海野十三 蠅男㊷

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※➀に同じくです。


順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 りく 5647 A 5.7 97.5% 712.4 4128 105 74 2024/10/09

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問題文

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(かい!かい!はえおとこのしょうたい!)

◇怪! 怪! 蠅男の正体!◇

(たまやほんていは、こよいいとこをむかえて、ちかごろにないにぎやかさをていしていたが、)

玉屋本邸は、今宵糸子を迎えて、近頃にない賑やかさを呈していたが、

(そのうちにごごくじとなりじゅうじとなり、しんるいちきのむすめさんたちも)

そのうちに午後九時となり十時となり、親類知己の娘さんたちも

(ひとりかえりふたりかえりして、やがてじゅういちじをきいたころには、ごにんのめしつかいの)

一人帰り二人帰りして、やがて十一時を聞いたころには、五人の召使いの

(ほかにはいとこただひとりというしょうにんずうになった。)

外には糸子只一人という少人数になった。

(よるはしだいにふけるにしたがって、このひろいがらんとしたやしきはいよいよ)

夜は次第に更けるに従って、この広いガランとした邸はいよいよ

(しみわたるようなものさびしさをくわえていった。そのうちに、きのうとおなじく、)

浸みわたるようなもの寂しさを加えていった。そのうちに、昨日と同じく、

(かぜさえでて、あまどがごとごととぶきみなおとをたててなった。)

風さえ出て、雨戸がゴトゴトと不気味な音を立てて鳴った。

(いとこはおまつをしんじょへさがらせて、かのじょはただひとり、かつてちちおやそういちろうのころされた)

糸子はお松を寝所へ下がらせて、彼女は只一人、かつて父親総一郎の殺された

(しょさいのなかにはいっていった。)

書斎の中に入っていった。

(おとっつぁんーー)

「お父つぁんーー」

(いとこはへやのまんなかにたって、いまはなきちちをよんでみた。もちろん、それに)

糸子は室の真ん中に立って、今は亡き父を呼んでみた。もちろん、それに

(こたえるこえはきかれなかったけれど。)

応える声は聞かれなかったけれど。

(いとこはちちがあいようしていたあんらくいすのうえに、しずかにしなやかなからだをなげた。)

糸子は父が愛用していた安楽椅子の上に、静かにしなやかな体をなげた。

(そしてつくえのうえにのっているろんごしょうかいをとりあげると、すたんどをつけて)

そして机の上にのっている「論語詳解」を取り上げると、スタンドをつけて

(ぺーじをめくっていった。)

頁をめくっていった。

(そのうちに、いつしかいとこはほんをぱたりとひざのうえにおとし、きょうにんぎょうのように)

そのうちに、いつしか糸子は本をパタリと膝の上に落とし、京人形のように

(うつくしいかおをうしろにもたせかけて、うつらうつらとねむりのなかにさそわれていった。)

美しい顔を後ろにもたせかけて、うつらうつらと睡りのなかに誘われていった。

(そとはどうやらあめになったようである。)

外はどうやら雨になったようである。

(そのときである。)

そのときである。

など

(てんじょううらを、なにかおもいものがそっとひきずられるようなきもちのわるいおとがした。)

天井裏を、何か重いものがソッと引きずられるような気持ちの悪い音がした。

(ーーしかしいとこは、なにもしらないでねむっていた。)

ーーしかし糸子は、何も知らないで睡っていた。

(ごそり、ごそりと、そのぶきみなものおとは、いとこのねむるてんじょううらをはっていった。)

ゴソリ、ゴソリと、その不気味な物音は、糸子の睡る天井裏を這っていった。

(なにものであろうか。めしつかいたちも、しらかわよふねのさいちゅうであるとみえ、)

何者であろうか。召使いたちも、白河夜船の最中であると見え、

(だれひとりとしておきてこない。)

誰一人として起きてこない。

(ききはだんだんとせまってくるようである。)

危機はだんだんと迫ってくるようである。

(するとごそりごそりのおとがぱったりとまった。それにかわって)

するとゴソリゴソリの音がパッタリ止まった。それに代わって

(ことりというおとが、もっとはっきりきこえた。それはてんじょううらについている)

コトリという音が、もっとハッキリ聞こえた。それは天井裏についている

(しかくなくうきぬきのあなのところではっしたものだった。)

四角な空気抜きの穴のところで発したものだった。

(そのうちに、なにやらくろいものが、そのくうきあなのなかからたれさがって)

そのうちに、なにやら黒いものが、その空気穴のなかから垂れ下がって

(くるのであった。それはだんだんながくのびて、まるであしのようなかたちをしていた。)

くるのであった。それはだんだん長く伸びて、まるで脚のような形をしていた。

(そのうちに、またいっぽん、おなじようなものがしずかにさがってきた。)

そのうちに、また一本、同じようなものが静かに下がってきた。

(どれもこれも、いとのようなものでつりさげられているらしい。)

どれもこれも、糸のようなもので吊り下げられているらしい。

(うでのようなものがいっぽん、それからまたいっぽん!)

腕のようなものが一本、それからまた一本!

