目羅博士の不思議な犯罪 五 2 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(いうまでもなく、それは、むこうのまどのきいろいかおのやつに、ぼくがそこにいることを)

云うまでもなく、それは、向うの窓の黄色い顔の奴に、僕がそこにいることを

(しらせるためですが、ぼくのほうからは、けっしてうしろをふりむかぬようにして、あいてに)

知らせる為ですが、僕の方からは、決してうしろを振向かぬ様にして、相手に

(ぞんぶんすきをあたえるくふうをしました。 3じかんもそうしていたでしょうか。)

存分隙を与える工風をしました。  三時間もそうしていたでしょうか。

(はたしてぼくのそうぞうがてきちゅうするかしら。そして、こちらのけいかくがうまく)

果して僕の想像が的中するかしら。そして、こちらの計画がうまく

(そうこうするだろうか。じつにまちどおしい、どきどきする3じかんでした。もうふりむこう)

奏効するだろうか。実に待遠しい、ドキドキする三時間でした。もう振向こう

(か、もうふりむこうかと、しんぼうがしきれなくなって、いくどくびをまわしかけたか)

か、もう振向こうかと、辛抱がし切れなくなって、幾度頸を廻しかけたか

(しれません。が、とうとうそのじきがきたのです。 うでどけいが10じ10ふんを)

知れません。が、とうとうその時機が来たのです。  腕時計が十時十分を

(さしていました。ほう、ほうとふたこえ、ふくろうのなきごえがきこえたのです。ははあ、これが)

指していました。ホウ、ホウと二声、梟の鳴声が聞えたのです。ハハア、これが

(あいずだな、ふくろうのなきごえで、まどのそとをのぞかせるくふうだな。まるのうちのまんなかでふくろうのこえが)

合図だな、梟の鳴声で、窓の外を覗かせる工夫だな。丸の内の真中で梟の声が

(すれば、だれしもちょっとのぞいてみたくなるだろうからな。とさとると、ぼくは)

すれば、誰しもちょっと覗いて見たくなるだろうからな。と悟ると、僕は

(もうちゅうちょせず、いすをたって、まどぎわへちかよりがらすどをひらきました。)

もう躊躇せず、椅子を立って、窓際へ近寄りガラス戸を開きました。

(むかいがわのたてものは、いっぱいにつきのひかりをあびて、ぎんねずいろにかがやいていました。まえにおはなし)

向側の建物は、一杯に月の光をあびて、銀鼠色に輝いていました。前にお話し

(したとおり、それがこちらのたてものと、そっくりそのままのこうぞうなのです。なんという)

した通り、それがこちらの建物と、そっくりそのままの構造なのです。何という

(へんなきもちでしょう。こうしておはなししたのでは、とても、あのきちがいめいた)

変な気持でしょう。こうしてお話ししたのでは、とても、あの気違いめいた

(きもちはわかりません。とつぜん、がんかいいっぱいの、べらぼうにおおきな、かがみのかべが)

気持は分りません。突然、眼界一杯の、べら棒に大きな、鏡の壁が

(できたかんじです。そのかがみに、こちらのたてものが、そのままうつっているかんじです。)

出来た感じです。その鏡に、こちらの建物が、そのまま写っている感じです。

(こうぞうのそうじのうえに、げっこうのようじゅつがくわわって、そんなふうにみせるのです。)

構造の相似の上に、月光の妖術が加わって、そんな風に見せるのです。

(ぼくのたっているまどは、ましょうめんにみえています。がらすどのあいているのも)

僕の立っている窓は、真正面に見えています。ガラス戸の開ているのも

(おなじです。それから、ぼくじしんは・・・・・・おや、このかがみはへんだぞ。ぼくのすがただけ、)

同じです。それから、僕自身は……オヤ、この鏡は変だぞ。僕の姿丈け、

(のけものにして、うつしてくれないのかしら。・・・・・・ふとそんなきもちになるのです。)

のけものにして、写してくれないのかしら。……ふとそんな気持になるのです。

など

(ならないではいられぬのです。そこにみのけもよだつかんせいがあるの)

ならないではいられぬのです。そこに身の毛もよだつ陥穽(かんせい)があるの

(です。はてな、おれはどこにいったのかしら。たしかにこうして、まどぎわにたって)

です。ハテナ、俺はどこに行ったのかしら。確かにこうして、窓際に立って

(いるはずだが。きょろきょろとむこうのまどをさがします。さがさないではいられぬのです)

いる筈だが。キョロキョロと向うの窓を探します。探さないではいられぬのです

(すると、ぼくは、はっと、ぼくじしんのかげをはっけんします。しかし、まどのなかでは)

すると、僕は、ハッと、僕自身の影を発見します。併し、窓の中では

(ありません。そとのかべのうえにです。でんせんようのよこぎから、ほそびきでぶらさがった)

ありません。外の壁の上にです。電線用の横木から、細引でぶら下った

(じぶんじしんをです。 「ああ、そうだったか。おれはあすこにいたのだった」)

自分自身をです。 『アア、そうだったか。俺はあすこにいたのだった』

(こんなふうにはなすと、こっけいにきこえるかもしれませんね。あのきもちはくちでは)

こんな風に話すと、滑稽に聞えるかも知れませんね。あの気持は口では

(いえません。あくむです。そうです。あくむのなかで、そうするつもりはないのに、)

云えません。悪夢です。そうです。悪夢の中で、そうする積りはないのに、

(ついそうなってしまう、あのきもちです。かがみをみていて、じぶんはめをあいて)

ついそうなってしまう、あの気持です。鏡を見ていて、自分は目を開いて

(いるのに、かがみのなかのじぶんが、めをとじていたとしたら、どうでしょう。じぶんも)

いるのに、鏡の中の自分が、目をとじていたとしたら、どうでしょう。自分も

(おなじようにめをとじないではいられなくなるのではありませんか。 で、つまり)

同じ様に目をとじないではいられなくなるのではありませんか。  で、つまり

(かがみのかげといっちさせるために、ぼくはくびをつらずにはいられなくなるのです。むかいがわでは)

鏡の影と一致させる為に、僕は首を吊らずにはいられなくなるのです。向側では

(じぶんじしんがくびをつっている。それに、ほんとうのじぶんが、あんかんとたってなぞ)

自分自身が首を吊っている。それに、本当の自分が、安閑と立ってなぞ

(いられないのです。 くびつりのすがたが、すこしもおそろしくもみにくくもみえないのです。)

いられないのです。  首吊りの姿が、少しも怖しくも醜くも見えないのです。

(えなのです。じぶんもそのうつくしいえになりたいしょうどうをかんじるのです。)

絵なのです。自分もその美しい絵になり度い衝動を感じるのです。

(もしげっこうのようじゅつのたすけがなかったら、めらはかせの、このげんかいなとりっくは、)

若し月光の妖術の助けがなかったら、目羅博士の、この幻怪なトリックは、

(まったくむりょくであったかもしれません。)

全く無力であったかも知れません。

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