ああ玉杯に花うけて 第三部 4
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問題文
(しはんのせいとはちゅうがくせいがたいやきをくっているのをみててをうってわらった。)
師範の生徒は中学生がたい焼きを食っているのを見て手をうってわらった。
(わらったのがわるいといってさかいせいばんがいしのあめをふらした。)
わらったのが悪いといって阪井生蕃が石の雨を降らした。
(にげさったしはんせいはどうきゅうせいをいんそつしてはるかにちょうしょうした。)
逃げ去った師範生は同級生を引率してはるかに嘲笑した。
(「たいやきかって、あめかって、のらくらするのはうらちゅうちゅう、ちゅうちゅう)
「たい焼き買って、あめ買って、のらくらするのは浦中ちゅう、ちゅうちゅう
(ちゅう、おやちゅうちゅうちゅう」みょうなふしでもってうたいだした。)
ちゅう、おやちゅうちゅうちゅう」妙な節でもってうたいだした。
(するとちゅうがくもおうせんしてうたった。「かんぴじゃくえめえきのどくだ、あんこやる)
すると中学も応戦してうたった。「官費じゃ食えめえ気の毒だ、あんこやる
(からおじぎしろ、たまには、たいでもたべてみろ」このさわぎをきいた)
からおじぎしろ、たまには、たいでも食べてみろ」このさわぎを聞いた
(れいのらっぱそつはさっそくこうちょうにほうこくした。こうちょうはだまってそれをきいていたが)
例のらっぱ卒は早速校長に報告した。校長はだまってそれを聞いていたが
(やがておごそかにいった。「たいやきやにたいきゃくをめいじろ」)
やがておごそかにいった。「たい焼き屋に退却を命じろ」
(いかになることかとびくびくしていたせいとどもはこうちょうのそちにほっとあんしんした、)
いかになることかとびくびくしていた生徒共は校長の措置にほっと安心した、
(たいやきやはすぐにたいきゃくした、だがあわれなるたいやきや!)
たい焼き屋はすぐに退却した、だが哀れなるたい焼き屋!
(いちじかんのうちにすうじゅうのたいがとぶがごとくうれるようなけっこうなばしょは)
一時間のうちに数十のたいが飛ぶがごとく売れるような結構な場所は
(ほかにあるべくもない。かれはよくじつまたもややたいをひいてきた。)
ほかにあるべくもない。かれは翌日またもや屋台をひいてきた。
(それとみたこうちょうはせいとをこうていにあつめた。「たいやきをくうものはげんばつにしょす)
それと見た校長は生徒を校庭に集めた。「たい焼きを食うものは厳罰に処す
(べし」せいとはせんりつした、とそのひのひるめしどきである。せいとはそれぞれに)
べし」生徒は戦慄した、とその日の昼飯時である。生徒はそれぞれに
(べんとうをくいおわったころ、せいばんはやたいをがらがらとこうていにひきこんできた。)
弁当を食いおわったころ、生蕃は屋台をがらがらと校庭にひきこんできた。
(「さあみんなこい、たいやきのおおやすうりだぞ」かれはめりけんこを)
「さあみんなこい、たい焼きの大安売りだぞ」かれはメリケン粉を
(てつのかたにながしこんでおおきなこえでどなった。ひとびとはいちどにあつまった。)
鉄の型に流しこんで大きな声でどなった。人々は一度に集まった。
(「おれにくれ」「おれにも」やけるあいだもまたずにいちどうはめりけんこを)
「おれにくれ」「おれにも」焼ける間も待たずに一同はメリケン粉を
(たいらげてしまった。これがこうちゅうのだいもんだいになった。)
平らげてしまった。これが校中の大問題になった。
(じじいがよこをむいてるすきをうかがってあしをひいてさかさまにころばし、)
じじいが横を向いてるすきをうかがって足を引いてさかさまにころばし、
(あっとひめいをあげてるあいだにやたいをがらがらとひいてきたさかいのはやわざには)
あっと悲鳴をあげてる間に屋台をがらがらとひいてきた阪井の早業には
(だれもかんしんした。わいわいなきながらじじいはがっこうへうったえた。)
だれも感心した。わいわいなきながらじじいは学校へ訴えた。
