海野十三 蠅男㊻

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※➀に同じくです。


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問題文

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(おちたかめん)

◇落ちた仮面◇

(こいつがっーー)

「こいつがッーー」

(どどんとほむらはかんぜんひきがねをひいた。いまやききゅうそんぼうのときだった・・・)

ドドンと帆村は敢然引き金を引いた。今や危急存亡の秋(とき)だった・・・

(うわっはっはっひとをくったわらいごえもろともあーらふしぎ、はえおとこのからだが)

「うわッはッはッ」人を喰った笑い声もろともアーラ不思議、蠅男の身体が

(どーんとゆかのうえにたおれるがはやいか、がちゃがちゃときんぞくのすれあうおとがして、)

ドーンと床の上に倒れるが早いか、ガチャガチャと金属の摺れあう音がして、

(はえおとこのどうとてあしがばらばらになった。)

蠅男の胴と手足がバラバラになった。

(あっ!とほむらのたじろぐまえに、ばらばらになったはえおとこのごたいは、まるで)

「あッ!」と帆村のたじろぐ前に、バラバラになった蠅男の五体は、まるで

(そのひとつひとつがどくりつしたいきもののように、ものすごいいきおいでくるくるとゆかうえを)

その一つ一つが独立した生き物のように、物凄い勢いでクルクルと床上を

(はいまわり、しだいしだいにほむらのみちかくせまってくるのであった。ゆうかんな)

這いまわり、次第次第に帆村の身近く迫ってくるのであった。勇敢な

(ほむらたんていも、このかってのちがったあいてのこうせいにあって、てのだしようがなかった。)

帆村探偵も、この勝手の違った相手の攻勢に遭って、手の出しようがなかった。

(くるくるまわるはえおとこのくびをねらうべきか、あしをむかえるべきか。ほむらはとっさにひらりと)

クルクル廻る蠅男の首を狙うべきか、脚を迎えるべきか。帆村は咄嗟にヒラリと

(あんらくいすのうえにとびあがった。そしててにしたぴすとるをしたにむけて、)

安楽椅子の上にとび上がった。そして手にしたピストルを下に向けて、

(どどどーんとらんしゃした。)

ドドドーンと乱射した。

(ぎゃっ。ーーと、とたんにきこゆるひめい、すわぴすとるのだんがんが)

「ぎゃッ。ーー」と、途端に聞こゆる悲鳴、すわピストルの弾丸が

(めいちゅうしたかとおもったせつな、かたわらのかべにとつぜんぽっかりとまるまどのようなあながあき、)

命中したかと思った刹那、傍らの壁に突然ポッカリと丸窓のような穴が明き、

(はえおとこのみぎうでがまずぽーんととびこむと、つづいてくびとどうが、さらにこうじょうでつながれた)

蠅男の右腕がまずポーンと飛びこむと、続いて首と胴が、更に鋼条でつながれた

(にほんのぎそくが、へびがあなにはいこむようにぞろぞろとはいってゆくーー。)

二本の義足が、蛇が穴に這い込むようにゾロゾロと入ってゆくーー。

(こら、まてっ。ーーと、ほむらはぴすとるをそのばになげだし、おりしもあなを)

「こら、待てッ。ーー」と、帆村はピストルをその場に投げ出し、折しも穴を

(もぐろうとするはえおとこのいっぽんのあしにすででとびついた。そうはさせじとはえおとこのあしは、)

潜ろうとする蠅男の一本の足に素手で飛びついた。そうはさせじと蠅男の脚は、

(おそろしいちからであなのなかへほむらのからだもろともひっぱりこもうとする。)

恐ろしい力で穴の中へ帆村の身体もろとも引っ張りこもうとする。

など

(えいやえいやと、とんだところではえおとことほむらとのちからくらべがはじまったが、やがて)

エイヤエイヤと、とんだところで蠅男と帆村との力較べが始まったが、やがて

(ぎぃーっときいなおとがしてほむらたんていはあっというまもなくどーんとうしろに)

ギィーッと奇異な音がして帆村探偵はあッという間もなくドーンと後ろに

(ひっくりかえる。ぱたんとまるまどのしまるおと。むっくりおきあがったほむらのてには、)

ひっくり返る。パタンと丸窓の閉まる音。ムックリ起き上がった帆村の手には、

(きみょうなものがのこった。それはにんげんのあしくびそっくりにつくられたこうてつとごむとを)

