フランツ・カフカ 変身⑮

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問題文

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(ひるのあいだはりょうしんのことをかんがえてまどぎわにはいくまい、とぐれごーるは)

昼のあいだは両親のことを考えて窓ぎわにはいくまい、とグレゴールは

(かんがえていたが、いち、にめーとるしほうのゆかのうえではたいしてはいまわるわけに)

考えていたが、一、二メートル四方の床の上ではたいしてはい廻るわけに

(いかなかったし、ゆかのうえにじっとしていることはよなかであっても)

いかなかったし、床の上にじっとしていることは夜なかであっても

(がまんすることがむずかしく、たべものもやがてもうすこしもたのしみでは)

我慢することがむずかしく、食べものもやがてもう少しも楽しみでは

(なくなっていたので、きばらしのためにかべのうえやてんじょうをたてよこじゅうもんじに)

なくなっていたので、気ばらしのために壁の上や天井を縦横十文字に

(はいまわるしゅうかんをみにつけていた。とくにうえのてんじょうにぶらさがっているのが)

はい廻る習慣を身につけていた。とくに上の天井にぶら下がっているのが

(すきだった。ゆかのうえにじっとしているのとはまったくちがう。いきがいっそう)

好きだった。床の上にじっとしているのとはまったくちがう。息がいっそう

(じゆうにつけるし、かるいしんどうがからだのなかをつたわっていく。そして、ぐれごーるが)

自由につけるし、軽い振動が身体のなかを伝わっていく。そして、グレゴールが

(てんじょうにぶらさがってほとんどこうふくなほうしんじょうたいにあるとき、あしをはなして)

天井にぶら下がってほとんど幸福な放心状態にあるとき、脚を放して

(ゆかのうえへどすんとおちてじぶんでもおどろくことがあった。だが、いまではむろん)

床の上へどすんと落ちて自分でも驚くことがあった。だが、今ではむろん

(いぜんとはちがってじぶんのからだをじゆうにすることができ、こんなおおきな)

以前とはちがって自分の身体を自由にすることができ、こんな大きな

(ついらくのときでさえけがをすることはなかった。いもうとは、ぐれごーるがじぶんで)

墜落のときでさえけがをすることはなかった。妹は、グレゴールが自分で

(かんがえだしたこのあたらしいなぐさみにすぐきづきーーじっさい、かれははいまわるときに)

考え出したこの新しいなぐさみにすぐ気づきーー実際、彼ははい廻るときに

(からだからでるねんえきのあとをところどころにのこすのだった、ーーぐれごーるが)

身体から出る粘液の跡をところどころに残すのだった、ーーグレゴールが

(はいまわるのをさいだいのきぼでかのうにさせてやろうということをかんがえ、)

はい廻るのを最大の規模で可能にさせてやろうということを考え、

(そのじゃまになるかぐ、ことになによりもたんすとつくえとをとりはらおうとした。)

そのじゃまになる家具、ことに何よりもたんすと机とを取り払おうとした。

(ところが、そのしごとはひとりではやれなかった。ちちおやのたすけをかりようとは)

ところが、その仕事はひとりではやれなかった。父親の助けを借りようとは

(おもわなかったし、じょちゅうもきっとそれほどやくにはたたないだろう。というのは、)

思わなかったし、女中もきっとそれほど役には立たないだろう。というのは、

(このじゅうろくさいばかりのしょうじょは、まえのりょうりおんながひまをとってからけなげに)

この十六歳ばかりの少女は、前の料理女がひまを取ってからけなげに

(がまんしていたが、だいどころのかぎはたえずかけておいて、ただとくべつによばれたときだけ)

我慢していたが、台所の鍵はたえずかけておいて、ただ特別に呼ばれたときだけ

など

(あけるだけでよいということにしてくれ、とねがいでて、ゆるされていたのだった。)

開けるだけでよいということにしてくれ、と願い出て、許されていたのだった。

(そこでいもうととしては、ちちおやがいないときをみはからってははおやをつれていくよりほかに)

そこで妹としては、父親がいないときを見計らって母親をつれていくよりほかに

(ほうほうがなかった。こうふんしたよろこびのこえをあげてははおやはやってきたが、)

