江戸川乱歩 赤い部屋⑬

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長文
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問題文
(そこで、わたしはそのだんがいのはしにたって、りょうてをまっすぐにあたまのうえにのばし)
そこで、私はその断崖のはしに立って、両手を真っ直ぐに頭の上に伸ばし
(「いち、に、さん」とおもいきりのこえでどなっておいて、)
「一、二、三」と思い切りの声で怒鳴って置いて、
(ぴょんととびあがると、みごとなこをえがいて、)
ピョンと跳び上がると、見事な弧を描いて、
(さかしまにまえのかいめんへととびこみました。)
さかしまに前の海面へと飛び込みました。
(ぱちゃんとからだがみずについたときに、むねとはらのこきゅうですいとみずをきって、)
パチャンと身体が水についた時に、胸と腹の呼吸でスイと水を切って、
(わずかにさんしゃくもぐるだけで、とびうおのようにむこうのすいめんへからだをあらわすのが)
僅か二三尺潜るだけで、飛魚の様に向こうの水面へ身体を現すのが
(「とびこみ」のこつなんですが、わたしはちいさいじぶんからすいえいがじょうずで、)
「飛び込み」のこつなんですが、私は小さい時分から水泳が上手で、
(この「とびこみ」なんかもあさめしまえのしごとだったのです。)
この「飛び込み」なんかも朝飯前の仕事だったのです。
(そうして、きしからしごけんもはなれたすいめんへくびをだしたわたしは、)
そうして、岸から四五間も離れた水面へ首を出した私は、
(たちおよぎというやつをやりながら、かたてでぶるっとかおのみずをはらって、)
立ち泳ぎというやつをやりながら、片手でブルッと顔の水をはらって、
(「おーい、とびこんでみろ」とともだちによびかけました。)
「オーイ、飛び込んで見ろ」と友達に呼びかけました。
(すると、ともだちはむろんなんのきもつかないで、)
すると、友達は無論何の気もつかないで、
(「よし」といいながら、わたしとおなじしせいをとり、)
「よし」と云いながら、私と同じ姿勢をとり、
(いきおいよくわたしのあとをおってそこへとびこみました。)
勢よく私のあとを追ってそこへ飛び込みました。
(ところが、しぶきをたててうみへもぐったまま、かれはしばらくたっても)
ところが、しぶきを立てて海へ潜ったまま、彼は暫くたっても
(ふたたびすがたをみせないではありませんか・・・。)
再び姿を見せないではありませんか・・・。
(わたしはそれをよきしていました。)
私はそれを予期していました。
(そのうみのそこには、すいめんからいっけんくらいのところにおおきないわがあったのです。)
その海の底には、水面から一間位の所に大きな岩があったのです。
(わたしはまえもってそれをさぐっておき、ともだちのうでまえでは)
私は前もってそれを探って置き、友達の腕前では
(「とびこみ」をやればかならずいっけんいじょうもぐるにきまっている、したがって)
「飛び込み」をやれば必ず一間以上潜るにきまっている、したがって
(このいわにあたまをぶつけるにそういないとみこみをつけてやったしごとなのです。)
この岩に頭をぶつけるに相違ないと見込みをつけてやった仕事なのです。
(ごしょうちでもありましょうが、「とびこみ」のわざはじょうずなものほど、)
御承知でもありましょうが、「飛び込み」の技は上手なもの程、
(このみずをもぐるどがすくないので、わたしはそれにはじゅうぶんじゅくれんしていたものですから、)
この水を潜る度が少ないので、私はそれには十分熟練していたものですから、
(かいていのいわにぶつかるまえにうまくむこうへうきあがってしまったのですが、)
海底の岩にぶつかる前にうまく向こうへ浮き上がってしまったのですが、
(ともだちは「とびこみ」にかけてはまだほんのしろうとだったので、)
友達は「飛び込み」にかけてはまだほんの素人だったので、
(まっさかさまにかいていへつきいって、いやというほど)
真っ逆様に海底へ突き入って、いやという程
(あたまをいわへぶつけたにそういないのです。)
頭を岩へぶつけたに相違ないのです。
(あんのじょう、しばらくまっていますと、かれはぽっかりとまぐろのしがいのように)
案の定、暫く待っていますと、彼はポッカリと鮪の死骸の様に
(かいめんにうきあがりました。そしてなみのまにまにただよっています。)
海面に浮き上がりました。そして波のまにまに漂っています。
(いうまでもなくかれはきぜつしているのです。)
云うまでもなく彼は気絶しているのです。
(わたしはかれをだいてきしにおよぎつき、そのままぶらくへかけもどって、)
私は彼を抱いて岸に泳ぎつき、そのままブ落へ駈け戻って、
(やどのものにきゅうをつげました。)
宿の者に急をつげました。