夢野久作 人の顔 2/5
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | てんぷり | 5312 | B++ | 5.4 | 97.1% | 454.4 | 2488 | 74 | 59 | 2024/10/30 |
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問題文
(かつどうがすむころから、かぜがひゅうひゅうふきだしたので、)
活動が済むころから、風がヒュウヒュウ吹き出したので、
(かなりさむい、ほしだらけのよるになった。)
かなり寒い、星だらけの夜になった。
(そのなかをふたりはてをひきあってかえってきたが、)
その中を二人は手を引き合って帰って来たが、
(わかばじょがっこうのよこのひとどおりのたえたせまいとおりへはいると、)
嫩葉(わかば)女学校の横の人通りの絶えた狭い通りへ這入(はい)ると、
(ちえこがふいにたちどまってははおやをひきとめた。)
チエ子が不意に立ち止まって母親を引き止めた。
(そうして、いつもよりもずっとはっきりしたこえを、)
そうして、いつもよりもずっとハッキリした声を、
(たてものとたてもののあいだのくらやみにはんきょうさした。)
建物と建物の間のくら暗(やみ)に反響さした。
(「おかあさん」)
「…おかあさん…」
(ははおやはびっくりしたようにふりかえった。)
母親はビックリしたようにふり返った。
(「なんですかちえこさん」)
「何ですか…チエ子さん…」
(「あそこにおとうさまのおかおがあってよ」)
「あそこに…お父さまのお顔があってよ」
(といいつつちえこは、ちいさなゆびをさしあげて、)
と云いつつチエ子は、小さな指をさし上げて、
(たかいたかいじょがっこうのやねのうえをゆびさした。)
高い高い女学校の屋根の上を指(ゆびさ)した。
(ははおやはぞっとしたらしく、おもわずひいているてにちからをいれてしかりつけた。)
母親はゾッとしたらしく、思わず引いている手に力を入れて叱りつけた。
(「なんです。そんなばからしいこと」)
「何です。そんな馬鹿らしいこと…」
(「いいえおかあさんあれはおとうさまのおかおよ。)
「イイエ…おかあさん…あれはおとうさまのお顔よ。
(ねほらおめめがあって、おはながあって)
ネ…ホラ…お眼々があって、お鼻があって…
(おくちもねねそうしておぼうしも」)
お口も…ネ…ネ…ソウシテお帽子も…」
(「まあきみのわるい。)
「…マア…気味のわるい…。
(おとうさまはおふねにのってせいようへいっていらっしゃるのです。)
お父様はお船に乗って西洋へ行っていらっしゃるのです。
(さはやくいきましょう」)
サ…早く行きましょう」
(「でもあれあんなによくにててよ)
「デモ…アレ…あんなによく肖(に)ててよ…
(ほらおめめのところのほしがいちばんよくひかっててよ」)
ホラ…お眼々のところの星が一番よく光っててよ」
(ははおやはだまって、ちえこのてをぐんぐんひいてあるきだした。)
母親はだまって、チエ子の手をグングン引いてあるき出した。
(ちえこもいっしょにちょこちょこかけだしたが、)
チエ子も一緒にチョコチョコ駈け出したが、
(しばらくするとまた、ふいにくちをききだした。)
暫くすると又、不意に口を利き出した。
(「おかあさま」)
「おかあさま…」
(「なんですか」)
「…何ですか…」
(「あのねおうちのおちゃのまのかべが、)
「アノネ…おうちのお茶の間の壁が、
(こないだのじしんのときにわれているでしょねぎざぎざになって)
こないだの地震の時に割れているでショ…ネ…ギザギザになって…
(あそこにどこかのおじさまやおばさまのかおがあってよ。)
あそこにどこかのオジサマやオバサマの顔があってよ。