奇妙な物が残った。それは人間の足首そっくりに作られた鋼鉄とゴムとを

(くみあわせたひだりのぎそくだった。)

組み合わせた左の義足だった。

(ほむらはしにんのようにあおざめ、このきみょうなぶんどりひんをきみわるげにみいった。)

帆村は死人のように青褪め、この奇妙な分捕品を気味悪げに見入った。

(おりよくそこへ、まさきしょちょうがいったいのうでききのけいかんをひきつれてかけつけ、どあを)

折よくそこへ、正木署長が一隊の腕利きの警官を引き連れて駈けつけ、ドアを

(けやぶってくれたので、ほむらははえおとこのついせきをしょちょうにまかせ、かれはしばらくのきゅうそくを)

蹴破ってくれたので、帆村は蠅男の追跡を署長に任せ、彼は暫くの休息を

(とるために、しつないのあんらくいすにこしをおろしてあせをふいた。)

とるために、室内の安楽椅子に腰を下ろして汗を拭いた。

(なんというきかい!)

「なんという奇怪!」

(ほむらはひろうをいっぽんのたばこにもとめて、うまそうにしえんをくゆらせながら、つぶやいた。)

帆村は疲労を一本の莨に求めて、うまそうに紫煙をくゆらせながら、呟いた。

(いましがたのあのおそろしいかくとうのこうけいをおもいだすと、またきゅうにきがとおくなりそうで)

今しがたのあの恐ろしい格闘の光景を思い出すと、また急に気が遠くなりそうで

(あった。かれはずいぶんこれまできょうぼうなさつじんはんにんにもであったが、いくらきょうぼうでも)

あった。彼は随分これまで狂暴な殺人犯人にも出会ったが、いくら狂暴でも

(どうもうでも、このきかいなるくみたてにんげんはえおとこにくらべるとつくりもののおおにゅうどうほども)

獰猛でも、この奇怪なる組立人間「蠅男」に較べると作り物の大入道ほども

(おそろしくはなかった。かいぶつはえおとこのしゅつげんは、にんげんのじょうしきをこえている!)

恐ろしくはなかった。怪物蠅男の出現は、人間の常識を超えている!

(かみか、まか?どうしてこんなきいなにんげんがそんざいしえるのか?)

神か、魔か? どうしてこんな奇異な人間が存在し得るのか?

(それにしても、はえおとこがかもしたどくとるにばけていたのをいままでだれも)

それにしても、蠅男が鴨下ドクトルに化けていたのを今まで誰も

(しらなかったとは、なんといううかつなことだろうか。ほむらも、それをまさか)

知らなかったとは、なんという迂闊なことだろうか。帆村も、それをまさか

(きょうになってはっけんしようとはかんがえていなかった。ちょうどたびからかえってきた)

今日になって発見しようとは考えていなかった。丁度旅から帰ってきた

(かもしたかおるとうえはらやまじといちどあったとき、ふとはなったほむらのしつもんから、)

鴨下カオルと上原山治と一度会ったとき、ふと放った帆村の質問から、

(にせどくとるのかめんがはげはじめたのである。しかもそのはなしのさいちゅうにふたりの)

偽ドクトルの仮面が剥げはじめたのである。しかもその話の最中に二人の

(わかきだんじょは、にせどくとるによばれて、このかいじょうにきたはずであるが、くしくも)

若き男女は、偽ドクトルに呼ばれて、この階上に来た筈であるが、奇しくも

(どこへいったものか、かげさえみえない。ほむらはそれをはえおとこのきょうあくせいと)

何処へ行ったものか、影さえ見えない。帆村はそれを蠅男の狂悪性と

(むすびあわせて、おもわずぶるぶるとみぶるいをもよおした。)

結びあわせて、思わずブルブルと身慄いを催した。

(こうしちゃいられないぞ)

「こうしちゃいられないぞ」

(ほむらはすいつけたばかりのにほんめのたばこをはいざらにすてて、すっくとたちあがった。)

帆村は吸いつけたばかりの二本目の莨を灰皿に捨てて、スックと立ち上がった。

(はえおとこのしょうたいもしらべたいが、わかきふたりのあんきがさらにきにかかる。)

蠅男の正体も調べたいが、若き二人の安危が更に気に懸かる。

(かれはしょさいをしらべてまわったが、おもうようなものにぶつからなかった。そこでろうかに)

