風船美人2 渡辺温

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プレイ回数791難易度(5.0) 3289打 長文
毎日気球に通っている異人さんが探している地上の宝とは。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 てんぷり 5789 A+ 6.0 96.4% 541.5 3255 120 46 2024/10/25
2 saty 4421 C+ 4.7 93.6% 691.4 3281 224 46 2024/10/20

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問題文

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(3 よくじつわたしはわざといつもより1かいぶん、つまり1じかんだけおくらせていった。)

3  翌日私はわざと何時もより一回分、つまり一時間だけ遅らせて行った。

(ーーいじんさん、もうのっていらっしゃるわよ。」 とむすめにおしえられるまでもなく)

――異人さん、もう乗っていらっしゃるわよ。」  と娘に教えられる迄もなく

(わたしはきっぷをかいながらそっと、けいききゅうのかごをまたぎかけているせののびた)

私は切符を買いながらそっと、軽気球の籠をまたぎかけている背の延びた

(たいしゃいろのようふくをみてとった、わたしはいそいそとそのあとにしたがった)

岱赭色(たいしゃいろ)の洋服を見てとった、私はいそいそとそのあとに従った

(わたしとせいようじんとのほかに、まるまげにゆったいなかものらしいおんなのひとが、すこしばかり)

私と西洋人との他に、丸髷に結った田舎者らしい女の人が、少しばかり

(あおざめたかおをして、そのつれのちゅうがくせいとふたりでのっていた。 せいようじんはかごの)

蒼ざめた顔をして、その連れの中学生と二人で乗っていた。  西洋人は籠の

(そとへかおをそらしたまま、ぱいぷのたばこをすった。 やがて、)

外へ顔をそらした儘、パイプの煙草を吸った。  やがて、

(あたらしいがすをじゅうまんしたけいききゅうはすなぶくろをおとして、しずかにみをゆすぶりながら)

新しい瓦斯を充満した軽気球は砂袋を落として、静かに身をゆすぶりながら

(じょうとうしはじめた。するとまるまげのおんなのひとはこえをたててちゅうがくせいのかたへしがみついた。)

上騰しはじめた。すると丸髷の女の人は声を立てて中学生の肩へしがみついた。

(そのために、つりあいをはずしたかごがどしんとおおきくかたむいたので、せいようじんも)

そのために、均合をはずした籠がドシンと大きく傾いたので、西洋人も

(おどろいてふりかえった。 せいようじんはぶしょうひげをいっぱいはやしていたが、)

おどろいて振り返った。  西洋人は無精髯を一っぱい生やしていたが、

(それでもつるげえねふのようなやさしいかおであった。そしてうすいちゃいろのめは、)

それでもツルゲエネフのような優しい顔であった。そして薄い茶色の眼は、

(ひょっとしたらうるわしげなひかりをふくんでいるように、わたしはかんじた。)

ひょっとしたら愁(うるわ)しげな光を含んでいるように、私は感じた。

(ーーおろしてくんねえかな!」とまるまげのおんなのひとはなきだしそうになっていった)

――おろしてくんねえかな!」と丸髷の女の人は泣き出しそうになって云った

(ーーだめだよ。いごくからよけいとゆれるんだ。ちっともおっかねえもんかね」)

――駄目だよ。いごくから余計と揺れるんだ。ちっともおっかねえもんかね」

(とちゅうがくせいはうろたえてあいてをしかった。だが、ちゅうがくせいもやっぱり、ぼうばくと)

と中学生は狼狽えて相手を叱った。だが、中学生もやっぱり、茫漠と

(はてしもないてんくうのただなかで、ちいさなかごひとつへみをたくしたことが、そぞろおそろしく)

涯しもない天空のただ中で、小さな籠一つへ身を托したことが、そぞろ恐ろしく

(なってきたにちがいなく、はのねをかちかちならしていた。 ーーじっとして)

なって来たに違いなく、歯の根をカチカチ鳴らしていた。  ――じっとして

(すわっていらっしゃい。もっとたかくあがってしまうと、かえってこわくなくなりますよ」)

坐っていらっしゃい。もっと高く上ってしまうと、却って怖くなくなりますよ」

(とわたしがふたりをなぐさめると、せいようじんはちらりとわたしのほうをみたようであった。)

と私が二人をなぐさめると、西洋人はちらりと私の方を見たようであった。

など

(けいききゅうはそれをけいりゅうするつなのながさだけあがりつくして、さてとまった。そらのうえの)

軽気球はそれを繋留する綱の長さだけ上りつくして、さて止った。空の上の

(ことだから、どんなひよりにしても、かならずめにみえないかぜがながれていて、わたくしどもも)

