江戸川乱歩 赤い部屋⑩

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長文
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問題文
(こうして、このあんまは、でもそれからいっしゅうかんばかりはむしのいきで)
こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で
(いきていましたが、ついにぜつめいしてしまったのです。)
生きていましたが、遂に絶命してしまったのです。
(わたしのけいかくはみごとにせいこうしました。だれがわたしをうたがいましょう。)
私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。
(わたしはこのあんまをひごろひいきにしてよくよんでいたくらいで、)
私はこの按摩を日頃贔屓にしてよく呼んでいた位で、
(けっしてさつじんのどうきになるようなうらみがあったわけではなく、)
決して殺人の動機になる様な恨みがあった訳ではなく、
(それに、ひょうめんじょうはおとしあなのあるのをさけさせようとして、)
それに、表面上は陥穽(おとしあな)のあるのを避けさせようとして、
(「ひだりへよれ、ひだりへよれ」とおしえてやったわけなのですから、)
「左へ寄れ、左へ寄れ」と教えてやった訳なのですから、
(わたしのこういをみとめるひとはあっても、そのしんせつらしいことばのうらに)
私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に
(おそるべきさついがこめられていたとそうぞうするひとがあろうはずはないのです。)
恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。
(ああ、なんというおそろしくもたのしいゆうぎだったのでしょう。)
ああ、何という恐ろしくも楽しい遊戯だったのでしょう。
(こうみょうなとりっくをかんがえだしたときの、おそらくげいじゅつかのそれにもひってきする、)
巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、
(かんき、そのとりっくをじっこうするときのわくわくしたきんちょう、)
歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、
(そして、もくてきをはたしたときのいいしれぬまんぞく、それにまた、)
そして、目的を果たした時の云い知れぬ満足、それに又、
(わたしのぎせいになったおとこやおんなが、さつじんしゃがめのまえにいるともしらず)
私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず
(ちみどろになってくるいまわるだんまつまのありさま、)
血みどろになって狂い廻る断末魔の光景(ありさま)、
(さいしょのあいだ、それらが、どんなにまあわたしをうちょうてんにしてくれたことでしょう。)
最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にしてくれたことでしょう。
(あるときはこんなこともありました。)
ある時はこんな事もありました。
(それはなつのどんよりとくもったひのことでしたが、)
それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、
(わたしはあるこうがいのぶんかむらとでもいうのでしょう。じゅっけんあまりのせいようかんが)
私はある郊外の文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館が
(まばらにたちならんだところをあるいていました。そして、ちょうどそのなかでも)
まばらに立ち並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも
(いちばんりっぱなこんくりーとづくりのせいようかんのうらてをとおりかかったときです。)
一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。
(ふとみょうなものがわたしのめにとまりました。といいますのは、)
ふと妙なものが私の目に止まりました。といいますのは、
(そのときわたしのはなさきをかすめていきおいよくとんでいったいっぴきのすずめが、)
その時私の鼻先をかすめて勢いよく飛んで行った一匹の雀が、
(そのいえのやねからじめんへひっぱってあったふといはりがねにちょっととまると、)
その家の屋根から地面へ引っ張ってあった太い針金にちょっととまると、
(いきなりはねかえされたようにしたへおちてきて、)
いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、
(そのまましんでしまったのです。)
そのまま死んでしまったのです。
(へんなこともあるものだとおもってよくみますと、)
変なこともあるものだと思ってよく見ますと、
(そのはりがねというのは、せいようかんのとがったやねのちょうじょうにたっている)
その針金というのは、西洋館の尖った屋根の頂上に立っている
(ひらいしんからでていることがわかりました。)
避雷針から出ていることが分りました。
(むろんはりがねにはひふくがほどこされていましたけれど、)
無論針金には被覆が施されていましたけれど、
(いますずめのとまったぶぶんは、どうしたことかそれがはがれていたのです。)
今雀のとまった部分は、どうしたことかそれがはがれていたのです。