彼は書斎を調べて廻ったが、思うようなものにぶつからなかった。そこで廊下に

(はしりでて、りょうがわにならんでいるへやべやをかたっぱしからどんどんとたたいてまわった。)

走り出て、両側に並んでいる室々を片っぱしからドンドンと叩いて廻った。

(すると、はたしてひとつのへやのうちから、かすかではあったが、にんげんのうめくような)

すると、果たして一つの部屋のうちから、微かではあったが、人間の呻くような

(こえをみみにした。そのへやはかつてはえおとこがほむらをねらいうちにしたくらいへやだった。)

声を耳にした。その部屋はかつて蠅男が帆村を狙い撃ちにした暗い部屋だった。

(とびらをけやぶってみると、はたしてそのこぐらいしつないに、ようそうのかおるとやまじとが)

扉を蹴破ってみると、果たしてその小暗い室内に、洋装のカオルと山治とが

(あらなわでもってぐるぐるまきにしばりあわされていた。)

荒縄でもってグルグル巻きに縛り合わされていた。

(ほむらはおどろいて、すぐさまふたりのいましめのなわをといてやった。)

帆村は愕いて、すぐさま二人の戒めの縄を解いてやった。

(ふたりはさいせいのよろこびをこもごものべたあとで、にせのちちとみやぶったしゅんかんに、たちまち)

二人は再生の悦びを交々述べた後で、偽の父と見破った瞬間に、たちまち

(こんなめにあってしまったことをせつめいした。ほむらは、それこそかいぶつはえおとこが)

こんな目に遭ってしまったことを説明した。帆村は、それこそ怪物蠅男が

(ばけていたのだ、といえばやまじは、)

化けていたのだ、といえば山治は、

(ーーそのはえおとこは、ぼくたちがしたのおうせつしつでしゃべっていたことを、まいくろふぉん)

「ーーその蠅男は、僕たちが下の応接室で喋っていたことを、マイクロフォン

(じかけで、すっかりこっちできいていたんだっていっていましたよ)

仕掛けで、すっかりこっちで聞いていたんだって云っていましたよ」

(そうなんですのよ。あたくしがちちのからだのとくちょうについて、あなたに)

「そうなんですのよ。あたくしが父の身体の特徴について、貴方に

(もうしあげようとしたので、それをしゃべられてはたいへんとおどろいてこのかいじょうに)

申し上げようとしたので、それを喋られては大変と愕いてこの階上に

(よびあげたのですわ。あたくしも、もうすっかりかくごをしてしまいました。)

呼び上げたのですわ。あたくしも、もうすっかり覚悟をしてしまいました。

(ちちははえおとこのためにすとーぶのなかでやきころされたにちがいありませんわ)

父は蠅男のためにストーブの中で焼き殺されたに違いありませんわ」

(なるほど、あのしょうしたいのはんやけのみぎあしのぼしがはんぶんないのは、)

「なるほど、あの焼屍体の半焼けの右足の拇指が半分ないのは、

(おとうさまのとくちょうといっちするというわけですね)

お父さまの特徴と一致するというわけですね」

(かおるはそれにこたえるかわりに、はふりおちるなみだをてでおさえつつおおきくうなずいた。)

カオルはそれに応える代わりに、はふり落ちる泪を手で抑えつつ大きく頷いた。

(むざんなさいごをとげたなきちちにたいするかなしみが、いまやあらたになみだをさそったのに)

無残な最期を遂げた亡き父に対する悲しみが、今や新たに泪を誘ったのに

(そういなかった。)

相違なかった。

(おじょうさん。どくとるはどうしてはえおとこにころされるようなわけが)

「お嬢さん。ドクトルはどうして蠅男に殺されるようなわけが

(あったのでしょうね)

あったのでしょうネ」

(と、ほむらがそっちょくにたずねると、かおるはなみだになきぬれたしろいおもてをあげて、)

と、帆村が率直に訊ねると、カオルは泪に泣き濡れた白い面をあげて、

(さあそれが、あたくしにはいっこうこころあたりがございませんのです)

「さあそれが、あたくしには一向心当たりがございませんのです」

(うむ、あなたにもやはりわかりませんかほむらは、またひとつきぼうをうしなった。)

「うむ、貴女にもやはり分かりませんか」帆村は、また一つ希望を失った。

(だがこんぽんによこたわるかれのしんねんはびどうもしなかった。はえおとこのきょうじんにたおれた)

