めおと蝶 山本周五郎 ⑭

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妻に頑なな大目付の夫・良平、結婚は失敗だと思い夫を拒む信乃。
信乃は情の薄い夫・良平を好きになることができない。ある日かつて思いを寄せていた智也が投獄される。

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問題文

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(りょうへいからりべつじょうがきたのはさんがつちゅうじゅんのことであった。)

良平から離別状が来たのは三月中旬のことであった。

(よこめからやくにんがき、りょうへいのとおいしんぞくがさんにんよって、)

横目から役人が来、良平の遠い親族が三人寄って、

(かざいのもくろくをつくり、しののものはすべてべつにした。)

家財の目録を作り、信乃の物はすべて別にした。

(りべつじょうはきょねんのじゅうにがつのひづけであるが、)

離別状は去年の十二月の日附であるが、

(それはりょうへいにじゅうかがあったとき、)

それは良平に重科があったとき、

(しのにるいをおよぼさないためのこうりょで、)

信乃に累を及ぼさないための考慮で、

(りょうへいのいしか、ほかにあんをさずけたものがあるかはしるべくもなかった。)

良平の意志か、ほかに案を授けた者があるかは知るべくもなかった。

(しのはこうのすけとうばのすぎをつれてじっかへかえった。)

信乃は甲之助と乳母のすぎを伴れて実家へ帰った。

(こうのすけがなついていてすぎをはなさないのである、)

甲之助がなついていてすぎを離さないのである、

(しのがだいてやってもすぐうばのほうへゆきたがるし、)

信乃が抱いてやってもすぐ乳母のほうへゆきたがるし、

(よるはうばとねどこをならべなくてはねむらなかった。)

夜は乳母と寝床を並べなくては眠らなかった。

(「ははおやはあまくそだてるなんて、ごらんなさいな」)

「母親はあまく育てるなんて、ごらんなさいな」

(はははじれったそうにいった。)

母はじれったそうに云った。

(「すぎをはなしてやりなおさなければだめですよ、)

「すぎを離してやりなおさなければだめですよ、

(あなたたちはあかちゃんからひとりでねたんですから、)

あなたたちは赤ちゃんから独りで寝たんですから、

(あんなについていてなにすると、)

あんなに附いていてなにすると、

(きのよわいこになるし、じょうぶにはそだちませんよ」)

気の弱い子になるし、丈夫には育ちませんよ」

(「ええ、そうおもうんですけれど」)

「ええ、そう思うんですけれど」

(しのはさびしげにわらってこたえる。)

信乃はさびしげに笑って答える。

(「そのうちにそういたしますわ、)

「そのうちにそう致しますわ、

など

(もうすこしわたくしがげんきになりましたら」)

もう少しわたくしが元気になりましたら」

(だがすすんでははのいうようにするふうはみえなかった。)

だが進んで母の云うようにするふうはみえなかった。

(むかしのじぶんのへやはあによめがつかっているので、)

昔の自分の部屋は兄嫁が使っているので、

(はなれになったいんきょじょにひとりでねおきしていた。)

離れになった隠居所に独りで寝起きしていた。

(あにふうふもははもいもうとも、しののきをひきたてようとして、)

兄夫婦も母も妹も、信乃の気をひきたてようとして、

(しゃじのさんけいとか、のあそびなどにさそい、)

社寺の参詣とか、野遊びなどにさそい、

(ひまがあるとあつまって、かるたとかすごろくなどをするようにした。)

暇があると集まって、歌留多とか双六などをするようにした。

(しのはしいてこばみはしなかったが、そとへでることはしょうちせず、)

信乃はしいて拒みはしなかったが、外へ出ることは承知せず、

(あそびごともすぐつかれたといってぬけたがった。)

遊び事もすぐ疲れたと云ってぬけたがった。

(「もうあなたにはかんけいがなくなったのだから、)

「もうあなたには関係がなくなったのだから、

(うえむらとのことはいっさいわすれて、)

上村との事はいっさい忘れて、

(これからこうふくになるんだとおもわなくてはだめですよ、)

これから幸福になるんだと思わなくてはだめですよ、

(あなたはまだわかいんですから」)

あなたはまだ若いんですから」

(「そうおもっているのよ、でも・・・)

「そう思っているのよ、でも・・・

(そんなにはやくきもちをかえることはできませんわ」)

そんなに早く気持を変えることはできませんわ」

(しのはやっぱりしずかにわらってこたえた。)

信乃はやっぱり静かに笑って答えた。

(「もうすこしそっとしておいてくださいまし、)

「もう少しそっとしておいて下さいまし、

(だんだんおちついてきましたから、)

だんだんおちついてきましたから、

(もうすぐげんきになりますわ、わかいんですもの」)

もうすぐ元気になりますわ、若いんですもの」

(ごがつ、ろくがつとたつうちにしのはしだいにようすがあかるくなり、)

五月、六月と経つうちに信乃はしだいにようすが明るくなり、

(けしょうなどもするようになった。)

化粧などもするようになった。

(いちにちじゅうおもやのほうにいて、くりやでほうちょうをもったり、)

一日じゅう母屋のほうにいて、厨で庖丁を持ったり、

(ははやあによめやいもうとたちと、わらいごえをたててはなしきょうじたりした。)

母や兄嫁や妹たちと、笑い声をたてて話し興じたりした。

(ともやはいちどもこなかったし、)

知也はいちども来なかったし、

(かじんのあいだにともやのはなしのでることもなかった。)

家人のあいだに知也の話しの出ることもなかった。

(しかしうらではそうほうからこうしょうがすすめられていたようである、)

しかし裏では双方から交渉が進められていたようである、

(それはときおりふみよのくちうらにあらわれた。)

それはときおり文代の口うらに現われた。

(「わたくししょうちしてあげたわ、おねえさま」)

「わたくし承知してあげたわ、お姉さま」

(はちがつになってからのあるよる、いんきょじょにいるしののところへきて、)

八月になってからの或る夜、隠居所にいる信乃のところへ来て、

(ふみよがれいのはなをそらせながらいった。)

文代が例の鼻を反らせながら云った。

(「なんどことわってもきかないんですもの、ねっしんにほだされたし、)

「なんど断わってもきかないんですもの、熱心にほだされたし、

(おねえさまもおしあわせになるんだし、)

お姉さまもおしあわせになるんだし、

(このへんがみきりどきだとおもったのよ」)

このへんがみきりどきだと思ったのよ」

(「それは、いつかおはなしのあったかた」)

「それは、いつかお話しのあった方」

(「ええ、たけいというひとよ、なはぶえもんというので、)

「ええ、武井という人よ、名は武右衛門というので、

(わたくしこれがいやだったの」)

わたくしこれがいやだったの」

(ふみよはくちびるをへのじにして、みょうなこえでいった、)

文代は唇をへの字にして、妙な声で云った、

(「たけいぶえもんでござる、ええぶえもんでござる」)

「武井武右衛門でござる、ええ武右衛門でござる」

(そしてじぶんでぷっとふきだし、)

そして自分でぷっとふきだし、

(おなかをおさえ、みをもんでわらいころげた。)

おなかを押え、身を揉んで笑い転げた。

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