江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑪

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問題文

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(まずくすりをぬすみだすひつようがありました。が、それはわけのないことです。)

先ず薬を盗み出す必要がありました。が、それは訳のないことです。

(えんどうのへやをたずねてはなしこんでいれば、そのうちには、べんじょへたつとかなんとか、)

遠藤の部屋を訪ねて話し込んでいれば、その内には、便所へ立つとか何とか、

(かれがせきをはずすこともあるでしょう。そのひまに、みおぼえのあるこうりから、)

彼が席を外すこともあるでしょう。その暇に、見覚えのある行李から、

(ちゃいろのこびんをとりだしさえすればいいのです。えんどうは、しじゅうそのこうりのそこを)

茶色の小瓶を取出しさえすればいいのです。遠藤は、始終その行李の底を

(しらべているわけではないのですから、ふつかやみっかできのつくこともありますまい。)

検べている訳ではないのですから、二日や三日で気の附くこともありますまい。

(たとえまたきづかれたところで、そんなどくやくをもっていることがすでに)

たとえ又気附かれたところで、そんな毒薬を持っていることが既に

(いほうなのですから、おもてざたになるはずもなく、それに、じょうずにやりさえすれば、)

違法なのですから、表沙汰になる筈もなく、それに、上手にやりさえすれば、

(だれがぬすんだのかもわかりはしません。)

誰が盗んだのかも分りはしません。

(そんなことをしないでも、てんじょうからしのびこむほうがらくではないでしょうか。)

そんなことをしないでも、天井から忍び込む方が楽ではないでしょうか。

(いやいや、それはきけんです。せんにもいうように、いつへやのあるじがかえってくるか)

いやいや、それは危険です。先にも云う様に、いつ部屋の主が帰って来るか

(しれませんし、がらすしょうじのそとからみられるしんぱいもあります。だいいち、)

知れませんし、硝子障子の外から見られる心配もあります。第一、

(えんどうのへやのてんじょうには、さぶろうのところのように、いしころでおもしをした、)

遠藤の部屋の天井には、三郎の所の様に、 石塊(いしころ)で重しをした、

(あのぬけみちがないのです。どうしてどうして、くぎづけになっているてんじょういたを)

あの抜け道がないのです。どうしてどうして、釘づけになっている天井板を

(はがしてしのびはいるなんてきけんなことができるものですか。)

はがして忍び入るなんて危険なことが出来るものですか。

(さて、こうしててにいれたこなぐすりを、みずにとかして、はなのびょうきのために)

さて、こうして手に入れた粉薬を、水に溶かして、鼻の病気の為に

(しじゅうひらきっぱなしの、えんどうのおおきなくちへたらしこめば、それでいいのです。)

始終開きっぱなしの、遠藤の大きな口へ垂らし込めば、それでいいのです。

(ただしんぱいなのは、うまくのみこんでくれるかどうかというてんですが、なに、)

ただ心配なのは、うまく呑み込んでくれるかどうかという点ですが、ナニ、

(それもだいじょうぶです。なぜといって、くすりがごくごくしょうりょうで、ときかたをこくしておけば、)

それも大丈夫です。なぜといって、薬が極々少量で、溶き方を濃くして置けば、

(ほんのすうてきでたりるのですから、じゅくすいしているときなら、)

ほんの数滴で足りるのですから、熟睡している時なら、

(きもつかないくらいでしょう。またきがついたにしてもおそらくはきだすひまなんか)

気もつかない位でしょう。又気がついたにしても恐らく吐き出す暇なんか

など

(ありますまい。それから、もるひねがにがいくすりだということも、)

ありますまい。それから、モルヒネが苦い薬だということも、

(さぶろうはよくしっていましたが、たとえにがくともぶんりょうがわずかですし、)

三郎はよく知っていましたが、たとえ苦くとも分量が僅かですし、

(なおそのうえにさとうでもまぜておけば、まんまんしっぱいするきづかいはありません、)

尚その上に砂糖でも混ぜて置けば、万々失敗する気遣いはありません、

(だれにしても、まさかてんじょうからどくやくがふってこようなどとは)

誰にしても、まさか天井から毒薬が降って来ようなどとは

(そうぞうもしないでしょうから、えんどうが、とっさのばあい、そこへきのつくはずは)

想像もしないでしょうから、遠藤が、咄嗟の場合、そこへ気のつく筈は

(ないのです。)

ないのです。

(しかし、くすりがうまくきくかどうか、えんどうのたいしつにたいして、)

しかし、薬がうまく利くかどうか、遠藤の体質に対して、

(おおすぎるかあるいはすくなすぎるかして、ただくもんするだけでしにきらない)

多過ぎるか或いは少な過ぎるかして、ただ苦悶するだけで死に切らない

(というようなことはあるまいか。これがもんだいです、なるほど、そんなことになれば)

という様なことはあるまいか。これが問題です、成程、そんなことになれば

(ひじょうにざんねんではありますが、でも、さぶろうのみにきけんをおよぼすしんぱいはないのです。)

非常に残念ではありますが、でも、三郎の身に危険を及ぼす心配はないのです。

(というのは、ふしあなはもともとどおりふたをしてしまいますし、てんじょううらにも、)

というのは、節穴は元々通り蓋をしてしまいますし、天井裏にも、

(そこにはまだほこりなどたまっていない。ですから、なんのこんせきものこりません。)

そこにはまだ埃など溜っていない。ですから、何の痕跡も残りません。

(しもんはてぶくろでふせいであります。たとえ、てんじょうからどくやくをたらしたことが)

指紋は手袋で防いであります。たとえ、天井から毒薬を垂らしたことが

(わかっても、だれのしわざだかしれるはずはありません。ことにかれとえんどうとは、)

分っても、誰の仕業だか知れる筈はありません。殊に彼と遠藤とは、

(さっこんのこうさいで、うらみをふくむようなあいだがらでないことは、しゅうちのじじつなのですから、)

昨今の交際で、恨みを含む様な間柄でないことは、周知の事実なのですから、

(かれにけんぎのかかるどうりがないのです。いや、そうまでかんがえなくても)

彼に嫌疑のかかる道理がないのです。いや、そうまで考えなくても

(じゅくすいちゅうのえんどうに、くすりのおちてきたほうがくなどが、わかるものではありません。)

熟睡中の遠藤に、薬の落ちて来た方角などが、分るものではありません。

(これが、さぶろうのやねうらで、またへやへかえってから、かんがえだした)

これが、三郎の屋根裏で、又部屋へ帰ってから、考え出した

(むしのいいりくつでした。どくしゃはすでに、たとえいじょうのしょてんがうまくいくとしても、)

虫のいい理窟でした。読者は既に、たとえ以上の諸点がうまく行くとしても、

(そのほかに、ひとつのじゅうだいなさくごのあることにきづかれたこととおもいます。)

その外に、一つの重大な錯誤のあることに気附かれたことと思います。

(が、かれはいよいよじっこうにちゃくしゅするまで、ふしぎにも、すこしもそこへ)

が、彼はいよいよ実行に着手するまで、不思議にも、少しもそこへ

(きがつかないのでした。)

気が附かないのでした。

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