ツルゲーネフ はつ恋 ⑧

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問題文

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(ご こうしゃくふじんはやくそくどおりははをたずねてきたが、ははのきにいらなかった。)

五 侯爵夫人は約束通り母を訪ねて来たが、母の気に入らなかった。

(わたしはふたりのかいけんのばにいあわさなかったけれど)

私は二人の会見の場に居合わさなかったけれど

(ゆうしょくのときははがちちにものがたったことばによると、あのざせーきなというこうしゃくふじんは、)

夕食の時母が父に物語った言葉によると、あのザセーキナという侯爵夫人は、

(どうもひどくぞくっぽいおんな”ふぁむ・とれ・ヴゅるげーる”らしくおもわれる。)

どうもひどく俗っぽい女”ファム・トレ・ヴュルゲール”らしく思われる。

(あのふじんは、どうぞじぶんのためにせるぎいこうしゃくにうんどうしてくれと)

あの夫人は、どうぞ自分のためにセルギイ侯爵に運動してくれと

(しつこくせがんで、ほとほとははをうんざりさせた。)

しつこくせがんで、ほとほと母をうんざりさせた。

(あのふじんはしょっちゅうなにかしらそしょうやじけんをおこしていてーー)

あの夫人はしょっちゅう何かしら訴訟や事件を起こしていてーー

(それもいやしいきんせんもんだい”ど・ヴぃれーん・ざふえーる・だるじゃん”なのだから)

それも卑しい金銭問題”ド・ヴィレーン・ザフエール・ダルジャン”なのだから

(ーーてっきりとんでもないくわせものにちがいない、といったさんざんのひょうばんだった。)

ーーてっきりとんでもない食わせ者に違いない、といった散々の評判だった。

(それでいながらははは、あのふじんをむすめさんといっしょにあしたのゆうしょくにまねいた、)

それでいながら母は、あの夫人を娘さんと一緒に明日の夕食に招いた、

(といいたした(この”むすめさんといっしょ”ということばをみみにすると、)

と言い足した(この”娘さんと一緒”という言葉を耳にすると、

(わたしははなをさらのなかへつっこまんばかりにした)ーー)

わたしは鼻を皿の中へ突っ込まんばかりにした)ーー

(とにかくあのふじんはとなりどうしではあり、なのあるひとでもあるから、)

とにかくあの夫人は隣どうしではあり、名のある人でもあるから、

(というのがりゆうだった。これにたいしてちちはははに、いまやっとあのおくさんがどういう)

というのが理由だった。これに対して父は母に、今やっとあの奥さんがどういう

(ひとかをおもいだしたとつげた。それによるとちちはわかいころ、)

人かを想い出したと告げた。それによると父は若い頃、

(いまはないざせーきんこうしゃくをしっていた。りっぱなきょういくはあったけれど、)

今は亡いザセーキン侯爵を知っていた。立派な教育はあったけれど、

(うすっぺらなくだらんおとこで、ぱりにながらくいっていたため、”ぱりっこ”)

薄っぺらな下らん男で、パリに長らく行っていたため、”パリっ児”

(とよばれていた。かれはたいそうかねもちだったが、かるたでぜんざいさんをすってしまいーー)

と呼ばれていた。彼は大層金持ちだったが、カルタで全財産をすってしまいーー

(どういうわけだか、まあかねめあてだったらしくもおもえるがーー)

どういうわけだか、まあ金目当てだったらしくも思えるがーー

(とはいええらびさえすれば、もっといいあいてはあったのに(とちちはいいたして、)

とは言え選びさえすれば、もっといい相手はあったのに(と父は言い足して、

など

(つめたいびしょうをもらした)--どこかのしたやくにんのむすめとけっこんして、そのけっこんののち、)

冷たい微笑を漏らした)--どこかの下役人の娘と結婚して、その結婚ののち、

(とうきにてをだして、こんどはかんぜんにはさんしてしまった。)

投機に手を出して、今度は完全に破産してしまった。

(「どうぞあのふじんが、おかねをかしてくれなどといいださなけりゃいいが」)

「どうぞあの夫人が、お金を貸してくれなどと言い出さなけりゃいいが」

(と、はははすかさずいった。「それはおおいにありえることだね」)

と、母はすかさず言った。「それは大いにあり得ることだね」

(と、ちちはへいぜんとしていった。ーー「あのおくさん、ふらんすごをはなすかね?」)

と、父は平然として言った。ーー「あの奥さん、フランス語を話すかね?」

(「それがなってないの」「ふん、まあ、そんなことはどうでもいい。)

「それが成ってないの」「ふん、まあ、そんなことはどうでもいい。

(きみはいま、あのひとのむすめさんもしょうたいしたとかいったね。だれかがいっていたっけが、)

君は今、あの人の娘さんも招待したとか言ったね。誰かが言っていたっけが、

(とてもかわいらしい、きょういくのあるむすめだそうじゃないか」)

とても可愛らしい、教育のある娘だそうじゃないか」

(「へえ!じゃそのむすめさん、おかあさんにになかったわけですのね」)

「へえ!じゃその娘さん、お母さんに似なかったわけですのね」

(「ちちおやにもね」と。ちちはおうじて、--「あのおとこはきょういくこそあったが、)

「父親にもね」と。父は応じて、--「あの男は教育こそあったが、

(しかしあたまがなかったよ」はははほっとためいきをついて、かんがえこんでしまった。)

