江戸川乱歩 D坂⑮

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1 123 6339 S 6.5 96.2% 414.1 2730 105 44 2024/10/22

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問題文

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(わたしはすこしことばをきって、あけちにはつげんのよゆうをあたえた。)

私は少し言葉を切って、明智に発言の余裕を与えた。

(かれのたちばは、このさいなんとかひとこといわないでいられぬはずだ。)

彼の立場は、この際何とか一言云わないでいられぬ筈だ。

(ところが、かれはあいかわらずあたまをかきまわしながら、すましこんでいるのだ。)

ところが、彼は相変らず頭を掻き廻しながら、すまし込んでいるのだ。

(わたしはこれまで、けいいをひょうするいみでかんせつほうをもちいていたのを)

私はこれまで、敬意を表する意味で間接法を用いていたのを

(ちょくせつほうにあらためねばならなかった。)

直接法に改めねばならなかった。

(「きみ、あけちくん、ぼくのいういみがわかるでしょう。うごかぬしょうこが)

「君、明智君、僕のいう意味が分るでしょう。動かぬ証拠が

(きみをゆびさしているのですよ。はくじょうすると、ぼくはまだこころのそこでは、)

君を指さしているのですよ。白状すると、僕はまだ心の底では、

(どうしてもきみをうたがうきになれないのですが、こういうふうにしょうこがそろっていては、)

どうしても君を疑う気になれないのですが、こういう風に証拠が揃っていては、

(どうもしかたがありません。・・・ぼくは、もしやあのながやのうちに、)

どうも仕方がありません。・・・僕は、もしやあの長屋の内に、

(ふといぼうじまのゆかたをもっているひとがないかとおもって、ずいぶんほねをおって)

太い棒縞の浴衣を持っている人がないかと思って、随分骨を折って

(しらべてみましたが、ひとりもありません。それももっともですよ。)

調べて見ましたが、一人もありません。それも尤もですよ。

(おなじぼうじまのゆかたでも、あのこうしにいっちするようなはでなのをきるひとは)

同じ棒縞の浴衣でも、あの格子に一致する様な派手なのを着る人は

(めずらしいのですからね。それに、しもんのとりっくにしても、)

珍しいのですからね。それに、指紋のトリックにしても、

(べんじょをかりるというとりっくにしても、じつにこうみょうで、)

便所を借りるというトリックにしても、実に巧妙で、

(きみのようなはんざいがくしゃでなければ、ちょっとまねのできないげいとうですよ。)

君の様な犯罪学者でなければ、ちょっと真似の出来ない芸当ですよ。

(それから、だいいちおかしいのは、きみはあのしびとのさいくんと)

それから、第一おかしいのは、君はあの死人(しびと)の細君と

(おさななじみだといっていながら、あのばん、さいくんのみもとしらべなんかあったときに、)

幼馴染だといっていながら、あの晩、細君の身許調べなんかあった時に、

(そばできいていて、すこしもそれをもうしたてなかったではありませんか。)

側で聞いていて、少しもそれを申立てなかったではありませんか。

(さて、そうなるとゆいいつのたのみはalibiのうむです。)

さて、そうなると唯一の頼みはAlibiの有無です。

(ところが、それもだめなんです。きみはおぼえていますか、)

ところが、それも駄目なんです。君は覚えていますか、

など

(あのばんかえりみちで、はくばいけんへくるまできみがどこにいたかということを、)

あの晩帰り途で、白梅軒へ来るまで君が何処にいたかということを、

(ぼくはききましたね。きみはいちじかんほど、そのへんをさんぽしていたとこたえたでしょう。)

僕は聞きましたね。君は一時間程、その辺を散歩していたと答えたでしょう。

(たとえ、きみのさんぽすがたをみたひとがあったとしても、さんぽのとちゅうで、)

たとえ、君の散歩姿を見た人があったとしても、散歩の途中で、

(そばやのべんじょをかりるなどはありがちのことですからね。)

蕎麦屋の便所を借りるなどはあり勝ちのことですからね。

(あけちくん、ぼくのいうことがまちがっていますか。どうです。)

明智君、僕のいうことが間違っていますか。どうです。

(もしできるならきみのべんめいをきこうじゃありませんか」)

もし出来るなら君の弁明を聞こうじゃありませんか」

(どくしゃしょくん、わたしがこういってつめよったとき、きじんあけちこごろうは)

読者諸君、私がこういって詰め寄った時、奇人明智小五郎は

(なにをしたとおもいます。めんぼくなさにうつぶしてしまったとでもおもうのですか。)

何をしたと思います。面目なさに俯伏してしまったとでも思うのですか。

(どうしてどうして、かれはまるでいひょうがいのやりかたで、わたしのあらぎもをひしいだのです。)

どうしてどうして、彼はまるで意表外のやり方で、私の荒肝をひしいだのです。

(というのは、かれはいきなりげらげらとわらいだしたのです。)

というのは、彼はいきなりゲラゲラと笑い出したのです。

(「いやしっけいしっけい、けっしてわらうつもりではなかったのですけれど、)

「いや失敬失敬、決して笑うつもりではなかったのですけれど、

(きみはあまりまじめだもんだから」あけちはべんかいするようにいった。「きみのかんがえは)

君は余り真面目だもんだから」明智は弁解する様に云った。「君の考えは

(なかなかおもしろいですよ。ぼくはきみのようなともだちをみつけたことを)

なかなか面白いですよ。僕は君の様な友達を見つけたことを

(うれしくおもいますよ。しかし、おしいことには、きみのすいりはあまりにがいめんてきで、)

嬉しく思いますよ。しかし、惜しいことには、君の推理は余りに外面的で、

(そしてぶっしつてきですよ。たとえばですね。ぼくとあのおんなとのかんけいについても、)

そして物質的ですよ。例えばですね。僕とあの女との関係についても、

(きみは、ぼくたちがどんなふうなおさななじみだったかということを、ないめんてきにしんりてきに)

君は、僕達がどんな風な幼馴染だったかということを、内面的に心理的に

(しらべてみましたか。ぼくがいぜんあのおんなとれんあいかんけいがあったかどうか。)

調べて見ましたか。僕が以前あの女と恋愛関係があったかどうか。

(またげんにかのじょをうらんでいるかどうか。きみにはそれくらいのことが)

又現に彼女を恨んでいるかどうか。君にはそれ位のことが

(すいさつできなかったのですか。あのばん、なぜかのじょをしっていることを)

推察出来なかったのですか。あの晩、なぜ彼女を知っていることを

(いわなかったか、そのわけはかんたんですよ。ぼくはなにもさんこうになるようなことがらを)

云わなかったか、その訳は簡単ですよ。僕は何も参考になる様な事柄を

(しらなかったのです。ぼくは、まだしょうがっこうへもはいらぬじぶんに)

知らなかったのです。僕は、まだ小学校へも入らぬ時分に

(かのじょとわかれたきりなのですからね。もっとも、さいきんぐうぜんそのことがわかって、)

彼女と分れた切りなのですからね。尤も、最近偶然そのことが分って、

(にさんどはなしあったことはありますけれど」)

二三度話し合ったことはありますけれど」

(「では、たとえばしもんのことはどういうふうにかんがえたらいいのですか?」)

「では、例えば指紋のことはどういう風に考えたらいいのですか?」

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