竹柏記 山本周五郎 ⑳
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問題文
(そんなふうにはんしゅとはなしたのははじめてである。)
そんなふうに藩主と話したのは初めてである。
(おちつきのない、せっかちなひとだとおもった。)
おちつきのない、せっかちな人だと思った。
(また、なんでじぶんなどにうまのあいてをさせるのかけんとうもつかなかったが、)
また、なんで自分などに馬の相手をさせるのか見当もつかなかったが、
(あとで、(いや、まもなく)わかったところによると、)
あとで、(いや、まもなく)わかったところによると、
(としひでもじょうばはふえてなのである。)
利秀も乗馬は不得手なのである。
(こだちとやりはどこまでじじつかわからないがかなりれんたつしているし、)
小太刀と槍はどこまで事実かわからないがかなり練達しているし、
(さんねんまえからばじゅつをはじめ、えどのちゅうやしきにばばなどももうけたが、)
三年まえから馬術を始め、江戸の中屋敷に馬場なども設けたが、
(このほうはしょうにあわないものか、どうしてもじょうたつしなかった。)
このほうは性に合わないものか、どうしても上達しなかった。
(それで、あまりうまくなさそうなものをえらんで、)
それで、あまりうまくなさそうな者を選んで、
(とおのりのともをめいじた、というのがしんそうのようであった。)
遠乗りの供を命じた、というのが真相のようであった。
(こしょうひとり、ともざむらいごにん(みんなこうのすけとは、おつかつのうでまえだったが))
小姓一人、供侍五人(みんな孝之助とは、おつかつの腕前だったが)
(がこじゅうして、まもなくしろをでかけた。)
が扈従して、まもなく城をでかけた。
(つゆはらいはえんどうまたのしんというこしょうで、こうのすけはしんがりをかけていた。)
露払いは遠藤又之進という小姓で、孝之助はしんがりを駆けていた。
(あとできくと、またのしんはばじゅつではとのさまのせんぱいだそうであるが、)
あとで聞くと、又之進は馬術では殿さまの先輩だそうであるが、
(えんりょのないところへたくそであった。)
遠慮のないところ下手くそであった。
(ほかのよにんのさむらいもにたものであって、しろのにしちゅうもんをでるとすぐ、)
他の四人の侍も似たものであって、城の西中門を出るとすぐ、
(としひでが「ゆけ」とめいじ、いっせいにだくでこうしんをはじめたが、)
利秀が「ゆけ」と命じ、いっせいにだくで行進を始めたが、
(だれもかれもいじりごしのみょうなしせいであり、)
誰も彼もいじり腰の妙な姿勢であり、
(うまのほうであぶながっているようなかっこうであった。)
馬のほうで危ながっているような恰好であった。
(にしちゅうもんはしろのからめてである。いいひよりで、しごにちまえにふって)
西中門は城の搦手である。いい日和で、四五日まえに降って
(きえのこったゆきが、みちのさゆうにところどころ、)
消え残った雪が、道の左右にところどころ、
(ひをうけてぎらぎらとまぶしくひかっている。)
日をうけてぎらぎらと眩しく光っている。
(「そろそろかけでまいろう」のみちへかかったとき、)
「そろそろ駆けでまいろう」野道へかかったとき、
(としひでがゆかいそうにさけんだ。)
利秀が愉快そうに叫んだ。
(かけはあぶのうございます。こうのすけはとしひでのこしつきをみて)
駆けは危のうございます。孝之助は利秀の腰つきを見て
(こういおうとした。しかしとしひではもうむちをあげていた。)
こう云おうとした。しかし利秀はもう鞭をあげていた。
(そればかりではない、ちょうどむこうからいっぴきのいぬがやってきた、)
そればかりではない、ちょうど向うから一疋の犬がやって来た、
(しろとくろのまだらげで、だけんのだいひょうしゃといったふうなごくつまらない)
白と黒の斑毛で、駄犬の代表者といったふうなごくつまらない
(いぬだったが、またひどくおくびょうで、いぶかいしょうぶんだったのだろう。)
犬だったが、またひどく臆病で、いぶかい性分だったのだろう。
(あれはなんだ。こういいたそうなめで、このいっこうをよこめでながめていたが、)
あれはなんだ。こう云いたそうな眼で、この一行を横眼で眺めていたが、
(としひでがむちをあげたとたん、なにをごかいしたものか、)
利秀が鞭をあげたとたん、なにを誤解したものか、
(ひどくふんがいしたようすで、いきなりひめいをあげながら、)
ひどく憤慨したようすで、いきなり悲鳴をあげながら、
(としひでのうまにとびつき、そのうしろあしをかんだ。)
利秀の馬にとびつき、その後脚を噛んだ。
(うまはびっくりしたものだろう、おおきなこえをあげ、)
馬は吃驚したものだろう、大きな声をあげ、
(はねあがり、そしてきょうきのようにしっそうしはじめた。)
跳ねあがり、そして狂気のように疾走し始めた。
(つゆはらいがあっといった、みんなもあっといった。)
露払いがあっと云った、みんなもあっと云った。
(「とめろ、このうまをとめろ」とのさまのそうさけぶのがきこえた。)
「止めろ、この馬を止めろ」殿さまのそう叫ぶのが聞えた。
(こうのすけはまえにいるごにんをおいぬき、ほとんどむちゅうでびしびしとむちをあてた。)
孝之助は前にいる五人を追いぬき、殆んど夢中でびしびしと鞭を当てた。
(なにしろ、えどていないにあるばば、ちりもなくはききよめ、)
なにしろ、江戸邸内にある馬場、塵もなく掃き清め、
(むしいっぴきもいないたいらなばばでならったばじゅつである、)
虫一疋もいない平らな馬場で習った馬術である、
(ここはいしのごろごろした、あなぼこだらけのみちだし、)
此処は石のごろごろした、穴ぼこだらけの道だし、
(もうすこしゆけばかがみがわがある。これはとんだことになるぞ。)
もう少しゆけば鏡川がある。これはとんだ事になるぞ。
(こうおもって、ちからいっぱい、けんめいにうまをあおっておいつこうとした。)
こう思って、力いっぱい、けんめいに馬を煽って追いつこうとした。
(そのとき、かわのほうにむかって、さかなつりにでもゆくのだろう、つりざおと)
そのとき、川のほうに向って、魚釣にでもゆくのだろう、釣竿と
(びくをもった(わきざしだけさした)さむらいがひとり、のんきそうにあるいていた。)
魚籠を持った(脇差だけ差した)侍が一人、暢気そうに歩いていた。
(それが、はげしいうまのおとにきづいてふりかえった。)
それが、激しい馬の音に気づいて振返った。
(おそらくうらきんのじょうばがさといふくとで、これはじょうしゅだとちょっかんしたのに)
おそらく裏金の乗馬笠と衣服とで、これは城主だと直感したのに
(ちがいない。「・・・・・」なにかたかくさけんだとおもうと、)
違いない。「・・・・・」なにか高く叫んだと思うと、
(もっているものをなげだし、みがまえをして、)
持っている物を投げだし、身構えをして、
(しっそうしてくるとしひでのうまへと、みごとにとびついた。)
疾走して来る利秀の馬へと、みごとにとびついた。
(そのときこうのすけは、じゅうにさんげんちかくまでおいついていたが、)
そのとき孝之助は、十二三間近くまで追いついていたが、
(そのさむらいをみてほっとしながら、たづなをしぼった。)
その侍を見てほっとしながら、手綱を絞った。
(「ーーおかむら、やつか」)
「ーー岡村、八束」