ことだから、どんな日和にしても、必ず目に見えない風が流れていて、私共も

(それにしたがってみぎやひだりにたしょうはゆられるのであった。いなかのおんなのひととちゅうがくせいとは)

それに従って右や左に多少は揺られるのであった。田舎の女の人と中学生とは

(すっかりゆうきをなくしてしまって、かごのそこにすわったままとうとうおきあがろうと)

すっかり勇気をなくしてしまって、籠の底に坐ったまま到頭起き上がろうと

(しなかった。 せいようじんは、うわぎのしたへななめにかけたかわのさっくからそうがんきょうを)

しなかった。  西洋人は、上衣の下へ斜めに懸けた革のサックから双眼鏡を

(とりだしてげかいをながめた。けれどもそれはたんなるふうこうのみはらしがもくてきではなく、)

とり出して下界を眺めた。けれどもそれは単なる風光の見晴しが目的ではなく、

(まさしくなにかさがしものをしているのであった。ほそながいゆびをいらだたしげにふるわせて、)

正しく何か探し物をしているのであった。細長い指を苛立たしげに慄わせて、

(いくどとなくしょうてんをかえては、いつまでも、いつまでも、だいとうきょうのしがいのひょうにきざまれた)

幾度となく焦点を更えては、何時迄も、何時迄も、大東京の市街の表に刻まれた

(ひとつひとつのものかげをたんねんにあさるつもりらしかった。 わたしは、じぶんのたのしみをまったく)

一つ一つの物蔭を丹念に漁るつもりらしかった。  私は、自分の娯しみを全く

(なおざりにして、ひたすらせいようじんのたいどをぬすみみた。だが、)

等閑(なおざり)にして、ひたすら西洋人の態度をぬすみみた。だが、

(そのつぁいすのせいこうなれんずのもくひょうが、はたしてどのけんとうであるかさえ、)

そのツァイスの精巧なレンズの目標が、果してどの見当であるかさえ、

(かいもくすいりょうもつかなかった。 ーーいったいぜんたいどんなじょうけいをこのぶりきと)

皆目推量もつかなかった。  ――一体全体どんな情景をこのブリキと

(かんなくずのみやこからてきしゅつしようとこころみているのかしら?・・・・・・)

カンナ屑の都から摘出しようとこころみているのかしら?……

(そのよくじつも、わたしはせいようじんといっしょにふうせんへのった。せいようじんはやはりそうがんきょうばかり)

その翌日も、私は西洋人と一緒に風船へ乗った。西洋人は矢張り双眼鏡ばかり

(のぞいた。 そしてさらに、そのよくじつもまったくおなじことがくりかえされた。)

覗いた。  そして更に、その翌日も全く同じ事が繰り返された。

(そのつぎのひも。 つぎのひも。・・・・・・・・・・・・)

その次の日も。  次の日も。…………

(4 わたしのこうきしんはかそくどてきにふくれあがって、ついにはこのせいようじんはどこかの)

4  私の好奇心は加速度的に膨れ上って、遂にはこの西洋人は何処かの

(ぐんじたんていではないかしらというよういならぬかそうまではってんしていった。こうなると)

軍事探偵ではないかしらと云う容易ならぬ仮想迄発展して行った。こうなると

(もはやわたしいっこのふうせんにたいするあどけないきょうみなぞはこころのすみに)

最早や私一個の風船に対するあどけない興味なぞは心の隅に

(おいこめられてしまった。 せいようじんのほうでも、わたしをいぶかしくおもったにちがいない。)

追い込められてしまった。  西洋人の方でも、私を訝しく思ったに違いない。

(いちにち、せいようじんはためらいながらくちをあいた。 ーーまいにちおなじじかんに)

一日、西洋人はためらいながら口を開いた。  ――毎日同じ時間に

(おめにかかりますね。」 ーーしごとのつごうでこれいじょうはやくは)

お目にかかりますね。」  ――為事(しごと)の都合でこれ以上早くは

(こられないのです。」とわたしはこたえた。 ーーけいききゅうをそれほどおすきですか?」)

来られないのです。」と私は答えた。  ――軽気球をそれ程お好きですか?」

(ーーそうです。けいききゅうからながめたけしきはどんなじょうずなふうけいがよりも)

――そうです。軽気球から眺めた景色はどんな上手な風景画よりも

(うつくしいとおもいます。」 ーーてんごくによりちかいせいで、ちじょうのすべてのよごれが)

美しいと思います。」  ――天国により近いせいで、地上のすべての汚れが

(きよめられてみえるかもしれませんね。」そういってせいようじんはびしょうした。)

浄められて見えるかも知れませんね。」そう云って西洋人は微笑した。

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