海野十三 蠅男㊴

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※➀に同じくです。


順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5951 A+ 6.0 97.6% 776.0 4731 113 83 2024/10/07

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問題文

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(しとうせんげん)

◇死闘宣言◇

(ほむらたんていは、かれをしきりとなぐさめてくれるまさきしょちょうともわかれ、ただひとり)

帆村探偵は、彼をしきりと慰めてくれる正木署長とも別れ、ただひとり

(ふきんのほてるにはいった。いとこのとまっているたからづかほてるへかえろうかと)

附近のホテルに入った。糸子の泊まっている宝塚ホテルへ帰ろうかと

(おもわぬでもなかったけれど、それよりはむらまつけんじのみちかくにいたほうが、)

思わぬでもなかったけれど、それよりは村松検事の身近くにいた方が、

(なにかべんりではないかとおもったからだ。)

何か便利ではないかと思ったからだ。

(どうすれば、むらまつさんをすくいだせるだろうか)

「どうすれば、村松さんを救い出せるだろうか」

(つめたいやすほてるのいっしつの、もうひえかかったらじえーたーのそばにいすをよせて、)

冷たい安ホテルの一室の、もう冷えかかったラジエーターの傍に椅子を寄せて、

(ほむらはいろいろと、これからのさくせんをかんがえつづけた。だがいっこうに、これはとおもう)

帆村はいろいろと、これからの作戦を考え続けた。だが一向に、これはと思う

(うまいかんがえもうかんでこなかった。そのうちにかれは、こくりこくりと)

うまい考えも浮かんで来なかった。そのうちに彼は、コクリコクリと

(いねむりをはじめた。ひるまのつかれが、ここできゅうにでてきたのであろう。)

居眠りを始めた。昼間の疲れが、ここで急に出てきたのであろう。

(がたり。)

ガタリ。

(とつぜんおおきなおとがして、ほむらははっとめざめた。どうやらろうかのほうから)

突然大きな音がして、帆村はハッと目覚めた。どうやら廊下の方から

(きこえたらしい。)

聞こえたらしい。

(しんやのかいおんのしょうたいはなに?なにものかがろうかのまどをやぶって、ほてるのなかに)

深夜の怪音の正体は何? 何者かが廊下の窓を破って、ホテルの中に

(しのびこんでくるようにもかんじられた。)

忍びこんで来るようにも感じられた。

(ほむらはすばやくしつないのすいっちをひねって、しつないのあかりをけした。それから)

帆村は素早く室内のスイッチをひねって、室内の灯りを消した。それから

(ぽけっとからぴすとるをだしててににぎると、いりぐちのとびらのじょうをはずした。そして)

ポケットからピストルを出して手に握ると、入口の扉の錠を外した。そして

(ゆかにはらばいせんばかりにかがんで、とびらをしずかにひらいてみた。もしろうかになにものかの)

床に腹這いせんばかりに屈んで、扉を静かに開いてみた。もし廊下に何者かの

(ひとかげをみつけたら、そのときはぴすとるにものをいわせて、あいてのあしもとを)

人影を見つけたら、そのときはピストルに物を云わせて、相手の足許を

(いぬくつもりだった。)

射抜くつもりだった。

など

(なあんだ。だれもいやしない)

「なアんだ。誰もいやしない」

(ろうかには、ねこいっぴきいなかった。それでもかれはねんのため、ろうかにでて、まどを)

廊下には、猫一匹いなかった。それでも彼は念のため、廊下に出て、窓を

(しらべてみた。まどにはうちがわからきちんとじょうがおりていた。しかしまどはしきりに)

調べてみた。窓には内側からキチンと錠が下りていた。しかし窓はしきりに

(がたがたとなっていた。まっくらなそとには、どうやらかぜがでてきたらしい。)

ガタガタと鳴っていた。真っ暗な外には、どうやら風が出てきたらしい。

(ほむらはほっといきをついて、じぶんのへやにかえっていった。)

帆村はホッと息をついて、自分の部屋に帰っていった。

(かぜはめにみえるようにしだいにつよくなり、ひゅーっとうなりごえをあげて)

風は目に見えるように次第に強くなり、ヒューッと呻り声をあげて

(ひさしをふきぬけてゆくのがきこえた。こうしてひとりでいると、まるで)

廂を吹き抜けてゆくのが聞こえた。こうしてひとりで居ると、まるで

(ろうごくのうちにかんきんされたまま、あくまがくちからはきだすあらしのなかに)

