海野十三 蠅男㉛
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | りく | 5868 | A+ | 6.0 | 97.4% | 884.2 | 5328 | 139 | 97 | 2024/09/24 |
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問題文
(はえおとこのきりゃく)
◇蠅男の奇略◇
(えっ、ーーと、ちょうばしは、ほむらのいきおいにおどろいてみをさすった。)
「えッ、ーー」と、帳場氏は、帆村の勢いに愕いて身をさすった。
(なにがそいつだんね)
「なにがそいつだんネ」
(そいつがおそるべきはえおとこなんだ。ぼくにはすっかりわかってしまった。)
「そいつが恐るべき蠅男なんだ。僕にはすっかり分かってしまった。
(はやくそいつのへやへあんないしたまえ)
早くそいつの部屋へ案内したまえ」
(へえ、あのはえ、はえおとこ!あのさつじんまのはえおとこだっか。ああそういわれると、)
「へえ、あの蠅、蠅男! あの殺人魔の蠅男だっか。ああそういわれると、
(どうもきたいなふうていをしとったな。きがつかんでもなかったんやけれど、)
どうも奇体な風体をしとったな。気がつかんでもなかったんやけれど、
(まさかそれがはえおとこだとは・・・)
まさかそれが蠅男だとは・・・」
(おどろくのはあとでもいい。さあはやくそのいのうえかずおのへやへーー)
「愕くのは後でもいい。さあ早くその井上一夫の部屋へーー」
(ほむらはじりじりしてちょうばしのうでをつかんだ。ちょうばしはそれにきがついて、)
帆村はジリジリして帳場氏の腕をつかんだ。帳場氏はそれに気がついて、
(ああ、そのひとやったら、いまはおるすだっせ)
「ああ、その人やったら、今はお留守だっせ」
(なにるすだっ。どうしたんだ、そのおとこは)
「ナニ留守だッ。どうしたんだ、その男は」
(いえーな。ちょっとたからづかのしんおんせんへいってくるいうてでやはりました)
「いえーな。ちょっと宝塚の新温泉へ行ってくる云うて出やはりました」
(それはなんじだ)
「それは何時だ」
(きてまもなくだっせ。ちょうどあのせいようふうとうをひろったすぐあとやったから、)
「来て間もなくだっせ。ちょうどあの西洋封筒を拾ったすぐ後やったから、
(あれでごごのよじじゅっぷんかじゅうごふんごろだしたやろな)
あれで午後の四時十分か十五分ごろだしたやろな」
(うーむ、そいつだ。いよいよはえおとこにきまった。わかったぞわかったぞ)
「うーむ、そいつだ。いよいよ蠅男に極まった。分かったぞ分かったぞ」
(あんさんにはようわかってだすやろが、こっちにはいっこうふにおちまへんが)
「あンさんにはよう分かってだすやろが、こっちには一向腑に落ちまへんが」
(いや、よくわかっているのだ。ぼくのいうことにまちがいはない。さあはやく、)
「いや、よく分かっているのだ。僕の云うことに間違いはない。さあ早く、
(そのいのうえしのへやへゆこう、へやのかぎをもちたまえ)
その井上氏の部屋へゆこう、部屋の鍵を持ちたまえ」
(ほむらはげんぜんたるじしんをもって、ちょうばしにめいれいするようにいった。そしてかれは)
帆村は厳然たる自信を持って、帳場氏に命令するように云った。そして彼は
(まっさきにたって、えれヴぇーたーのなかにおどりこんだ。ちょうばしも、いまは)
真っ先に立って、エレヴェーターのなかに躍りこんだ。帳場氏も、いまは
(ほむらのことばにしたがってついてゆくよりほかにしかたがなかった。)
帆村の言葉にしたがってついてゆくより外に仕方がなかった。
