風船美人3 渡辺温

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毎日気球に通っている異人さんが探している地上の宝とは。

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問題文

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(わたしはおもいきってききかえした。 ーーそれでは、あなたのまいにちさがしていられる)

私は思い切って訊き返した。  ――それでは、あなたの毎日探して居られる

(ひみつについておしえてください。」 するとせいようじんはたちまちろうばいした。)

秘密について教えて下さい。」  すると西洋人は忽ち狼狽した。

(ーーいやいや、これだけはうっかりおはなしするわけにまいりません、)

――いやいや、これだけはうっかりお話しするわけに参りません、

(そう、しいていうならばちじょうのたからです。は、は、は、は・・・・・・」 かれはそれから)

そう、しいて云うならば地上の宝です。は、は、は、は……」  彼はそれから

(ふいとおこったようなかおをして、くるりとせなかをむけると、ふたたびそうがんきょうを)

ふいと慍(おこ)ったような顔をして、くるりと背中を向けると、再び双眼鏡を

(のぞきはじめた。 だが、そのあとまもなく、わたしはとほうもないふとくなごかいを、)

覗きはじめた。  だが、その後間もなく、私は途方もない不徳な誤解を、

(せいようじんにたいしていだいていることをしるにいたった。 ぐんじたんていなぞというものは)

西洋人に対して抱いていることを知るに致った。  軍事探偵なぞと云うものは

(うちきなつるげえねふのようなかおをしていたり、またそんなこどものうんどうぼうし)

内気なツルゲエネフのような顔をしていたり、またそんな子供の運動帽子

(みたいなしきさいをしたかぜふねにのっていたりするものではないーーとわたしは、こころのうち)

みたいな色彩をした風船に乗っていたりするものではない――と私は、心のうち

(でひそかにくやんだことであった。)

でひそかにくやんだことであった。

(5 かいき3かげつのはくらんかいもおわりにちかづくと、きせつはだんだんつゆどきへ)

5  開期三ヶ月の博覧会も終りに近づくと、季節はだんだん梅雨時へ

(かかってきた。あめがふればもちろんけいききゅうはあがらなかった。そしてわたしはしめった)

かかって来た。雨が降れば勿論軽気球は上がらなかった。そして私はしめった

(ふけんこうないえのなかで、まるではごろもをうしなったてんじんのように、みじめにおしつぶされて)

不健康な家の中で、まるで羽衣を失った天人のように、みじめに圧しつぶされて

(しょざいなくねころんでいるばかりであった。 あさのなかはうすびがあたっていても、)

所在なく寝ころんでいるばかりであった。  朝の中は薄日が当っていても、

(ごごになってうっとうしいつゆぞらにかわって、やがてびしょびしょとふりはじめると、)

午後になって欝陶しいつゆ空に変って、やがてビショビショと降り初めると、

(けいききゅうはせっかくでかけていったわたくしどものまえでかなしくつぼんでしまうようなことさえ)

軽気球は折角出かけて行った私共の前で悲しくつぼんでしまうようなことさえ

(いくどかあった。わたしとせいようじんとは、あきらめがたく、ながいあいだどんなちいさなくものきれめでも)

幾度かあった。私と西洋人とは、諦め難く、永い間どんな小さな雲の切れ目でも

(みつけだそうとしてまちあぐんだはてに、いよいよほんふりになったあめのなかをおたがいに)

見付け出そうとして待ちあぐんだ果に、いよいよ本降りになった雨の中をお互に

(なぐさめあうようなくしょうをもらしながらかたをならべてかえった。 かれがすふぃんくす)

慰さめ合うような苦笑を洩しながら肩をならべて帰った。  彼がスフィンクス

(であったにしても、わたくしどもはともかくそのくらいのしんみつなていさいにはいきおいならざるを)

であったにしても、私共はともかくその位の親密な体裁にはいきおいならざるを

など

(えなかった。みはえるなにがしというかれのなまえもわたしはおぼえた。 そのひもひどく)

得なかった。ミハエル某と云う彼の名前も私はおぼえた。  その日もひどく

(おぼつかないそらもようで、てんきよほうもうてんをほうじているのにかかわらずみれんがましく)

覚束ない空模様で、天気予報も雨天を報じているのに拘らず未練がましく

(でかけていったわたしが、でんしゃをおりたときにはすでに、きりさめがしんしんとしのばずのいけの)