(たいやきをくったものはわらってかっさいした、くわないものはさかいのらんぼうをひなんした)
たい焼きを食ったものは笑って喝采した、食わないものは阪井の乱暴を非難した
(だがそれはどういうふうにしまつをつけたかはなんぴともしらなかった。)
だがそれはどういう風に始末をつけたかは何人も知らなかった。
(「さかいはばつをくうぞ」みながこううわさしあった、)
「阪井は罰を食うぞ」みながこううわさしあった、
(だがひたすらなんのさたもなかった。それはこうであった。さかいはこうちょうしつによばれた)
だが一向なんの沙汰もなかった。それはこうであった。阪井は校長室によばれた
(「やたいをひきずりこんだのはきみか」「はい、そうです」)
「屋台をひきずりこんだのはきみか」「はい、そうです」
(「なぜそんなことをしたか」「たいやきやがきたためにみながこうそくを)
「なぜそんなことをしたか」「たい焼き屋がきたためにみなが校則を
(おかすようになりますから、みなのゆうわくをふせぐためにぼくがやりました」)
おかすようになりますから、みなの誘惑を防ぐためにぼくがやりました」
(「ほんとうか」「ほんとうです」「よしっ、わかった」さかいがへやをでてからこうちょうは)
「本当か」「本当です」「よしッ、わかった」阪井が室をでてから校長は
(たんそくしていった。「さかいはわるいところもあるが、なかなかよいところもあるよ」)
歎息していった。「阪井は悪いところもあるが、なかなかよいところもあるよ」
(しかしもんだいはそれだけでなかった、ちょうどそのときはだいいっきのしけんであった、)
しかし問題はそれだけでなかった、ちょうどそのときは第一期の試験であった、
(しけん!それはせいとにとってじごくのくるしみである、)
試験! それは生徒に取って地獄の苦しみである、
(もしへいそぜんこんをつんだものがしんでごくらくにゆけるものなら、へいそべんきょうをしている)
もし平素善根を積んだものが死んで極楽にゆけるものなら、平素勉強をしている
(ものはしけんこそごくらくのかんもんである、だがそのひそのひをあそんでくらすものに)
ものは試験こそ極楽の関門である、だがその日その日を遊んで暮らすものに
(とっては、ちょうどなまけものがせっきにろうばいするとおなじもので、)
取っては、ちょうどなまけ者が節季に狼狽すると同じもので、
(いまさらながらじごくのおそろしさをしみじみとしるのである。)
いまさらながら地獄のおそろしさをしみじみと知るのである。
(うらわちゅうがくはこらいのかんとうかたぎのすいとしてごうまいふくつなこうふうをもってめいあるが、)
浦和中学は古来の関東気質の粋として豪邁不屈な校風をもって名あるが、
(このとしのにねんにはどういうわけかきみょうなあくふうがきざしかけた。それは)
この年の二年にはどういうわけか奇妙な悪風がきざしかけた。それは
(とうきょうのちゅうがっこうをらくだいしてしかたなしにうらわへきたたいだせいからのかんせんであった。)
東京の中学校を落第して仕方なしに浦和へきた怠惰生からの感染であった。
(こうしはひとりどんらんなればいっこくらんをなすといった、ひとりのふりょうがあると、)
孔子は一人貪婪なれば一国乱をなすといった、ひとりの不良があると、
(ぜんきゅうがくさりはじめる。かんにんぐということがはやりだした、)
全級がくさりはじめる。カンニングということがはやりだした、
(それはへいそべんきょうをせないものがひとのとうあんをぬすみみたり、あるいはとうしゃしたりして)
それは平素勉強をせない者が人の答案をぬすみみたり、あるいは謄写したりして
(きょうしのめをくらますことである、それにはぜんきゅうのれんらくがやくそくせられ、)
教師の目をくらますことである、それには全級の聯絡がやくそくせられ、
(こうからおつへ、おつからへいへととうあんをかいそうするのであった、もっとこうみょうなさくせんは、)
甲から乙へ、乙から丙へと答案を回送するのであった、もっと巧妙な作戦は、
(なにがしのぶんはなにがしがうけもつと、ぶんたんをさだめる。)
