野菊の墓 伊藤左千夫 ⑭

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政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描く。夏目漱石が絶賛。

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問題文

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(いつしかつきもたって、わすれもせぬろくがつにじゅうににち、)

いつしか月も経って、忘れもせぬ六月二十二日、

(ぼくがさんじゅつのかいだいにくるしんでかんがえていると、)

僕が算術の解題に苦んで考えて居ると、

(こづかいがさいとうさんおうちからでんぽうです、といってつくえのはしにおいてさった。)

小使が斎藤さんおうちから電報です、と云って机の端へ置いて去った。

(れいのすぐかえれであるから、さっそくしゃかんにはなしをしてそくじつきせいした。)

例のスグカエレであるから、早速舎監に話をして即日帰省した。

(なにごとがおこったかとむねにどうきをはずませてかえってみると、)

何事が起ったかと胸に動悸をはずませて帰って見ると、

(よいやみのうちのありさまはいがいにしずかだ。)

宵闇の家の有様は意外に静かだ。

(だいどころでうちじゅうゆうはんどきであったが、)

台所で家中夕飯時であったが、

(ただそこにははがみえないばかり、なんのかわったようすもない。)

ただそこに母が見えない許り、何の変った様子もない。

(ぼくはだいどころへはかおもださず、すぐとははのねどこへきた。)

僕は台所へは顔も出さず、直ぐと母の寝所へきた。

(あんどんのあかりもうすぐらく、はははひったりまくらについてふせっている。)

行燈の灯も薄暗く、母はひったり枕に就いて臥せって居る。

(「おかあさん、どうかしましたか」)

「お母さん、どうかしましたか」

(「ああまさお、よくはやくかえってくれた。)

「あア政夫、よく早く帰ってくれた。

(いまわたしもおきるからおまえごはんまえならごはんをすましてしまえ」)

今私も起きるからお前御飯前なら御飯を済ましてしまえ」

(ぼくはなんのことかしきりにきになるけれど、)

僕は何のことか頻りに気になるけれど、

(ははがそういうままにそうそうにめしをすましてふたたびははのところへくる。)

母がそういうままに早々に飯をすまして再び母の所へくる。

(はははおびをゆうてふとんのうえにおきていた。)

母は帯を結うて蒲団の上に起きていた。

(ぼくがまえにすわってもただむごんでいる。)

僕が前に坐ってもただ無言でいる。

(みるとはははあめのようななみだをおとしてうつむいている。)

見ると母は雨の様な涙を落して俯向いている。

(「おかあさん、まあどうしたんでしょう」)

「お母さん、まアどうしたんでしょう」

(ぼくのことばにはげまされてはははようやくなみだをふき、)

僕の詞に励まされて母はようやく涙を拭き、

など

(「まさお、かんにんしてくれ・・・たみこはしんでしまった)

「政夫、堪忍してくれ・・・民子は死んでしまった

(わたしがころしたようなものだ・・・」)

私が殺した様なものだ・・・」

(「そりゃいつです。どうしてたみさんはしんだんです」)

「そりゃいつです。どうして民さんは死んだんです」

(ぼくがむちゅうになってといかえすと、はははむせびかえってかおをおさえている。)

僕が夢中になって問返すと、母はむせび返って顔を抑えて居る。

(「しじゅうをきいたら、さだめしひどいおやだとおもうだろうが、)

「始終をきいたら、定めしひどい親だと思うだろうが、

(こらえてくれ、まさお・・・おまえにひとことのはなしもせず、)

こらえてくれ、政夫・・・お前に一言の話もせず、

(たっていやだというたみこをむりにすすめてよめにやったのが、)

たっていやだと言う民子を無理に勧めて嫁にやったのが、

(こういうことになってしまった・・・)

こういうことになってしまった・・・

(たといおんなのほうがとしうえであろうともほんにんどうしがとくしんであらば、)

たとい女の方が年上であろうとも本人同志が得心であらば、

(なにもおやだからとてよけいなくちだしをせなくもよいのに、)

何も親だからとて余計な口出しをせなくもよいのに、

(このははがとしがいもなくおやだてらにいらぬおせわをやいて、)

この母が年甲斐がいもなく親だてらにいらぬお世話を焼いて、

(とりかえしのつかぬことをしてしまった。)

取返しのつかぬことをしてしまった。

(たみこはわたしがてをかけてころしたもおなじ。)

民子は私が手を掛けて殺したも同じ。

(どうぞかんにんしてくれ、まさお・・・わたしはたみこのあとおってゆきたい・・・」)

どうぞ堪忍してくれ、政夫・・・私は民子の跡追ってゆきたい・・・」

(はははもうおいおいおいおいこえをたててないている。)

母はもうおいおいおいおい声を立てて泣いている。

(たみこのしということだけはわかったけれど、なにがなにやらさらにわからぬ。)

民子の死ということだけは判ったけれど、何が何やら更に判らぬ。

(ぼくとてたみこのしときいて、しっしんするほどのおもいであれど、)

僕とて民子の死と聞いて、失神するほどの思いであれど、

(いまめのまえでははのなげきのひととおりならぬをみては、なくにもなかれず、)

今目の前で母の嘆きの一通りならぬを見ては、泣くにも泣かれず、

(ぼくがおろおろしているところへあにふうふがでてきた。)

僕がおろおろしている所へ兄夫婦が出てきた。

(「おかあさん、まあそうないたってしかたがない」といえばははは、)

「お母さん、まアそう泣いたって仕方がない」と云えば母は、

(かまわずになかしておくれなかしておくれというのである、どうしようもない。)

