私はかうして死んだ!五 2 平林初之輔

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勝手に死亡届を出され、生きているのに戸籍上死んだ事になった男の話。

一から五までで一つの話しです。

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問題文

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(わたしはたったひとこといって、じっとめをすえてあいてのひょうじょうをみていた。 にんげんの)

私はたった一言言って、じっと眼をすえて相手の表情を見ていた。  人間の

(ひょうじょうというものが、こうもきゅうげきにがらりといっぺんするものかとわたしはそのときにおもった)

表情というものが、こうも急激にがらりと一変するものかと私はその時に思った

(そうしのおやぶんらしく、ゆうぜんときょせいをはっていたたまむらは、きゅうにまっさおになって、くちびるの)

壮士の親分らしく、悠然と虚勢を張っていた玉村は、急に真っ青になって、唇の

(あたりをけいれんてきにこまかくふるわしながら、まるで、でんきをかけられたように)

あたりを痙攣的に細かくふるわしながら、まるで、電気をかけられたように

(すっくとたちあがった。わたしも、かれがなにかぼうこうをくわえるつもりだろうとおもったので)

すっくと起ち上がった。私も、彼が何か暴行を加えるつもりだろうと思ったので

(はんしゃてきにたちあがったが、かれがたちあがったのは、あまりにひどいおどろきのためで)

反射的に起ち上がったが、彼が起ち上がったのは、あまりにひどい驚きのためで

(けっしてぼうこうをくわえるいしではないことがすぐにわかった。 「わるかった、きみ、)

決して暴行を加える意志ではないことがすぐにわかった。 「悪かった、君、

(ぼくがわるかった。かんにんしてくれたまえ」 こういいながらかれはわたしのまえにとつぜん)

僕が悪かった。堪忍してくれ給え」  こう言いながら彼は私の前にとつぜん

(ひざまずいたので、こんどはわたしのほうがあっけにとられたくらいだった。そうしというような)

跪いたので、今度は私の方があっけにとられたくらいだった。壮士というような

(にんげんのこころのたんじゅんさにわたしはじっさいびっくりしたのだった。 かれはすっかりわたしに)

人間の心の単純さに私はじっさい吃驚したのだった。  彼はすっかり私に

(はなしてくれた。それによると、かれは、ろうどうしゃなかまににんきのあるわたしが・・とうから)

話してくれた。それによると、彼は、労働者仲間に人気のある私が××党から

(りっこうほするときいて、たいへんだとおもい、わたしをしんだことにしておけば、あとでは)

立候補すると聞いて、大変だと思い、私を死んだことにしておけば、後では

(どうせいたずらだということがわかるにしてもいっときりっこうほのてつづきがおくれる)

どうせいたずらだということがわかるにしても一時立候補の手続きがおくれる

(からそのあいだに、じとうのこうほがきせんをせいしてもううんどうをつづけてゆけば、わたしのじばんが)

からその間に、自党の候補が機先を制して猛運動をつづけてゆけば、私の地盤が

(くつがえせるとおもって、あんなたちのわるいきょうげんをしくんだのだという)

くつがえせると思って、あんなたちの悪い狂言を仕組んだのだという

(ことであった。 「きみのいちぞんでやったのか、とうのかんぶもしっているのか?」)

ことであった。 「君の一存でやったのか、党の幹部も知っているのか?」

(とわたしはきょうみをそそられてきいてみた。 「むろんぼくのいちぞんでやったしごとで、だれも)

と私は興味をそそられてきいてみた。 「むろん僕の一存でやった仕事で、誰も

(ほかにはかんけいしゃはありません。もっともせいこうすればほうしゅうをもらうことにはなって)

外には関係者はありません。もっとも成功すれば報酬を貰うことにはなって

(いるんですがね」 「それにしても、ぼくのみもとがよくわかったねえ」)

いるんですがね」 「それにしても、僕の身元がよくわかったねえ」

(「それはきみのつとめているこうじょうでしらべてもらったんです。あのこうじょうではきみの)

「それは君のつとめている工場でしらべて貰ったんです。あの工場では君の

など

(りっこうほをよろこんでいないから、こちらのべんぎをじゅうぶんはかってくれましたよ」)

立候補を喜んでいないから、こちらの便宜を十分はかってくれましたよ」

(「では、あのびょうきでしんだのはだれだい?きみはつみもないにんげんをころしたんでは)

「では、あの病気で死んだのは誰だい? 君は罪もない人間を殺したんでは

(ないか?」 このしつもんをかれはひどくおそれていたとみえてあわててこたえた。)

ないか?」  この質問を彼はひどく恐れていたと見えてあわてて答えた。

(「とんでもない、ちがいます。あれはあさくさでゆきだおれのこうろびょうしゃを)

「飛んでもない、ちがいます。あれは浅草で行き倒れの行路(こうろ)病者を

(ひろってきたんです。ぼくはずいぶんせわをやいて、いしゃにもかけてやりましたよ)

ひろってきたんです。僕はずいぶん世話をやいて、医者にもかけてやりましたよ

(もちろん、もう23にちのじゅみょうしかないとはおもっていたんですがね。ああいう)

もちろん、もう二三日の寿命しかないとは思っていたんですがね。ああいう

(にんげんがひつようならあさくさへんをいちにちかかればいつでもさがしだせますよ。ほんにんもみちばたで)

人間が必要なら浅草辺を一日かかればいつでも探し出せますよ。本人も道ばたで

(のたれじにするよりゃたたみのうえでしんだほうがらくですからくどくですよ」)

野たれ死にするよりゃ畳の上で死んだ方が楽ですから功徳ですよ」

(こうこたえたとき、かれのひたいにはあせがにじんでいた。わたしはかれのことばをほんとうだと)

こう答えたとき、彼の額には汗がにじんでいた。私は彼の言葉をほんとうだと

(おもった。いずれにしてもそのてんをついきゅうするつもりはなかったのでしつもんを)

思った。いずれにしてもその点を追窮するつもりはなかったので質問を

(つづけていった。 「できみはあのかしやにそんなたいびょうにんをひとりでおいといた)

つづけて行った。 「で君はあの貸家にそんな大病人をひとりでおいといた

(のだね?」 「どうもあのひどいはいびょうやみとひとつへやのなかにねることも)

のだね?」 「どうもあのひどい肺病やみと一つ部屋の中に寝ることも

(できませんし、それによる、いえをあけちゃこちらで、あやしまれますからね。)

できませんし、それに夜、家を空けちゃこちらで、あやしまれますからね。

(たまむらというぎめいであのいえをかりて、あのびょうにんをひとりでねかしといたんです」)

玉村という偽名であの家を借りて、あの病人をひとりで寝かしといたんです」

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