牢獄のうちに監禁されたまま、悪魔が口から吐き出す嵐の中に

(ふきとばされてゆくようなこころぼそさがわいてくるのであった。)

吹き飛ばされてゆくような心細さが湧いてくるのであった。

(ちりちりちり、ちりん。)

チリチリチリ、チリン。

(とつぜん、べるがなった。でんわだ。)

突然、ベルが鳴った。電話だ。

(それはゆめでもげんそうでもなかった。たしかにしつないでんわがなったのである。)

それは夢でも幻想でもなかった。確かに室内電話が鳴ったのである。

(しんやのでんわ!いったいどこからかかってきたのであろう。)

深夜の電話! 一体どこから掛かってきたのであろう。

(ほむらはじゅわきをとりあげた。)

帆村は受話器を取り上げた。

(ほむらくんかね)

「帆村君かネ」

(そうです。あなたはだれ?)

「そうです。貴方は誰?」

(ほむらのひょうじょうがきっとこわばり、かれのみぎてがぽけっとのぴすとるをさぐった。)

帆村の表情がキッとこわばり、彼の右手がポケットのピストルを探った。

(こっちはおなじみのはえおとこさ)

「こっちはお馴染みの蠅男さ」

(なに、はえおとこ?)

「なに、蠅男?」

(はえおとこがまたでんわをかけてきたのだ。むらまつけんじのこえとはぜんぜんちがう。ほむらは、)

蠅男がまた電話を掛けてきたのだ。村松検事の声とは全然違う。帆村は、

(はえおとこにたいするおそろしさよりは、このはえおとこのでんわを、ぜひともみずたけんじに)

蠅男に対する恐ろしさよりは、この蠅男の電話を、ぜひとも水田検事に

(きかせてやりたかった。)

聞かせてやりたかった。

(どうだね、ほむらくん。こんやのさつじんじけんは、きみのきにいったかね)

「どうだネ、帆村君。今夜の殺人事件は、君の気に入ったかネ」

(きさまがやったんだな。しおたせんせいをどういうほうほうでころしたんだ。)

「貴様が殺(や)ったんだナ。塩田先生をどういう方法で殺したんだ。

(むらまつけんじはきさまのために、てじょうをはめられているんだぞ)

村松検事は貴様のために、手錠を嵌められているんだぞ」

(うふふふ。けんじがしばられているなんておもしろいじゃないかとはえおとこは)

「うふふふ。検事が縛られているなんて面白いじゃないか」と蠅男は

(にくにくしげにわらった。どうしらべたって、けんじがやったとしかおもえないところが)

憎々しげに笑った。「どう調べたって、検事が殺ったとしか思えないところが

(きにいったろう。くやしかったら、それをおまえのてでひっくりかえしてみろ。)

気に入ったろう。口惜しかったら、それをお前の手でひっくり返してみろ。

(だが、あれもきさまへのさいごのけいこくなんだぞ。このうえ、まだおれのしごとのじゃまを)

だが、あれも貴様への最後の警告なんだぞ。この上、まだ俺の仕事の邪魔を

(するんだったら、そのときはきさまがほえづらをかくばんになるぞ。よくかんがえてみろ。)

するんだったら、そのときは貴様が吠え面をかく番になるぞ。よく考えてみろ。

(もうでんわはかけない。このつぎはちょくせつこうどうで、めにものをみせてくれるわ。)

もう電話は掛けない。この次は直接行動で、目に物を見せてくれるわ。

(うふふふおいまて、はえおとこ!)

うふふふ」「オイ待て、蠅男!」

(だが、このせつなに、でんわはぷつりときれてしまった。)

だが、この刹那に、電話はプツリと切れてしまった。

(しんしゅつきぼつとは、このはえおとこのことだろう。きゃつは、ほむらのはいったさきを、)

神出鬼没とは、この蠅男のことだろう。彼奴は、帆村の入った先を、

(すぐしってしまったのだ。いまのでんわのおどしもんくも、うそであるとはおもえない。)

すぐ知ってしまったのだ。いまの電話の脅し文句も、嘘であるとは思えない。

(はえおとこはせんげんどおり、いよいよこれからはちょくせつこうどうで、ほむらにせまってこようと)

蠅男は宣言どおり、いよいよこれからは直接行動で、帆村に迫ってこようと

(いうのだった。ほむらはもうかくごをしなければならなかった。)

