フランツ・カフカ 変身㉖

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(「さて、これで?」と、ぐれごーるはじぶんにたずね、)

「さて、これで?」と、グレゴールは自分にたずね、

(くらやみのなかであたりをみまわした。まもなく、じぶんがもう)

暗闇のなかであたりを見廻した。まもなく、自分がもう

(まったくうごくことができなくなっていることをはっけんした。)

まったく動くことができなくなっていることを発見した。

(それもふしぎにはおもわなかった。むしろ、じぶんがこれまでじっさいに)

それもふしぎには思わなかった。むしろ、自分がこれまで実際に

(このかぼそいあしでからだをひきずってこられたことがふしぜんにおもわれた。)

このかぼそい脚で身体をひきずってこられたことが不自然に思われた。

(ともかくわりあいにからだのぐあいはいいようにかんじられた。なるほどからだぜんたいに)

ともかく割合に身体の工合はいいように感じられた。なるほど身体全体に

(いたみがあったが、それもだんだんよわくなっていき、さいごにはすっかり)

痛みがあったが、それもだんだん弱くなっていき、最後にはすっかり

(きえるだろう、とおもわれた。やわらかいほこりにすっかりおおわれているせなかの)

消えるだろう、と思われた。柔らかいほこりにすっかり被われている背中の

(くさったりんごとえんしょうをおこしているぶぶんとは、ほとんどかんじられなかった。)

腐ったリンゴと炎症を起こしている部分とは、ほとんど感じられなかった。

(かんどうとあいじょうとをこめてかぞくのことをかんがえた。)

感動と愛情とをこめて家族のことを考えた。

(じぶんがきえてしまわなければならないのだというかれのかんがえは、)

自分が消えてしまわなければならないのだという彼の考えは、

(おそらくいもうとのいけんよりももっとけっていてきなものだった。こんなふうに)

おそらく妹の意見よりももっと決定的なものだった。こんなふうに

(くうきょなみちたりたものおもいのじょうたいをつづけていたが、ついにとうのとけいが)

空虚なみちたりたもの思いの状態をつづけていたが、ついに塔の時計が

(あさのさんじをうった。まどのそとではあたりがあかるくなりはじめたのを)

朝の三時を打った。窓の外ではあたりが明るくなり始めたのを

(かれはまだかんじた。それから、あたまがいにはんしてすっかりがくりとしずんだ。)

彼はまだ感じた。それから、頭が意に反してすっかりがくりと沈んだ。

(かれのびこうからはさいごのいきがもれてでた。)

彼の鼻孔からは最後の息がもれて出た。

(あさはやくてつだいばあさんがやってきたときーーいくらそんなことをやらないでくれ)

朝早く手伝い婆さんがやってきたときーーいくらそんなことをやらないでくれ

(とたのんでも、ちからいっぱいにおおいそぎでどのどあもばたんばたんとしめるので、)

と頼んでも、力いっぱいに大急ぎでどのドアもばたんばたんと閉めるので、

(このおんながやってくると、いえじゅうのものはもうしずかにねむっていることは)

この女がやってくると、家じゅうの者はもう静かに眠っていることは

(できなかったーーいつものようにちょっとぐれごーるのへやをのぞいたが、)

できなかったーーいつものようにちょっとグレゴールの部屋をのぞいたが、

など

(はじめはべつにいじょうをみとめなかった。ぐれごーるはわざとそんなふうに)

はじめは別に異常をみとめなかった。グレゴールはわざとそんなふうに

(みうごきもしないでよこたわって、ふてくされてみせているのだ、とてつだいばあさんは)

身動きもしないで横たわって、ふてくされて見せているのだ、と手伝い婆さんは

(おもった。かのじょはぐれごーるがありとあらゆるふんべつをもっているものと)

思った。彼女はグレゴールがありとあらゆる分別をもっているものと

(おもっていた。たまたまながいほうきをてにもっていたので、どあのところから)

思っていた。たまたま長い箒を手にもっていたので、ドアのところから

(それでぐれごーるをくすぐろうとした。ところがなんのききめもあらわれないので、)

