の悪そうな笑いを浮かべ、「ウフ、名探偵帆村荘六さえ、
(そうおもっていてくれるとしったら、はえおとこはあとから)
そう思っていてくれると知ったら、蠅男は後から
(なだのきいっぽんかなんかをおくってくるだろうよ)
灘の生一本かなんかを贈ってくるだろうよ」
(なだのきいっぽん?ぼくはあまとうなんですがねえ)
「灘の生一本? 僕は甘党なんですがねえ」
(ほいそうだったね。それじゃはなしにもならない。ーーいいかね、)
「ホイそうだったネ。それじゃ話にもならない。ーーいいかね、
(りょこうちゅうのかんばんをだしたのは、ほうもんきゃくをていないにいれないけいりゃくなのだ。)
旅行中の看板を出したのは、訪問客を邸内に入れない計略なのだ。
(ていないにはいられてごらん。そこにどくとるのしたいがあって、)
邸内に入られて御覧。そこにドクトルの屍体があって、
(ひあぶりになろうとしていらあね。それでははんにんのために)
火炙りになろうとしていらあネ。それでは犯人のために
(つごうがわるかろうじゃないか。あめりかでは、よくこんなてをもちいる)
都合が悪かろうじゃないか。アメリカでは、よくこんな手を用いる
(はんざいしゃがあるそんなことをしらなかったのか、とにかくほむらはくしょうをした。)
犯罪者がある」そんなことを知らなかったのか、とにかく帆村は苦笑をした。
(じゃあ、どくとるはもうこのよにすがたをあらわさないとおっしゃるのですね)
「じゃあ、ドクトルはもうこの世に姿を現さないと仰有るのですね」
(それはあらわすことがあるかもしれない。きみ、ゆうれいというやつはね、)
「それは現わすことがあるかも知れない。君、幽霊というやつはネ、
(いまでもーーほむらはおどろいて、もうよくわかりましたといわんばかりに)
今でもーー」帆村は愕いて、もうよく分りましたと云わんばかりに
(ひとをくったけんじのほうへりょうてをひろげてこうさんこうさんをした。)
人を喰った検事の方へ両手を拡げて降参降参をした。
(じゃけんじさん。どくとるをころしたのはだれです)
「じゃ検事さん。ドクトルを殺したのは誰です」
(きまっているじゃないか。はえおとこがころすぞとせつめいしょをおいていった)
「決まっているじゃないか。蠅男が『殺すぞ』と説明書を置いていった」
(じゃあ、あのきかんじゅうをうったやつはなにものです)
「じゃあ、あの機関銃を撃った奴は何者です」
(うん、どうもあいつのすじょうがよくげせないんで、ゆううつなんだ。)
「うん、どうもあいつの素性がよく解せないんで、憂鬱なんだ。
(あいつがはえおとこであってくれれば、ことはかんたんにきまるんだが)
あいつが蠅男であってくれれば、ことは簡単にきまるんだが」
(さすがのけんじさんも、ひめいをあげましたね。あのきかんじゅうのしゃしゅと)
「さすがの検事さんも、悲鳴をあげましたね。あの機関銃の射手と
(はえおとことはべつものですよ。はえおとこがきかんじゅうをもっていれば、ぱらぱらと)
蠅男とは別ものですよ。蠅男が機関銃を持っていれば、パラパラと
(あいてのむなもとをはちのすのようにしてほうってにげます。なにも)
相手の胸もとを蜂の巣のようにして抛って逃げます。なにも
(ちじょうのはてではあるまいし、したいをすっぱだかにして、すとーぶのなかに)
痴情の果ではあるまいし、屍体を素っ裸にして、ストーブの中に
(さかさづりにしてもやすなんててかずのかかることをするものですか)
逆さ釣りにして燃やすなんて手数のかかることをするものですか」
(おや、きみは、あのはんにんをちじょうのはてだというのかい。すると)
「オヤ、君は、あの犯人を痴情の果だというのかい。すると
(どくとるのじょうふかなんかがやったというんだね。そうなると、)
ドクトルの情婦かなんかが殺ったと云うんだネ。そうなると、
(はなしはがぜんおもしろいが、まさかきみも、りゅうこうのおさだしゅうでもあるまいね)
話は俄然おもしろいが、まさか君も、流行のお定宗でもあるまいネ」
(ほむらはそれをきくと、むねをちょっとはっていささかとくいなかおつきで、)
帆村はそれを聞くと、胸をちょっと張っていささか得意な顔つきで、
(だがけんじさん。あのどくとるていは、どくとるひとりしかいなかったと)
「だが検事さん。あのドクトル邸は、ドクトル一人しかいなかったと
(おっしゃっていますが、じけんぜんごに、わかいおんながあのていないにいたことを)
仰有っていますが、事件前後に、若い女があの邸内にいたことを
(ごぞんじですか)
御存じですか」
(なにわかいおんながいたーーわかいおんながいたというのかね。)
「ナニ若い女がいたーー若い女がいたというのかネ。
(それはきみ、ほんとうか。ーー)
それは君、本当か。ーー」
(むらまつけんじは、じょうだんでないかおつきになって、ほむらのかおをあなのあくほどみつめた。)
村松検事は、冗談でない顔付になって、帆村の顔を穴の明くほど見つめた。