フランツ・カフカ 変身⑩
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問題文
(に)
(Ⅱ)
(ゆうぐれのうすあかりのなかでぐれごーるはやっとおもくるしいしっしんしたようなねむりから)
夕ぐれの薄明りのなかでグレゴールはやっと重苦しい失心したような眠りから
(めざめた。きっと、べつにさまたげがなくともそれほどおそくめざめるというような)
目ざめた。きっと、別に妨げがなくともそれほど遅く目ざめるというような
(ことはなかったろう。というのは、じゅうぶんにやすんだし、ねむりたりたかんじであった。)
ことはなかったろう。というのは、十分に休んだし、眠りたりた感じであった。
(しかし、すばやいあしおととげんかんのまにつうじるどあをようじんぶかくしめるものおととで)
しかし、すばやい足音と玄関の間に通じるドアを用心深く閉める物音とで
(めをさまされたようにおもえるのだった。でんきのがいとうのひかりがあおじろく)
目をさまされたように思えるのだった。電気の街燈の光が蒼白く
(てんじょうとかぐのじょうぶとにうつっていたが、したにいるぐれごーるのまわりはくらかった。)
天井と家具の上部とに映っていたが、下にいるグレゴールのまわりは暗かった。
(いまやっとありがたみがわかった。しょっかくでまだぶきようげにさぐりながら、)
今やっとありがたみがわかった。触角でまだ不器用げに探りながら、
(からだをのろのろとどあのほうへずらしていって、そこでおこったことを)
身体をのろのろとドアのほうへずらしていって、そこで起こったことを
(みようとした。からだのひだりがわはただいっぽんのながいふゆかいにひきつるきずぐちのように)
見ようとした。身体の左側はただ一本の長い不愉快に引きつる傷口のように
(おもえたが、りょうがわにならんでいるちいさなあしでほんかくてきなびっこをひかなければ)
思えたが、両側に並んでいる小さな脚で本格的なびっこを引かなければ
(ならなかった。それにいっぽんのあしはごぜんのじけんのあいだにじゅうしょうをおっていた)
ならなかった。それに一本の脚は午前の事件のあいだに重傷を負っていた
(ーーただいっぽんしかふしょうしていないことは、ほとんどきせきだったーー。)
ーーただ一本しか負傷していないことは、ほとんど奇蹟だったーー。
(そして、そのあしはしんでうしろへひきずられていた。)
そして、その脚は死んでうしろへひきずられていた。
(どあのところでやっと、なんでそこまでおびきよせられていったのか、)
ドアのところでやっと、なんでそこまでおびきよせられていったのか、
(わかった。それはなにかたべもののにおいだった。というのは、そこには)
わかった。それは何か食べものの匂いだった。というのは、そこには
(あまいみるくをいれたはちがあり、みるくのなかにはしろぱんのちいさなひときれが)
甘いミルクを容れた鉢があり、ミルクのなかには白パンの小さな一切れが
(うかんでいた。かれはよろこびのあまりほとんどわらいだすところだった。)
浮かんでいた。彼はよろこびのあまりほとんど笑い出すところだった。
(あさよりもくうふくはひどく、すぐめのうえまであたまをみるくのなかにつっこんだ。)
朝よりも空腹はひどく、すぐ眼の上まで頭をミルクのなかに突っこんだ。
(だが、まもなくしつぼうしてあたまをひっこめた。あつかいにくいからだのひだりがわのために)
だが、間もなく失望して頭を引っこめた。扱いにくい身体の左側のために
(たべることがむずかしいばかりでなくーーそして、からだぜんたいが)
食べることがむずかしいばかりでなくーーそして、身体全体が
(ふうふういいながらきょうりょくしてやっとたべることができたのだーー、)
ふうふういいながら協力してやっと食べることができたのだーー、
(そのうえ、ふだんはかれのこうぶつののみものであり、きっといもうとがそのために)
その上、ふだんは彼の好物の飲みものであり、きっと妹がそのために
(おいてくれたのだろうが、みるくがぜんぜんうまくない。それどころか、)
置いてくれたのだろうが、ミルクが全然うまくない。それどころか、
(ほとんどいやけをおぼえてはちからからだをそむけ、へやのちゅうおうへはって)
ほとんど厭気をおぼえて鉢から身体をそむけ、部屋の中央へはって
(もどっていった。)
もどっていった。
(ぐれごーるがどあのすきまからみると、いまにはがすとうがともっていた。)
グレゴールがドアのすきまから見ると、居間にはガス燈がともっていた。
(ふだんはこのじこくにはちちおやがごごにでたしんぶんをははおやに、そしてときどきは)
ふだんはこの時刻には父親が午後に出た新聞を母親に、そしてときどきは
(いもうとにもこえをはりあげてよんできかせるのをつねにしていたのだが、)
妹にも声を張り上げて読んで聞かせるのをつねにしていたのだが、
(いまはまったくものおとがきこえなかった。いもうとがいつもかれにかたったり、)
今はまったく物音が聞こえなかった。妹がいつも彼に語ったり、
(てがみにかいたりしていたこのろうどくは、おそらくさいきんではおよそすたれて)
手紙に書いたりしていたこの朗読は、おそらく最近ではおよそすたれて
(しまっていたようだった。だが、たしかにいえはからではないはずなのに、)
しまっていたようだった。だが、たしかに家は空ではないはずなのに、
(あたりもすっかりしずまりかえっていた。「かぞくはなんとしずかなせいかつを)
