海野十三 蠅男㊱

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プレイ回数835難易度(4.5) 4727打 長文 長文モード可



※➀に同じくです。


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問題文

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(だいせんりつ)

◇大戦慄◇

(ひじょうけいかいのよるは、はりあいのないほどしずかにふけていった。はえおとこはどこに)

非常警戒の夜は、張り合いのないほど静かに更けていった。蠅男はどこに

(ひそんでいるのか、ことりともおとをたてない。どくとるのさわぎが、さいごのかっきで)

潜んでいるのか、コトリとも音を立てない。ドクトルの騒ぎが、最後の活気で

(あるかのようにおもわれた。このちょうしなら、はえおとこもいっかくにとじこめられたまま、)

あるかのように思われた。この調子なら、蠅男も一画に閉じこめられたまま、

(あのさつじんせんげんはむなしくくうぶんにおわってしまうことかとおもわれた。)

あの殺人宣言はむなしく空文に終わってしまうことかと思われた。

(まさきしょちょうがよばれて、こうばんのほうへあるいていった。)

正木署長が呼ばれて、交番の方へ歩いていった。

(しばらくして、しょちょうはとことこともとのいちへかえってきた。)

しばらくして、署長はトコトコと元の位置へ帰ってきた。

(どうかしましたかねほむらはたいくつさもはんぶんてつだって、しょちょうにこえをかけた。)

「どうかしましたかネ」帆村は退屈さも半分手伝って、署長に声をかけた。

(いや、ゆきちがいのはなしだんね)

「いや、行き違いの話だんね」

(ははぁ、ゆきちがいのはなしですか。じゃあそこまでいってどうもごくろうさま)

「ははァ、行き違いの話ですか。じゃあそこまで行ってどうも御苦労様

(というわけですか)

というわけですか」

(まあそんなものや。つまりむらまつけんじさんのところへ、しおたせんせいからの)

「まあそんなものや。つまり村松検事さんのところへ、塩田先生からの

(そくたつがきたというはなしやねん。こんやじゅうじまでに、どうじまさんのほうそうくらぶに)

速達が来たという話やねん。今夜十時までに、堂島さんの法曹クラブに

(たずねてきてくれというはがきや)

訪ねてきてくれというハガキや」

(むらまつさんはもういったじゃないですか)

「村松さんはもう行ったじゃないですか」

(そうや。そやさかい、ゆきちがいやいうとるねん)

「そうや。そやさかい、行き違いや云うとるねん」

(しかしそくたつはぎりぎりについたですね。もうかれこれくじですよ)

「しかし速達はギリギリに着いたですね。もうかれこれ九時ですよ」

(ふたりのかいわは、そこでまたもやとぎれてしまった。ほむらはしだいに)

二人の会話は、そこでまたもや途切れてしまった。帆村は次第に

(つのりくるさむさに、がいとうのえりをふかぶかとたて、あとはもくもくとしてふけてゆく)

つのり来る寒さに、外套の襟を深々と立て、あとは黙々として更けてゆく

(よるのおとに、ただじっとみみをすましたのだった。)

夜の音に、ただジッと耳を澄ましたのだった。

など

(おおはえおとこは、どこにひそんでいる?)

おお蠅男は、どこに潜んでいる?

(こうしてあごひもをかけたおおぜいのけいかんたいでもって、おおさかきってのかんらくのちまたである)

こうして頤紐をかけた大勢の警官隊でもって、大阪きっての歓楽の巷である

(しんせかいとおおさかいちのてんのうじこうえんとをふゆのじんのようにとりかこんでいるが、はえおとこと)

新世界と大阪一の天王寺公園とを冬の陣のように取り囲んでいるが、蠅男と

(おりゅうとはもういつのまにか、このかこみをぬけてどこかへにげてしまったのでは)

お竜とはもういつの間にか、この囲みを抜けてどこかへ逃げてしまったのでは

(ないか。まったくしんしゅつきぼつのかいかんはえおとこのことだから、よういにつかまるはずがない。)

ないか。全く神出鬼没の怪漢蠅男のことだから、容易に捕まる筈がない。

(しかもこのかいわいは、にんげんのおおいこと、ぬけうらのおおいことでおおさかいちのかくればしょだ。)

しかもこの界隈は、人間の多いこと、抜け裏の多いことで大阪一の隠れ場所だ。

(いまにかつどうやしばいがはねて、ぐんしゅうがしんせかいからどっとながれだしたときには、)