だが根本に横たわる彼の信念は微動もしなかった。蠅男の兇刃に斃れた

(かもしたどくとる、それからふごうたまやそういちろう、さいきんにもとけんじせいしおたりつのしんーー)

鴨下ドクトル、それから富豪玉屋総一郎、最近に元検事正塩田律之進ーー

(このさんにんは、なにかはえおとこからきょうつうのさつがいりゆうをもちあわしていたにちがいないと)

この三人は、何か蠅男から共通の殺害理由を持ち合わしていたに違いないと

(いうことだ。そのさつがいりゆうをさがしだすことが、このだいじけんをかいけつする)

いうことだ。その殺害理由を探し出すことが、この大事件を解決する

(いちばんちかみちであらねばならぬ。いったいそれはなんだろう。)

一番近道であらねばならぬ。一体それは何だろう。

(このさいしょのひがいしゃであるかもしたどくとるていないにも、かならずやそのさつがいりゆうを)

この最初の被害者である鴨下ドクトル邸内にも、必ずやその殺害理由を

(せつめいするにたるひみつざいりょうのひとつやふたつがかくされているにそういない。)

説明するに足る秘密材料の一つや二つが隠されているに相違ない。

(このさい、できるだけはやくそれをさがしあてることだ。)

この際、出来るだけ早くそれを探しあてることだ。

(ほむらは、こころのなかにうなずいて、こぐらいへやのなかをみまわした。くらさのなかにめが)

帆村は、心の中に頷いて、小暗い部屋の中を見廻した。暗さの中に目が

(なれると、このへやはしょさいであるのにきがついた。そのしょこには、ぷーんと)

慣れると、この部屋は書斎であるのに気がついた。その書庫には、プーンと

(かびのはえたにおいのするふるいとしょがなんまんさつとなくざつぜんとつみかさねられて)

黴の生えた匂いのする古い図書が何万冊となく雑然と積み重ねられて

(あったのである。いまほむらのかんかくははりのようにとがっていた。かれはその)

あったのである。いま帆村の感覚は針のように尖っていた。彼はその

(うずたかいこしょのやまをまえにむかいあっていたとき、ふとひとつのれいかんをえた。)

堆い古書の山を前に向かいあっていたとき、ふと一つの霊感を得た。

((ーーこのしょこのなかに、なにかさんこうになるきろくがまじっておりはしまいか?))

(ーーこの書庫の中に、何か参考になる記録が交っておりはしまいか?)

(そうおもいつくと、ほむらはもうぜんとかつどうをかいしした。かれはそのうずたかいこしょを、)

そう思い付くと、帆村は猛然と活動を開始した。彼はその堆い古書を、

(かたっぱしからしらべはじめたのである。)

片っぱしから調べ始めたのである。

(かおるとやまじも、ほむらのためにすすんできょうりょくをもうしでた。そこでさんにんは、)

カオルと山治も、帆村のために進んで協力を申し出た。そこで三人は、

(ねずみのようになって、こしょのやまをきりくずしていった。)

鼠のようになって、古書の山を切り崩していった。

(こはんじかんもかかったであろうか。)

小半時間も懸かったであろうか。

(うむ、あったぞっ!と、とつぜんほむらがさけんだ。かおるとやまじがおどろいて)

「うむ、あったぞッ!」と、突然帆村が叫んだ。カオルと山治が愕いて

(そのほうをみると、ほむらたんていは、からっぽになったほんだなのすみからいっさつのかわびょうしの)

その方を見ると、帆村探偵は、空っぽになった本棚の隅から一冊の皮表紙の

(とうようにっきを、ずじょうたかくさしあげていた。)

当用日記を、頭上高くさしあげていた。

(これだこれだ。どくとるのにっきだ。しおたけんじせいのながでている!)

「これだこれだ。ドクトルの日記だ。塩田検事正の名が出ている!」

(ええっまだある。たまやそういちろうのなもあるんだ)

「ええッ」「まだある。玉屋総一郎の名もあるんだ」

(ほむらたんていはこうふんのあまり、どくとるのにっきちょうをもつてのぶるぶるふるえるのを)

帆村探偵は興奮のあまり、ドクトルの日記帳を持つ手のブルブル慄えるのを

(どうすることもできなかった。かもしたどくとるのにっきちょうのなかには、そも)

どうすることも出来なかった。鴨下ドクトルの日記帳の中には、そも

(いかなるだいひみつがしたためられてあったろうか?)

いかなる大秘密が認(したた)められてあったろうか?

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