かまわずに泣かしておくれ泣かしておくれと云うのである、どうしようもない。

(そのあいだであによめがわずかにはなすところをきけば、)

その間で嫂が僅かに話す所を聞けば、

(いちかわのそれがしといううちでさきのおとこのきしょうもしれているに)

市川の某という家で先の男の気性も知れているに

(ざいさんもとむらのうちにばいいじょうであり、)

財産も戸村の家に倍以上であり、

(それでむこうからたみこをたってのしょもう、)

それで向うから民子をたっての所望、

(ばいしゃくにんというのもとむらがせわになるひとである、)

媒妁人というのも戸村が世話になる人である、

(ぜひやりたいぜひいってくれということになった。)

是非やりたい是非往ってくれということになった。

(たいこはどうでもいやだという。)

民子はどうでもいやだと云う。

(たみこのいやだというこころはよくわかっているけれど、)

民子のいやだというこころはよく判っているけれど、

(まさおさんのほうはとしもちがいさきのながいことだから、)

政夫さんの方は年も違い先の永いことだから、

(どうでもなにがしのうちへやりたいとは、とむらのひとたちはもちろんしんるいまでのきぼうであった。)

どうでも某の家へやりたいとは、戸村の人達は勿論親類までの希望であった。

(それでいよいよさいとうのおっかさんに)

それでいよいよ斎藤のおッ母さんに

(いけんをしてもらうということにそうだんがきまり、)

意見をして貰うということに相談が極り、

(それでうちのおかあさんがたみこに)

それで家のお母さんが民子に

(いくどいけんをしてもないてばかりしょうちしないから、)

幾度意見をしても泣いてばかり承知しないから、

(とどのつまり、おまえがそうごうじょうはるのも)

とどのつまり、お前がそう剛情はるのも

(まさおのところへきたいかんがえからだろうけれど、)

政夫の処へきたい考えからだろうけれど、

(それはこのははがふしょうちでならないよ、)

それはこの母が不承知でならないよ、

(おまえはそれでもこんどのえんだんがふしょうちか。)

お前はそれでも今度の縁談が不承知か。

(こんなふうにいわれたから、たみこはすっかりじぶんをあきらめたらしく、)

こんな風に言われたから、民子はすっかり自分をあきらめたらしく、

(とうとうみなさまのよいようにといってしょうちをした。)

とうとう皆様のよい様にといって承知をした。

(それからはなにもかもひとのいうなりになって、)

それからは何もかもひとの言うなりになって、

(しもつきなかばにしゅうぎをしたけれど、たみこのこころもちがほんとうのしょうちでないから、)

霜月半ばに祝儀をしたけれど、民子の心持がほんとうの承知でないから、

(むこうでもいくらかいやけになり、)

向うでもいくらかいや気になり、

(たみこはみもちになったが、むつきでおりてしまった。)

民子は身持になったが、六月でおりてしまった。

(あとのひだちがひじょうにわるくついにろくがつじゅうくにちにいきをひきとった。)

跡の肥立ちが非常に悪くついに六月十九日に息を引き取った。

(びょうちゅうぼくにしらせようとのはなしもあったが、)

病中僕に知らせようとの話もあったが、

(いまさらまさおにしらせるかおもないというわけからしらせなかった。)

今更政夫に知らせる顔もないという訣から知らせなかった。

(うちのおかあさんはたみこがまだくちをきくときから、)

家のお母さんは民子が未だ口をきく時から、

(いちかわへいっておって、たみこがいけなくなると、)

市川へ往って居って、民子がいけなくなると、

(もうないてないてなきぬいた。)

もう泣いて泣いて泣きぬいた。

(ひとくちまぜに、たみこはわたしがころしたようなものだ、とばかりいっていて、)

一口まぜに、民子は私が殺した様なものだ、とばかりいって居て、

(いちかわへおいたではどうなるかしれぬというわけから、)

市川へ置いたではどうなるか知れぬという訣から、

(きのうくるまでうちへおくられてきたのだ。)

昨日車で家へ送られてきたのだ。

(はなしさえすればなく、なけばわたしがわるかったわるかったといっている。)

話さえすれば泣く、泣けば私が悪かった悪かったと云って居る。

(だれにもしようがないから、まさおさんのところへでんぽうをうった。)

誰にも仕様がないから、政夫さんの所へ電報を打った。

(たみこもかわいそうだしおかあさんもかわいそうだし、とんだことになってしまった。)

民子も可哀相だしお母さんも可哀相だし、飛んだことになってしまった。

(まさおさん、どうしたらよいでしょう。)

政夫さん、どうしたらよいでしょう。

(あによめのはなしでおおかたはわかったけれど、)

嫂の話で大方は判ったけれど、

(ぼくもどうしてよいやらほとんどとほうにくれた。)

僕もどうしてよいやら殆ど途方にくれた。

(はははもうはんきちがいだ。)

母はもう半気違いだ。

(なにしろここではははのこころをしずめるのがだいいちとはおもったけれど、なぐさめようがない。)

何しろここでは母の心を静めるのが第一とは思ったけれど、慰めようがない。

(ぼくだっていっそきちがいになってしまったらとおもったくらいだから、)

僕だっていっそ気違いになってしまったらと思った位だから、

(ははをなぐさめるほどのきりょくはない。)

母を慰めるほどの気力はない。

(そうこうしているうちにようやくははもすこしおちついてきて、またはなしだした。)

そうこうしている内にようやく母も少し落着いてきて、また話し出した。

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