今に活動や芝居がはねて、群衆が新世界からドッと流れ出したときには、

(けいかんたいはどうしてそのおびただしいにんげんのくびじっけんをするのであろうか。おそらくはえおとこは、)

警官隊はどうしてその夥しい人間の首実検をするのであろうか。恐らく蠅男は、

(そのはねのじこくをまっているのであろう。)

その閉場(はね)の時刻を待っているのであろう。

(かいかんはえおとこほどのあたまのはたらくあくにんはきいたことがない。きゃつはすこぶるのちえものであり、)

怪漢蠅男ほどの頭の働く悪人は聞いたことがない。彼奴は頗るの知恵者であり、

(そしていったことをかならずじっこうするにんげんであり、そしてひといちばいのみえぼうだ。)

そして云ったことを必ず実行する人間であり、そして人一倍の見栄坊だ。

(かれはどうしてもこんやのうちに、いじょうなせんせいしょんをひきおこすさつじんを)

彼はどうしても今夜のうちに、異常なセンセイションを引き起こす殺人を

(じつえんしてみせるにちがいない。だからこのいっかくのなかにちぢこまっているなんて、)

実演してみせるに違いない。だからこの一画の中に縮こまっているなんて、

(そんなはずがないのだ。そのはえおとこと、かれほむらとは、きょうはじめてくちを)

そんな筈がないのだ。その蠅男と、彼帆村とは、今日はじめて口を

(ききあった。それはでんわのことであったが、とくひつたいしょすべきできごとだった。)

利き合った。それは電話のことであったが、特筆大書すべき出来事だった。

(いとこをかえしてよこして、かれにたんていをだんねんしろというところなんか、じつにすごい)

糸子を返してよこして、彼に探偵を断念しろというところなんか、実に凄い

(きょうはくである。かれはいま、やっぱりたんていこんじょうをもって、はえおとこのあとをかぎまわって)

脅迫である。彼は今、やっぱり探偵根性をもって、蠅男のあとを嗅ぎまわって

(いるが、これがはえおとこにしれずにはいまい。そのときこそ、かれはいちだいけっしんを)

いるが、これが蠅男に知れずにはいまい。そのときこそ、彼は一大決心を

(かためなければならない。はえおとこのちえには、さすがのかれもまったくいっぽどころか)

固めなければならない。蠅男の知恵には、さすがの彼も全く一歩どころか

(すうほをゆずらなければならない。こうしているうちにも、はえおとこはだれかの)

数歩をゆずらなければならない。こうしているうちにも、蠅男は誰かの

(むなもとにするどいはをじりじりとちかづけつつあるのではあるまいか。)

胸もとに鋭い刃をジリジリと近づけつつあるのではあるまいか。

(さつじんせんこくしょはだれがもっているのかわからないが、いったいだれがころされるやくまわりに)

殺人宣告書は誰が持っているのか分からないが、一体誰が殺される役回りに

(なっているのだろうか。そのときほむらは、まっさきにしんぱいになるものを)

なっているのだろうか。そのとき帆村は、まっ先に心配になるものを

(おもいだした。かれはきゅうにきかいのまわりだしたにんぎょうのように、とことこあるきだした。)

思い出した。彼は急に機械のまわりだした人形のように、トコトコ歩き出した。

(かれはこうばんへはいった。そしてでんわで、たからづかのほてるにつめている)

彼は交番へ入った。そして電話で、宝塚のホテルに詰めている

(おおかわしほうしゅにんをよんでもらうようにたのんだ。)

大川司法主任を呼んで貰うように頼んだ。

(もしもし、こっちはおおかわだす。なんのようだすかいな)

「モシモシ、こっちは大川だす。何の用だすかいな」

(ほむらはそのこえをきいて、むねをおどらせた。かれはそのごのはえおとこのじじょうをほうこくして、)

帆村はその声を聞いて、胸を躍らせた。彼はその後の蠅男の事情を報告して、

(もしやいとこのところにしのせんこくしょがきていないかをたずねた。)

もしや糸子のところに死の宣告書が来ていないかを尋ねた。

(それはだいじょうぶだす。そんなものはけっしてきてえしまへん。あんしんしなはれ)

「それは大丈夫だす。そんなものは決して来てえしまへん。安心しなはれ」

(おおかわしゅにんはきっぱりこたえた。ほむらはあんしんをしてでんわをきったが、しかしまた)

