異妖編「寺町の竹藪」3 岡本綺堂

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江戸時代の怪異談
「K君はこの座中で第一の年長者であるだけに、江戸時代の怪異談をたくさんに知っていて、それからそれへと立て続けに五、六題の講話があった。そのなかで特殊のもの三題を選んで左に紹介する。」

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問題文

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(やおどめにはかみつふさうまれのおちょうということし13のこもりおんながほうこうしていて、)

八百留には上総生れのお長ということし十三の子守女が奉公していて、

(そのぜんじつのひるすぎにいつものとおりあかごをせおってでたままで、これも)

その前日の午すぎにいつもの通り赤児を背負って出たままで、これも

(あくるあさまでかえらないので、やおどめのいえでもしんぱいしてこころあたりをさがしまわっている)

明くる朝まで帰らないので、八百留の家でも心配して心あたりを探し廻っている

(ところであった。してみるとおちょうはすざきづつみでおかねをしめころして、そのきものを)

ところであった。してみるとお長は洲崎堤でお兼を絞め殺して、その着物を

(はぎとって、おそらくそのげたをもはきかえて、じぶんのせおっているあかごを)

剥ぎ取って、おそらくその下駄をもはきかえて、自分の背負っている赤児を

(そこへおきすてて、どこへかすがたをかくしたものであるらしい。ふたりがどうして)

そこへ置き捨てて、どこへか姿を隠したものであるらしい。ふたりがどうして

(そんなところへつれだっていったのか、それはもちろんわからなかった。おかねを)

そんなところへ連れ立って行ったのか、それは勿論わからなかった。お兼を

(ころしてそのきものをはぎとるつもりで、おちょうがおかねをさそいだしたとすれば、)

殺してその着物を剥ぎ取るつもりで、お長がお兼を誘い出したとすれば、

(まだ13のこむすめにもにあわぬおそろしいはんざいである。 おちょうのこきょうはしれて)

まだ十三の小娘にも似合わぬ恐ろしい犯罪である。  お長の故郷は知れて

(いるので、とりあえずかみつふさのじっかをせんぎすると、じっかのほうへはもどってこない)

いるので、とりあえず上総の実家を詮議すると、実家の方へは戻って来ない

(ということであった。じゅずやではむすめのしがいをひきとって、かたのごとくにそうしきを)

ということであった。数珠屋では娘の死骸を引取って、型の如くに葬式を

(すませた。 それにしてもふしぎなのは、そのひのゆうがたにおかねがじぶんのちょうないに)

すませた。  それにしても不思議なのは、その日の夕方にお兼が自分の町内に

(すがたをあらわして、おなおさんそのほかのけいこほうばいにいとまごいのようなことばをのこして)

すがたを現わして、おなおさんその他の稽古朋輩に暇乞いのような詞を残して

(いったことである。 おかねはそれからふかがわへいったのか。それともかれはもう)

行ったことである。 お兼はそれから深川へ行ったのか。それともかれはもう

(しんでいて、そのたましいだけがかえってきたのか。それもひとつのぎもんであった。)

死んでいて、その魂だけが帰って来たのか。それも一つの疑問であった。

(おなおさんばかりでなく、そこにいたこどもたちはどうじにみなそれをみたので)

おなおさんばかりでなく、そこにいた子供たちは同時に皆それを見たので

(あるから、おもいちがいやみそんじであろうはずはない。 かれがたけやぶのよこちょうへいく)

あるから、思い違いや見損じであろうはずはない。  かれが竹藪の横町へ行く

(うしろすがたをみて、いいあわせたようにみんながこわくなったというのをみると、)

うしろ姿をみて、言い合せたようにみんなが怖くなったというのをみると、

(どこにかいっしゅのききがやどっていたのかもしれない。いずれにしてもおなおさんを)

どこにか一種の鬼気が宿っていたのかも知れない。いずれにしてもおなおさんを

(はじめきんじょのこどもたちはたしかにおかねちゃんのゆうれいにそういないときめてしまって、)

初め近所の子供たちは確かにお兼ちゃんの幽霊に相違ないと決めてしまって、

など

(それいらい、ひのくれるころまでおもてにでているものはなかった。おやたちもはやくかえって)

それ以来、日の暮れる頃まで表に出ている者はなかった。親たちも早く帰って

(くるように、わがこどもらをいましめていた。 しかしこどもたちのことであるから、)

くるように、わが子供らを戒めていた。  しかし子供たちのことであるから、

(まったくあそびにでないというわけにはいかない。それからとおかあまりもすぎたあと)

まったく遊びに出ないというわけにはいかない。それから十日あまりも過ぎた後

(まだななつ(ごご4じ)ころだからとゆだんして、おなおさんたちがおもてにでてあそんで)

まだ七つ(午後四時)頃だからと油断して、おなおさん達が表に出て遊んで

(いると、ひとりがまたにわかにさけんだ。 「あら、おかねちゃんがいく。」)