出かけて行った私が、電車を降りた時にはすでに、霧雨がしんしんと不忍池の

(めんをこめてふっていた。わたしはれいんこおとのえりをたて、いけのふちにあるからたちの)

面をこめて降っていた。私はレインコオトの襟を立て、池の縁にあるからたちの

(かきねのまえにぼんやりたたずんだが、すぐにでんしゃみちにそっていろのあせたはくらんかいのせいもんの)

垣根の前にぼんやり佇んだが、すぐに電車道に沿って色の褪せた博覧会の正門の

(ほうから、ようがさをあみだにかたむけながら、わたしのほうへむかってあるいてくる)

方から、洋傘を阿弥陀に傾けながら、私の方へ向かって歩いて来る

(わがみはえるのすがたがめにはいった。せんぽうではわたしにきがついたらしく、いつも)

我がミハエルの姿が目に入った。先方では私に気がついたらしく、何時も

(するようにやさしくびしょうしてうなずいてみせた。 わたくしどもはいっぽんのかさにはいって)

するように優しく微笑してうなずいて見せた。  私共は一本の傘に入って

(やましたのほうへでた。 ーーこんやおひまですか?」とみはえるはふと)

山下の方へ出た。  ――今夜おひまですか?」とミハエルはふと

(そんなことをきいた。 ーーええ、べつに。」とわたしはこたえた。)

そんなことを訊いた。  ――ええ、別に。」と私は答えた。

(ーーそれでは、こんばんはおさけをのみましょう。」 ーーいいですね。」)

――それでは、今晩はお酒を飲みましょう。」  ――いいですね。」

(わたしはかれのとうとつなことばにいささかおどろいたが、かれとひとばんさけをのんでいろいろかたりあう)

私は彼の唐突な言葉に些か驚いたが、彼と一晩酒をのんでいろいろ語り合う

(ことはもとよりねがうところであった。 わたくしどもはそれから、ほどちかいこうがいにある)

ことはもとより願うところであった。  私共はそれから、程近い郊外にある

(わたしのこころやすいちいさなさかばへいった。あめがふっているし、がくせいはおおかたしけん)

私の心やすい小いさな酒場へ行った。雨が降っているし、学生は大方試験

(さいちゅうだし、さかばはしずかであった。 わたくしどもは、かわいいおとこがりのあたまをした)

最中だし、酒場は静かであった。  私共は、可愛い男刈りの頭をした

(おんなのこに、われわれがえくぼういすきいとよんでいるまずじょうとうのしゅるいのういすきいを)

女の子に、我々がえくぼウイスキイと呼んでいる先ず上等の種類のウイスキイを

(あつらえてのんだ。 ーーあしたもあめでしょうか?」とわたしがいえば、)

誂えて飲んだ。  ――あしたも雨でしょうか?」と私が云えば、

(ーーあやしいもんですね。」とみはえるはこたえた ーーはくらんかいもあと)

――怪しいもんですね。」とミハエルは答えた  ――博覧会もあと

(いっしゅうかんきりですが、うんがわるいとこれっきりはれずにしまうかもしれませんな。」)

一週間きりですが、運が悪いとこれっきり晴れずにしまうかも知れませんな。」

(ーーああ!」みはえるは、なんばいめかのぐらすをいっきにのみほして、)

――ああ!」ミハエルは、何杯目かのグラスを一気に飲み干して、

(おおきなためいきをはいた。 ーーで、けっきょくあなたのちじょうのたからとやらはみつからない)

大きな溜息を吐いた。  ――で、結局あなたの地上の宝とやらは見つからない

(のですか?」とわたしはきりだした。 するとみはえるのめに、きゅうにおおきななみだが)

のですか?」と私は切り出した。  するとミハエルの眼に、急に大きな泪が

(あふれて、それがしろいなめらかなほおをつたって、ぼうぼうたるひげのなかへながれこんだ。)

溢れて、それが白い滑かな頬を伝って、茫々たる髯の中へ流れ込んだ。

(ーーよっぱらいましたね。」とわたしはわらった。 ーーよっぱらいました、)

――酔っぱらいましたね。」と私は笑った。  ――酔っぱらいました、

(そこでわたしはわたしのちじょうのたからについて、いよいよあなたにおはなししてさしあげようと)

そこで私は私の地上の宝について、いよいよあなたにお話して差し上げようと

(おもうのです。」とかれはいった。 ーーありがとう。もういっぱいおあがりなさい。」)

思うのです。」と彼は云った。  ――有難う。もう一杯おあがりなさい。」

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