ちくしょう谷 11 時間制限ありません
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
※一部の公開にふさわしくない暴力表現等、削除した箇所があります。非常に迷いましたが、タイピングの練習が目的である事を考慮し削除することといたしました。
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問題文
(ぎょうじゃはむすめをとらえ、てあしをおさえさせ、「このきつねはじんじょうのことではでてゆかない」)
行者は娘を捕え、手足を押えさせ、「この狐は尋常のことでは出てゆかない」
(といって、ろからもえているほたをとった。)
と云って、炉から燃えている榾を取った。
(くらいいえのなかにはいぶしたまつばのけむりが、ろのひをうつしてあかくそまり、)
暗い家の中にはいぶした松葉の煙が、炉の火を映して赤く染まり、
(ひとのしょうわするじゅもんとともに、このよのものとはおもえないような、)
人の唱和する呪文とともに、この世のものとは思えないような、
(すさまじく、かいいなじょうたいをもりあげていった。)
すさまじく、怪異な状態をもりあげていった。
(むすめはまもなくきぜつした。すると、むすめのかたほうのあしをおさえていたおんなが、)
娘はまもなく気絶した。すると、娘の片方の足を押えていた女が、
(とつぜん、ひめいをあげてあばれだした。ぎょうじゃはそのおんなをゆびさして、)
突然、悲鳴をあげて暴れだした。行者はその女を指さして、
(「きつねはこのおんなにうつった」といった。むすめがしんだので、むすめについていたきつねが、)
「狐はこの女に移った」と云った。娘が死んだので、娘に憑いていた狐が、
(そのおんなのほうへうつったというのである。みんなはぎょうじゃのいうままに)
その女のほうへ移ったというのである。みんなは行者の云うままに
(そのおんなをとらえた。ひとびとはすでにみな、そのひげんじつでかいいなじょうたいに)
その女を捕えた。人々はすでにみな、その非現実で怪異な状態に
(とりつかれてい、そのおんながきぜつするとすぐに、つぎのものがくるいだした。)
とりつかれてい、その女が気絶するとすぐに、次の者が狂いだした。
(ぎょうじゃはかれらのあいだをかけまわり、じゅもんをとなえながら、)
行者はかれらのあいだを駆けまわり、呪文を唱えながら、
(きつねがだれにうつったかということをしてきし、するとそのにんげんはくるいだし、)
狐が誰に移ったかということを指摘し、するとその人間は狂いだし、
(ぎょうじゃがてをだすまでもなく、かれらじしんでそのにんげんをせめた。)
行者が手を出すまでもなく、かれら自身でその人間を責めた。
(まるでねずみはなびにひをつけたように、これがつぎからつぎへとひろがってゆき、)
まるで鼠花火に火をつけたように、これが次から次へとひろがってゆき、
(やしちのいえからにげだしたものが、かくじのいえでまたおなじようにくるいだし、)
弥七の家から逃げだした者が、各自の家でまた同じように狂いだし、
(たがいにせめるというけっかになった。)
互いに責めるという結果になった。
(このきじははたぶえもんという、そのときのきどのばんがしらがかいたもので、)
この記事は秦武右衛門という、そのときの木戸の番頭が書いたもので、
(はたはすぐにぎょうじゃをそうさくさせたが、むらにはもちろんいなかったし、)
秦はすぐに行者を捜索させたが、村にはもちろんいなかったし、
(どっちへたちさったか、あしあともみつけられなかった。これまでに、)
どっちへたち去ったか、足跡もみつけられなかった。これまでに、
(るにんむらへがいぶからひとのはいったためしはないし、そのときはとくに)
流人村へ外部から人のはいったためしはないし、そのときは特に
(ひどいふぶきがつづいて、そうでなくてもなんしょのおおいけんどうを、)
ひどい吹雪が続いていて、そうでなくても難所の多い険道を、
(そんなぎょうじゃなどがどうしてのぼってきたか、またどこから)
そんな行者などがどうして登って来たか、またどこから
(どのようにしてさっていったか、すべてがなぞのようで、)
どのようにして去っていったか、すべてが謎のようで、
(どうかいしゃくしていいかまったくわからなかった。)
どう解釈していいかまったくわからなかった。
(「このはなしはきいたことがある」よみおわってからはやとはおもいだした、)
「この話は聞いたことがある」読み終ってから隼人は思いだした、
(「そうだ、しょうないろうじんがはなしていたんだ、ぎょうじゃのきつねそうどうで)
「そうだ、正内老人が話していたんだ、行者の狐騒動で
(じゅうみんのはんぶんがしんだ、それからみっつうのきんもゆるやかになった、)
住民の半分が死んだ、それから密通の禁もゆるやかになった、
(といっていたようだ」そしてはやとははじめて、いったいしょうないろうじんというのは)
と云っていたようだ」そして隼人は初めて、いったい正内老人というのは
(どういうにんげんだろうか、とふしんをもつようになった。)
どういう人間だろうか、と不審をもつようになった。
(あやというむすめによみかきをおしえている、というくちぶりや、)
あやという娘に読み書きを教えている、という口ぶりや、
(ぜんたいのひとがらにいっしゅのふうかくがかんじられた。)
ぜんたいの人柄に一種の風格が感じられた。
(かれはあらためてむらのにんべつちょうをしらべてみ、どこにもしょうないろうじんのなが)