あたりもすっかり静まり返っていた。「家族はなんと静かな生活を
(おくっているんだろう」と、ぐれごーるはじぶんにいいきかせ、くらやみのなかを)
送っているんだろう」と、グレゴールは自分に言い聞かせ、暗闇のなかを
(じっとみつめながら、じぶんがりょうしんといもうととにこんなりっぱなじゅうきょで)
じっと見つめながら、自分が両親と妹とにこんなりっぱな住居で
(こんなせいかつをさせることができることにおおきなほこりをおぼえた。)
こんな生活をさせることができることに大きな誇りをおぼえた。
(だが、もしいま、あらゆるあんせいやこうふくやまんぞくがきょうふでおわりをつげることに)
だが、もし今、あらゆる安静や幸福や満足が恐怖で終わりを告げることに
(なったらどうだろうか。こんなかんがえにまよいこんでしまわないように、)
なったらどうだろうか。こんな考えに迷いこんでしまわないように、
(ぐれごーるはむしろうごきだし、へやのなかをあちこちはいまわった。)
グレゴールはむしろ動き出し、部屋のなかをあちこちはい廻った。
(ながいよるのあいだに、いちどはいっぽうのがわのどあが、いちどはもういっぽうのが、)
長い夜のあいだに、一度は一方の側のドアが、一度はもう一方のが、
(ちょっとだけひらき、すぐにまたしめられた。だれかがきっとへやのなかへ)
ちょっとだけ開き、すぐにまた閉められた。だれかがきっと部屋のなかへ
(はいるようじがあったにちがいないのだが、それにしろためらいもあまりに)
入る用事があったにちがいないのだが、それにしろためらいもあまりに
(おおきかったのだ。そこでぐれごーるはいまへつうじるどあのすぐそばに)
大きかったのだ。そこでグレゴールは居間へ通じるドアのすぐそばに
(とまっていて、ためらっているほうもんしゃをへやのなかへいれるか、あるいは)
とまっていて、ためらっている訪問者を部屋のなかへ入れるか、あるいは
(すくなくともそのほうもんしゃがだれかをしろうとけっしんしていた。ところが、)
少なくともその訪問者がだれかを知ろうと決心していた。ところが、
(どあはもうにどとひらかれず、ぐれごーるがまっていたこともむなしかった。)
ドアはもう二度と開かれず、グレゴールが待っていたこともむなしかった。
(どあがみなとざされていたあさには、みんながかれのへやへはいろうとしたの)
ドアがみな閉ざされていた朝には、みんなが彼の部屋へ入ろうとしたの
(だったが、かれがひとつどあをあけ、ほかのどあもひるのあいだにあけられた)
だったが、彼が一つドアを開け、ほかのドアも昼のあいだに開けられた
(ようなのに、いまとなってはだれもやってはこず、かぎもそとがわから)
ようなのに、今となってはだれもやってはこず、鍵も外側から
(さしこまれていた。)
さしこまれていた。
(よるおそくなってからやっと、いまのあかりがけされた。それで、りょうしんといもうととが)
夜遅くなってからやっと、居間の明りが消された。それで、両親と妹とが
(そんなにながいあいだおきていたことが、たやすくわかった。というのは、)
そんなに長いあいだ起きていたことが、たやすくわかった。というのは、
(はっきりききとることができたのだが、そのときさんにんぜんぶがつまさきであるいて)
はっきり聞き取ることができたのだが、そのとき三人全部が爪先で歩いて
(とおざかっていったのだった。それではあさまでもうだれもぐれごーるのへやへは)
遠ざかっていったのだった。それでは朝までもうだれもグレゴールの部屋へは
(はいってこないというわけだ。だから、じぶんのせいかつをここでどういうふうに)
入ってこないというわけだ。だから、自分の生活をここでどういうふうに
(せっけいすべきか、じゃまされずにとっくりかんがえるじかんがたっぷりとあるわけだ。)
設計すべきか、じゃまされずにとっくり考える時間がたっぷりとあるわけだ。
(だが、かれがいまべったりゆかにへばりつくようにしいられているてんじょうのたかい)
だが、彼が今べったり床にへばりつくようにしいられている天井の高い
(ひろびろとしたへやは、なぜかりゆうをみいだすことはできなかったけれども、)
ひろびろとした部屋は、なぜか理由を見出すことはできなかったけれども、
(かれのこころをふあんにした。なにしろごねんらいかれがすんでいたへやなので、)
彼の心を不安にした。なにしろ五年来彼が住んでいた部屋なので、
(どうしてそんなきになるのかわからなかった。--そして、なかばむいしきに)
どうしてそんな気になるのかわからなかった。--そして、半ば無意識に
(からだのむきをかえ、ちょっとはずかしいきもちがしないわけではなかったが、)
身体の向きを変え、ちょっと恥かしい気持がしないわけではなかったが、
(いそいでそふぁのしたにもぐりこんだ。そこでは、せなかがすこしおさえつけられるし、)
急いでソファの下にもぐりこんだ。そこでは、背中が少し抑えつけられるし、
(あたまをもうもたげることができないにもかかわらず、すぐひどくいごこちが)
頭をもうもたげることができないにもかかわらず、すぐひどく居心地が
(よいようにおもわれた。ただ、からだのはばがひろすぎて、そふぁのしたにすっぽり)
よいように思われた。ただ、身体の幅が広すぎて、ソファの下にすっぽり
(はいることができないのがざんねんだった。)
入ることができないのが残念だった。
(そこにかれはひとばんじゅういた。)
そこに彼は一晩じゅういた。