(おおきいのやちいさいのや、いくつもならんで)
大きいのや小さいのや、いくつも並んで…
(そうしてねそうしてねまたほうぼうにいくつもひとのかおがあってよ。)
ソウシテネ…ソウシテネ…また方々にいくつも人の顔があってよ。
(おとなりのおくらのかべだの、おうちのだいどころのてんじょうだの、)
お隣りのお土蔵(くら)の壁だの、おうちの台所の天井だの、
(おむかいのごもんのいただの、うめのきのえだだの、)
お向家(むかい)の御門の板だの、梅の木の枝だの、
(このはのかげぼうしだのをよーーくみていると、いろんなひとのかおにみえてきてよ。)
木の葉の影法師だのをヨ――ク見ていると、いろんな人の顔に見えて来てよ。
(きょうおかあさまにみせていただいたかつどうのわるいおうさまでも、)
きょうお母様に見せていただいた活動のわるい王様でも、
(きれいなおねえさまのかおでも、きっとどこかにあってよ。)
綺麗なお姉さまの顔でも、キットどこかにあってよ。
(あしたあしたになったら、あたしきっとあらおかあさまちょっとあそこに」)
明日あしたになったら、あたしキット…アラ…お母さまチョット…あそこに…」
(といいさしてちえこはまたきゅうにははおやのてをひきとめた。)
と云いさしてチエ子は又急に母親の手を引き止めた。
(「ほらあのでんしんばしらのうえに、ちいさなほしがいくつもねね)
「…ホラ…あの電信柱の上に、小さな星がいくつも…ネ…ネ…
(いつもよくうちにいらっしゃるほけんがいしゃのおじさまのかおよ)
いつもよくうちにいらっしゃる保険会社のオジサマの顔よ…
(おかあさまとなかよしのね」)
お母様と仲よしの…ネ…」
(ははおやはぎっくりしたようにたちすくすくんだ。)
母親はギックリしたように立ち竦すくんだ。
(したくちびるをじいとかんでちえこのかおをみおろした。)
下唇をジイと噛んでチエ子の顔を見下した。
(わなわなとふるえるしろいゆびさきで、びんのほつれをなであげながら、)
わなわなとふるえる白い指先で、鬢(びん)のほつれを撫で上げながら、
(おそろしそうにそろそろと、そこいらをみまわしていたが、)
おそろしそうにソロソロと、そこいらを見まわしていたが、
(なんとおもったかとつぜんだしぬけに、)
何と思ったか突然だしぬけに、
(じゃけんにちえこのてをふりはなしてこばしりにかけだした。)
邪慳(じゃけん)にチエ子の手を振り離して小走りに駈け出した。
(「あれおかあさまあまって」)
「アレ…おかあさまア…待って…」
(とちえこもかけだしたが、いしころにつまずいてばったりとたおれた。)
とチエ子も駈け出したが、石ころに躓(つまず)いてバッタリと倒おれた。
(そのまにははおやはおおいそぎでよこちょうへそれてしまった。)
その間(ま)に母親は大急ぎで横町へ外(そ)れてしまった。
(ちえこはひいひいなきながら、おきあがってあとをおいかけた。)
チエ子はヒイヒイ泣きながら、起き上ってあとを追いかけた。
(ないてはたちどまり、はしりだしてはなきしながら、)
泣いては立ち止まり、走り出しては泣きしながら、
(つじつじのかぜにふきちらされていくかのように、いくつもいくつもおかどをまがって、)
辻々の風に吹き散らされて行くかのように、いくつもいくつも御角を曲って、
(ながいことかかってやっと、みおぼえのあるよこちょうのかどまでくると、)
長いことかかってやっと、見おぼえのある横町の角まで来ると、
(おむかいのごもんのくらいけんとうのかげから、まっしろな、こわいかおをさしだして、)
お向家の御門の暗い軒燈(けんとう)の陰から、真白な、怖い顔をさし出して、
(こちらをみているははおやのかおがみつかった。)
こちらを見ている母親の顔が見つかった。
(ちえこはそのままたちどまって、こえたかくなきだした。)
チエ子はそのまま立ち止まって、声高く泣き出した。