(えれヴぇーたーをよんかいでとめて、ほむらはおおかわしゅにんのところへいった。)
エレヴェーターを四階で停めて、帆村は大川主任のところへ行った。
(そして、いちぶしじゅうをてみじかにはなし、しゅにんのおうえんとめいれいとをこうた。)
そして、一部始終を手短に話し、主任の応援と命令とを乞うた。
(ええっ。はえおとこがこのほてるにはいりこんどる。それはほんまかいな。)
「ええッ。蠅男がこのホテルに入りこんどる。それはほんまかいな。
(ほんまなら、こらえらいこっちゃ)
ほんまなら、こらえらいこっちゃ」
(ぶちょうのかおいろもさっとあおざめ、すこぶるきんちょうした。)
部長の顔色もサッと青褪め、すこぶる緊張した。
(いとこのへやにはひとりのけいかんをおいて、あとのさんにんは、いそいでさんがいにかけおりた。)
糸子の部屋には一人の警官を置いて、あとの三人は、急いで三階に駈け下りた。
(そしてめざすいのうえかずおのへやだいさんさんろくしつにちかづいていった。)
そして目指す井上一夫の部屋第三三六室に近づいていった。
(いざとなれば、たといるすにしても、はえおとこのいたへやをあけるというのは、)
いざとなれば、たとい留守にしても、蠅男のいた部屋を開けるというのは、
(たいへんかくごのいることだった。さんにんはめいめいにわきのしたからあぶらあせをながして、)
たいへん覚悟の要ることだった。三人はめいめいに腋の下から脂汗を流して、
(じょうまえのはずれたとびらにむかってみがまえた。ほむらはそっととびらをおした。)
錠前の外れた扉に向かって身構えた。帆村はソッと扉を押した。
(そしてすばやくてをなかにいれて、でんとうのすいっちぼたんをおした。)
そして素早く手を中に入れて、電灯のスイッチ釦を押した。
(ぱっとしつないとうがついた。)
パッと室内灯がついた。
(さんにんはさきをあらそって、へやのなかをみた。)
三人は先を争って、部屋の中を見た。
(うむ、あるぞ、とらんくが・・・)
「ウム、あるぞ、トランクが・・・」
(へやのなかには、だれのすがたもみえず、ただおおきなとらんくだけがぽつんと)
部屋の中には、誰の姿も見えず、ただ大きなトランクだけがポツンと
(おきはなされてあった。)
置き放されてあった。
(さあ、このとらんくをあけてみましょう)
「さあ、このトランクを開けてみましょう」
(ほむらはしゅにんのゆるしをえて、もってきたかれのひぞうにかかるじょうまえはずしでもって、)
帆村は主任の許しを得て、持ってきた彼の秘蔵にかかる錠前外しでもって、
(かぎなしでどんどんじょうをはずしていった。)
鍵なしでドンドン錠を外していった。
(じょうまえはすべてはずれた。もののにふんとかからぬうちにーー)
錠前はすべて外れた。ものの二分と懸からぬうちにーー
(おおかわしゅにんはあぜんとして、ほむらのてつきにみとれていた。)
大川主任は唖然として、帆村の手つきに見惚れていた。
(さあ、とらんくをひらきますよ)
「さあ、トランクを開きますよ」
(ほむらはとらんくのふたにてをかけるなり、むぞうさにぱっとひらいた。)
帆村はトランクの蓋に手をかけるなり、無造作にパッと開いた。
(あっ、からっぽや)
「あッ、空っぽや」
(うむ、ぼくのおもったとおりだっおおとらんくのなかは、かぜんからっぽであった。)
「ウム、僕の思った通りだッ」大トランクの中は、果然空っぽであった。
(ほむらは、そのとらんくのなかにあたまをさしいれて、そこいたをめんみつにとりしらべてみた。)
帆村は、そのトランクの中に頭をさし入れて、底板を綿密に取調べてみた。
(ああこんなものがある)
「ああこんなものがある」
(ほむらはとらんくのなかから、なにものかをゆびさきにつまみだした。)