方法がなかった。興奮したよろこびの声を挙げて母親はやってきたが、

(ぐれごーるのへやのどあのまえでだまりこんでしまった。はじめはむろんいもうとが)

グレゴールの部屋のドアの前で黙りこんでしまった。はじめはむろん妹が

(へやのなかがばんじちゃんとしているかどうかをけんぶんしたが、つぎにやっと)

部屋のなかが万事ちゃんとしているかどうかを検分したが、つぎにやっと

(ははおやをはいらせた。ぐれごーるはおおいそぎであさぬのをいっそうふかく、またいつもより)

母親を入らせた。グレゴールは大急ぎで麻布をいっそう深く、またいつもより

(しわをたくさんつくってひっかぶった。ぜんたいはじっさいにただぐうぜんそふぁのうえに)

しわをたくさんつくってひっかぶった。全体は実際にただ偶然ソファの上に

(なげられたあさぬののようにみえるだけだった。ぐれごーるはこんども、あさぬののしたで)

投げられた麻布のように見えるだけだった。グレゴールは今度も、麻布の下で

(こっそりようすをうかがうことをやめなかった。こんかいすぐははおやをみることは)

こっそり様子をうかがうことをやめなかった。今回すぐ母親を見ることは

(だんねんした。ただ、ははおやがやってきたことだけをよろこんだ。)

断念した。ただ、母親がやってきたことだけをよろこんだ。

(「いらっしゃいな、みえないわよ」と、いもうとがいった。ははおやのてを)

「いらっしゃいな、見えないわよ」と、妹がいった。母親の手を

(ひっぱっているらしかった。ふたりのかよわいおんながそうとうおもいふるたんすを)

引っ張っているらしかった。二人のかよわい女が相当重い古たんすを

(おきばしょからうごかし、むりをするのではないかとおそれるははおやのいましめのことばを)

置き場所から動かし、無理をするのではないかと恐れる母親のいましめの言葉を

(きこうとしないでいもうとがたえずしごとのだいぶぶんをじぶんのみにひきうけているようすを、)

聞こうとしないで妹がたえず仕事の大部分を自分の身に引き受けている様子を、

(ぐれごーるはきいていた。ひどくじかんがかかった。じゅうごふんもかかったしごとの)

グレゴールは聞いていた。ひどく時間がかかった。十五分もかかった仕事の

(あとで、ははおやはたんすはやっぱりこのへやにおいておくほうがいいのでないか、)

あとで、母親はたんすはやっぱりこの部屋に置いておくほうがいいのでないか、

(といいだした。だいいちに、おもすぎて、ふたりでちちおやのかえってくるまでに)

と言い出した。第一に、重すぎて、二人で父親の帰ってくるまでに

(かたづけることはできないだろう。それでへやのまんなかにたんすがのこることに)

片づけることはできないだろう。それで部屋のまんなかにたんすが残ることに

(なったら、ぐれごーるのうごきまわるのにじゃまになるだろう。だいにに、かぐを)

なったら、グレゴールの動き廻るのにじゃまになるだろう。第二に、家具を

(とりかたづけたらぐれごーるがどうおもうことかわかったものではない。じぶんは)

取り片づけたらグレゴールがどう思うことかわかったものではない。自分は

(いまのままにしておくほうがいいようにおもう。なにもないはだかのかべをながめると、)

今のままにしておくほうがいいように思う。何もない裸の壁をながめると、

(むねがしめつけられるようなきがする。そして、どうしてぐれごーるだって)

胸がしめつけられるような気がする。そして、どうしてグレゴールだって

(そんなきもちがしないはずがあろうか。あのこはずっとへやのかぐに)

そんな気持がしないはずがあろうか。あの子はずっと部屋の家具に

(なれしたしんできたのだから、がらんとしたへやではみすてられてしまったような)

慣れ親しんできたのだから、がらんとした部屋では見捨てられてしまったような

(きがするだろう。「それに、こんなことをしたら」と、さいごにははおやはこえを)

気がするだろう。「それに、こんなことをしたら」と、最後に母親は声を

(ひくめた。それまでも、ほとんどささやくようにものをいって、ぐれごーるが)

低めた。それまでも、ほとんどささやくようにものをいって、グレゴールが

(どこにいるのかはっきりしらないままに、こえのひびきさえもぐれごーるに)

