異妖編「新牡丹燈記」3 岡本綺堂
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問題文
(なんでもしょうがつのくらいばんでしたが、やはりよふけに)
なんでも正月の暗い晩でしたが、やはり夜ふけに
(となりのとをたたくおとがきこえる、わたしはめざといもんですから、なにごとかとおもって)
隣りの戸を叩く音がきこえる、わたしは眼ざといもんですから、何事かと思って
(おきてでると、さむらいらしいひとがとなりのおかみさんをよびだしてなにかはなしている)
起きて出ると、侍らしい人が隣りのおかみさんを呼出して何か話している
(ようでしたが、やがてそのままたちさってしまったので、わたしもそのままに)
ようでしたが、やがてそのまま立去ってしまったので、わたしもそのままに
(ねてしまいました。すると、あくるひになって、となりのおさださんがうちのむすめに)
寝てしまいました。すると、あくる日になって、となりのお貞さんが家の娘に
(こんなことをはなしたそうです。わたしはゆうべぐらいこわかったことはない。)
こんなことを話したそうです。わたしはゆうべぐらい怖かったことはない。
(なんでもくらいおほりはしのようなところをあるいていると、ひとりのおさむらいがでてきて、)
なんでも暗いお堀端のようなところを歩いていると、ひとりのお侍が出て来て、
(いきなりかたなをぬいてきりつけようとする。にげても、にげても、おっかけてくる)
いきなり刀をぬいて斬りつけようとする。逃げても、逃げても、追っかけてくる
(それでもいっしょうけんめいにいえまでにげてかえって、おもてぐちからころげるようにかけこんで、)
それでも一生懸命に家まで逃げて帰って、表口から転げるように駈け込んで、
(まあよかったとおもうとゆめがさめた。そんならゆめであったのか。どうしてこんな)
まあよかったと思うと夢がさめた。そんなら夢であったのか。どうしてこんな
(こわいゆめをみたのかとおもうとたんに、おもてのとをたたくおとがきこえて、おっかさんが)
怖い夢を見たのかと思う途端に、表の戸を叩く音がきこえて、おっ母さんが
(でてみると、おもてにはひとりのおさむらいがたっていて、そのひとのいうには、いまここへくる)
出てみると、表には一人のお侍が立っていて、その人のいうには、今ここへくる
(とちゅうでおうらいのまんなかにひのたまのようなものがころげあるいているのをみた・・・・・・。」)
途中で往来のまん中に火の玉のようなものが転げあるいているのを見た……。」
(きいているにょうぼうはまたもむねのどうきがたかくなった。ていしゅはひといきついてまた)
聞いている女房はまたも胸の動悸が高くなった。亭主は一と息ついてまた
(はなしだした。 「そこでそのおさむらいは、きっときつねかたぬきがおれをばかすにそういないと)
話し出した。 「そこでそのお侍は、きっと狐か狸がおれを化かすに相違ないと
(おもって、かたなをぬいておいまわしているうちに、そのひのたまはちゅうをとんでここの)
思って、刀を抜いて追いまわしているうちに、その火の玉は宙を飛んでここの
(うちへはいった。ほんとうのひのたまか、ばけものか、それはもちろんわからないが、なにしろ)
家へはいった。ほんとうの火の玉か、化物か、それは勿論判らないが、なにしろ
(ここのうちへとびこんだのをたしかにみとどけたから、ねんのためにことわっておくとかいう)
ここの家へ飛び込んだのを確かに見届けたから、念のために断って置くとかいう
(のだそうです。となりのうちでもきみわるがって、すぐにそこらをあらためてみたが、)
のだそうです。となりの家でも気味悪がって、すぐにそこらを検めてみたが、
(べつにあやしいようすもないので、おさむらいにそういうと、そのひともあんしんしたようすで、)
別に怪しい様子もないので、お侍にそう言うと、その人も安心した様子で、
(それならばいいといってかえった。おさださんもおくでそのはなしをきいていたので、)
それならばいいと言って帰った。お貞さんも奥でその話を聞いていたので、
(ねどこからぬきだしてそっとおもてをのぞいてみると、みせさきにたっているひとはじぶんが)