いると、ひとりがまた俄かに叫んだ。 「あら、お兼ちゃんが行く。」

(こんどはだれもこえをかけるものもなかった。こどもたちはいきをのみこんで、みを)

今度は誰も声をかける者もなかった。子供たちは息を呑み込んで、身を

(すくめて、ただそのうしろかげをみおくっていると、おかねちゃんはてぬぐいでかおを)

すくめて、ただそのうしろ影を見送っていると、お兼ちゃんは手拭で顔を

(つつんで、やはりかのたけやぶのよこちょうのほうへとぼとぼとあるいていった。もちろん)

つつんで、やはりかの竹藪の横町の方へとぼとぼとあるいて行った。もちろん

(そのあとをつけていこうとするものもなかった。しかもそのうしろすがたがよこちょうへ)

その跡を付けて行こうとする者もなかった。しかもそのうしろ姿が横町へ

(きえるのをみとどけて、こどもたちはいちどにばらばらとかけだした。こんどはにげるの)

消えるのを見届けて、子供たちは一度にばらばらと駈け出した。今度は逃げるの

(でない、すぐにじぶんのおやたちのところへちゅうしんにいったのであった。)

でない、すぐに自分の親たちのところへ注進に行ったのであった。

(そのちゅうしんをきいて、ちょうないのおやたちがでてきた。きょうじやのおとうさんもでてきた。)

その注進を聞いて、町内の親たちが出て来た。経師屋のお父さんも出て来た。

(じゅずやからはもちろんにかけだしてきた。おおぜいがあとやさきになってよこちょうへさがしに)

数珠屋からは勿論に駈け出して来た。大勢があとや先になって横町へ探しに

(いくと、おかねらしいむすめのすがたはよういにみつからなかった。それでもたけやぶを)

行くと、お兼らしい娘のすがたは容易に見付からなかった。それでも竹藪を

(かきわけてこんよくさがしまわると、やぶのではずれの、やがてはかばにちかいところに)

かき分けて根よく探しまわると、藪の出はずれの、やがて墓場に近いところに

(おおきいつばきがいっぽんたっている。そのえだにほそひもをかけて、おかねらしいむすめが)

大きい椿が一本立っている。その枝に細紐をかけて、お兼らしい娘が

(くびれしんでいるのをはっけんした。おかねちゃんのきものをきていたので、こどもたちは)

くびれ死んでいるのを発見した。お兼ちゃんの着物をきていたので、子供たちは

(いちずにおかねちゃんとおもいこんだのであるが、それはかのやおどめのこもりの)

一途にお兼ちゃんと思い込んだのであるが、それはかの八百留の子守の

(おちょうであった。 おかねのきものをはぎとって、それをじぶんのみにつけて、)

お長であった。  お兼の着物を剥ぎとって、それを自分の身につけて、

(おちょうはこのとおかあまりをどこですごしたかわからない。そうして、あたかもおかねに)

お長はこの十日あまりを何処で過したか判らない。そうして、あたかもお兼に

(みちびかれたように、このやぶのなかへまよってきて、かれのみじかいいのちをおわったのである。)

導かれたように、この藪の中へ迷って来て、かれの短い命を終ったのである。

(おちょうはいなかものまるだしのこむすめで、ふだんからこぎたないておりじまのみじかいきものばかりを)

お長は田舎者まる出しの小娘で、ふだんから小汚ない手織縞の短い着物ばかりを

(きていたから、いろじろのかわいらしいおかねがこぎれいなみなりをしているのをみて、)

着ていたから、色白の可愛らしいお兼が小綺麗な身なりをしているのを見て、

(うらやましさのあまりに、ふとおそろしいこころをおこしたのであろうといううわさであったが、)

羨ましさの余りに、ふとおそろしい心を起したのであろうという噂であったが、

(それもたしかなことはわからなかった。それにしてもおちょうがどうしておかねをさそって)

それも確かなことは判らなかった。それにしてもお長がどうしてお兼を誘って

(いったか、このふたりがまえからおたがいにしりあっていたのか、それらのことも)

行ったか、このふたりが前からおたがいに知り合っていたのか、それらのことも

(けっきょくわからなかった。 こうして、なにごともなぞのままでのこっているうちにも、)

結局わからなかった。  こうして、何事も謎のままで残っているうちにも、

(さいしょにあらわれたおかねのことがもっともおそろしいなぞであった。 「あたし、もう)

最初にあらわれたお兼のことが最も恐ろしい謎であった。 「あたし、もう

(みんなとあそばないのよ。」 おかねちゃんのかなしそうなこえがいつまでもみみに)

みんなと遊ばないのよ。」  お兼ちゃんの悲しそうな声がいつまでも耳に

(のこっていて、そのとうざはこわいゆめにたびたびうなされましたと、)

残っていて、その当座は怖い夢にたびたびうなされましたと、

(おなおさんはいった。)

おなおさんは言った。

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