帆村はトランクの中から、何物かを指先に摘まみだした。
(それはほそいへやぴんであった。かれはそれをそっとはなのさきへもっていった。)
それは細いヘヤピンであった。彼はそれをソッと鼻の先へ持っていった。
(ああぴざんちのだ。なんおうのすみれそうからとれるというゆうめいなこうきゅうこうすいのにおいだ、)
「ああピザンチノだ。南欧の菫草からとれるという有名な高級香水の匂いだ、
(まったくぼくのおもったとおりだ。いとこさんはこのとらんくのなかにいれられて)
全く僕の思った通りだ。糸子さんはこのトランクの中に入れられて
(このほてるにはこびこまれたのだ)
このホテルに搬びこまれたのだ」
(えっ、あのいとこはんがーーへえ、そらおどろいたなあ)
「えッ、あの糸子はんがーーへえ、そら愕いたなア」
(おおかわしゅにんとちょうばしは、たがいのかおをみあわせておどろいたのであった。そこでほむらは、)
大川主任と帳場氏は、互いの顔を見合わせて愕いたのであった。そこで帆村は、
(ふたりにたいし、はえおとこのえんじたとりっくをひととおりせつめいした。)
二人に対し、蠅男の演じた奇略(トリック)を一通り説明した。
(ぜんごのようすからかんがえると、はえおとこはさんりんしゃをうばってから、だいたんにもこのたからづかに)
前後の様子から考えると、蠅男は三輪車を奪ってから、大胆にもこの宝塚に
(ひきかえしたのだった。そしてかれはたぶんいけたにべっていのなかにゆうへいされていたろうと)
引き返したのだった。そして彼は多分池谷別邸の中に幽閉されていたろうと
(おもわれるいとこにますいざいをかがせたうえ、このとらんくにいれ、それをじどうしゃに)
思われる糸子に麻酔剤を嗅がせた上、このトランクに入れ、それを自動車に
(つんで、かれはとまりきゃくのようなかおをしてこのほてるにはいりこんだのだった。)
積んで、彼は泊まり客のような顔をしてこのホテルに入りこんだのだった。
(そしてすきをみて、このとらんくのなかからいとこをだし、あいかぎでほむらのへやを)
そして隙をみて、このトランクの中から糸子を出し、合鍵で帆村の部屋を
(あけて、そのべっどのうえにいとこをねかせたというわけだった。そのうえ)
開けて、そのベッドの上に糸子を寝かせたというわけだった。その上
(かのはえおとこは、きょうはくじょうをつくって、まどからにわになげだし、ただちにちょうばしをでんわぐちに)
かの蠅男は、脅迫状を作って、窓から庭に投げ出し、直ちに帳場氏を電話口に
(よびだして、それをひろわせたとせつめいした。そのときちょうばしは、)
呼び出して、それを拾わせたと説明した。そのとき帳場氏は、
(けげんなかおをしていった。)
怪訝な顔をして云った。
(そらみょうやなあ。あのでんわがはえおとこやったとすると、はえおとこはほてるのそとに)
「そら妙やなア。あの電話が蠅男やったとすると、蠅男はホテルの外に
(いたことになりまっせ。なんでやいうたら、あのでんわはほてるのなかから)
いたことになりまっせ。なんでや云うたら、あの電話はホテルの中から
(かけたんやあれしまへんさかい。でんわをかけたはえおとこと、このへやにおった)
掛けたんやあれしまへんさかい。電話を掛けた蠅男と、この部屋におった
(はえおとこと、はえおとこがふたりもおるのんやろかほむらはそれをきいておおきくうなずき、)
蠅男と、蠅男が二人もおるのんやろか」帆村はそれを聞いて大きく肯き、
(そのことなら、さっきやっとのことでなぞをといたんです。はえおとこは)
「そのことなら、さっきやっとのことで謎を解いたんです。蠅男は
(ほてるのなかにいるのをしられないために、でんわにもとりっくをつかったんです)