それでグレゴールをくすぐろうとした。ところがなんのききめも現れないので、

(おこってしまい、ぐれごーるのからだをすこしつついた。かれがなんのていこうもしめさずに)

怒ってしまい、グレゴールの身体を少しつついた。彼がなんの抵抗も示さずに

(ねているところからずるずるとおしやられていったときになってはじめて、)

寝ているところからずるずると押しやられていったときになってはじめて、

(おんなはおかしいな、とおもった。まもなくしんそうをしるとめをまるくし、)

女はおかしいな、と思った。まもなく真相を知ると眼を丸くし、

(おもわずくちぶえのようなおとをだしたが、たいしてそこにとどまってはいず、)

思わず口笛のような音を出したが、たいしてそこにとどまってはいず、

(しんしつのどあをさっとひらいて、おおきなこえでくらやみにむかってさけんだ。)

寝室のドアをさっと開いて、大きな声で暗闇に向って叫んだ。

(「ちょっとごらんなさいよ。のびていますよ。ねていますよ。)

「ちょっとごらんなさいよ。のびていますよ。ねていますよ。

(すっかりのびてしまっていますよ!」)

すっかりのびてしまっていますよ!」

(ざむざふさいはだぶる・べっどのうえにまっすぐにからだをおこし、てつだいばあさんの)

ザムザ夫妻はダブル・ベッドの上にまっすぐに身体を起こし、手伝い婆さんの

(いうことがわかるよりまえに、まずこのおんなにびっくりさせられたきもちを)

いうことがわかるより前に、まずこの女にびっくりさせられた気持を

(しずめなければならなかった。だが、じじょうがのみこめるとふうふは)

しずめなければならなかった。だが、事情がのみこめると夫婦は

(それぞれじぶんのねていたがわからいそいでべっどをおりた。)

それぞれ自分の寝ていた側から急いでベッドを下りた。

(ざむざしはもうふをかたにかけ、ざむざふじんはただねまきのままのすがたででてきた。)

ザムザ氏は毛布を肩にかけ、ザムザ夫人はただ寝巻のままの姿で出てきた。

(ふたりはそんなかっこうでぐれごーるのへやへはいっていった。そのあいだに、)

二人はそんな恰好でグレゴールの部屋へ入っていった。そのあいだに、

(げしゅくにんがやってきていらいぐれーてがねるようになったいまのどあもあけられた。)

下宿人がやってきて以来グレーテが寝るようになった居間のドアも開けられた。

(ぐれーてはぜんぜんねむらなかったように、かんぜんなみじたくをしていた。)

グレーテは全然眠らなかったように、完全な身支度をしていた。

(かのじょのあおいかおも、ねむっていないことをしょうめいしているようにおもわれた。)

彼女の蒼い顔も、眠っていないことを証明しているように思われた。

(「しんだの?」と、ざむざふじんはいって、たずねるように)

「死んだの?」と、ザムザ夫人はいって、たずねるように

(てつだいばあさんをみあげた。とはいってもじぶんでしらべることができるし、)

手伝い婆さんを見上げた。とはいっても自分で調べることができるし、

(またしらべなくともわかることだった。)

また調べなくともわかることだった。

(「そうだとおもいますね」と、てつだいばあさんはいって、それをしょうめいするために)

「そうだと思いますね」と、手伝い婆さんはいって、それを証明するために

(ぐれごーるのしがいをほうきでかなりのきょりおしてやった。ざむざふじんは、)

グレゴールの死骸を箒でかなりの距離押してやった。ザムザ夫人は、

(ほうきをおしとめようとするようなどうさをちょっとみせたが、じっさいには)

箒を押しとめようとするような動作をちょっと見せたが、実際には

(そうはしなかった。)

そうはしなかった。

(「これで」と、ざむざしがいった。「かみさまにかんしゃできる」)

「これで」と、ザムザ氏がいった。「神様に感謝できる」

(かれはじゅうじをきった。さんにんのおんなたちもかれのやるとおりみならった。)

彼は十字をきった。三人の女たちも彼のやるとおり見ならった。

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