いうのだった。帆村はもう覚悟をしなければならなかった。

(ほむらはふんぜんと、たくをたたいてたちあがった。)

帆村は奮然と、卓を叩いて立ち上がった。

((そうだ。むらまつけんじをすくいだすてはほかにないのだ。)

(そうだ。村松検事を救い出す手は外にないのだ。

(それははえおとこをたいほするいっとがあるばかりだ。)

それは蠅男を逮捕する一途があるばかりだ。

(やれ、むらまつけんじがさつじんざいにおちた。)

やれ、村松検事が殺人罪に堕ちた。

(やれ、いとこさんがはえおとこにゆうかいされた。)

やれ、糸子さんが蠅男に誘拐された。

(やれ、こんどはだれのところにしのせんこくじょうがゆくか。)

やれ、今度は誰のところに死の宣告状がゆくか。

(やれ、どうしたこうしたということをきにかけているより、そんなことには)

やれ、どうしたこうしたということを気に懸けているより、そんなことには

(とんちゃくすることなく、いっちょくせんにはえおとこのふところにとびこんでゆくのがかちなのだ。はえおとこは)

頓着することなく、一直線に蠅男の懐にとびこんでゆくのが勝ちなのだ。蠅男は

(そうさせまいとして、おれのちゅういりょくがちるようにいろいろなじけんをくみたてて、)

そうさせまいとして、俺の注意力が散るようにいろいろな事件を組み立てて、

(それをぼうがいしているのにちがいない。よおし、こうなれば、だれがしのうと)

それを妨害しているのに違いない。よオし、こうなれば、誰が死のうと

(こっちがころされようと、いっちょくせんにはえおとこのふところにとびこんでみせるぞ))

こっちが殺されようと、一直線に蠅男の懐にとびこんでみせるぞ)

(いまやせいねんたんていほむらそうろくは、こころのそこからふんがいしたようであった。いったいほむらと)

今や青年探偵帆村荘六は、心の底から憤慨したようであった。一体帆村と

(いうおとこは、たんていでありながら、ねつじょうにいきるおとこだった。そのねつじょうがほんとうに)

いう男は、探偵でありながら、熱情に生きる男だった。その熱情が本当に

(ほとばしりでたときに、かれはだれにもやれないはなれわざをあっというまにみごとに)

迸り出たときに、彼は誰にもやれない離れ業をあッという間に見事に

(やってのけるたちだった。いままでは、はえおとこをたんていしていたとはいうものの、)

やってのけるたちだった。今までは、蠅男を探偵していたとはいうものの、

(そのすじのそうさじんにきがねをしたり、それからまたせんちめんたるなどうじょうしんを)

その筋の捜査陣に気がねをしたり、それからまたセンチメンタルな同情心を

(おこしてれいじんをかばってみたり、いろいろとみちくさをくっていたのだ。)

起こして麗人をかばってみたり、いろいろと道草を食っていたのだ。

(ほんぜんと、たんていほむらは、ゆうかんにたちあがった。)

翻然と、探偵帆村は、勇敢に立ち上がった。

((いったい、はえおとこというやつがいくらきしんでも、これだけのじけんをおこして、)

(一体、蠅男というやつがいくら鬼神でも、これだけの事件を起こして、

(そのしょうたいをあらわさないというのはおかしいことだ。いままでにしられたざいりょうから、)

その正体を現わさないというのは可笑しいことだ。今までに知られた材料から、

(はえおとこのしょうたいがはっきりでてこないというのでは、ほむらそうろくのたんていしょうばいも、もう)

蠅男の正体がハッキリ出て来ないというのでは、帆村荘六の探偵商売も、もう

(かんばんをやいてしまったがいい。うむ、こんやのうちに、なにがなんでも、はえおとこのしょうたいを)

看板を焼いてしまったがいい。うむ、今夜のうちに、何が何でも、蠅男の正体を

(あばいてしまわねば、おれはくりくりぼうずになって、まゆげまでそってしまうぞ))

暴いてしまわねば、俺はクリクリ坊主になって、眉毛まで剃ってしまうぞ)

(ほむらはまゆをぴくりとうごかすと、なんとおもったか、せまいしつないを)

帆村は眉をピクリと動かすと、何と思ったか、狭い室内を

(おりにいれられたらいおんのように、あっちへいったり、こっちへきたりして)

檻に入れられたライオンのように、あっちへ行ったり、こっちへ来たりして

(きぜわしそうにあるきだした。)

気ぜわしそうに歩きだした。

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