なにがしの分はなにがしが受け持つと、分担を定める。
(このばあいにいつもぎせいしゃとなるのはべんきょうかである。)
この場合にいつもぎせい者となるのは勉強家である。
(たいだのいちだんがべんきょうかをきょうはくしてとうあんのかいそうをふたんせしめる。)
怠惰の一団が勉強家を脅迫して答案の回送を負担せしめる。
(もしおうじなければてっけんがあたまにあまくだりする。)
もし応じなければ鉄拳が頭に雨くだりする。
(たいていがっかにべんきょうなものはわんりょくがよわくなまけものはつよい。)
大抵学課に勉強な者は腕力が弱く怠け者は強い。
(かんにんぐのれんちゅうにいつもきょうはくされながらかんぜんとしておうじなかったのは)
カンニングの連中にいつも脅迫されながら敢然として応じなかったのは
(こういちであった。もっともたくみなのはてづかであった。)
光一であった。もっともたくみなのは手塚であった。
(このひはきかがくのしけんであった。あさのうちにてづかがこういちのそばへきてささやいた)
この日は幾何学の試験であった。朝のうちに手塚が光一のそばへきてささやいた
(「きみ、きょうだけひとつせいばんをたすけてやってくれたまえね」)
「きみ、今日だけ一つ生蕃を助けてやってくれたまえね」
(「いやだ」とこういちはいった。「それじゃせいばんがかわいそうだよ」)
「いやだ」と光一はいった。「それじゃ生蕃がかわいそうだよ」
(「しかたがないさ」「ひとつでもふたつでもいいからね」)
「仕方がないさ」「一つでも二つでもいいからね」
(「ぼくはじぶんのちからでもってひとをたすけることはけっしていといはせんさ、だが、)
「ぼくは自分の力でもって人を助けることは決していといはせんさ、だが、
(せんせいのめをぬすんでこそこそとやるきもちがいやなんだ、わるいことでも)
先生の目をぬすんでこそこそとやる気持ちがいやなんだ、悪いことでも
(こうめいせいだいにやるならぼくはさんせいする、こそこそはぼくにできない、)
公明正大にやるならぼくは賛成する、こそこそはぼくにできない、
(ぜったいにできないよ」「ぎぜんしゃだねきみは」とてづかはいった。)
絶対にできないよ」「偽善者だねきみは」と手塚はいった。
(「なんとでもいいたまえ、ぼくはひれつなことはしたくないからふだんに)
「なんとでもいいたまえ、ぼくは卑劣なことはしたくないからふだんに
(くるしんでべんきょうしてるんだ、きみらはなまけてらくをしてしけんをぱすしようと)
苦しんで勉強してるんだ、きみらはなまけて楽をして試験をパスしようと
(いうんだ、そのほうがりこうかもしらんがぼくにはできないよ」)
いうんだ、その方が利口かも知らんがぼくにはできないよ」
(「きみはこうかいするよ、せいばんはなにをするかしれないからね」こういちはこたえなかった)
「きみは後悔するよ、生蕃はなにをするか知れないからね」光一は答えなかった
(こういちのせきのうしろはせいばんである、こういちがきょうしつにはいったとき、)
光一の席の後ろは生蕃である、光一が教室にはいったとき、
(せいばんはあおいかおをしてだまっていた。きかがくのだいはしごくへいいなのであった、)
生蕃は青い顔をしてだまっていた。幾何学の題は至極平易なのであった、
(こういちはすらすらとかいせつをかいた、かれはたってせんせいのたくじょうにとうあんをのせ)
光一はすらすらと解説を書いた、かれは立って先生の卓上に答案をのせ
(つくえとつくえのあいだをとおってどあぐちへあるいたとき、ちまなこになってかんにんぐのおうえんを)
机と机のあいだを通って扉口へ歩いたとき、血眼になってカンニングの応援を
(まっているいくつかのかおをみた。さかいはあたまをまっすぐにたてたままうごきも)
待っているいくつかの顔を見た。阪井は頭をまっすぐに立てたまま動きも
(しなかった。てづかはこうかつなめをしきりにはたらかせてせんせいのかおを、ちらちらと)
しなかった。手塚は狡猾な目をしきりに働かせて先生の顔を、ちらちらと