(ずるずるとすこしすぴーどをましてたれさがってくる。)

ズルズルと少しスピードを増して垂れ下がってくる。

(このきかいなありさまを、なににたとえたらいいであろう。もしこのばのこうけいをみていた)

この奇怪な有様を、何に譬えたらいいであろう。もしこの場の光景を見ていた

(ひとがあったなら、このへんできゃっといってきぜつしてしまうかもしれない。)

人があったなら、この辺でキャッといって気絶してしまうかも知れない。

(ーーくろいがいとうのようなものが、ふわりとおちてきた。それにつづいて、)

ーー黒い外套のようなものが、フワリと落ちてきた。それに続いて、

(あなからぬっとでてきたのは、いがいにもひとのくびだった。みたこともない)

穴からヌッと出てきたのは、意外にも人の首だった。見たこともない

(さんじゅうがらみのおとこのくびで、めをぎょろぎょろひからせている。みるからに)

三十がらみの男の首で、眼をギョロギョロ光らせている。見るからに

(あくそうをそなえていた。)

悪相を備えていた。

(そのくびはすーっとあなからしたにぬけた。それにつづいてかたがでてくるのであろうか。)

その首はスーッと穴から下に抜けた。それに続いて肩が出て来るのであろうか。

(しかしあのようなろく、しちすんのあなから、かたをだすことはむずかしいであろうと)

しかしあのような六、七寸の穴から、肩を出すことは難しいであろうと

(おもわれた。しかるにくびはすーっとゆかのうえめがけておちていく。くびのうしろに)

思われた。しかるに首はスーッと床の上目がけて落ちていく。首の後ろに

(つづいているのは、おとこまくらをふたつつなぎあわせたようなぶかぶかしたにくかい。)

続いているのは、男枕を二つ繋ぎ合わせたようなブカブカした肉塊。

(ーーそれでおしまいだった。)

ーーそれでお終いだった。

(くびとほそいどうのいちぶだけのにんげん?)

首と細い胴の一部だけの人間?

(それでも、そのにんげんはいきているのであろうか?)

それでも、その人間は生きているのであろうか?

(どたりとゆかのうえにやせどうのついたくびがおちると、それをあいずのように、)

ドタリと床の上に痩せ胴のついた首が落ちると、それを合図のように、

(はじめにゆかのうえによこたわっていたながいてやあしが、まるでじしゃくにすいつくくぎのように)

始めに床の上に横たわっていた長い手や足が、まるで磁石に吸い付く釘のように

(ききっとあつまってきた。やがてむっくりとたちあがったところをみれば、これぞ)

キキッと集まって来た。やがてムックリと立ち上ったところを見れば、これぞ

(よじんではなく、ありまさんちゅうをしっぷうのようにとんでいったあのはえおとこのすがたにそういない。)

余人ではなく、有馬山中を疾風のように飛んでいったあの蠅男の姿に相違ない。

(くみたてしきのはえおとこ?なんというきかいないきものもあったものだろう。)

組み立て式の蠅男? なんという奇怪な生き物もあったものだろう。

(いったいはえおとこはにんげんか、それともけものか?)

一体蠅男は人間か、それとも獣か?

(はえおとこはおおきなめだまをぎろりとうごかして、あんらくいすのうえにねむるいとこの)

蠅男は大きな眼玉をギロリと動かして、安楽椅子の上に睡る糸子の

(なまめかしいすがたにちゅうもくした。はえおとこはそこでにやりときみのわるいうすわらいをして、)

艶めかしい姿に注目した。蠅男はそこでニヤリと気味の悪い薄笑いをして、

(どこにかくしもっていたのか、ひとすじのこうてつせいのひもをとりだした。それを)

どこに隠し持っていたのか、一条の鋼鉄製の紐を取り出した。それを

(くろびかりのするりょうてにもってみがまえると、さっといとこのほうにすりよった。)

黒光りのする両手に持って身構えると、サッと糸子の方にすり寄った。

(・・・あっ、いとこがあぶない!)

・・・あッ、糸子が危ない!

(いとこはしんだようになっていた。はえおとこのてにかかって、ほそくびを)

糸子は死んだようになっていた。蠅男の手に懸かって、細首を

(しめられてしまったかとおもったが、)

絞められてしまったかと思ったが、

(そのときおそく、かのときはやく、)

そのとき遅く、かのとき早く、

(ーーはえおとこ、そこをうごくなっ)

「ーー蠅男、そこを動くなッ」

(と、とつぜんだいおんじょうがあがったとおもうとたん、しんだいのかげからとびだしてきた)

と、突然大音声があがったと思う途端、寝台の陰から飛び出して来た

(いっこのじんぶつ!それはだれであったろうか?けいさつのぶたばこにかんきんせられて)

一個の人物! それは誰であったろうか? 警察の豚箱に監禁せられて

(じゅくしのようないきをふいているとばかりおもっていたせいねんたんてい、ほむらそうろくの)

熟柿のような息をふいているとばかり思っていた青年探偵、帆村荘六の

(ゆうきりんりんたるすがただった。はえおとこはむごんでうしろをふりむいた。)

勇気凛々たる姿だった。蠅男は無言で後ろを振り向いた。

(うふ。ーーいいところへきたな。おれのしょうたいをみたからには、もはや)

「うふ。ーーいいところへ来たな。俺の正体を見たからには、最早

(いっこくもきさまをいかしてはおけねえ。かくごしろっ)

一刻も貴様を活かしては置けねえ。覚悟しろッ」

(なにをっ。ーー)

「なにをッ。ーー」

(きしんはえおとことたんていほむらとは、なにもしらずにねむっているいとこをあいだにはさんで、)

鬼神「蠅男」と探偵帆村とは、何も知らずに睡っている糸子を間に挟んで、

(ものすごくにらみあった。)

物凄く睨み合った。

(かぜかあめか、はただいふんかか。けんこんいってきのしとうをしゅんぜんにして、みがまえたりょうこの)

風か雨か、はた大噴火か。乾坤一擲の死闘を瞬前にして、身構えた両虎の

(ひくいうなりごえが、しだいしだいにたかくもりあがってくる。ーー)

低い呻り声が、次第次第に高く盛り上がってくる。ーー

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