ホテルの中にいるのを知られないために、電話にもトリックを使ったんです」
(へえ、どんなとりっくをーー)
「へえ、どんなトリックをーー」
(それはほてるのこうかんだいからすぐにちょうばをつながないで、いったんへやからがいせんに)
「それはホテルの交換台からすぐに帳場を繋がないで、一旦部屋から外線に
(つないでもらい、でんわきょくからふたたびべつのでんわばんごうでこのほてるにかけ、いちど)
繋いで貰い、電話局から再び別の電話番号でこのホテルに掛け、一度
(こうかんだいをへてちょうばにつないでもらったんですなあ。そうすれば、おなじほてるないの)
交換台を経て帳場に繋いで貰ったんですなア。そうすれば、同じホテル内の
(へやにかけたにしろ、でんわきょくまでおおまわりしてきたから、でんわのこえがほてるない)
部屋に掛けたにしろ、電話局まで大廻りして来たから、電話の声がホテル内
(どうしでかけるよりはずっとちいさくなったんです。じつにたくみなとりっくだ)
同士で掛けるよりはずっと小さくなったんです。実に巧みなトリックだ」
(なるほどなあとじゅんさぶちょうはかんしんをしたが、しかし、なんでそんな)
「なるほどなア」と巡査部長は感心をしたが、「しかし、なんでそんな
(ややこしいことをしましたんやろ。いとこさんのむねのうえにでも、そのきょうはくじょうを)
ややこしい事をしましたんやろ。糸子さんの胸の上にでも、その脅迫状を
(のせといたらええのになあ)
のせといたらええのになア」
(いやそれはつまり、いまほてるにはえおとこがはいっていることをしられたくは)
「いやそれはつまり、今ホテルに蠅男が入っていることを知られたくは
(なかったんです。あくまでじぶんはいのうえかずおで、はえおとこではないという)
なかったんです。あくまで自分は井上一夫で、蠅男ではないという
(ありばいをつくっておきたかったんです)
アリバイを作って置きたかったんです」
(なるほどなるほど。それにしてもはえおとこほどのだいあくかんのくせに、)
「なるほどなるほど。それにしても蠅男ほどの大悪漢のくせに、
(ちいさいことをびくびくしてまんな)
小さいことをビクビクしてまんな」
(いやそこですよといってほむらはふたりのかおをじっとみた。)
「いやそこですよ」といって帆村は二人の顔をジッと見た。
(はえおとこはいまにもういちどこのほてるにかえってくるつもりなんですよ。)
「蠅男は今にもう一度このホテルに帰ってくるつもりなんですよ。
(ふつうのとまりきゃくらしいかおをしてね)
普通の泊まり客らしい顔をしてネ」
(えっ、はえおとこがもういちどここへかえってくるというのでっか。さあ、)
「えッ、蠅男がもう一度ここへ帰ってくるというのでっか。さあ、
(そいつはーーそいつはえらいこっちゃ。どないしまほ)
そいつはーーそいつはえらいこっちゃ。どないしまほ」
(そのときろうかのぼーいが、いそぎあしでやってきた。)
そのとき廊下のボーイが、急ぎ足でやって来た。
(ああ、いまちょうばにでんわがきとりまっせ。いのうえかずおはんいうおきゃくさんからだす)
「ああ、今帳場に電話が来とりまっせ。井上一夫はんいうお客さんからだす」
(いのうえかずお?ああいのうえかずおといえば、はえおとこのかしょうである。はえおとこはいまごろ)
井上一夫? ああ井上一夫といえば、蠅男の仮称である。蠅男は今ごろ
(なんのようあってほてるにでんわをかけてきたのだろうか。さんにんはきょうふのあまり)
何の用あってホテルに電話を掛けて来たのだろうか。三人は恐怖のあまり
(ことばもなく、さっとかおいろをかえた。)
言葉もなく、サッと顔色を変えた。