(みやってはりんせきのひとのてもとをのぞいていた。)
見やっては隣席の人の手元をのぞいていた。
(「きのどくだなあ」こういちのむねにれんびんのじょうがいっぱいになった。)
「気の毒だなあ」光一の胸に憐愍の情が一ぱいになった。
(かれはじぶんのかいせつがあやまっていないかをたしかめるためにひかえせきへといそいだ。)
かれは自分の解説があやまっていないかをたしかめるために控え席へと急いだ。
(ひとりひとりきょうしつからでてきた、かれらのなかにはあたまをかきかきやってくるものも)
ひとりひとり教室からでてきた、かれらの中には頭をかきかきやってくるものも
(あり、まただいこうみょうをしたかのごとくにこにこしてくるものもあり、)
あり、また大功名をしたかの如くにこにこしてくるものもあり、
(あわただしくはしってきてのーとをひらいてみるものもあった、)
あわただしく走ってきてノートを開いて見るものもあった、
(ひとびとはこういちをかこんでかいせつをきいた、そうしてじぶんのあやまれるをさとって)
人々は光一をかこんで解説をきいた、そうして自分のあやまれるをさとって
(しょげかえるものもありまた、おどりあがってよろこぶものもあった、)
しょげかえるものもありまた、おどりあがって喜ぶものもあった、
(このさわぎのなかにさかいがあおいかおをしてのそりとあらわれた。)
この騒ぎの中に阪井が青い顔をしてのそりとあらわれた。
(「どうした、きみはいくつかいた」とひとびとはさかいにいった。)
「どうした、きみはいくつ書いた」と人々は阪井にいった。
(「かかない」とさかいはちんつうにいった。「ひとつもか」「ひとつも」)
「書かない」と阪井は沈痛にいった。「一つもか」「一つも」
(「なんにもか」「ただこうかいたよ、えんぐんきたらずれいはいすと」)
「なんにもか」「ただこう書いたよ、援軍きたらず零敗すと」
(ひとびとはおどろいてさかいのかおをみつめた、さかいのくちもとにひややかなくしょうがうかんだ)
人々はおどろいて阪井の顔を見詰めた、阪井の口元に冷ややかな苦笑が浮かんだ
(「だれかなんとかすればいいんだ」とてづかがいった。)
「だれかなんとかすればいいんだ」と手塚がいった。
(「ぼくはじぶんのだけがやっとなんだよ」とだれかがいった。)
「ぼくは自分のだけがやっとなんだよ」とだれかがいった。
(「いちばんさきにできたのはだれだ」とてづかがいった。「やなぎだよ」「そうだやなぎだ」)
「一番先にできたのはだれだ」と手塚がいった。「柳だよ」「そうだ柳だ」
(「やなぎはひれつだ、りこしゅぎだ」こえがおわるかおわらないうちにさかいはべんとうばこを)
「柳は卑劣だ、利己主義だ」声がおわるかおわらないうちに阪井は弁当箱を
(ふりあげた。こういちはあっとこえをあげてめのうえにてをあてた、まゆとゆびとのあいだ)
ふりあげた。光一はあっと声をあげて目の上に手をあてた、眉と指とのあいだ
(からちがたらたらとながれた。ちをみたさかいはますますきょうぼうになっていすをりょうてに)
から血がたらたらと流れた。血を見た阪井はますます狂暴になっていすを両手に
(つかんだ。「よせよ、よせ、よせ」ひとびとはそうだちになってさかいをとめた。)
つかんだ。「よせよ、よせ、よせ」人々は総立ちになって阪井をとめた。
(「あんなやつ、ころしてしまうんだ、とめるな、そこのけ」)
「あんなやつ、殺してしまうんだ、とめるな、そこ退け」
(さかいはうわぎをぬぎすててあれまわった、このさわぎのさいちゅうに)
阪井は上衣を脱ぎ捨てて荒れまわった、このさわぎの最中に
(さいけいれいのらっぱそつがやってきた、かれはまんしんのちからでもってさかいをうしろから)
最敬礼のらっぱ卒がやってきた、かれは満身の力でもって阪井を後ろから
(はがいじめにした。「このやろう、きょうこそはしょうちができねえぞ、)
はがいじめにした。「このやろう、今日こそは承知ができねえぞ、
(さああばれるならあばれてみろ、がざんのうでまえをしらしてやらあ」)
さああばれるならあばれて見ろ、牙山の腕前を知らしてやらあ」