どこにいるのかはっきり知らないままに、声の響きさえもグレゴールに

(きかれることをさけたいとおもっているようであった。ぐれごーるがひとのことばを)

聞かれることを避けたいと思っているようであった。グレゴールが人の言葉を

(ききわけることはできない、とははおやはかくしんしているのだ。「それに、)

聞きわけることはできない、と母親は確信しているのだ。「それに、

(こんなことをしたら、まるでかぐをかたづけることによって、わたしたちが)

こんなことをしたら、まるで家具を片づけることによって、わたしたちが

(あのこのよくなることをまったくあきらめてしまい、あのこのことを)

あの子のよくなることをまったくあきらめてしまい、あの子のことを

(かまわずにほったらかしにしているということをみせつけるようなものじゃ)

かまわずにほったらかしにしているということを見せつけるようなものじゃ

(ないかい?わたしたちがへやをすっかりいぜんのままにしておくようにつとめ、)

ないかい? わたしたちが部屋をすっかり以前のままにしておくように努め、

(ぐれごーるがまたわたしたちのところへもどってきたときに、なんにも)

グレゴールがまたわたしたちのところへもどってきたときに、なんにも

(かわっていないことをみて、それだけたやすくそれまでのことが)

変っていないことを見て、それだけたやすくそれまでのことが

(わすれられるようにしておくことがいちばんいい、とわたしはおもうよ」)

忘れられるようにしておくことがいちばんいい、とわたしは思うよ」

(ははおやのこうしたことばをきいて、ちょくせつのにんげんてきなはなしかけがじぶんに)

母親のこうした言葉を聞いて、直接の人間的な話しかけが自分に

(かけていることが、かぞくのあいだのたんちょうなせいかつとむすびついて、)

欠けていることが、家族のあいだの単調な生活と結びついて、

(このにかげつのあいだにすっかりじぶんのあたまをこんらんさせてしまったにちがいない、)

この二カ月のあいだにすっかり自分の頭を混乱させてしまったにちがいない、

(とぐれごーるはしった。というのは、じぶんのへやがすっかりからっぽに)

とグレゴールは知った。というのは、自分の部屋がすっかり空っぽに

(されたほうがいいなどとまじめにおもうようでは、そうとでもかんがえなければ)

されたほうがいいなどとまじめに思うようでは、そうとでも考えなければ

(ほかにせつめいのしようがなかった。かれはほんとうに、せんぞでんらいのかぐを)

ほかに説明のしようがなかった。彼はほんとうに、先祖伝来の家具を

(いかにもきもちよくおいているこのあたたかいへやをどうくつにかえるつもり)

いかにも気持よく置いているこの暖かい部屋を洞窟に変えるつもり

(なのだろうか。がらんどうになればむろんあらゆるほうこうにしょうがいなく)

なのだろうか。がらんどうになればむろんあらゆる方向に障害なく

(はいまわることができるだろうが、しかしじぶんのにんげんてきなかこをどうじに)

はい廻ることができるだろうが、しかし自分の人間的な過去を同時に

(たちまちすっかりわすれてしまうのではなかろうか。いまはすでにすっかり)

たちまちすっかり忘れてしまうのではなかろうか。今はすでにすっかり

(わすれようとしているのではないだろうか。そして、ながいあいだきかなかった)

忘れようとしているのではないだろうか。そして、長いあいだ聞かなかった

(ははおやのこえだけがやっとかれのこころをしょうきにもどしたのではあるまいか。なにひとつ)

母親の声だけがやっと彼の心を正気にもどしたのではあるまいか。何一つ

(とりのけてはならない。みんなもとのままにのこされていなければならない。)

取りのけてはならない。みんなもとのままに残されていなければならない。

(かぐがじぶんのじょうたいのうえにおよぼすいいえいきょうというものがなくてはならない。)

家具が自分の状態の上に及ぼすいい影響というものがなくてはならない。

(そして、たといかぐがいみもなくはいまわるじゃまになっても、それは)

そして、たとい家具が意味もなくはい廻るじゃまになっても、それは

(そんがいではなくて、おおきなりえきなのだ。)

損害ではなくて、大きな利益なのだ。

(ところが、いもうとのかんがえはざんねんなことにちがっていた。)

ところが、妹の考えは残念なことにちがっていた。

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