寝床から抜出してそっと表をのぞいてみると、店先に立っている人は自分が
(たったいま、ゆめのなかでおいまわされたさむらいそのままなのでおもわずこえをあげたくらいに)
たった今、夢の中で追いまわされた侍そのままなので思わず声をあげたくらいに
(おどろいたそうです。 おさださんはうちのむすめにそのはなしをして、これがほんとうのまさゆめ)
驚いたそうです。 お貞さんは家の娘にその話をして、これがほんとうの正夢
(というのか、なにしろうまれてからあんなにこわいおもいをしたことはなかったと)
というのか、なにしろ生れてからあんなに怖い思いをしたことはなかったと
(いったそうですが、おさださんよりも、それをきいたもののほうがいちばいきみがわるく)
言ったそうですが、お貞さんよりも、それを聞いた者の方が一倍気味が悪く
(なりました。そのひのたまというのはいったいなんでしょう。おさださんがねむっている)
なりました。その火の玉というのは一体なんでしょう。お貞さんが眠っている
(あいだに、そのたましいがしぜんにぬけだしていったのでしょうか。それいらい、うちのむすめは)
あいだに、その魂が自然にぬけ出して行ったのでしょうか。それ以来、家の娘は
(なんだかこわいといって、おさださんとはなるたけつきあわないようにしている)
なんだか怖いといって、お貞さんとはなるたけ附合わないようにしている
(くらいです。そういうわけですから、こんやのぼんどうろうもやっぱりおさださんかも)
くらいです。そういうわけですから、今夜の盆燈籠もやっぱりお貞さんかも
(しれませんね。こぞうさんがいしをぶつけたというから、おさださんのうちのぼんどうろうが)
知れませんね。小僧さんが石をぶつけたというから、お貞さんの家の盆燈籠が
(やぶれてでもいるか、それともおさださんのからだになにかきずでもついているか、)
破れてでもいるか、それともお貞さんのからだに何か傷でもついているか、
(あしたになったらそれとなくさぐってみましょう。」 こんなはなしをきかされて、)
あしたになったらそれとなく探ってみましょう。」 こんな話を聞かされて、
(にょうぼうもいよいよこわくなったが、まさかに、ここのいえにとめてもらうわけにも)
女房もいよいよ怖くなったが、まさかに、ここの家に泊めてもらうわけにも
(いかないので、ていしゅにはあつくれいをいって、こわごわながらここをでた。)
いかないので、亭主にはあつく礼をいって、怖々ながらここを出た。
(うちへかえりつくまでにふたたびひのたまにもぼんどうろうにもであわなかったが、かれのきものは)
家へ帰り着くまでに再び火の玉にも盆燈籠にも出逢わなかったが、かれの着物は
(ひやあせでしぼるようにぬれていた。 それから2、3にちごに、かめだやのにょうぼうは)
冷汗でしぼるようにぬれていた。 それから二、三日後に、亀田屋の女房は
(ここをとおって、このあいだのれいながらにたばこやのみせへたちよると、ていしゅは)
ここを通って、このあいだの礼ながらに煙草屋の店へ立寄ると、亭主は
(こごえでいった。 「まったくそういありません。となりのいえのきりこは、いしでも)
小声で言った。 「まったく相違ありません。隣りの家の切子は、石でも
(あたったようにやぶれていて、だれがこんないたずらをしたんだろうと、おかみさんが)
当ったように破れていて、誰がこんないたずらをしたんだろうと、おかみさんが
(いっていたそうです。おさださんにはべつにかわったこともないようで、さっきまで)
言っていたそうです。お貞さんには別に変ったこともないようで、さっきまで
(みせにでていました。なにしろふしぎなこともあるもんですよ。」)
店に出ていました。なにしろ不思議なこともあるもんですよ。」
(「ふしぎですねえ。」と、にょうぼうもただためいきをつくばかりであった。)
「不思議ですねえ。」と、女房もただ溜息をつくばかりであった。
(このきかいなものがたりはこれぎりで、おさだというむすめはそのあとどうしたか、)
この奇怪な物語はこれぎりで、お貞という娘はその後どうしたか、
(それはなんにもつたわっていない。)
それは何にも伝わっていない。