彼は改めて村の人別帳をしらべてみ、どこにも正内老人の名が
(しるしてないことをたしかめた。)
記してないことをたしかめた。
(あさだはやとがにどめにむらへいったのは、しがつじゅうはちにちのことであるが、)
朝田隼人が二度めに村へいったのは、四月十八日のことであるが、
(それまでにかれは、きどのばんしとむらのおんなたちとの、ふかいなかんけいについて)
それまでに彼は、木戸の番士と村の女たちとの、不快な関係について
(にさんのはなしをきき、じぶんでもいちどそのじじつをみた。)
二三の話を聞き、自分でもいちどその事実を見た。
(はなしによるとずっとむかしからのことであり、だいだいもくにんされてきたのだという。)
話によるとずっと昔からのことであり、代々黙認されて来たのだという。
(きどのせいかつはたんちょうそのもので、これというごらくもなく、)
木戸の生活は単調そのもので、これという娯楽もなく、
(おとこばかりがかおをつきあわせているため、とにかくきもちがすさみがちである。)
男ばかりが顔をつき合せているため、とかく気持がすさみがちである。
(また、むらではわかいおとこがすくないし、しつけもきょういくもされず、)
また、村では若い男が少ないし、躾も教育もされず、
(のばなしどうようにそだっているおんなたちは、もとめてきどのばんしたちにちかづこうとする。)
野放し同様に育っている女たちは、求めて木戸の番士たちに近づこうとする。
(どちらのがわからいってもふせぎようがない、ということであった。)
どちらの側からいっても防ぎようがない、ということであった。
(はやとがまだじょうかにいてしらべたときにも、そのはなしはおよそわかっていた。)
隼人がまだ城下にいてしらべたときにも、その話はおよそわかっていた。
(だがかれにはしんじつらしくおもえなかったし、やまへきてからはすっかりわすれていた。)
だが彼には真実らしく思えなかったし、山へ来てからはすっかり忘れていた。
(ところがしがつとおかすぎのあるよる、かれはじぶんのめでそれをげんじつにみたのである。)
ところが四月十日すぎの或る夜、彼は自分の眼でそれを現実に見たのである。
(きせつはもうしょかであるが、やまのてんこうはかわりやすく、かぜのないはれたひでも、)
季節はもう初夏であるが、山の天候は変りやすく、風のない晴れた日でも、
(ゆうがたからはさむけがきびしくなり、いわはだにはくひょうのはることもまれではなかった。)
夕方からは寒気がきびしくなり、岩肌に薄氷の張ることも稀ではなかった。
(そのよるはめずらしくあたたかで、そよかぜもなく、たにのはるかしたのほうから、)
その夜は珍しく暖かで、そよ風もなく、谷のはるか下のほうから、
(よどりのなくこえさえきこえてきた。よるのじゅういちじころだろう、)
夜鳥の鳴く声さえ聞えて来た。夜の十一時ころだろう、
(ひとねむりしてめのさめたはやとは、どうやらねそびれたらしく、)
ひと眠りして眼のさめた隼人は、どうやら寝そびれたらしく、
(いつまでもねむれないうえに、はだがあせばんできたのでおきあがり、)
いつまでも眠れないうえに、肌が汗ばんできたので起きあがり、
(あたらしいねまきをだして、きがえをした。するとそのとき、)
新しい寝衣を出して、着替えをした。するとそのとき、
(こがいでとりのなくこえがした。ふくろうのようなこえで、ほっほう、ほっほう)
戸外で鳥の鳴く声がした。梟のような声で、ほっほう、ほっほう
(とふたこえなき、ついで、まをおいてまたみこえないた。)
と二た声鳴き、ついで、まをおいてまた三声鳴いた。
(ふくろうがこんなところまでくるのか。そうおもっていると、)
梟がこんなところまで来るのか。そう思っていると、
(やくどころのわきにあるつうようぐちで、そっとひきどをあけるおとがした。)
役所の脇にある通用口で、そっと引戸をあける音がした。
(ひきどはおもいので、おとをしのばせるあけかたが、かえってはっきりとちゅういをひいた。)
引戸は重いので、音を忍ばせるあけかたが、却ってはっきりと注意をひいた。
(はやとはたちあがって、ねまきのうえにつねぎをかさね、なおそのうえから)
隼人は立ちあがって、寝衣の上に常着を重ね、なおその上から
(かっぱをはおってへやをでた。ろのまをのぞいたがだれもいない、)
合羽をはおって部屋を出た。炉の間を覗いたが誰もいない、
(どまへおりてわきへまわってゆくと、つうようぐちのひきどがあいてい、)
土間へおりて脇へまわってゆくと、通用口の引戸があいてい、
(そこからつきのひかりがさしこんでいた。かれはしずかにそとへでた。)
そこから月の光りがさしこんでいた。彼は静かに外へ出た。
(かなりまるくなったつきが、まぶしいほどちかくそらにかかってい、)
かなりまるくなった月が、眩しいほど近く空にかかってい、
(じめんのすなつぶまでみえるほど、あたりはあかるかった。びどうもしないくうきはあたたかく、)
地面の砂粒まで見えるほど、あたりは明るかった。微動もしない空気は暖かく、
(ほのかになにかのかがにおった。いわかげにもえでるわかくさか、)
ほのかになにかの香が匂った。岩蔭に萠え出る若草か、
(それともひるまひにあたためられたいわがにおうのか、きわめてほのかではあるが、)
それともひるま陽に暖められた岩が匂うのか、極めてほのかではあるが、
(それはいかにもきせつのかわったことをつげるかのように、)
それはいかにも季節の変ったことを告げるかのように、
(ふかく、むねのおくまでしみとおった。)
深く、胸の奥までしみとおった。