夢野久作 いなか、の、じけん 2

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ショートショート集。それぞれ独立したお話です。

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問題文

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(あんまのひるかじ)

按摩《あんま》の昼火事

(ごじゅうばかりになってひとりずまいをしているごけさんが、)

五十ばかりになって一人住居《ずまい》をしている後家《ごけ》さんが、

(ひるすぎにきんじょまでようたしにいってかえってくると、)

ひる過ぎに近所まで用足しに行って帰って来ると、

(あけはなしにしておいたじぶんのうちのざしきのまんなかに、)

開け放しにしておいた自分の家《うち》の座敷のまん中に、

(しりあいのあんまがらむぷのせきゆをまいて)

知り合いの按摩《あんま》がラムプの石油を撒《ま》いて

(ひをつけながら、けむりにむせてにげまよっている)

火を放《つ》けながら、煙に噎《む》せて逃げ迷っている……

(とおもうまもなくとこばしらにいきあたってひっくりかえってしまった。)

と思う間もなく床柱に行き当って引っくり返ってしまった。

(ごけさんは、めんくらった。)

後家さんは、めんくらった。

(「あんまさんがかじかじ」)

「按摩さんが火事火事」

(とおおごえをあげてむらじゅうをはしりまわったので、たちまちひとがよってきて、)

と大声をあげて村中を走りまわったので、忽《たちま》ち人が寄って来て、

(だいじにいたらずにひをけしとめた。きぜつしたあんまはかつぎだされて、)

大事に到らずに火を消し止めた。気絶した按摩は担《かつ》ぎ出されて、

(みずをぶっかけられるとすぐにそせいしたので、)

水をぶっかけられるとすぐに蘇生したので、

(あとからかけつけたちゅうざいじゅんさにひきわたされた。)

あとから駈けつけた駐在巡査に引渡された。

(おおぜいにとりまかれて、じゅんさのまえのじべたにすわったあんまは、)

大勢に取り捲かれて、巡査の前の地べたに坐った按摩は、

(みずばなをこすりこすりこうもうしたてた。)

水洟《みずばな》をこすりこすりこう申し立てた。

(「まったくのできごころでございます。)

「まったくの出来心で御座います。

(こえをかけてみたところがるすだとわかりましたので」)

声をかけてみたところが留守だとわかりましたので……」

(「それからどうしたか」)

「それからどうしたか」

(とじゅんさはえんぴつをなめながらたずねた。みなはしんとなった。)

と巡査は鉛筆を嘗《な》めながら尋ねた。皆はシンとなった。

(「それでだいどころからしのびこみますと、らむぷをさぐりあてましたので、)

「それで台所から忍び込みますと、ラムプを探り当てましたので、

など

(そのせきゆをまいてひをつけましたが、おもいがけなく、)

その石油を撒いて火をつけましたが、思いがけなく、

(うしろのほうからもひがもえだしてあつくなりましたので、)

うしろの方からも火が燃え出して熱くなりましたので、

(うろたえましてあまどはしまっておりますし、でぐちのほうがくはわからず」)

うろたえまして……雨戸は閉まっておりますし、出口の方角はわからず……」

(きいていたれんちゅうがげらげらわらいだしたので、)

きいていた連中がゲラゲラ笑い出したので、

(あんまはふへいらしくしろいめをむいてにらみまわした。)

按摩は不平らしく白い眼を剥《む》いて睨みまわした。

(じゅんさもふきだしそうになりながら、やけにえんぴつをなめまわした。)

巡査も吹き出しそうになりながら、ヤケに鉛筆を舐《な》めまわした。

(「よしよし。わかっとるわかっとる。)

「よしよし。わかっとるわかっとる。

(ところで、どういうわけでひをつけたんか」)

ところで、どういうわけで火を放《つ》けたんか」

(「へえ。それはあのごけめが」)

「ヘエ。それはあの後家めが」

(とあんまはまた、そこいらをにらみまわしつつ、つちのうえでひとひざすすめた。)

と按摩は又、そこいらを睨みまわしつつ、土の上で一膝進めた。

(「あのごけめが、わたしにかたをもませるたんびに、)

「あの後家めが、私に肩を揉《も》ませるたんびに、

(へんなことをいいかけるのでございます。)

変なことを云いかけるので御座います。

(そうしていざとなるとてひどくふりますので、そのへんぽうに」)

そうしてイザとなると手ひどく振りますので、その返報に……」

(「いいえ、ちがいます。まるでうらはらです」)

「イイエ、違います。まるでウラハラです……」

(とぐんしゅうのうしろからごけさんがさけびだした。)

と群集のうしろから後家さんが叫び出した。

(みんなどっとふきだした。じゅんさもおもわずふきだした。)

みんなドッと吹き出した。巡査も思わず吹き出した。

(しまいにはあんままでがいっしょにはらをかかえた。)

しまいには按摩までが一緒に腹を抱えた。

(そのときにやっとごけさんは、いいそこないにきがついたらしく、)

その時にやっと後家さんは、云い損ないに気が付いたらしく、

(きむすめのようにまっかになったが、)

生娘《きむすめ》のように真赤になったが、

(やがてそでにかおをあてるとわーっとなきだした。)

やがて袖に顔を当てるとワーッと泣き出した。

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