しかし頭がなかったよ」母はほっと溜息をついて、考え込んでしまった。

(ちちもだまってしまった。わたしはこのかいわのあいだじゅう、ひどくてれくさかった。ー)

父も黙ってしまった。わたしはこの会話の間じゅう、ひどく照れくさかった。ー

(ゆうしょくがすむと、わたしはにわへでていったが、てっぽうはもたなかった。)

夕食が済むと、わたしは庭へ出て行ったが、鉄砲は持たなかった。

(わたしは、”ざせーきんけのにわ”へはちかよるまいとこころにちかったつもりだったが、)

わたしは、”ザセーキン家の庭”へは近寄るまいと心に誓ったつもりだったが、

(うちかちがたいちからにひかされて、ふらふらそのほうへあしがむいてーー)

うち勝ちがたい力に引かされて、ふらふらその方へ足が向いてーー

(しかもそれが、むだではなかった。)

しかもそれが、無駄ではなかった。

(わたしがかきねのそばまでいくかいかないうちに、じないーだのすがたがめにはいったのだ。)

私が垣根のそばまで行くか行かないうちに、ジナイーダの姿が眼に入ったのだ。

(こんどはかのじょひとりだった。)

今度は彼女一人だった。

(りょうてでちいさなほんをささえて、ゆっくりこみちをあるいていた。)

両手で小さな本をささえて、ゆっくり小径を歩いていた。

(むこうはわたしにきづかなかった。わたしはあやうくやりすごしそうになったが、)

向こうはわたしに気づかなかった。私はあやうくやり過ごしそうになったが、

(はっときがついて、せきばらいをした。)

はっと気がついて、咳払いをした。

(かのじょはふりむいたが、たちどまりもしないで、まるいむぎわらぼうしについている)

彼女は振向いたが、立ち止まりもしないで、まるい麦わら帽子についている

(はばのひろいみずいろのりぼんを、かたてではらいのけると、ちらとわたしにめをそそぎ、)

幅の広い水色のリボンを、片手で払いのけると、ちらとわたしに眼を注ぎ、

(かるくほほえんだなり、またもやめをほんへおとしてしまった。)

軽くほほえんだなり、またもや眼を本へ落としてしまった。

(わたしはひさしのついたぼうしをぬいで、しばらくそのばでまよっていたが、)

わたしは庇のついた帽子を脱いで、しばらくその場で迷っていたが、

(やがておもいものおもいにしずみながら、そこをはなれた。--)

やがて重い物思いに沈みながら、そこを離れた。--

(「あのひとにとって、わたしはなんだろう”く・すゅい・じゅ・ぷーる・える”?」)

「あの人にとって、私はなんだろう”ク・スュイ・ジュ・プール・エル”?」

(とわたしは、(どうしたかぜのふきまわしか)ふらんすごでかんがえた。)

とわたしは、(どうした風の吹きまわしか)フランス語で考えた。

(ききおぼえのあるあしおとが、うしろでひびいた。ふりかえってみるとーーこっちへ、)

聞き覚えのある足音が、後ろで響いた。振り返ってみるとーーこっちへ、

(れいのはやいけいかいなあしどりでやってくるのは、ちちだった。)

例の速い軽快な足どりでやってくるのは、父だった。

(「あれがこうしゃくれいじょうかね?」と、ちちがたずねた。「おじょうさんです」)

「あれが侯爵令嬢かね?」と、父が尋ねた。「お嬢さんです」

(「はて、おまえあのひとをしってるのかい?」「けさこうしゃくふじんのところであったんです」)

「はて、お前あの人を知ってるのかい?」「けさ侯爵夫人の所で会ったんです」

(ちちはたちどまったが、きゅうにかかとでくるりとまわると、とってかえしていった。)

父は立ち止まったが、急に踵でくるりと回ると、とって返して行った。

(そして、かきねごしにじないーだとかたをならべるあたりまでいくと、)

そして、垣根越しにジナイーダと肩を並べる辺まで行くと、

(ちちはていねいにえしゃくをした。かのじょもえしゃくをかえしたが、いくぶんびっくりしたようないろを)

父は丁寧に会釈をした。彼女も会釈を返したが、幾分びっくりしたような色を

(かおにうかべて、ほんをしたへおろした。ちちのうしろすがたをみおくっているかのじょのようすが、)

顔に浮かべて、本を下へおろした。父の後姿を見送っている彼女の様子が、

(わたしにはみえた。わたしのちちのふくそうはいつも、とてもりゅうとして、)

わたしには見えた。わたしの父の服装はいつも、とてもりゅうとして、

(どくとくのあじがあって、しかもさっぱりしたものだった。)

独特の味があって、しかもさっぱりしたものだった。

(けれどこのときほどちちのすがたがわたしに、すらりとかっこよくみえたこともなかったし、)

けれどこの時ほど父の姿が私に、すらりと格好よく見えたこともなかったし、

(そのはいいろのぼうしが、こころもちうすくなりかけたまきげのうえに、)

その灰色の帽子が、こころもち薄くなりかけた巻毛の上に、

(すっきりあってみえたこともなかった。)

すっきり合って見えたこともなかった。

(わたしはじないーだのほうへいこうとしたが、かのじょはわたしにはめもくれず、)

わたしはジナイーダの方へ行こうとしたが、彼女はわたしには眼もくれず、

(またほんをうえへあげると、むこうへいってしまった。)

また本を上へあげると、向こうへ行ってしまった。

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