大川主任はキッパリ答えた。帆村は安心をして電話を切ったが、しかしまた

(あらたなるしんぱいがわきあがってきた。)

新たなる心配が湧き上がってきた。

(だれかが、しのせんこくしょをつきつけられているのにちがいない。そのひとは)

「誰かが、死の宣告書をつきつけられているのに違いない。その人は

(なにかのりゆうがあって、そのことをけいさつにいってこないのではないか。)

何かの理由があって、そのことを警察に云ってこないのではないか。

(はやくいってくればたすけられるかもしれないのに・・・)

早く云ってくれば助けられるかも知れないのに・・・」

(そんなことをかんがえつづけているときだった。かすみちょうのかどをまがって、こっちへ)

そんなことを考え続けているときだった。霞町の角を曲がって、こっちへ

(すすんできたじどうしゃが、ぴたりととまった。)

進んで来た自動車が、ピタリと停まった。

(だれだろうとみると、なかからひょいとかおをだしたのはよじんならず)

誰だろうと見ると、中からヒョイと顔を出したのは余人ならず

(かもしたどくとるのひげづらであった。)

鴨下ドクトルの髭面であった。

(まさきさん、おいまさきさんはおらんか)

「正木さん、オイ正木さんは居らんか」

(どくとるはすみよししょちょうのなをしきりとよんだ。)

ドクトルは住吉署長の名をしきりと呼んだ。

(なにごとだろうと、まさきしょちょうはじどうしゃのところへかけつけた。)

なにごとだろうと、正木署長は自動車のところへ駈けつけた。

(おおまさきさん。ねえ、じょうだんじゃないよ。きみたち、こんなところで)

「おお正木さん。ねえ、冗談じゃないよ。君たち、こんなところで

(ひじょうけいかいしていてもなんにもならせんよ。はえおとこはすでにさっきあらわれて、)

非常警戒していても何にもならせんよ。蠅男はすでにさっき現われて、

(わしのたいせつなゆうじんをころしおったぞ)

儂の大切な友人を殺しおったぞ」

(えっ、はえおとこがあらわれたと・・・)

「えッ、蠅男が現われたと・・・」

(だれもかれもさっとかおいろをかえた。)

誰も彼もサッと顔色を変えた。

(だれがころされたんですほむらがはんもんした。)

「誰が殺されたんです」帆村が反問した。

(ころされたものか。それはわしのゆうじん、しおたりつのしんじゃ。それはまだいいとして、)

「殺された者か。それは儂の友人、塩田律之進じゃ。それはまだいいとして、

(ころしたのはだれじゃとおもう)

殺したのは誰じゃと思う」

(はえおとこではないんですか)

「蠅男ではないんですか」

(あれがはえおとこなんだろうなどくとるはこくびをかたむけ、とにかくつかまったその)

「あれが蠅男なんだろうな」ドクトルは小首を傾け、「とにかく捕まったその

(はえおとこは、さっきわしといっしょのくるまにのっていたむらまつというけんじなんじゃ)

蠅男は、さっき儂と一緒の車に乗っていた村松という検事なんじゃ」

(ええっ、むらまつけんじが・・・)

「ええッ、村松検事が・・・」

(しおたせんせいをころしたというのですか)

「塩田先生を殺したというのですか」

(そしてけんじがはえおとこだとは、まさか・・・)

「そして検事が蠅男だとは、まさか・・・」

(いちどうはあまりのことにこしをぬかさんばかりにおどろいた。)

一同はあまりのことに腰を抜かさんばかりに愕いた。

(むらまつけんじがあのおそるべきはえおとこだったとは、だれがしんじようか。)

村松検事があの恐るべき蠅男だったとは、誰が信じようか。

(しかしどくとるのことばは、でたらめをいっているとはおもわれない。)

しかしドクトルの言葉は、出鱈目を云っているとは思われない。

(どこかにまちがいがあるのであろう。いったいどこがまちがっているのか?)

どこかに間違いがあるのであろう。一体どこが間違っているのか?

(まちがっていないことは、ほむらにいったとおり、それがだれにもせよはえおとこが)

間違っていないことは、帆村に云ったとおり、それが誰にもせよ「蠅男」が

(こんやもきっぱりひとをころしたということ!)

今夜もキッパリ人を殺したということ!

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