江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑭

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(ところが、そうしてとつおいつかんがえているうちに、はっと、)

ところが、そうしてとつおいつ考えている内に、ハッと、

(あるちめいてきなじじつが、かれのあたまにひらめきました。)

ある致命的な事実が、彼の頭に閃きました。

(「うふふふ・・・」)

「ウフフフ・・・」

(とつぜんさぶろうは、おかしくてたまらないように、しかしねしずまったあたりに)

突然三郎は、おかしくて堪らない様に、しかし寝静まったあたりに

(きをかねながら、わらいだしたのです。)

気を兼ねながら、笑い出したのです。

(「ばかやろう。おまえはなんとよくできたどうけやくしゃだ!おおまじめでこんな)

「馬鹿野郎。お前は何とよく出来た道化役者だ! 大真面目でこんな

(けいかくをもくろむなんて。もうおまえのまひしたあたまには、ぐうぜんとひつぜんのくべつさえ)

計画を目論むなんて。もうお前の麻痺した頭には、偶然と必然の区別さえ

(つかなくなったのか。あのえんどうのおおきくひらいたくちが、いちどれいのふしあなのましたに)

つかなくなったのか。あの遠藤の大きく開いた口が、一度例の節穴の真下に

(あったからといって、そのつぎにもおなじようにそこにあるということが、)

あったからといって、その次にも同じ様にそこにあるということが、

(どうしてわかるのだ。いやむしろ、そんなことはまずありえないではないか」)

どうして分るのだ。いや寧ろ、そんなことは先ずあり得ないではないか」

(それはじつにこっけいきわまるさくごでした。かれのこのけいかくは、すでにそのしゅっぱつてんにおいて、)

それは実に滑稽極まる錯誤でした。彼のこの計画は、既にその出発点に於て、

(いちだいめいもうにおちいっていたのです。しかし、それにしても、かれはどうしてこんな)

一大迷妄に陥っていたのです。しかし、それにしても、彼はどうしてこんな

(わかりきったことをいままできづかずにいたのでしょう。じつにふしぎと)

分り切ったことを今迄気附かずにいたのでしょう。実に不思議と

(いわねばなりません。おそらくこれは、さもりこうぶっているかれのずのうに、)

云わねばなりません。恐らくこれは、さも利口ぶっている彼の頭脳に、

(ひじょうなけっかんがあったしょうこではありますまいか。それはともかく、)

非常な欠陥があった証拠ではありますまいか。それは兎も角、

(かれはこのはっけんによって、いっぽうでははなはだしくしつぼうしましたけれど、)

彼はこの発見によって、一方では甚だしく失望しましたけれど、

(どうじにほかのいっぽうでは、ふしぎなきやすさをかんじるのでした。)

同時に他の一方では、不思議な気安さを感じるのでした。

(「おかげでおれはもう、おそろしいさつじんざいをおかさなくてもすむのだ。)

「お蔭で俺はもう、恐ろしい殺人罪を犯さなくても済むのだ。

(やれやれたすかった」)

ヤレヤレ助かった」

(そうはいうものの、そのよくじつからも、「やねうらのさんぽ」をするたびに、)

そうはいうものの、その翌日からも、「屋根裏の散歩」をするたびに、

など

(かれはみれんらしくれいのふしあなをあけて、えんどうのどうせいをさぐることをおこたりませんでした。)

彼は未練らしく例の節穴を開けて、遠藤の動静を探ることを怠りませんでした。

(それはひとつは、どくやくをぬすみだしたことをえんどうがかんづきはしないかという)

それは一つは、毒薬を盗み出したことを遠藤が勘づきはしないかという

(しんぱいからでもありましたけれど、しかしまた、どうかしてこのあいだのように、)

心配からでもありましたけれど、しかし又、どうかしてこの間の様に、

(かれのくちがふしあなのましたへこないかと、そのぐうぜんをまちこがれていなかったとは)

彼の口が節穴の真下へ来ないかと、その偶然を待ちこがれていなかったとは

(いえません。げんにかれは、いつの「さんぽ」のばあいにも、しゃつのぽけっとから)

云えません。現に彼は、いつの「散歩」の場合にも、シャツのポケットから

(かのどくやくをはなしたことはないのでした。)

かの毒薬を離したことはないのでした。

(ろく)

(あるよるのこと--それはさぶろうが「やねうらのさんぽ」をはじめてから)

ある夜のこと--それは三郎が「屋根裏の散歩」を始めてから

(もうとおかほどもたっていました。とおかのあいだも、すこしもきづかれることなしに、)

もう十日程もたっていました。十日の間も、少しも気附かれる事なしに、

(まいにちなんかいとなく、やねうらをはいまわっていたかれのくしんは、ひととおりではありません。)

毎日何回となく、屋根裏を這い廻っていた彼の苦心は、一通りではありません。

(めんみつなるちゅうい、そんなありふれたことばでは、とてもいいあらわせないような)

綿密なる注意、そんなありふれた言葉では、とても云い現せない様な

(ものでした。--さぶろうはまたしてもえんどうのへやのてんじょううらをうろついていました。)

ものでした。--三郎は又しても遠藤の部屋の天井裏をうろついていました。

(そして、なにかおみくじでもひくようなこころもちで、きちかきょうか、きょうこそは、)

そして、何かおみくじでも引く様な心持で、吉か凶か、今日こそは、

(ひょっとしたらきちではないかな。どうかきちがでてくれますようにと、)

ひょっとしたら吉ではないかな。どうか吉が出てくれます様にと、

(かみにねんじさえしながら、れいのふしあなをあけてみるのでした。)

神に念じさえしながら、例の節穴を開けて見るのでした。

(すると、ああ、かれのめがどうかしていたのではないでしょうか。)

すると、ああ、彼の目がどうかしていたのではないでしょうか。

(いつかみたときとすんぶんたがわないかっこうで、そこにいびきをかいているえんどうのくちが、)

いつか見た時と寸分違わない恰好で、そこに鼾をかいている遠藤の口が、

(ちょうどふしあなのましたへきていたではありませんか。さぶろうは、なんどもめを)

丁度節穴の真下へ来ていたではありませんか。三郎は、何度も目を

(こすってみなおし、またさるまたのひもをぬいて、もくそくさえしてみましたが、)

擦って見直し、又猿股の紐を抜いて、目測さえして見ましたが、

(もうまちがいはありません。ひもとあなとくちとが、まさしくいっちょくせんじょうにあるのです。)

もう間違いはありません。紐と穴と口とが、まさしく一直線上にあるのです。

(かれはおもわずさけびごえをあげそうになったのをやっとこらえました。)

彼は思わず叫声を上げそうになったのをやっと堪えました。

(ついにそのときがきたよろこびと、いっぽうではいいしれぬきょうふと、そのふたつがこうさくした、)

遂にその時が来た喜びと、一方では云い知れぬ恐怖と、その二つが交錯した、

(いっしゅいようのこうふんのために、かれはくらやみのなかで、まっさおになってしまいました。)

一種異様の興奮の為に、彼は暗闇の中で、真っ青になってしまいました。

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